学位論文要旨



No 124934
著者(漢字) 伊藤,崇敬
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タカユキ
標題(和) 糸状菌由来メロテルペノイド化合物の生合成研究
標題(洋)
報告番号 124934
報告番号 甲24934
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1287号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 磯貝,隆夫
 東京大学 准教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

メロテルペノイド化合物は、赤で示すポリケタイドと青で示すテルペノイドの構造を併せ持つ特異なハイブリッド型化合物である(Fig.1)。Aspergillus fumigatusより単離され、ACAT阻害活性を有するpyripyropeneやA.terreusより単離され、選択的アセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有するterritremに代表されるように、糸状菌からは多様な構造や生物活性をもつメロテルペノイドが数多く単離されているものの、それらの生合成遺伝子、及び生合成経路の詳細は解明されていない。近年Aspergillus属を含む糸状菌においてもゲノムプロジェクトが展開され、その大部分のゲノム配列がdatabaseで利用可能であることから、pydpyropeneおよびterritremに着目し、その生合成に関与する遺伝子および生合成経路の同定を目的として研究を開始した。これらの化合物はその生物活性から、臨床への応用が期待される重要な化合物である上に、互いの構造がよく似ていることから、比較検討が行いやすいという利点がある。また、本研究では生合成遺伝子発現のホストとして、従来利用されてきた大腸菌や酵母ではなく、異種糸状菌Aspergillus oryzaeを用いた。これまで糸状菌において、複数の生合成遺伝子を共発現させて生合成経路を再構成した例は報告されていないが、生産菌と近縁の生物種を利用することにより、高い物質生産能が期待出来ることから、本研究は糸状菌をホストとした有用物質生産系の構築への応用につながるものと考えられる。

【本論】

1.Territrem生合成遺伝子クラスターの探索

Territremおよびpydpyropeneについては、その生産株における各種標識化合物の投与実験により、生合成経路が推定されている。一般的に、メロテルペノイド生合成の初期段階において、そのポリケタイド部分を合成するポリケタイド合成酵素(PKS)および、ポリケタイドにプレニル基を縮合するプレニル基転移酵素(PT)の二種類の酵素が関与するものと予想された。そこでまず、territrem生合成遺伝子クラスターの同定を目指し、A.terreus NIH2624株ゲノムデータベースにてPKS、PT両遺伝子を近傍に併せ持つような遺伝子クラスターを検索した結果、14遺伝子からなる約36kbのクラスターが見いだされた。本クラスター中のPKSは、酢酸単位であるmalonyl-CoAの縮合に最低限必要なKS、AT、ACPの各ドメインに加え、MeTドメイン、TEドメインを有する、繰り返し型type I PKSであり、MeTドメインによるメチル基の転移が起こるものと予想された(Fig.2)。しかしながら、territrem推定生合成中間体の生成にはメチル基転移を必要とせず、本クラスターは別の化合物の生合成に関与していると考えられた。そこで、本遺伝子クラスターと生合成上矛盾のないような化合物の単離例を検索したところ、同じくA.terreusの生産するmycotoxinであるterretoninが候補として考えられた。クラスター内の各遺伝子産物の推定機能は、既知のテルペノイド環化酵素のホモログが存在していないことを除くと、temetoninの予想生合成経路と矛盾のないものであり、本クラスターをtrtクラスターと命名した(Fig.3)。

2.Terretonin生合成遺伝子クラスターの同定と機能解析

trtクラスターのterretonin生合成への関与を確認するため、異種糸状菌A.oryzaeをホストとして、trt4のコードするPKSの機能解析を行った。trt4遺伝子で、異種糸状菌A.oryzae M-2-3株を形質転換し、導入遺伝子特異的な生産物を単離、構造解析したところ、1の生産が確認された。このことから、本クラスターがterretoninの生合成に関与することが強く示唆された。

次に、Ubiquinone生合成に関与するPTであるUbiAのホモログであるPT(Trt2)の機能解析を行った。PKS、PT遺伝子共発現体を誘導培養後、PT遺伝子特異的な生産物の分析を行ったところ、1にファルネシル基の付加した2の生産が確認された。

