学位論文要旨



No 124932
著者(漢字) 小野田,真紀
著者(英字)
著者(カナ) オノダ,マキ
標題(和) ポリアクリルアミド誘導体の高次構造変化を利用した蛍光イオンセンシング
標題(洋)
報告番号 124932
報告番号 甲24932
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1285号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 浦野,泰照
 東京大学 准教授 三田,智文
内容要旨 要旨を表示する

微量物質の検出において、特定の分析対象の濃度増加に伴って蛍光強度の増加する発蛍光性センサーは、感度・選択性の面から利用価値が高く、汎用されている。このようなセンサーの開発においては、「試薬自身は(ほとんど)蛍光を持たず、分析対象の存在によって蛍光強度が増加する」という条件を満たす化合物を設計する必要がある。これまでに開発されてきた発蛍光性センサーは、蛍光団の分子内電荷移動性の変化、または、分子内の光誘起電子移動の制御を蛍光スイッチングの原理にしたものが多い。一方、近年、分析対象の存在により高次構造を変化させる生体高分子または合成高分子に、極性変化を認識する蛍光団をラベルした高分子センサーが開発され始めている。これらのセンサーは、「高分子の高次構造変化に伴う蛍光団近傍の極性変化を蛍光出力に変換」しており、従来の蛍光スイッチングの原理とは大きく異なっている。

そこで、筆者は、本研究において、イオンの捕捉により高次構造変化を起こす合成高分子を用いて、新しい蛍光スイッチングの原理に基づく発蛍光性イオンセンサーを開発することを目的とした。具体的には、水素イオンセンサーの開発を通して、複数種のアクリルアミド誘導体を構成要素とする高分子において、この蛍光スイッチングが機能することを実証し、各構成要素の役割を明らかにした。さらに、金属イオンを分析対象とするセンサーへ展開することにより、この蛍光スイッチングの一般性について検討した。また、この原理に基づいて、急激な蛍光強度変化を示す蛍光性pHセンサーを開発した。

本研究において提唱するイオンセンサーの蛍光スイッチングの原理

イオンの捕捉により高次構造変化を起こし、その近傍の極性が低下するような刺激応答性のポリアクリルアミド誘導体に、低極性条件下でのみ蛍光を発する蛍光団をラベルする。水溶液中、イオン非存在下では、アミド部位と水分子との間に水素結合が形成されており、センサーは膨張した状態をとっている。従って、蛍光団周辺には水分子が存在して極性が高く、蛍光シグナルはほとんど観測されない(Figure 1,a)。一方、捕捉部位が分析対象となるイオンを捕捉すると、高分子内の様々な相互作用により、センサーは高次構造変化を起こして収縮する(Figure 1,a→b→c)。その際センサー近傍の極性は低下し、それを蛍光団が感知して蛍光シグナルとして出力する(Figure 1,c)。

1.蛍光スイッチングの原理の実証(水素イオンセンサーの開発)

上記において提唱した蛍光スイッチングの原理を実証するために、水素イオン濃度の増加(pHの低下)に伴い蛍光強度が増加する水素イオンセンサーを用いて検討した。本センサーは複数種のアクリルアミド誘導体を構成要素として組み合わせた合成高分子となると予想されたが、ここでは、起点となる高分子に様々なモノマーユニットを追加・変換することで、各構成要素の役割を明らかにした。その結果、以下に示す各々の役割を有するユニットをランダムに重合させた高分子において、想定した蛍光スイッチングが実現することが判明した。その構成要素は、(1)極性変化を認識する蛍光団を含み、高分子の構造変化を蛍光出力に変換する「蛍光出力部位A」、(2)アルキル基を有し、センサーの作動温度を決定する「作動温度調節部位B」、(3)分析対象となるイオンを捕捉する「イオン捕捉部位C」、(4)イオン性の官能基を含み、高分子全体の電荷や水溶性を調節する「親疎水性調節部位D」である(Figure 2)。

これらの部位のうち、A1,B2,C1,D1を共重合させることにより水素イオンセンサーの開発に成功した(Figure 3a)。このセンサーは、水素イオンの少ない条件(pH12)では、D1ユニットのアニオン同士の静電反発などにより、センサーは膨張した状態をとっていると考えられる。一方、水素イオン濃度が増加すると(pH12→pH5)、アミンのプロトン化によりカチオン性となったC1ユニットとアニオン性のD1ユニットとの間に生じた静電相互作用によりセンサーが高次構造変化を起こして収縮し、それをA1ユニットが感知して蛍光を発したと考えられる。なお、蛍光出力部位を、ベンゾフラザンを含むA1から他の蛍光団を含むユニット(例えばダンシルを含むA2など)に変換することで、センサーの励起・蛍光波長を、また、作動温度調節部位をB2から他のモノマーユニット(例えばB1,B3など)に変換することで、センサーとして作動するための最適な温度(作動温度)を、自由に調節できることも判明した。また、水素イオンセンサーを開発する過程において、水酸化物イオン濃度の増加(pHの上昇)に伴い蛍光強度が増加する水酸化物イオンセンサーの開発にも成功した(Figure3b)。

