学位論文要旨



No 124923
著者(漢字) 村山,洋史
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,ヒロシ
標題(和) 地域インフォーマル組織とのネットワーク構築を促進するプログラムの開発 : 地域包括支援センターにおける有効性の検討
標題(洋)
報告番号 124923
報告番号 甲24923
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3343号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
内容要旨 要旨を表示する

I 緒言

これまで地域で活動する専門機関と地域のインフォーマル組織とのネットワーク構築の重要性は示されてきたものの、それを促進する介入プログラムは未だ提案されていない。本研究は、地域の専門機関とインフォーマル組織とのネットワーク構築を促進するための社会的認知理論に基づいたプログラムを作成すること、地域包括支援センター職員への試行を通して、そのプログラムの質を検討すること、プログラムに参加した地域包括支援センターの職員の認識や行動、組織の活動の変化を通して、プログラムの有効性を検討することの3点を目的とした。

なお、本研究ではインフォーマル組織を、主に地域住民が集まって構成される組織であり、公的なサービスやケアではなく、地域住民に対して自然発生的な関わりや助け合いを期待できる組織と定義し、「民生委員」、「町会・自治会」、「サロン・ミニデイ」、「高齢者クラブ」の4組織を対象とした。

II 方法

1.プログラム作成のためのニーズアセスメント

インフォーマル組織とのネットワーク構築に関する現在の問題点、業務に役立ちそうなプログラム内容について、便宜的サンプリングによって選定された東京都世田谷区の地域包括支援センターに所属する職員9名に対し、2007年2月~5月に半構造化インタビュー調査を実施した。また、2007年4月時点で世田谷区の地域包括支援センターに所属している全職員103名を対象に、2007年4月に無記名自記式質問紙調査を実施した。調査項目は、インフォーマル組織とのネットワーク構築に関する認識、および知識とスキルであった。

2.プログラム概要

「地域のインフォーマル組織とのネットワーク構築に関する意識が向上し、実際に行動するためのスキルが身に付く」ことを目的とした全10回のプログラムを作成した。プログラムは、社会的認知理論に基づいてデザインした。また、ニーズアセスメントで得られた結果、および組織間関係理論の一つであるStage of coalition developmentモデルに従い、プログラムの内容やテーマ、目標を設定した。なお、プログラムはテーマに関するグループワークが中心であった。

3.対象、研究デザイン、およびプログラムへの割り付け

世田谷区の地域包括支援センター全27ヶ所、およびそれらの地域包括支援センターに所属する職員(事務職は除く)を対象とした。なお、本研究のデザインはクラスター非ランダム化比較試験であった。27ヶ所の地域包括支援センターにプログラムの目的、実施方法等を知らせ、プログラムへの参加を募った。参加意向を示した9センターを介入群に、残りの18センターを対照群に割り付けた。介入群の地域包括支援センターには、プログラムに参加する職員1名の選定を依頼した。その結果、介入群の地域包括支援センター9ヶ所、および各センターからのプログラム参加者9名が選定された。プログラムは、2007年4月~2008年1月に実施した。

4.プロセス評価

毎回のプログラム終了後、参加者を対象にプログラムの内容と目標達成度の評価を目的とした質問紙調査を実施した。内容評価では、プログラムの内容が分かりやすかったか、興味が持てるものだったか等を尋ねた。目標達成度の評価では、毎回設定する目標が達成できたと思うかを尋ねた。また、全プログラム修了後、日本語版Client Satisfaction Questionnaire 8項目版(CSQ-8J; range 8-32)を用い、参加者のプログラムへの満足度を測定した。

5.アウトカム評価

1)質問紙調査および行政資料調査

2007年4月時点で世田谷区地域包括支援センターに所属している全職員103名、および27ヶ所の地域包括支援センターを対象に、プログラム前後(2007年4月および2008年3月)で個人用と組織用の2種類による無記名自記式の質問紙調査を実施した。また、世田谷区統計資料からは地域包括支援センターの管轄地域の特性に関する情報を、地域包括支援センターが世田谷区介護予防担当部介護予防課に毎月提出している業務報告書からは地域包括支援センターの活動に関する情報を収集した。

