学位論文要旨



No 124936
著者(漢字) 小柴,隆宏
著者(英字)
著者(カナ) コシバ,タカヒロ
標題(和) (-)-HuperzineAの全合成
標題(洋)
報告番号 124936
報告番号 甲24936
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1289号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

(-)-Huperzine A(1)はヒカゲノカズラ科のトウゲシバ(Huperzia serrata)の葉より単離、構造決定されたリコポジウムアルカロイドである1。本化合物は、強力かつ可逆的なアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有することから、記憶力の向上及び記憶減退の改善に効果があると考えられ、さらにアセチルコリンエステラーゼに対する選択性も高いことより、新規アルツハイマー病治療薬のリード化合物として注目を集めている2。また、構造上の特徴として炭素原子のみからなるビシクロ[33.1]骨格や、ピリドン骨格を有しているという点で合成化学的にも非常に興味深い化合物である。現在までに数例の全合成が報告されているが、その光学純度および二重結合部位の幾何異性制御の点などで満足のいくものではない(3,4)。そこで筆者は、この興味深い天然物の、より効率的かつ立体選択的な合成経路の確立を目指し、本研究に着手した。

【逆合成解析】

我々の合成計画を以下に示す(Scheme 1)。(-)-Huperzine A(1)のピリドン部位、エチリデン部位は合成の終盤にケトン2より順次構築することとした。アミノ基はカルボキシル基よりCurtius転位反応により導入することとし、ビシクロ骨格部位を有するラクトン3を鍵中間体として設定した。ビシクロ[3.3.1]骨格は3の二重結合部位における閉環メタセシス反応により構築しようと考えた。その前駆体となるジエン4のビニル基は、エノン5に対する有機銅試薬を用いたconvex面選択的共役付加により立体選択的に導入できると考えた。また5のメタリル基は、三環性ラクトン6のエーテル環の開裂、位置および立体選択的C-アルキル化により合成できると考えた。

【鍵中間体3の合成】

まず、フラン(7)とマレイン酸無水物(8)のDiels-Alder反応により成績体9を得た(Scheme 2)。次にBolmらによって報告されている方法に従い5、1当量のキニンを作用させた後にベンジルアルコールを加えることで不斉非対称化を行い、光学活性なカルボン酸10へと変換した。続いて、混合酸無水物を経由した還元を行うことでカルボン酸選択的にアルコールとした後、酸性条件に付すことでエステルへの環化によりラクトンを形成し、さらに水素添加反応により二重結合を還元することで光学活性なラクトン(-)-6とした。次に、6に対して2当量のKHMDSを作用させたところ、まずエノレートを形成した後エーテル環が開裂し、さらにラクトンのγ位で脱プロトン化が進行することでジアニオン11が生成した。そのまま系中に1当量のメタリルブロミドを加えることで、ラクトンのα位にてconvex側より選択的にアルキル化が進行し目的のC-アルキル化体12が得られたが、このとき先に生じたアルコキシドのアルキル化が副反応として問題となった。種々条件を検討した結果、1当量の18-crown-6を共存させておくことで副反応を抑えることができ、良好な収率で12が得られることを見出した。また、この段階で再結晶を行うことで光学的に純粋な化合物とした。続いて、ホモアリルアルコール12の水酸基を利用した立体選択的エポキシ化を行った。種々の金属触媒を検討した結果、5価のバナジウム触媒を用いた際に最も良い結果を与えた6。エポキシアルコール13は、Swern酸化の条件に付すことで水酸基の酸化に引き続きエポキシドの開環が進行し、α,β-不飽和ケトン14へと良好な収率で導いた。

次に有機銅試薬の共役付加反応を行うべく、まず14の二級水酸基をTBSOTfを用いて保護しようとしたところ目的とする保護体は全く得られず、望みの骨格であるビシクロ[3.3.1]骨格を有するシリルエノールエーテル15が得られてきた。これは、TBSOTfがルイス酸として働くことでエノンを活性化した結果、β位の近傍に存在する二重結合から環化反応が進行したものと考えられる。生じたシリルエノールエーテルはTBAFを用いて脱シリル化を行うことで、良好な収率にて目的の鍵中間体であるケトン16へと変換できた。さらに種々反応条件を検討した結果、触媒量のTfOHを作用させることで、シリルエノールエーテル体を経ることなく1段階にてケトン16へと変換できることを見出した。