2.金属イオンを分析対象とするセンサーへの展開

この蛍光スイッチングの一般性を示すために、金属イオンを分析対象とするセンサーについて検討した。イオン捕捉部位として、代表的な金属イオンレセプターを含むユニットであるC2,C3を用いた。その結果、A1,B2,C2,D1を共重合させた高分子がカリウムイオンセンサーとなることを確認した(Figure4a)。なお、この高分子は、Figure3aに示した水素イオンセンサーのイオン捕捉部位C1を、カリウムイオンを捕捉するC2に変換した高分子である。また、カルシウムイオンキレーターを含むイオン捕捉部位C3を用いて、A1,B2,C3,D2を構成要素とする高分子を設計した結果、マグネシウムイオンに対してカルシウムイオンに選択的に応答するイオンセンサーとなった(Figure4b)。これにより、イオン捕捉部位を適切に選択することで、様々なイオンを分析対象とするセンサーが一般的に設計・開発可能であることが判明した。

3.急激な蛍光強度変化を示す蛍光性pHセンサーの開発

A1,B1,C1を共重合させることにより、pH変化に対して急激な蛍光強度変化を示す蛍光性pHセンサー(水酸化物イオンセンサー)を開発した(Figure5)。この蛍光応答は、センサーがpH変化に対して急激に高次構造変化を起こしたことに由来すると考えられ、低分子を用いた一般的な蛍光性pHセンサーの応答とは異なり、刺激応答性のポリアクリルアミド誘導体を用いた本センサーならではの特徴的な応答であるといえる。また、イオン捕捉部位をC1から他のアミンを有するC4に変換することで、急激な蛍光強度変化を示すpHの領域を変更することができ、カルボン酸を有するC5に変換することで、急激な蛍光強度変化を示す水素イオンセンサーとなることも確認した。このようなセンサーは環境測定や診断において、わずかなpHの違いを判定するツールとして応用可能であると考えている。

以上、本研究で開発した新しい蛍光スイッチングの原理に基づく発蛍光性イオンセンサーは、4種の構成要素の組み合わせにより、分析対象となるイオン、作動温度、励起・蛍光波長を自由に選択可能であることが判明した。また、高分子の高次構造変化に基づく特徴的な応答を示すため、低分子では達成の難しい応答を実現可能であることが確認できた。このような特徴は、合成高分子を用いた本センサーならではのものであると言える。本センサーの原理は、今回示したイオンだけではなく、中性物質などの分析対象にも適応可能であると考えられ、新しいタイプの発蛍光性センサーとして、広く活用されることを期待している。

Figure 1.本研究で開発を目指す発蛍光性イオンセンサーの概念図

Figure2.センサーの構成要素となるモノマーユニットの構造

Figure3.H+センサー(a),OH-センサー(b)における蛍光スペクトル

Figure4.K+センサー(a),Ca2+センサー(b)における蛍光スペクトル

Figure5.急激な蛍光強度変化を示すOH-センサーの蛍光応答

審査要旨 要旨を表示する

近年、分析対象の存在により高次構造を変化させる生体高分子または合成高分子に、極性変化を認識する蛍光団をラベルした高分子センサーが開発され始めている。これらのセンサーは、「高分子の高次構造変化に伴う蛍光団近傍の極性変化を蛍光出力に変換」しており、従来の小分子の蛍光スイッチングの原理とは大きく異なっている。そこで、小野田真紀は、「ポリアクリルアミド誘導体の高次構造変化を利用した蛍光イオンセンシング」の研究課題において、イオンの捕捉により高次構造変化を起こす合成高分子を用いて、新しい蛍光スイッチングの原理に基づく発蛍光性イオンセンサーを開発することを目的とした。

本研究において提唱するイオンセンサーの蛍光スイッチングの原理は以下のものである(Figure 1)。イオンの捕捉により高次構造変化を起こし、その近傍の極性が低下するような刺激応答性のポリアクリルアミド誘導体に、低極性条件下でのみ蛍光を発する蛍光団をラベルする。水溶液中、イオン非存在下では、アミド部位と水分子との間に水素結合が形成されており、センサーは膨張した状態をとっている。従って、蛍光団周辺には水分子が存在して極性が高く、蛍光シグナルはほとんど観測されない(Figure 1,a)。一方、捕捉部位が分析対象となるイオンを捕捉すると、高分子内の様々な相互作用により、センサーは高次構造変化を起こして収縮する(Figure1,a→b→c)。その際センサー近傍の極性は低下し、それを蛍光団が感知して蛍光シグナルとして出力する(Figure 1,c)。

本原理について、小野田真紀は以下の課題を行った。1)水素イオンセンサーの開発を通して、複数種のアクリルアミド誘導体を構成要素とする高分子において、この蛍光スイッチングが機能することを実証し、各構成要素の役割を明らかにした。2)金属イオンを分析対象とするセンサーへ展開することにより、この蛍光スイッチングの一般性について検討した。3)この原理に基づいて、急激な蛍光強度変化を示す蛍光性pHセンサーを開発した。

