学位論文要旨



No 124925
著者(漢字) 大西,悠亮
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,ユウスケ
標題(和) マウス初期胚に存在する小さな機能性RNAの解析
標題(洋) Sequence analysis of small RNAs present in preimplantation mouse embryos
報告番号 124925
報告番号 甲24925
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3345号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 准教授 渡邊,洋一
 東京大学 准教授 田中,輝幸
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

マウス初期胚の着床前過程は、一つの全能性を持つ受精卵が細胞分裂を繰り返し、受精後3.5日から4日までに、2種類の異なる細胞系譜である内部細胞塊(ICM)と栄養外胚葉(TE)を持つ胚盤胞に発生する過程である。そしてこの過程では、母性ゲノムから胚ゲノムに由来する発生プログラムへの移行が始まり、遺伝子発現が大きく変化することが知られている。機能性small RNAであるmiRNA、内在性siRNA、piRNAは、相補的な配列をもつ転写産物に対し、RNAの切断や不安定化を誘導し、初期発生プログラムの移行や配偶子形成、胚形成において重要な役割を持つことが報告されている。しかしながら、哺乳類の初期胚に存在する機能性small RNAを網羅的に解析した研究がないため、その過程における機能性small RNAの働きについては、いまだあまり解明されていない。

本研究は、マウス初期胚に存在するsmall RNAの網羅的解析から、機能性を示すsmall RNAの同定と初期発生過程への影響を調べることを目的とし、少量のtotal RNAからsmall RNA libraryを作成する方法と、ハイスループットなシークエンス技術を用いて、マウス卵細胞、8-16細胞、胚盤胞そしてICMに存在する機能性small RNAについて解析した。それぞれのサンプルを集め、small RNA libraryを作成後、マウスのゲノムに完全に一致する、およそ860,000クローンのsmall RNAについて解析した結果、初期発生過程において機能性small RNAは、量的・質的に大きく変化していることが明らかとなった。そして、母性RNA由来や発生過程で新規に産生される内在性siRNAを見出し、それらが初期胚のレトロトランスポゾンや反復配列を持つ転写産物の抑制に働いていることを見出した。またSINE由来の内在性siRNAが、マウス初期胚においてDicer依存的に形成され、転写産物の調節に働く可能性を示唆した。さらにsmall RNAのクローニング頻度から、マウス初期胚における網羅的なmiRNAの発現プロファイルが得られ、発生過程でmiRNAの発現が大きく変化していることを見出した。そして、胚盤胞とICMにおけるmiRNAの発現プロファイルを比較することで、ICMやTEに偏って存在する可能性のあるmiRNAを網羅的に見出すことができた。またmiRNAの各ステージにおける発現プロファイルから、ICMとTEに偏るmiRNAの発現調節の違いが、8-16細胞期以降に生じることを見出し、そのために、異なるmiRNAの発現パターンが、細胞系譜によって形成される可能性を示唆した。

以上の結果から、哺乳類の初期発生過程では、機能性を示すsmall RNAが劇的に変化しており、初期胚の転写産物の調節や細胞分化において重要な働きを持つことが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は哺乳類の初期発生過程における機能性small RNAを網羅的に解析するため、マウス初期胚からsmall RNA libraryを作成し、大量シークエンス技術を用いて、マウス初期発生過程において機能的に働くsmall RNAの同定を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.効率よくsmall RNAライブラリーを作成する方法を確立し、マウス未受精卵、8-16細胞、胚盤胞そしてICMからsmall RNA libraryを作成した。そして、パイロシークエンス技術によって、初期胚に存在するsmall RNAの網羅的な発現プロファイルを見出した。

2.Small RNAの発現プロファイルから、マウス初期発生過程においては、レトロトランスポゾンに由来するsmall RNAがマウス未受精卵に多く、発生がすすむにつれて減少すること、またmicroRNAは増加することを見出し、初期発生過程におけるsmall RNAは、質的・量的に大きく変化していることを見出した。そして、マウス初期胚の機能性small RNAは、発生過程がすすむにつれ、内在性siRNAからmiRNAへの大きな変化を示すことを見出した。

3.レトロトランスポゾンに由来するsmall RNAのうち、母性由来や発生過程において新規に産生される内在性siRNAを同定した。それらの機能面の解析のため、エレクトロポレーション法によって、受精卵や8-16細胞において核酸を導入する実験系を確立した。そしてマウス初期胚に存在する内在性siRNAはRNAiによって、レトロトランスポゾンの発現調節に関与している可能性を見出した。

4.Small RNAの発現プロファイルから、初期発生過程におけるmicroRNAの発現量の変化を網羅的に見出すことができた。そして初期胚の大部分のmicroRNAは、発生過程がすすむにつれ、発現量が増加することを併せて見出した。

5.ICMのsmall RNAライブラリーから、ICMでは主にmicroRNAが存在していることを見出し、そして胚盤胞とICMのライブラリーを比較することで、ICMに多く存在するmicroRNAや、異なる細胞系譜であるTEに多く存在するmicroRNAを見出すことができた。さらに、そのICMやTEに多く存在するmicroRNAの発現調節の違いが、初期発生過程の細胞分化が形成される8-16細胞以降に、生じる可能性が示唆された。

以上、本論文はこれまでに詳細な解析がなく、大部分が未知であった、初期発生過程における機能性small RNAを同定し、哺乳類の初期胚における遺伝子発現の調節機構として、small RNAが関与する可能性を見出した。本研究の結果は、初期発生過程における機能性small RNAの影響の解明に、重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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