個人認識として、インフォーマル組織とのネットワーク構築に関する認識、知識とスキルを尋ねた。個人行動として、関わりの段階性を意識して独自に作成した各インフォーマル組織との関わり状況についての項目等を尋ねた。組織行動として、各インフォーマル組織との資源の共有、事業や会の共催の有無、定期的に関わりを持っている各インフォーマル組織の数と割合を尋ねた。さらに、業務報告書から、地域包括支援センターが各インフォーマル組織と関わっている回数について、プログラム開始から終了6ヶ月後(2008年7月)までの累積数を収集した。

個人レベルの変数に関しては、介入群職員と対照群職員の2群比較、およびプログラム参加者(介入群参加者)、介入群のプログラムに参加していない職員(介入群非参加者)、対照群の職員(対照群)の3群比較を行った。なお、地域包括支援センターが設置されている地区(行政によって区分された5地区)内での相関を考慮できるよう一般化推定方程式を用い、基本属性、当該変数のベースライン時データを共変量として投入した。組織レベルの変数に関しては、介入群と対照群の2群比較を行い、共分散分析、ロジスティック回帰分析、t検定を用いた。

2)インタビュー調査

プログラム修了者に対し、プログラムに参加したことによる変化やプログラムの効果について、2008年4月~9月に半構造化インタビュー調査を実施した。分析は、質的内容分析の手法を参考に行った。

III 結果

1.プログラムへのニーズ

ニーズアセスメントの結果、インフォーマル組織とのネットワーク構築の理由や意味、具体的な方法、効果やメリットを知りたいとの意見に分類できた。また、インフォーマル組織とのネットワーク構築の重要性や、それによる業務のやりやすさは約8割の者が認識していたものの、知識とスキルは不足していると感じていた者が多かった。

2.プロセス評価

プログラム参加者9名のうち、1名が産休により脱落したものの、8名が継続的に参加した。プログラムの内容評価、および目標達成度の評価では、すべての回でいずれの項目にも概ね肯定的な評価であった。また、CSQ-8Jの平均得点は26.5±2.5であった。

3.アウトカム評価

個人認識では2群間に差は認められなかったものの、3群間の比較では、インフォーマル組織とのネットワークがあることによる業務のやりやすさの認識、および知識とスキルの項目で、介入群参加者が他の2群に比べて向上していた。

個人行動では、介入群は対照群に比べ、高齢者クラブに地域包括支援センターの役割や業務内容を伝える頻度が増加していた。また、3群比較では、介入群参加者は他の2群に比べ、民生委員の集まりや会議、実施する活動に参加したり、顔を出したりする頻度は減少していたものの、対照群に比べて民生委員にケースについての相談や協力を依頼する頻度は増加していた。さらに、介入群参加者と介入群非参加者は、対照群に比べ、高齢者クラブに地域包括支援センターの役割や業務内容を伝える頻度が増加していた。

組織行動では、資源の共有、事業の共催の有無に介入群と対照群の間で差は認められなかったものの、定期的に関わりを持っている高齢者クラブの数および割合は、介入群の方が対照群よりも増加していた。また、介入終了後6ヶ月時点までに地域包括支援センターが高齢者クラブと関わった延べ回数は、介入群の方が対照群に比べ多い傾向が見られた。

プログラム修了者8名へのインタビュー調査では、プログラムに参加したことによる変化や効果として、『ネットワーク構築に対するモチベーションが向上した』、『活動の具体的ヒントを得た』、『ネットワーク構築の有効性を認識した』、『地域包括支援センターの中でネットワーク構築について話し合う機会が増えた』、『民生委員からの積極的な関わりが増加した』等、30のカテゴリーが抽出された。

IV 考察

プログラムの脱落も少なく、参加者のプログラムに対する満足度も高かった。また、各回の内容および目標達成度の評価でも概ね良好な結果であったことから、本プログラムの質は良好であると言える。

2群比較では、介入群の職員は対照群の職員に比べ、高齢者クラブに地域包括支援センターの役割や業務内容を伝える頻度が増加し、また、介入群の地域包括支援センターは対照群に比べ、関わりを持っている高齢者クラブの数や割合が増加し、頻度が多かった。高齢者クラブは、民生委員や町会・自治会等と比べ、地域包括支援センターとの関わりの程度がもともと少なく、新たに関わりを持てる余地が大きかったのではないかと考えられる。

