学位論文要旨



No 124926
著者(漢字) 金森,サヤ子
著者(英字)
著者(カナ) カナモリ,サヤコ
標題(和) タイ小学校における鳥インフルエンザの予防に関する知識・態度・信条・行動の改善効果についての比較試験
標題(洋) Effectiveness of School-based Avian Influenza Prevention Program on Improving Knowledge, Attitudes, Beliefs and Practices in Thailand : a Controlled Trial
報告番号 124926
報告番号 甲24926
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3346号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
 東京大学 准教授 井上,和男
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

近年、途上国における日本の国際保健活動として、その投資対効果の高さ等から学校保健アプローチが注目を浴びてきている。また、世界の多くの死亡、疾病、身体障害の原因は、学童期における学校保健教育によって著しく減少できることも知られている。更に、学童を介してコミュニティ全体に対して高い教育効果が挙げられる場としても、学校は重要な位置を占めている。

これまでの途上国における学校保健研究は、主に性感染症、寄生虫感染症対策の一環として行われてきた。しかし、近年脅威となっている鳥インフルエンザに関しては、まだ殆どなされていない。また、これまで鳥インフルエンザに関する行動変容を目的とした介入活動はいくつか実施されてきているものの、その関心の高さに比べて鳥インフルエンザに関する危険行動は十分改善されないという報告が殆どである。

本研究の対象フィールドであるタイでは、鶏や鴨を含む鳥類のみでなく、子供を中心とした人へのH5N1ウイルスの感染例も報告されており、その致死率は68%と非常に高い。また、健康教育への取り組みに応じて健康認定校のランキング(金、銀、銅)を教育省が定めており、学校保健の基盤体制も整っている。しかしながら、学校保健アプローチが異なる健康認定校のランキングに与える影響は、これまで殆ど探索されていない。

2.目的

本研究の目的は以下の2点である。1)タイにおける鳥インフルエンザ予防を、学校保健アプローチを用いて実施し、その有効性を検討する。2)学校保健アプローチが、異なる健康認定校のランキングに与える影響を探索する。

3.方法

2007年5月から2008年3月にかけて、タイ・スパンブリ県の2地方にて本研究を実施した。まず、2地方のうち1地方を健康教育介入群、もう1地方を健康教育非介入群と無作為に選定した。次に、各地方にて、異なる健康認定校のランキングに属する小学校を各ランクから3校ずつ無作為に選定し、計2地方4ランク(金、銀、銅、銅以下)24校を研究対象校として選定した。これらの学校群に所属する、4,5,6年次の1クラス全ての学童(1学年1クラス以上ある場合は無作為に1クラスを選定)、これらの学童の保護者、及び4,5,6年次生を教えている全ての教員を対象に比較試験を行った。

2007年5月に、研究対象全校において、学童1,428名、保護者1,317名、及び教員105名を対象に鳥インフルエンザに関する無記名式質問紙を用い、ベースライン段階の各々の知識・態度・信条・行動レベルを調査した。次に、2007年6月、健康教育介入群において鳥インフルエンザに関する教員向けの教材を開発、使用し、教員を対象とした鳥インフルエンザ予防授業のトレーニングを1日間実施した。一連のトレーニングの後、教員は学童に対する鳥インフルエンザ予防授業を実施した。各校における鳥インフルエンザ予防授業は、各々の学校のスケジュールに合わせて行われ、この間、県教育委員が定期的に視察を行った。2008年1月には、学童による展示、実演、手洗い競争及び保護者や地域住民によるゲームを含む鳥インフルエンザキャンペーンを1日間実施した。この間、健康教育非介入群には上記の介入活動は行わなかった。

ベースライン調査時及び介入活動開始より10ヵ月後の2008年3月、事後調査として、ベースライン段階での調査と同様の質問紙を用いて、学童、学童の保護者及び教員の知識・態度・信条・行動レベルがどの程度変化したかを測定した。