【アミノ基の導入、ピリドンの構築】

コア骨格となるビシクロ[3.3.1]骨格の構築に成功したので、続いて窒素原子の導入を行った(Scheme 4)。16の二級水酸基をMOM基で保護し17とした後、塩基性条件下ラクトンの加水分解によるカルボン酸への変換を試みたが目的物は得られなかった。そこで水酸化カリウム存在下チオフェノールを作用させたところ、カルボン酸18を得ることに成功した。次に18に対してDPPAを用いたCurtius転位反応を行い、生じたイソシアネート19をメタノールで処理することでメチルカーバメート20へと変換し、良好な収率で窒素原子を導入した。続いてピリドン骨格構築への足がかりとして、α,β-不飽和ケトンへと変換した。すなわち、20のスルフィド部位を1当量のmCPBAによりスルホキシド21へと酸化した後、トルエン加熱還流条件下β脱離させることでα,β-不飽和ケトン22とした。

ピリドン部位は、ピリジンからの酸化反応により構築できないかと考え、まずピリジンを構築することとした(Scheme 5)。まず22をブチルビニルエーテル中加熱還流することで、1:1のジアステレオマー混合物としてジヒドロピラン23を得た。続いて、23をエタノール加熱還流中ヒドロキシアミン塩酸塩と反応させ、良好な収率でピリジン24へと変換した。この際、系中に存在する塩酸により同時にMOM基も除去され、24はアルコール体として得られた。この後、ピリジンをピリドンへと変換する為に種々条件の検討を行ったが、二重結合存在下ピリジンからピリドンへの酸化が困難だったため、本ルートを断念した。

そこで、エノン22より付加環化反応を用いることでピリドンが合成できないかと考えた(Scheme 6)。22に対してスルフィニルアミドをMichael付加させケトアミド25とした後、トルエン加熱還流の条件に付したところ、環化及びスルフィン酸の脱離が進行し、ピロン26を得た。26は、アンモニア水中加熱することで容易にピリドン27へと変換でき、得られた27は炭酸銀存在下ヨードメタンを作用させ2-メトキシピリジン28として保護した。

【(-)-Huperzine A(1)の全合成】

最後にエチリデン部位の構築を行った(Scheme 7)。28のMOM基の除去はTMSIを用いた際に速やかに進行し、生じた2級水酸基をSwern酸化の条件に付すことでケトン29とした。エチリデンの構築にWittig反応を用いると望みとは逆の立体化学を有する化合物が優先して得られることが報告されていたので(3,4)、アリルアルコールの転位反応により二重結合の立体化学を制御できないかと考えた。まず29に対し、ビニルリチウムを付加させることでジアステレオ混合物としてアリルアルコール30を得た。得られた30の粗生成物を塩化チオニルで処理したところ、望みの幾何異性を有するアリルクロリド31が単一化合物として得られた。これは水酸基が塩化チオニルにより活性化された際に、ビニル基がメチルカーバメートとの立体障害を避けるように位置することで目的の立体化学を選択的に構築できたものと考えられる。31のクロロ基はLiBHEt3を用いて還元的に除去し、エチリデン32へと変換した。最後に、TMSIを用いてメトキシピリジンとメチルカーバメートの脱メチル化を行うことで(-)-Huperzine A(1)の全合成を達成した。なお、各種スペクトルデータは天然物のものと良い一致を示した。

(1) (a) Liu. J.-S.; Zhu, Y.-L.; Zhou, Y.-Z.; Han, Y.-Y.; Wu, F.-W.; Qi, B.-F. Can. J. Chem. 1986, 64, 837. (b) Ayer, W. A.; Browne, L. M.; Orszanska, H.; Valenta, Z.; Liu, J.-S. Can. J. Chem. 1989, 67, 1538.(2) Tang, X.-C.; Sarno, P. D.; Sugiya, K.; Giacobini, E. J. Neurosci. Res. 1989, 24, 276. (b) Kozikowski, A. P. J. Heterocyclic Chem. 1990, 27, 97. (c) Bai, D. Pure & Appl. Chem. 1993, 65, 1103.(3) Total synthesis of (±)-huperzine A: (a) Xia, Y.; Kozikowski, A. P. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111 , 4116. (b) Qian, L.; Ji, R. Tetrahedron Lett. 1989, 30, 2089. (c) Kozikowski, A. P.; Reddy, E. R.; Miller, C. P. J. Chem. Soc., Parkin Trans. I 1990, 195.(4) Total synthesis of (-)-huperzine A: (a) Yamada, F.; Kozikowski, A. P.; Reddy, E. R.; Pang, Y.-P.; Miller, J. H.; Mckinny, M. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 4695. (b) Kaneko, S.; Yoshino, T.; Katoh, T.; Terashima, S. Tetrahedron 1998, 54, 5471.(5) Bolm, C.; Schiffers, I.; Dinter, C.-L.; Gerlach, A. J. Org. Chem. 2000, 65,6984. (b) Bolm, C.; Atodiresei, I.; Schiffers, I. Org. Synth. 2005, 82, 120.(6) (a) Evans, J.-M., Kallmerten, J. Synlett 1992, 269. (b) Nicolaou, K. C.; Harrison, S.-T. Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 3256. (c) Nicolaou, K. C.; Hanison, S.-T. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 429.

