学位論文要旨



No 124924
著者(漢字) 山口,乃生子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ノブコ
標題(和) ネパールにおけるハンセン病患者および回復者を親に持つ思春期青年の抑うつ傾向、自尊感情および健康関連QOLに関する研究
標題(洋) Depression, Self-esteem and Health-Related QOL of Nepalese Adolescents with Leprosy Affected Parents
報告番号 124924
報告番号 甲24924
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3344号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
 東京大学 准教授 梅,昌裕
 東京大学 准教授 山崎,喜比古
 東京大学 准教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

世界保健機関の報告によると、2008年初頭の世界のハンセン病登録患者数は約21万人、2007年から1年間に診断された新患者数は約25万人である。世界の中でブラジル、ネパールおよび東ティモールの3カ国は、世界保健機関が設定したハンセン病制圧の目標(人口1万人当たり患者数1例以下)に達していない。

ネパールにおいてハンセン病対策は公衆衛生上、重要な課題のひとつであるが、ハンセン病患者や回復者を親に持つ子どもについての研究は少なく、精神健康度やQOLについては明らかでない。その要因のひとつとして、ネパール国内において10代の思春期青年に対する包括的で簡便なHRQOL尺度作成に関する研究が少ないことが挙げられる。

本研究の目的は、以下の3つである。1)10代の思春期青年を対象とするHRQOL尺度(Kiddo-KINDL)のネパール語版を作成し、その信頼性と妥当性を検討すること。2)ハンセン病患者および回復者を親に持つ思春期青年の抑うつ傾向、自尊感情およびHRQOLを測定し、一般青年と比較すること。3)ハンセン病患者および回復者を親に持つ青年のHRQOLに関連する因子を探索すること。

【第一章】ネパールにおける思春期青年のためのネパール語版Kiddo-KINDLの信頼性・妥当性の検討

1.1 研究方法

本研究は、ネパール国内の13歳から16歳の青年を対象にした横断研究である。

Kiddo-KINDLはガイドラインに沿って作成した。研究参加者は、ラリトプル郡の4つの中等学校に通う学生204名とし、本人および保護者から文書にて同意を得た。データ収集は自記式調査票を用いた。調査内容は、基本属性、Kiddo-KINDLおよびCenter for Epidemiological Studies Depression Scale (CES-D:自記式抑うつ尺度)とした。10日後に同参加者に対し、再テストを実施した。調査期間は2006年12月から翌年5月である。

データ分析は、Kiddo-KINDLの総得点および下位項目(身体的健康、情動的安寧、自尊感情、家族、友だち、学校生活)の得点について男女別に比較し、得点分布の偏りを検討した。尺度の内的整合性の検討には、総得点および下位項目得点のα係数を算出した。尺度の再現性については、テスト‐再テスト法による級内相関係数を算出した。また、CES-Dのカットオフ値を16点に定め、Kiddo-KINDLの総得点および下位項目得点の平均を男女別に比較した。すべてのデータ解析にはSPSS 16.0 を使用した。

本研究は、東京大学大学院医学系研究科の倫理委員会およびNepal Health Research Council の承認を得て実施した。

1.2 結果

Kiddo-KINDLの総得点および全ての下位項目得点において、女子は男子よりも低い値を示したが、統計学的有意差は認められなかった。男女ともに、「自尊感情」、「学校生活」、「身体的健康」領域の平均得点は低いが、「家族」の領域では高い値を示した。総得点および下位項目得点における天井効果は、「家族」の領域を除き10%以下であった。

Kiddo-KINDLの総得点のα係数は0.93、下位項目得点では0.73から0.84の範囲であった。テスト‐再テスト法における総得点の級内相関係数は0.95、下位項目得点では0.88から0.94の範囲であった。また、抑うつ症状のある学生のKiddo-KINDLの平均得点は、抑うつ症状がない学生と比較すると、統計学的に有意に低い値を示した。

1.3 考察

Kiddo-KINDLの各項目のスコア分布は偏りが少なく、内的整合性や再現性も高かった。これらの結果から、ネパール語版Kiddo-KINDLは一定の信頼性と妥当性を有することが示された。

【第二章】ネパールにおけるハンセン病患者および回復者を親に持つ思春期青年の抑うつ傾向、自尊感情および健康関連QOLに関する研究

2.1 研究方法

本研究は、ネパール国内のハンセン病患者・回復者を親に持つ青年と、一般青年を対象にした横断研究である。研究参加者は、ハンセン病療養所および寄宿舎に居住している11歳から17歳までの青年102名とした。研究参加者の61名は片親がハンセン病に罹患した経験を持ち、41名は両親がハンセン病に罹患した経験を持っていた。結果を比較する対象として、一般青年115名を2つの公立学校から選択した。全ての研究参加者と保護者に対して文書にて研究の同意を得て調査を行った。

データ収集は自記式質問紙調査を用いた。調査内容は、基本属性、ネパール語版Kiddo-KINDL、CES-Dおよびローゼンバーグ自尊感情尺度(Rosenberg Self-esteem Scale: RSES)とした。調査期間は2008年2月から同年5月である。

データ分析は、Kiddo-KINDLの総得点および下位項目得点、CES-DおよびRSESの得点について、患者・回復者を親に持つ青年と一般青年を比較した。CES-DおよびRSESについては、それぞれカットオフ値を定め、オッズ比を算出した。また、患者・回復者を親に持つ青年のCES-D、RSESおよびKiddo-KINDLについて、片親患者群および両親患者群の比較を行った。さらに、HRQOLに関連する因子を探索するために、Kiddo-KINDLの総得点を従属変数とした重回帰分析を実施した。すべてのデータ解析にはSPSS 16.0 を使用した。