続いてファルネシル基のエポキシ化に関与する酸化酵素の機能解析を行った。インドールジテルペンpaxillinの生合成に関与するPaxMはFAD-dependent monooxygenase (FMO)であり、プレニル基のエポキシ化に関与すると推定されている。そこで、そのホモログであるTrt8の機能を解析するため、PKS、PT、FMO三遺伝子共発現体を作製し、FMO遺伝子特異的な生産物の分析を行ったところ、エポキシ体3a及びその加水分解産物であるジヒドロキシ体3bが得られた。本クラスター中には既知のテルペノイド環化酵素のホモログが存在していないことから、Trt8による環化産物の生産も期待されたが検出されなかった。これらの結果からFMOは環化を触媒せず、環化酵素は別に存在していることが示唆されたが、修飾酵素が多数存在するtrtクラスターよりその候補を絞り込むことは困難であった。そこで、より生合成経路が単純であると考えられるpyripyropene A生合成遺伝子クラスターの探索を行い、環化酵素を同定することにした。

3. Pyripyropene A生合成遺伝子クラスターの同定と機能解析

A.fumigatus Af293株ゲノムデータベースにて、PKS、PT両遺伝子の共存を指標に遺伝子クラスターを検索した結果、9遺伝子からなる約22kbのクラスターが見出されpyrクラスターと命名した.(Fig.5)。本クラスターの各遺伝子産物は、CoA ligase(CL)、PKS、PT及びFMOなどが存在し、terretonin同様既知のテルペノイド環化酵素のホモログが存在しないことを除くとpyripyropeneAの予想生合成経路とほぼ一致していた(Fig. 6)。

本クラスター内のPKS(Pyr2)は、Ks、Ar、AcPドメインのみからなる繰り返し型type I PKS であり(Fig.7)、ピロン体4が2分子のmalonyl-CoAの縮合のみから生じることを考えると矛盾のないものであった。そこで、本PKSの機能を確認するため、PKS、CL(pyr1)遺伝子共発現体を構築した。培地にニコチン酸を投与し、導入遺伝子特異的な生産物の分析を行ったところ、ピロン体4の生産が確認された。この結果から本クラスターがpydpyropene Aの生合成に関わることが強く示唆された。

次に、PT(Pyr6)の機能を解析するため、CL、PKS、PT三遺伝子共発現体を作製し、培地にニコチン酸を投与してpyr6特異的な生産物の分析を行ったところ、4にファルネシル基が付加した5の生産が確認された。

続いて、FMO(Pyr5)の機能を解析するため、PT、FMO共発現体を作製し、培地にPTの基質となる4を投与してpyr5特異的な生産物の分析を行ったところ、エポキシ体6は検出出来ずジヒドロキシ体6aが得られた(Fig.8)。この結果から、エポキシ体は生成しているものの、CYC非存在下ではホスト由来の酵素などにより、速やかに加水分解されるものと予想された。

両化合物どちらにおいてもFMOによる環化産物は検出されなかったことから、CYCは別に存在することが示唆された。そこで、両クラスターに共通して存在している遺伝子を検索したところ、integral membrane proteinとアノテーションされている遺伝子trt1、pyr4が見出された。本遺伝子のホモログはインドールジテルペンの生合成遺伝子クラスター中にも存在し、paxillineの生合成においてはpyr4のホモログであるpaxBを含む四遺伝子が、環化産物paspalineの生合成に必要であるということが実験的に示されていた。しかし、PaxBの機能については基質の輸送に関わる膜タンパク質として推定されているに過ぎなかった。

そこで、Pyr4の機能を解析するため、PT、FMO、Pyr4三遺伝子共発現体を構築した。培地に4を投与し、pyr4特異的な生産物の分析を行ったところ、環化産物7a及びその酸化体である7bの生産が確認された。また、Pyr4が単独でCYCとして機能することを証明するため、6を合成し、pyr4導入株の誘導培地中に投与したところ7aの生産が確認された。さらにpyr4導入株よりミクロソーム画分を調製し、6とin vitroの反応を行ったところ、環化活性が検出され、Pyr4がテルペノイドの環化を触媒する新規環化酵素であることが示された。