全ての段階で回収した質問紙に対する回答を、SPSSを使用して統計学的に解析した。健康教育介入群・非介入群間の基本属性の比較にはt検定及びカイ二乗検定を用いた。知識・態度・信条・行動に関する回答は得点化し、正しい・望ましい回答率(知識・態度・信条・行動レベル)とした。群間比較には共分散分析を用いた。

また、研究における倫理面にも充分配慮し、調査前に東京大学及びマヒドン大学倫理審査委員会より倫理審査を受け、承認された。

4.結果

1,544名の学童対象者及び保護者対象者、及び127名の教員対象者のうち、ベースライン調査では、学童、保護者、教員それぞれ1,428名、1,317名、105名から回答を得た(回答率:92.5%、85.3%、82.7%)。また、ベースライン調査時及び介入活動開始より10ヵ月後の事後調査ではそれぞれ、1,368名、1,234名、83名から回答を得た(回答率: 95.8%、93.7%、79.0%)。

まず、健康教育介入群・非介入群間のベースライン時の基本属性を比較した。回答を得た学童両群で(健康教育非介入群:健康教育介入群 n=651:777)、以下の変数に統計学的に有意に差はなかった:年齢、性別、両親の職業・教育レベル、鳥インフルエンザについてこれまで聞いた経験の有無、家族や友人・近隣住民で鳥インフルエンザを患ったことのある者の有無、健康認定校レベル。それに対して、統計学的に有意に差があったのは以下の変数であった:学年(p=0.026)、同居家族人数(p=0.020)、居住区内の家禽の有無(p<0.001)、鳥インフルエンザの情報源が家族や医療従事者等を含む人伝い(p<0.001)、マスメディア(p=0.004)。次に、回答を得た保護者両群で(n=605:712)、以下の変数に統計学的に有意に差はなかった:性別、同居家族人数、職業、教育レベル、鳥インフルエンザについてこれまで聞いた経験の有無、鳥インフルエンザの情報源が家族や医療従事者等を含む人伝い、或いはマスメディア、健康認定校レベル。それに対して、統計学的に有意に差があったのは以下の変数であった:年齢(p<0.001)、月収(p=0.003)、居住区内の家禽の有無(p<0.001)、家族や友人・近隣住民で鳥インフルエンザを患ったことのある者の有無(p=0.032)。また、回答を得た教員両群では(n=62:43)、何れの基本属性にも統計学的な有意差は認められなかった。

次に、健康教育介入群・非介入群間でベースライン調査時に統計学的に有意に差のあった変数(上記)、及び理論上交絡因子と考えられる変数(年齢、性別、ベースライン調査時の知識・態度・信条・行動レベル)で調整した、事後調査時の知識・態度・信条・行動レベルを健康教育介入群・非介入群間で比較した(健康教育非介入群:健康教育介入群 n=607:761(学童)、547:687(保護者)、51:32(教員))。その結果、健康教育介入群の方が、健康教育非介入群に比べて以下のレベルが統計学的に有意に高かった(以下全てp<0.001):学童の態度(2群間回答率差 4.0 [95%信頼区間2.8-5.3])、信条(5.1 [3.3-6.8])、行動(5.4 [3.6-7.2])、保護者の知識(3.8 [2.3-5.3])、態度(5.1 [3.7-6.5])、信条(3.6 [1.5-5.7])、行動(4.9 [2.9-7.0])、教員の行動(11.3 [3.4-19.3])。