本研究は、東京大学大学院医学系研究科の倫理委員会およびNepal Health Research Council の承認を得て実施した。

2.2 結果

患者・回復者を親に持つ青年のCES-Dの平均得点は、一般青年と比較すると統計学的に有意に高かった。患者・回復者を親に持つ青年のKiddo-KINDL、RSESの平均得点は、一般青年と比較し、統計学的に有意に低い値を示した。Kiddo-KINDLの下位項目のうち、患者・回復者を親に持つ青年の「友だち」および「学校生活」領域における平均得点は、一般青年よりも高い値を示した。

CES-D得点が16点以上の強い抑うつ症状を示す割合は、患者・回復者を親に持つ青年の方が一般青年よりも高く、2群間のオッズ比は2.1(95%信頼区間:1.2-3.7)であった。RSES得点が15点以下の低い自尊感情を示す割合も、患者・回復者を親に持つ青年の方が一般青年よりも高く、オッズ比は6.9(95%信頼区間:3.1-15.9)であった。

片親患者群または両親患者群の比較では、両親群のKiddo-KINDL得点は片親群よりも統計学的に有意に低いか、またはその傾向にあった。

Kiddo-KINDLの総得点を従属変数とした重回帰分析を実施し、CES-Dと片親または両親が患者・回復者であることの2つの因子が統計学的に有意に関連を示した。

2.3 考察

患者・回復者を親に持つ青年は、一般青年と比較して、抑うつ傾向が高く、自尊感情とHRQOLは低いことが示された。両親がハンセン病患者・回復者である青年のHRQOLは、片親が患者・回復者の場合よりも低い傾向にあった。ハンセン病患者・回復者を親に持つ青年のHRQOLに影響を与える因子として、抑うつ症状が高いこと、両親がハンセン病の既往を持つことの2つが有意に関連を示した。

【本研究の優位点と限界】

第一章では、HRQOLの尺度のひとつであるKiddo-KINDLのネパール語版を作成し、その信頼性と妥当性が確認できた。本研究はネパールの思春期青年の主観的なHRQOLの特徴を今後一層検討していく上でも発展性のある研究であると考える。

第二章では、ネパールのハンセン病患者・回復者を親に持つ青年の抑うつ傾向、自尊感情とHRQOLの特徴を示した。この結果は、親がハンセン病に罹患した経験を持つ青年の精神健康上の問題、生活領域における安寧や満足感について検討する上での一助になる。

本研究では、スティグマ付与に関する変数は測定していない。HRQOLとこれらの変数には関連性があることは先行研究で報告されていることから、今後さらなる調査を行う必要がある。また、本研究は横断研究であることから因果関係の推定については限界がある。本研究のサンプルサイズは小さく、且つ簡易サンプリングにて実施したため、母集団の代表性と結果の一般化には限界がある。しかしながら、本研究を端緒に、この分野での研究発展が今後一層高まるものと思われる。

【結論】

ハンセン病患者や回復者を親に持つ青年は、一般青年と比較すると抑うつ傾向が高く、自尊感情およびHRQOLは低いことが示された。特に両親が患者・回復者である場合、HRQOLは低下する傾向にあった。ハンセン病患者・回復者を親に持つ青年のHRQOLに影響を与える因子として、抑うつ症状が高いこと、両親がハンセン病の既往を持つことの2つが関連を示した。これによって、疾患を抱えていない患者・回復者の思春期の子どもに対しても精神的支援をする必要があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ネパールのハンセン病患者・回復者を親に持つ思春期青年の抑うつ傾向、自尊感情および健康関連QOL(HRQOL)について検討した研究である。第一章では、HRQOL尺度の一つであるKiddo-KINDLのネパール語版を作成し、10代の青年204名を対象にして尺度の信頼性と妥当性を検討した。第二章では、ハンセン患者や回復者を親に持つ10代の青年102名を対象に抑うつ傾向、自尊感情およびHRQOLを測定し、その結果を一般青年と比較した。これらについて下記の結果を得た。

1.ネパール語版Kiddo-KINDLの総得点および下位項目得点のスコア分布は偏りが少なく、内的整合性や再現性は高かった。抑うつ症状のある学生のKiddo-KINDLの平均得点は、抑うつ症状がない学生と比較すると、統計学的に有意に低い値を示した。これらの結果から、ネパール語版Kiddo-KINDLは一定の信頼性と妥当性を有することが示された。

2.ハンセン病患者・回復者を親に持つ青年は、一般青年と比較して抑うつ傾向が高く、自尊感情とHRQOLは低いことが示された。HRQOL尺度の下位項目のうち、患者・回復者を親に持つ青年の「友だち」および「学校生活」領域における平均得点は、一般青年よりも高い値を示した。

3.両親がハンセン病患者・回復者である青年のHRQOLの平均得点は、片親が患者・回復者の場合よりも統計学的に有意に低いか、またはその傾向にあった。

4.ハンセン病患者・回復者を親に持つ青年のHRQOLに影響を与える因子として、抑うつ症状が高いこと、両親がハンセン病の既往を持つことの2つが有意に関連を示した。

以上、本論文はこれまで注目されることのなかったネパールのハンセン病患者・回復者を親に持つ青年の抑うつ傾向、自尊感情およびHRQOLの特徴を示した。これによって、疾患を抱えていない患者・回復者の思春期の子どもに対しても精神的支援をする必要があることが示唆された。また、本研究はネパールの思春期青年の主観的なHRQOLの特徴を今後一層検討していく上でも発展性のある研究であることから、学位の授与に値するものと考えられる。

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