学位論文要旨



No 124931
著者(漢字) マニライ,ペンサイ
著者(英字) MANILAY,PHENGXAY
著者(カナ) マニライ,ペンサイ
標題(和) ラオス人民民主共和国ビエンチャン市の小学生における風疹及び麻疹抗体保有率
標題(洋) SEROPREVALENCE OF RUBELLA AND MEASLES ANTIBODIES IN PRIMARY SCHOOL AGED CHILDREN IN VIENTIANE CAPITAL, LAO PDR
報告番号 124931
報告番号 甲24931
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3351号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
 東京大学 准教授 馬渕,昭彦
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 講師 渡辺,博
内容要旨 要旨を表示する

緒言

麻疹と風疹の制圧・排除は近年、世界的に順調に進展しつつある。アメリカ合衆国では2005年に風疹の自然伝播の排除が報告された.風疹は中等度の感染性をもつウイルス感染症で、主に子供、青年、若年成人が感染する.しかし、感染が妊娠初期に起きると、自然流産、死産、先天性風疹症候群(CRS)を胎児に引き起こす恐れがある.CRSでは先天性白内障、先天性心疾患、聴覚障害、骨系統異常、肝臓脾臓障害、発育遅延などが起こる.発展途上国では毎年10万件以上のCRSが発生していると推定される.

麻疹は高熱、咳、鼻水、風邪症状、結膜炎を伴う急性のウイルス性感染症である.麻疹は未だアフリカや東南アジアの乳幼児や児童に猛威を振るい子供の死因の第1位を占めている.2006年は麻疹による死亡が世界全体で24万2千件あり、1日に663人、1時間に27人が亡くなっている計算になる.麻疹ワクチンは1994年以来ラオス人民民主共和国(ラオス)の定期予防接種に含まれているが、風疹はとりあげられていない.風疹感染とCRSの実態はまだ知られていない.このため、本研究では、風疹・麻疹のIgG抗体の血清保有率を測定し、ラオスの首都ビエンチャン市の公立小学校の6歳から12歳の児童の風疹感染の現状を把握することを目的とした.

対象と方法

4つの公立小学校の児童の血清の横断調査を行った.ラオスの首都ビエンチャン市の6歳から12歳の小学生411名を、2007年12月から2008年3月に、多段無作為抽出で選出した.ラオスと日本国、両国の倫理委員会の承認を得て、個人データと血液検体を入手した.市販の酵素免疫測定法(EIA、デンカ生研、日本)を用い、メーカーの使用説明書に従って、風疹と麻疹のIgG抗体を測定した.得られた抗体濃度データとアンケートは全て一貫した基準でチェックし、統計解析ソフトSPSSバージョン15に入力し分析した.カイ二乗検定とロジスティック回帰モデルを用いて解析を行なった.

結果

本研究はトータル411名の6歳から12歳の健康な小学生、男子201名(48.9%)、女子210名(51.1%)を対象とした.風疹抗体の血清濃度は9.55〜304.99 IU/ml、平均値91.26 IU/ml (標準偏差114.77)であった.風疹抗体の陽性と陰性の割合はそれぞれ43.6%と56.4%であった.ピアソンのカイ二乗検定で有意差が認められた変数項目をロジスティック回帰分析にかけた.その結果、血清陽性率は男子生徒が103名(51.2%)、女子生徒が76名(36.2%)で、女子の陽性率が有意に低かった(オッズ比0.50;95%信頼区間0.33-0.75; p<0.05).年少の7歳の子供達は血清の風疹抗体陽性率が28.2%と低いが、年齢と共に陽性率が増加する傾向があり、11歳でピークに達し58.5%(オッズ比2.51;95%信頼区間1.12-5.62;p<0.05)となった.又、小学校B、C、Dの風疹抗体陽性率はそれぞれ 49.0% (オッズ比 2.63; 95% 信頼区間1.45-4.77; p < 0.01)、 45.2% (オッズ比 2.22; 95% 信頼区間1.19-4.11; p < 0.05)、 53.4% (オッズ比3.34; 95% 信頼区間1.89-5.91; p < 0.001)で、小学校Aの27.4%に比べて高かった.自宅で出生した子供達は病院で出生した子供達と比べて風疹抗体陽性率が高く(56.3% 対40.1%)、統計的にも有意であるという興味深い事実も見出された(オッズ比1.84、95% 信頼区間1.12-3.01、p < 0.05).

麻疹抗体の血清陽性人数(%)、陰性人数(%)はそれぞれ401名(97.6 %)、10名(2.4 %)であった.麻疹抗体の血清濃度は0.18〜5.84 IU/mlで平均値1.28 IU/ml (標準偏差1.30)で、麻疹抗体陽性率は男子生徒197名(98.0%)、女子生徒204名(97.1%)と共に高率であった.年齢的な分布では、9歳児の陽性率が最も低く95.3%であり、学校の別では、小学校Dの陽性率が最も低く94.1%であった.しかし、麻疹抗体の陽性率に関しては有意差が認められたものはなかった.