【総括と今後の展望】

1.糸状菌をホストとした発現系の構築により、terretonin及びpyripyropene生合成遺伝子クラスターの同定に成功した。さらに、糸状菌において複数の生合成遺伝子を順次導入し生合成経路を再構成することに初めて成功し、pyripyropeneについてはその基本骨格7aを作り出すことに成功した。これらの結果は、糸状菌を用いた有用物質生産系の構築への応用につながる大変重要なものである。

2.Trt2は芳香環にプレニル基を導入するタイプのPTとして、1)ベンゼン環置換メチル基の付け根にプレニル基を付加し、四級炭素を構築する、2)ファルネシル基を付加する、という点において極めて特異なPTであり、今後基質特異性を含めた更なる機能解析により、プレニル化された有用化合物の創出が期待される。

3.Pyrl、Pyr2はニコチン酸をポリケタイド経路へと取り込む新規CL及びPKSであり、今後基質認識能の解明により、新たな非天然型ポリケタイドの創出への応用が期待される。

4.Pyr4はこれまで知られているテルペノイド環化酵素とは全く異なる新規環化酵素であり、その更なる機能解析はメロテルペノイドのみならずインドールジテルペンなど他の糸状菌由来二次代謝産物の生合成研究に大きく寄与するものである。

Fig.1 Structure of territrem C and pyripyropene A

Fig.2 Domain organization of PkSTl

Fig.3 The trt cluster (ca. 36 kb)

Fig.4 Biosynthetic pathway of terretonin proposed by this study

Fig. 5 The pyr cluster (ca. 22 kb)

Fig.6 Biosynthetic pathway of pyripyropene A proposed by this study

Fig.7 Domain organization of Pyr2(2444 aa)

審査要旨 要旨を表示する

メロテルペノイド化合物は、ポリケタイドとテルペノイドの構造を併せ持つ特異なハイブリッド型天然物である。Aspergillus fumigatusより単離され、ACAT阻害活性を有するpyripyropeneやA.terreusより単離され、選択的アセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有するterritremに代表されるように、糸状菌からは多様な構造や生物活性をもつメロテルペノイドが数多く単離されているものの、それらの生合成遺伝子、及び生合成経路の詳細は解明されていない。近年Aspergillus属を含む糸状菌におけるゲノムプロジェクトが展開され、ゲノム配列がdatabaseで利用可能であることから、pyripyropeneおよびterritremに着目し、その生合成に関与する遺伝子および生合成経路の同定を目的として研究を開始した。

1.Terretonin生合成遺伝子クラスターの同定と機能解析

メロテルペノイド生合成の初期段階においては、ポリケタイド部分を合成するポリケタイド合成酵素(PKS)および、ポリケタイドにプレニル基を縮合するプレニル基転移酵素(PT)の二種類の酵素が関与するものと予想される。そこでterritrem生合成遺伝子クラスターの同定を目指し、A.terreus NIH2624株ゲノムデータベースにてPKS、PT両遺伝子を近傍に併せ持つような遺伝子クラスターを検索し、14遺伝子からなる約36kbのクラスターを見いだした。本クラスター内の各遺伝子産物の推定機能は、目標としたterritremではなくマイコトキシンとして知られるterretoninの予想生合成経路と矛盾のないものであり、本クラスターをtrtクラスターと命名した(Fig.1)。

