学位論文要旨



No 124930
著者(漢字) 平安,恒幸
著者(英字)
著者(カナ) ヒラヤス,コウユキ
標題(和) ヒト集団におけるHLAクラスI認識受容体の遺伝的多様性
標題(洋) Genetic diversity of HLA class I-recognizing receptors in human populations
報告番号 124930
報告番号 甲24930
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3350号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 准教授 田中,輝幸
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、ヒト集団におけるHLAクラスI認識受容体の遺伝的多様性を調べること及びその骨髄移植成績への影響を調べることを目的とした。

Human leukocyte antigen (HLA)は、自然免疫と獲得免疫において重要な役割を果たし、その著しい遺伝的多様性は自然選択によってヒト集団中に維持されている。HLA class I認識受容体であるKiller immunoglobulin-like receptor (KIR)も著しい遺伝的多様性を示し、その遺伝的多様性についても自然選択によって集団中に維持されていることが示唆されている。移植においてはドナーとレシピエントのHLA型及びKIR型を適合させることが移植の成功の鍵であることが示されている。しかしながら、このようなHLAとKIRの進化的及び臨床的な意義にも関わらず、新たに発見されたHLA class I認識受容体であるleukocyte immunoglobulin (Ig)-like receptor (LILR)の遺伝的側面については十分解明されているわけではない。LILRは活性化型と抑制型で構成されるHLAクラスI認識受容体ファミリーであり、修士課程において私は6.7kbのLILRA3欠失アリル頻度が日本人で非常に高いことを示し(71%)、非欠失型において中途終止コドンを有するアリルを新規に見出した。近年、東京在住日本人、北京在住中国人、ヨーロッパ系民族、アフリカ系民族の4集団について100万箇所以上のSNPをタイピングし、ハプロタイプ地図を明らかにすることで様々な研究の基盤を整備する国際HapMapプロジェクトがスタートし、HapMapデータを利用することでLILRA3遺伝子周辺の網羅的解析が可能となった。そこで、さらに研究を進めるために、私はLILRA3遺伝子領域の多様性について東北アジア集団(中国朝鮮族、満民族、モンゴル人、ブリヤート族)およびHapMap集団の地理的頻度分布を調べLILRA3遺伝子領域の進化的および機能的な側面の解析を行った。

チャプター1で私は、LILRA3欠失アリルが日本人のみならず東北アジア集団においても高頻度で存在することを明らかにした(84%:中国朝鮮族、79%:満民族、56%:モンゴル人、76%:ブリヤート族)。さらに4つのHapMap集団(東京在住日本人、北京在住中国人、ヨーロッパ系民族、アフリカ系民族)を調べたところ、LILRA3アリルとLILRB2アリルが強い連鎖不平衡の関係にあることを見出した。中途終止コドンを有するLILRA3アリルは、東北アジア集団でのみ検出された。またフローサイトメトリー解析により、東北アジア集団で多くみられるLILRB2アリルは細胞表面発現レベルが有意に低いことが明らかとなった。HapMap集団についてFSTおよびEHH解析を行ったところ、LILRA3およびLILRB2遺伝子に正の自然選択が働いた痕跡を見出した。以上の結果は、非機能型LILRA3アリルおよび低発現のLILRB2アリルが自然選択により東北アジア集団で増加したことを示唆しており、HLAだけでなくその受容体も地域環境の影響を受けやすいということが推測された。

ヒトLILRB2ホモログであるPIR-B欠損マウスではGVHDが重症化するという先行研究が報告されているため、チャプター2では317名のドナー・レシピエントペアについてチャプター1で見出された低発現型のLILRB2アリルを調べ、骨髄移植成績への影響について調べた。高発現型LILRB2ホモ接合体の患者では、ヘテロ接合体および低発現型ホモ接合体と比べて重症急性GVHDの発症率が高く、これら3群間で有意差が見られた(P=0.041)。LILRB2との連鎖不平衡の関係もあり、LILRA3機能型ホモの患者では重症急性GVHDの発症率が高い傾向にあったものの有意には至らなかった(P=0.067)。多変量解析においても患者の高発現型LILRB2ホモ接合体は、低発現型ホモ接合体(ハザード比=3.15、P=0.0098)と比べて急性GVHDの重症化と関連することが示された。これらの結果は、HLA-受容体システムを理解することは骨髄移植後の免疫反応を制御するための手がかりとなりうることを示している。

先行研究の知見と合わせると、遺伝的多様性および移植成績へ影響する免疫機能はHLAとその受容体に共通した特徴であることが考えられる。HLAとHLA受容体を総合的に解析することが進化や疾患を理解する上で今後重要だろう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト免疫系における自己非自己の識別やその骨髄移植成績への影響に重要なHuman leukocyte antigen (HLA)とその受容体の機能解明を目指すため、これまで十分に解析されていないHLA class I認識受容体leukocyte immunoglobulin (Ig)-like receptor (LILR)の遺伝的多様性およびその骨髄移植成績への影響を調べることを目的とし、下記の結果を得ている。

1.LILRA3欠失アリルが東北アジア集団において高頻度で存在することを明らかにした(日本人:71%、北京在住中国人:70%、中国朝鮮族:84%、満民族:79%、モンゴル人:56%、ブリヤート族:76%、ヨーロッパ系民族:17%、アフリカ系民族:7%)。中途終止コドンを有する非機能型LILRA3アリルは、東北アジア集団でのみ検出された(日本人:19%、北京在住中国人:11%、中国朝鮮族:13%、満民族:5%、モンゴル人:14%、ブリヤート族:2%、ヨーロッパ系民族:0%、アフリカ系民族:0%)。

2.4つのHapMap集団(東京在住日本人、北京在住中国人、ヨーロッパ系民族、アフリカ系民族)を調べたところ、LILRA3欠失多型はLILRB2遺伝子多型と強い連鎖不平衡の関係にあることが示され、LILRB2遺伝子多型においても集団差が見られた。フローサイトメトリー解析により、東北アジア集団で多くみられるLILRB2アリルは細胞表面発現レベルが有意に低いことが明らかとなった。

3.LILRA3およびLILRB2の集団間におけるアリル頻度差が自然選択によって生じた可能性を調べるために、分子進化学的統計手法であるFSTおよびEHH解析を行ったところ、LILRA3およびLILRB2遺伝子に正の自然選択が働いた痕跡を見出した。

4.骨髄移植における317名のドナー・レシピエントペアについて本研究で見出されたLILRB2アリルを調べ、その骨髄移植成績への影響について調べたところ、患者の高発現型LILRB2ホモ接合体は、低発現型ホモ接合体(ハザード比=3.15、P=0.0098)と比べて有意に急性GVHDの重症化と関連することが示された。

以上、本論文はLILRA3およびLILRB2遺伝子の多様性を明らかにし、その骨髄移植への影響を示した。本研究はヒトの進化および骨髄移植後合併症の発症機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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