また、3群比較では、プログラム参加者は、インフォーマル組織とのネットワークがあることによる業務のやりやすさの認識、および知識とスキルの項目が向上していた。これは、プログラムの中でネットワーク構築の意義を話し合ったり、他の地域包括支援センターの活動の様子を知ることやインフォーマル組織との具体的な関わり方について話し合う機会を設けたことで、それぞれの項目の向上につながったと考えられる。プログラム参加者は、民生委員の集まりや会議、活動に参加したり顔を出したりする頻度は減少していたものの、民生委員にケースの相談や協力を依頼する頻度は増加していた。これは、プログラムに参加したことにより、プログラム期間中に民生委員との関係性が促進され、集まりに参加したり顔を出すという初期の段階から、ケースの相談や協力を行える段階にまで関係性が移行した可能性が考えられる。

プログラム修了後のインタビュー調査の結果、プログラムに組み込んだ自己効力感、観察学習、強化、結果予測、結果期待等、社会的認知理論の主要な構成概念によって期待された効果に対応するカテゴリーが抽出された。本プログラムは、社会的認知理論の構成概念を意識してデザインしたが、それらが適切に参加者に伝わっていたものと考えられる。

本プログラムは、参加者の認識(「認知」)の向上が各々のインフォーマル組織との関わり(「行動」)を促進し、同時に、参加者の意識の向上や行動の変化が同じ地域包括支援センターの他の職員やインフォーマル組織のメンバーの認識や行動(「環境」)の促進につながることを見込んだものであった。つまり、「認知」の向上とともに、「行動」や「環境」の変化や改善が見られたということは、これら三者間に互恵的関係性が働いたと考えてもよいであろう。

以上より、今後長期的な評価は必要であるものの、社会的認知理論に基づく地域の専門機関とインフォーマル組織とのネットワーク構築を促進することを目的とした本プログラムは、地域包括支援センター職員への試行を通して、その有効性が示唆されたと言える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、地域の専門機関とインフォーマル組織とのネットワーク構築を促進するための社会的認知理論に基づいたプログラムを作成すること、地域包括支援センター職員への試行を通して、そのプログラムの質を検討すること、プログラムに参加した地域包括支援センターの職員の認識や行動、組織の活動の変化を通して、プログラムの有効性を検討することの3点を目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1.プログラムの脱落も少なく、参加者のプログラムに対する満足度も高かった。また、プログラム各回の内容評価および目標達成度の評価でも概ね良好な結果であったことから、本プログラムの質は良好であることが示された。

2.プログラム参加者を含む介入群の地域包括支援センターの職員は、対照群の地域包括支援センターの職員に比べ、高齢者クラブに地域包括支援センターの役割や業務内容を伝える頻度が増加していた。

3.プログラム参加者は、同じ地域包括支援センターに所属するプログラムに参加していない職員、およびプログラムが提供されていない地域包括支援センターの職員に比べ、インフォーマル組織とのネットワーク構築があることによる業務のやりやすさの認識、インフォーマル組織とのネットワーク構築に関する知識とスキルが向上していた。また、民生委員の集まりや会議、実施する活動に参加したり、顔を出したりする頻度は減少していたものの、民生委員にケースについての相談や協力を依頼する頻度が増加していた。

4.介入群の地域包括支援センターが関わりを持つ高齢者クラブの数および割合は、対照群に比べ増加していた。また、介入開始から介入終了後6ヶ月時点までに介入群の地域包括支援センターが高齢者クラブと関わった延べ回数も、対照群に比べ多い傾向が見られた。

5.プログラム修了者へのインタビューにより、プログラムに参加したことで、インフォーマル組織との『ネットワーク構築に対するモチベーションが向上した』、『活動の具体的ヒントを得た』等の効果が見られた。また、所属する地域包括支援センターの他の職員の意識や行動、および民生委員との関係性への波及も見られた。

以上、本論文は、社会的認知理論に基づく地域の専門機関とインフォーマル組織とのネットワーク構築を促進することを目的としたプログラムの作成を試みた点で独創的である。また、地域包括支援センター職員への試行を通して、プログラムの質が良好であることを示し、プログラムの有効性を示唆した。このプログラムを実践で用いることで、地域包括支援センターを含めた地域の専門機関と地域のインフォーマル組織とのネットワークが強固となることが期待でき、地域でリスクを抱えながら暮らす高齢者の早期発見や見守り、および高齢者に対する効果的なケアやサービスの提供につながると考えられる。これは、ひいては高齢者を地域で支えていくための体制整備に寄与することが期待でき、臨床的有用性も高い。従って、学位の授与に値するものと考えられる。

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