trtクラスターのterretonin生合成への関与を確認するため、異種糸状菌A.oryzaeをホストとしてtrt4のコードするPKSの機能解析を先ず行った。trt4遺伝子による形質転換株が予想生合成中間体1を生産したことから、本クラスターがterretoninの生合成に関与することが強く示唆された(Fig.2)。次いで、ubiquinone生合成に関与するUbiAのホモログであるPT(Trt2)の機能解析を行うためPKS、PT共発現体を作成したところ、2を生産したことから、本PTは1にファルネシル基を付加するPTであることが確認された。続いてファルネシル基のエポキシ化に関与するFAD-dependent monooxygenase (FMO)の候補遺伝子であるTrt8の機能を解析するため、PKS、PT、FMO三遺伝子共発現体を作成し、生産物の分析を行ったところ、エポキシ体3a及びその加水分解産物であるジヒドロキシ体3bが得られた。本クラスター中には既知のテルペノイド環化酵素のホモログが存在していないことから、Trt8による環化産物の生産も期待されたが検出されなかった。これらの結果からFMOは環化を触媒せず、環化酵素は別に存在していることが示唆されたが、修飾酵素が多数存在するtrtクラスター中でその候補を絞り込むことは困難であった。

3. Pyrioyropene A生合成遺伝子クラスターの同定と機能解析

A.fumigatus Af293株ゲノムデータベースにて、PKS、PT両遺伝子の共存を指標に遺伝子クラスターを検索した結果、9遺伝子からなる約22kbのクラスターが見出されpyrクラスターと命名した(Fig.3)。本クラスターの各遺伝子産物は、CoA ligase(CL)、PKS、PT及びFMOなどが存在し、terretoninクラスターの場合と同様、既知テルペノイド環化酵素のホモログが存在しないことを除くとpyripyropene Aの予想生合成経路とほぼ一致していた(Fig.4)。本クラスター内のPKS(Pyr2)の機能を解明するため、PKS、CL (Pyr1)遺伝子共発現体を構築し、培地にニコチン酸を投与したところピロン体4の生産が確認され、本クラスターがpyripyropene Aの生合成に関わることが強く示唆された。

次に、PT(Pyr6)の機能を解析するため、CL、PKS、PT三遺伝子共発現体を作製し、培地にニコチン酸を投与したところ、4にファルネシル基が付加した5の生産が確認された。

続いて、PT、FMO共発現体を作製し、培地にPTの基質となる4を投与したところ、ジヒドロキシ体6aが得られた(Fig.4)。この結果は、エポキシ体は生成しているものの、環化酵素CYC非存在下ではホスト由来の酵素により加水分解されるものと予想した。

CYC候補として、trt-,pyr-両クラスターに共通して存在している遺伝子を検索したところ、integlal membrane proteinとアノテーションされている遺伝子trt1、pyr4を見出した。Pyr4の機能を解析するため、PT、FMO、Pyr4三遺伝子共発現体を構築した。培地に4を投与し、pyr4特異的な生産物の分析を行ったところ、環化産物7a及びその酸化体である7bの生産が確認された。また、Pyr4が単独でCYCとして機能することを証明するため、化学的に調製した6をpyr4導入株に投与したところ7aの生産が確認され、さらにpyr4導入株のミクロソーム画分が6の環化活性を示すことをin vitroで確認した。Pyr4はテルペノイドの環化を触媒する新規環化酵素である。

本研究では、糸状菌をホストとした発現系の構築により、メロテルペノイド生合成クラスターとしてterretonin及びpyripyropene生合成遺伝子クラスターの同定に成功した。さらに、糸状菌において複数の生合成遺伝子を順次導入し生合成経路を再構成することで、pyripyropene類の基本骨格を作り出すことに成功した。これらの結果は、糸状菌を用いた有用物質生産系構築への応用に直接つながる重要な成果である。また、本研究で見出されたTrt2,Pyr1,Pyr2,Pyr4の機能は、既知生合成酵素には全くみられない新規なものである。

以上、本研究の成果は二次代謝産物の生合成研究に大きく寄与するものであり、今後の天然物化学に大きく貢献することから、博士(薬学)に値するものと認めた。

Fig.1.The trt cluster (ca. 36kb)

Fig.2. Biosynthetic pathway of terretonin proposed in this study

Fig.3. The pyr cluster (ca.22kb)

Fig.4. Biosynthetic pathway of pyripyropene A proposed in this study

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