更に、健康認定校のランキングで層化、交絡因子で調整した、事後調査時の知識・態度・信条・行動レベルを健康教育介入群・非介入群間で比較した(健康教育非介入群:健康教育介入群 [健康認定校*、健康非認定校きごう+] n=479:585*、128:176+(学童)、430:525*、117:162+(保護者)、36:26*、15:6+(教員))。その結果、健康認定校(金、銀、銅)では、健康教育介入群と健康教育非介入群間に上述の統計学的有意差が認められた(以下、保護者の信条以外全てp<0.001):学童の態度(3.9 [2.4-5.4])、信条(6.3 [4.3-8.3])、行動(8.5 [6.6-10.4])、保護者の知識(3.7 [2.1-5.4])、態度(3.7 [1.9-5.4])、信条(3.7 [1.3-6.1] p=0.003)、行動(6.5 [4.5-8.8])。それに対して、健康非認定校では上述の統計学的有意差は認められなかった。

5.考察

本研究を通じて、学校保健アプローチを用いた鳥インフルエンザ予防介入活動は、健康認定校において、学童・保護者・教員の行動レベルの向上に有効であることが確認された。また、保護者の知識、学童と保護者の態度・信条レベルの向上にも有効であった。これまで、鳥インフルエンザに関する危険行動の変容が困難だったことを考慮すると、全ての研究対象者において行動レベルが向上した点は顕著な所見であると考えられる。この結果は、教員向けの教材、教員トレーニング、キャンペーン、そして健康認定校という制度という複数の要因に起因すると考えられる。

また、健康非認定校に関しては、上述の有効性が認められなかった要因についての追加的研究が必要であると考えられる。

6.結論・提言

本研究により、健康認定校において、これまで困難であった鳥インフルエンザに関する危険行動の変容に、学校保健アプローチを用いた鳥インフルエンザ予防介入活動が有効であることが確認された。

今後、健康認定校へは本介入活動の拡大を、そして健康非認定校に対しては、本介入活動の追加的支援を行うことで、鳥インフルエンザに関する危険行動の変容が、より広範囲の学校で可能になるものと示唆された。また、今後更なる長期的追跡調査を行うことで、本介入活動の持続性も検討していく予定である。

キーワード:鳥インフルエンザ、タイ、ヘルスプロモーション、学校保健、

健康認定校、教育介入、比較試験

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、これまで鳥インフルエンザに関する危険行動の変容が困難であることが報告されているタイにおいて実施された。そして、鳥インフルエンザ予防介入活動を学校保健アプローチを用いて実施し、異なる健康認定校のランキングに与える影響を探索することにより、下記の結果を得た。

1.鳥インフルエンザ予防介入活動実施後の学童・保護者・教員の知識・態度・信条・行動レベルを健康教育介入群・非介入群間で比較したところ、健康教育介入群の方が、健康教育非介入群に比べて、全ての研究対象者において行動レベルが統計学的に有意に高かった。

2.保護者の知識、また学童と保護者の態度・信条レベルも、健康教育介入群の方が統計学的に有意に高かった。

3.鳥インフルエンザ予防介入活動実施後の学童・保護者・教員の知識・態度・信条・行動レベルを健康認定校のランキングで層化し、健康教育介入群・非介入群間で比較したところ、健康認定校(金、銀、銅)では、健康教育介入群と健康教育非介入群間に上述の統計学的有意差が認められた。

4.健康非認定校(銅以下)では、上述の統計学的有意差は認められなかった。

5.健康認定校へは本介入活動の拡大を、そして健康非認定校に対しては、本介入活動の追加的支援を行うことで、鳥インフルエンザに関する危険行動の変容が、より広範囲の学校で可能になるものと示唆された。

以上、本論文はタイの学童・保護者・教員に対して学校保健アプローチを用いた鳥インフルエンザ予防介入活動を行い、健康認定校においては、全ての研究対象者の行動変容が可能となったことを明らかにした。これまでの、マスメディアを通じた情報提供のみでは鳥インフルエンザに関する危険行動の変容が困難であったことを考慮すると、全ての研究対象者において行動レベルが向上した点は顕著な所見であり、且つ今後の鳥インフルエンザの予防と対策において重要な貢献を成し得ることから、学位の授与に値するものと考えられる。

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