考察

本研究の結果、小学生の43.6%が過去の風疹感染で免疫を獲得しており、疫学調査は未発表であるが、調査地域には風疹ウイルスが自然に蔓延していることが分かった.最も重要なのは、この地域の小学児童の半数以上(56.4%)が、風疹抗体陰性であったことで、これらの児童は風疹ウイルスに感染する可能性があり、特に女子の場合はCRSの児を出産する危険があるという事である.性別、年齢、地域、学年、出生場所による有意差には、例えば感染患者との接触の機会、周囲の人口密度、免疫反応の性差など、幾つかの要因が考えられる.実際、ウイルス自然感染への免疫反応は個人差がある.子供の出生場所に関しては、病院で生まれた子供達は風疹感染から守られているという結果であった.これは、病院の衛生状態が良いことを示唆する.麻疹抗体の陽性率は麻疹ワクチンの集団キャンペーンの結果、高率となっていることが、今回、明らかとなった.麻疹に関しては、2007年のワクチン接種率がビエンチャン市で46%、ラオス全体で40%と低いにも関わらず、抗体陽性率は97.6%と高かった。これは、本研究が行われる直前の2007年11月に9ヶ月から14歳の児を対象にした全国的なワクチンキャンペーンによる効果と考えられる。一方、2.4%の児が抗体陰性であった理由としては以下の要因が考えられる。第一に、麻疹ワクチンの効果は100%ではないこと、第二にワクチン接種者の接種技術が未熟であったり、ワクチン供給ルートが停滞またはcold chainが保たれていなかったりすることにより、ワクチンが正しく接種できなかったということである。一方で、先行研究では、初回ワクチン接種後に抗体価が低下していくことが報告されている。このため、2回目の麻疹ワクチン接種をする意義は、本研究で認められた抗体陰性児を守ることのみならず、免疫を再活性化することにもあり、また、ワクチンの機会を逸した児に再度接種機会を与えるためでもあることが示された。

結論として、本研究はラオスにおける風疹感染を抗体陽性率で検討した最初の報告である.強調されるのは、小学生の50%以上が免疫を獲得しておらず、この子供達、特に女児が出産可能な年齢に達した時、未だ風疹感染の可能性があり、CRS児を出産する危険に瀕しているという結果である.更に、出産可能年齢の女性達の抗体保有率の検討が必要である.風疹ワクチンプログラムはCRS予防の為、出来るだけ早く導入されなければならない.ラオスにおける麻疹の制圧及び根絶に向けて、まず定期接種としての麻疹ワクチン接種率を少なくとも全体の90%となるように施策を進めるべきである。次に、地域において年齢群に分けた血清疫学調査を行い、麻疹抗体価が陰性の児及び抗体価が低下しつつある児の免疫再活性化のために、2回目の麻疹ワクチン接種またはキャッチアップキャンペーンを行うべきである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、全世界的に根絶の対象疾患としてあげられている風疹及び麻疹に関して、ラオス国ビエンチャン市における小学生児の血清抗体価を測定し、抗体陽性に関与する因子を検索することを目的に行われたものであり、下記の結果を得ている。

1.風疹の血清抗体陽性率は43.6%であり、定期予防接種プログラムに風疹が含まれていないラオスにおいて、野生の風疹ウイルスが蔓延して、これに感染した結果であることが示唆された。最も重要な発見は、血清抗体陰性率が56.4%であり、特に女児において36.2%しか陽性率がなかったので、この群は未だに野生風疹ウイルスに感受性があるということである。これは、彼女らが出産可能年代に達した際に、妊娠初期に風疹のアウトブレイクが発生した場合には先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome: CRS)児を出産するリスクがあるということである。しかし、今回の研究では、風疹抗体陽性率と性別、年齢、学校、学年、出産場所が統計的に有意に関連しているという結果であった。これらは、ワクチンを導入する前の児童における風疹の自然感染像を表していると考えられた。CRSを予防するために、風疹ワクチンを早急に導入することが強く推奨される。

2.麻疹に関しては、2007年のワクチン接種率がビエンチャン市で46%、ラオス全体で40%と低いにも関わらず、抗体陽性率は97.6%と高かった。これは、本研究が行われる直前の2007年11月に9ヶ月から14歳の児を対象にした全国的なワクチンキャンペーンによる効果と考えられる。一方、2.4%の児が抗体陰性であった理由としては以下の要因が考えられる。第一に、麻疹ワクチンの効果は100%ではないこと、第二にワクチン接種者の接種技術が未熟であったり、ワクチン供給ルートが停滞またはcold chainが保たれていなかったりすることにより、ワクチンが正しく接種できなかったということである。一方で、先行研究では、初回ワクチン接種後に抗体価が低下していくことが報告されている。このため、2回目の麻疹ワクチン接種をする意義は、本研究で認められた抗体陰性児を守ることのみならず、免疫を再活性化することにもあり、また、ワクチンの機会を逸した児に再度接種機会を与えるためでもあることが示された。

以上、本論文では、ラオス・ビエンチャン市における風疹の血清疫学調査を行うことに初めて成功し、麻疹風疹混合ワクチンの導入や妊婦における血清疫学を行うことの重要性など示唆に富む提言を行っている。本研究は、CRSの予防および麻疹・風疹の根絶に対して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24395