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

Scheme 6

Scheme 7

審査要旨 要旨を表示する

(-)-Huperzine A(1)はヒカゲノカズラ科のトウゲシバより単離、構造決定されたアルカロイドで、強力なアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有することから、アルツハイマー病治療薬の候補として注目を集めている。小柴は、(-)-huperzine A(1)の特徴的な構造であるビシクロ[3.3.1]骨格とエチリデン部位を立体選択的に構築する、新規合成経路を確立するために本研究を行った。

まず、小柴は光学活性な環化反応前駆体10の合成を行った(Scheme 1)。フラン(2)とマレイン酸無水物(3)のDiels-Alder反応により得られる酸無水物4に対し、キニンを用いた不斉非対称化を行うことで光学活性なカルボン酸5へと変換した。続いて、混合酸無水物を経由した還元を行うことでカルボン酸選択的にアルコールとした後、酸性条件に付すことでエステルへの環化によりラクトンを形成し、さらに水素添加反応により二重結合を還元することで光学活性なラクトン(-)-6とした。次に、6に対して2当量のKHMDSを作用させた後にメタリルブロミドを加えることで、首尾よく目的とするアルキル化体8を位置・立体選択的に得た。続いて、ホモアリルアルコール8の水酸基を利用した立体選択的なエポキシ化をした後、得られた、エポキシアルコール9をSwern酸化に付すことでα,β-不飽和ケトン10へと良好な収率で導いた。

次に有機銅試薬の共役付加反応を行うべく、まず10の二級水酸基をTBSOTfを用いて保護しようとしたところ、目的とする保護体は全く得られず、望みの骨格であるビシクロ[3.3.1]骨格を有するシリルエノールエーテル11が得られるという、極めて幸運かつ珍しい反応を見出した(Scheme 2)。これは、TBSOTfがルイス酸として働くことでエノンを活性化した結果、β位の近傍に存在する二重結合から環化反応が進行したものと考えられる。生じたシリルエノールエーテルはTBAFを用いて脱シリル化を行うことで、良好な収率にて目的の鍵中間体であるケトン12へと変換した。その後、小柴は詳細に検討を重ね、触媒量のTfOHを作用させることでシリルエノールエーテル体を経ることなく1段階にてケトン12へと変換できることを見出した。

コア骨格となるビシクロ[3.3.1]骨格の構築に成功したので、次にラクトン部位の開環、窒素原子の導入を行った(Scheme 3)。12の二級水酸基をMOM基で保護し13とした後、塩基性条件下ラクトンの加水分解を試みたが目的物は得られなかった。そこで、再ラクトン化を阻止するためにチオフェノールを共存させることで、カルボン酸14を得ることができた。次に14をCurtius転位反応に付してメチルカーバメート16を得た。ここで続くピリドン骨格構築への足がかりとするため16をスルホキシド脱離反応を用いてα,β-不飽和ケトン18へと変換した。

ピリドン部位は、エノン18より付加環化反応を用いることで構築している(Scheme 4)。スルフィニルアミドを18にMichael付加させてケトアミド19とした後、トルエン加熱還流の条件に付すと、環化及びスルフェン酸の脱離が進行してピロン20が得られた。これをアンモニア水中で加熱してピリドン21へと変換し、さらに炭酸銀存在下ヨードメタンを作用させて2-メトキシピリジン22を合成した。

エチリデン基の導入のため、まず22のMOM基を除去し、次いでSwern酸化することでケトン23を得た(Scheme 5)。Wittig反応を用いると望みとは逆の立体化学を有する化合物が優先して得られることが報告されていたので、小柴はアリルアルコールの転位反応により二重結合の立体化学を制御できないかと考えた。そこで、23に対し、ビニルリチウムを付加して得られたアリルアルコール混合物24を塩化チオニルで処理したところ、望みのアリルクロリド25が単一化合物として得られた。これは水酸基が塩化チオニルにより活性化された際に、ビニル基がメチルカーバメートとの立体障害を避けるように位置することで目的の立体化学を選択的に構築できたものと考えられる。25のクロロ基はLiBHEt3を用いて還元的に除去し、エチリデン26へと変換した。最後に、TMSIを用いてメトキシピリジンとメチルカーバメートの脱メチル化を行うことで(-)-Huperzine A(1)の全合成を達成した。

以上、小柴は興味深い新規環化反応を見出し、また今まで問題となっていたエチリデン部位の立体制御に成功し、(-)-huperzine A(1)の新規立体選択的合成経路を確立した。この成果は、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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