1.蛍光スイッチングの原理の実証(水素イオンセンサーの開発)

上記の蛍光スイッチングの原理を実証するために、水素イオン濃度の増加(pHの低下)に伴い蛍光強度が増加する水素イオンセンサーを用いて検討した。本センサーは複数種のアクリルアミド誘導体を構成要素として組み合わせた合成高分子となると予想されたが、ここでは、起点となる高分子に様々なモノマーユニットを追加・変換することで、各構成要素の役割を明らかにした。その結果、以下に示す各々の役割を有するユニットをランダムに重合させた高分子において、想定した蛍光スイッチングが実現することが判明した。すなわち,(1)極性変化を認識する蛍光団を含み、高分子の構造変化を蛍光出力に変換する「蛍光出力部位A」、(2)アルキル基を有し、センサーの作動温度を決定する「作動温度調節部位B」、(3)分析対象となるイオンを捕捉する「イオン捕捉部位C」、(4)イオン性の官能基を含み、高分子全体の電荷や水溶性を調節する「親疎水性調節部位D」である(Figure 2)。

これらの部位のうち、A1,B2,C1,D1を共重合させることにより水素イオンセンサーの開発に成功した(Figure 3a)。このセンサーは、水素イオンの少ない条件(pH12)では、D1ユニットのアニオン同士の静電反発などにより、膨張した状態をとっていると考えられる。二方、水素イオン濃度が増加すると(pH12→pH5)、アミンのプロトン化によりカチオン性となったC1ユニットとアニオン性のD1ユニットとの間に生じた静電相互作用によりセンサーが高次構造変化を起こして収縮し、それをA1ユニットが感知して蛍光を発したと考えられる。なお、蛍光出力部位を、ベンゾフラザンを含むA1から他の蛍光団を含むユニット(例えばダンシルを含むA2など)に変換することで、センサーの励起・蛍光波長を、また、作動温度調節部位をB2から他のモノマーユニット(例えばB1,B3など)に変換することで、センサーとして作動するための最適な温度(作動温度)を、自由に調節できることも判明した。また、D1の代わりにD2を用いることで、水酸化物イオン濃度の増加(pHの上昇)に伴い蛍光強度が増加する水酸化物イオンセンサーの開発にも成功した。

2.金属イオンを分析対象とするセンサーへの展開

本蛍光スイッチングの一般性を示すために、金属イオンを分析対象とするセンサーについて検討した。イオン捕捉部位として、代表的な金属イオンレセプターを含むユニットであるC2,C3を用いた。その結果、A1,B2,C2,D1を共重合させた高分子がカリウムイオンセンサーとなった(Figure 3b)。なお、この高分子は、Figure 3aに示した水素イオンセンサーのイオン捕捉部位C1を、カリウムイオンを捕捉するC2に変換した高分子である。また、カルシウムイオンキレーターを含むイオン捕捉部位C3を用いて、A1,B2,C3,D2を構成要素とする高分子を設計した結果、マグネシウムイオンに対してカルシウムイオンに選択的に応答するイオンセンサーとなった。

3.急激な蛍光強度変化を示す蛍光性pHセンサーの開発

A1,B1,C1を共重合させることにより、pH変化に対して急激な蛍光強度変化を示す蛍光性pHセンサー(水酸化物イオンセンサー)を開発した(Figure 4)。この蛍光応答は、センサーがpH変化に対して急激に(協同的に)高次構造変化を起こしたことに由来すると考えられ、刺激応答性のポリアクリルアミド誘導体を用いた本センサーならではの特徴的な応答であるといえる。また、イオン捕捉部位をC1から他の塩基性をもつアミンC4に変換することで、急激な蛍光強度変化を示すpHの領域を変更することができ、一方,カルボン酸を有するC5に変換することで、急激な蛍光強度変化を示す水素イオンセンサーとなることも確認した。

以上、小野田真紀は本研究において、高分子モノマーとして4種の構成要素を組み合わせて発蛍光性イオンセンサーを創製することにより、新しい蛍光スイッチングの原理の有効性を検証した。本機能性高分子センサーは構成要素を変更することで分析対象となるイオン、作動温度、励起・蛍光波長を自由に選択・チューニング可能であることを見出した。また、低分子では達成の難しい、高分子の高次構造変化に基づく協同的な応答を確認した。このような特徴は、合成高分子を用いた本センサーならではのものであると言える。本研究はモジュール構造を基盤とした発蛍光型イオンセンシング分子を創製し、その概念は有機化学ならびに分析化学に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

Figure 1.本研究で開発を目指す発蛍光性イオンセンサーの概念図

Figure 2.センサーの構成要素となるモノマーユニットの構造

Figure 3.H+センサー(a),K+センサー(b)における蛍光スペクトル

Figure 4.急激な蛍光強度変化を示すOH-センサーの蛍光応答

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