学位論文要旨



No 124940
著者(漢字) 藤川,雄太
著者(英字)
著者(カナ) フジカワ,ユウタ
標題(和) 細胞内GST活性検出蛍光プローブの開発と生物応用
標題(洋)
報告番号 124940
報告番号 甲24940
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1293号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】薬物代謝酵素として知られるGlutathione S-transferase(GST)は基質へのGlutathione(GSH)抱合を促進することによって、薬物の無毒化や活性酸素種(ROS)によって傷害された内在性物質の除去などを行う酵素である。GSTにはいくつかのサブタイプが知られているが、Piサブタイプとして知られるGSTPは多くのがんにおいて過剰発現していることが知られている。がんにおけるGSTPの過剰発現は、抗がん剤耐性や発がん過程などへの寄与が強く示唆されている。またある種のがんでは通常細胞質に存在しているGSTPが核に局在していることが知られ、核局在の割合とがん患者の悪性度には正の相関も知られている。これまでに、GST活性を検出する方法がいくつも開発されてきたが、そのどれもが組織や細胞を破砕して作製した細胞質分画活性を評価するものであり、本来の細胞内での活性を評価していない。また破砕した場合、細胞内分布の情報は完全に失われる。このため生きた細胞のGST活性を検出可能な蛍光プローブは、GST過剰発現腫瘍の検出、また抗がん剤耐性機構を解明するツールになると考え、本研究に着手した。

【本論】

1. GST特異基質の探索

酵素活性検出蛍光プローブの満たすべき要件として、(1)蛍光プローブが酵素の基質となること、(2)酵素反応によって蛍光特性の変化が起こること、の2つが挙げられる。GSTをターゲットとした蛍光プローブの作製に向け、まず酵素の基質となる構造の探索に着手した。GST活性を正しく見積もるためには、GSHのみとの反応速度に比べ、GST存在下での反応速度が圧倒的に大きいことが必須である。これまで知られている基質はGSTによる反応に比べてGSHとの自発的反応が比較的速いため、新たなGST特異的反応を起こす基質を探索する必要がある。そこで下に示すいくつかの化合物のGST非存在下および存在下にて反応初速度を比較したところ、3,4-Dinitrobenzanilide(NNBA)が非常に反応性の高い基質であることが分かった(Fig.1A,B)。プロトンNMRの結果および酵素反応終了後の溶液における亜硝酸イオン濃度の測定結果から、NNBAの反応機構としてグルタチオン化とそれに伴うニトロ基の脱離が起こっていることが確かめられた。

2. 蛍光制御原理に基づいた新規GST活性検出蛍光プローブDNAF1の開発

NNBAそのものとグルタチオン化後のモデル化合物の還元電位をそれぞれ測定したところ、両者には約0.4Vの比較的大きな違いが生じることが分かった。そこでこの反応前後の電子密度変化を当研究室で確立されてきたDonor excited photo-induced electron transfer(d-PeT)のメカニズムを利用して蛍光強度変化へとつなげGST蛍光プローブの開発を試みた。d-PeTとは、励起蛍光団の近傍に電子受容能の高い部位が存在する場合、励起された蛍光団からその部位へと電子が移動し励起状態の解消が起こった結果、蛍光が消光される現象である。そこで蛍光団であるキサンテンをNNBAと直結させたDNAF1をデザイン、合成した。DNAF1をGSHおよびリコンビナントGSTP共存下キュベット中にて反応を行ったところ、大きな蛍光強度上昇を示し、デザイン通り機能することが明らかとなった(Fig.2A,B)。またHPLCおよびLcMSの結果からDNAF1の反応生成物は確かにグルタチオン化された化合物であることも確認された。さらにDNAF1を用いて各種細胞のLysate総GST活性を評価できることも確かめられた(Fig.2C)。

3. 細胞膜透過型GST活性検出蛍光プローブDNAT-Meの開発

DNAF1はGSTによるグルタチオン化により顕著な蛍光強度上昇を示すが、そのまま生細胞へ適用しても細胞膜を通過しない。この原因としてDNAF1の分子内にカルボン酸が存在することが考えられた。この理由によりDNAF1を細胞内に導入するには、カルボン酸をより脂溶性の高い置換基に変換することが必要であると考え、次頁に示すDNAT-Meおよび中性pH領域でのpH感受性を持たないdiCl-DNAT-Meをデザイン・合成した(Fig.3A)。蛍光光度計およびFlow cytometryの検討からDNA丁一Meは細胞膜透過可能なGST活性検出蛍光プローブであることが確かめられた(Fig.3B,C)。またHPLCによる検討からDNAT-Meは細胞内でもin vitro同様、グルタチオン化されることが明らかとなった。

4.DNAT-Meを用いた培養細胞系での検討

次に培養細胞の生細胞内GST活性を検出するためにLysateレベルにおいて活性の大きく異なるHeLa細胞とHuCCT1細胞およびA549細胞について活性イメージングを行ったところ、予想外にもLysate活性の高いHuCCT1細胞やA549細胞では蛍光強度が低いことが明らかとなった(Fig.4)。この結果の原因として、HuCCT1細胞やA549細胞の蛍光性生成物の排出能が高い可能性が疑われたため、マルチウェルプレートにて細胞外蛍光強度上昇を比較したところ、A549細胞はHeLa細胞と同程度の活性を有していることが明らかとなったが、HuCCT1細胞はHeLa細胞に比べてその蛍光強度上昇はほとんどゼロに近い値であった(Fig.5)。HuCCT1およびHeLa細胞における主要なサブタイプの発現レベルをウエスタンブロットにより比較したところ、HuCCT1細胞ではGsTPが非常に多く存在することが明らかとなった(Fig.6)。このことからHuCCT1細胞中に存在するGSTPは生細胞内においては活性が抑制されている可能性が高いことが示唆された。またGSTP過剰発現細胞であるA549についても蛍光強度上昇がHeLa細胞と同程度であったことから、細胞内GST活性はLysate活性ほどには高くない可能性がある。以上から、GSTP過剰発現細胞における細胞内GST活性は抑制されている可能性があることが示唆された。

さらにdiCl-DNAT-Meを用いた生細胞リアルタイムイメージング実験から、抑制されているGSTP活性がEDTA処理により、活性化するという現象を見いだした(Fig.7)。この現象はHuCCT1,A549,HCT8細胞と全く異なる3つのGSTP過剰発現細胞種で共通に観察可能であった。すなわちGSTPの細胞内活性は何らかの内在性因子によって制御されている可能性が示唆された。

【結論】本研究では医学的に重要な酵素であるGSTをターゲットとした新規off/on型GST活性検出蛍光プローブDNAF1,DNAT-Meの開発に成功した。DNAT-Meを生細胞へ応用することにより、生細胞内でのGST活性は必ずしもLysate活性とは一致しないこと、およびGSTP過剰発現細胞では細胞内GST活性が強く抑制されていることが示唆される結果を得た。今後は細胞内GSTPの活性制御メカニズムを明らかにすべく、更なる検討を行っていく。

Fig.1. (A) Screening of specific compound for GSH/GSTP. (B) MM-plot of high specific substrate, NNBA, for GSTP.

Fig.2. (A) GST-catalyzed glutathionylation of DNAF1 (B) DNAF1 converts to be fluorescent via glutathionylation by GST. (C) DNAF1 can measure lysate specific activity of various cell lines.

Fig.3. (A) Molecular structure of DNAT-Me/diCl-DNAT-Me, membrane permeable fluorescence probe for GST. (B) DNAT-Me converts to be strongly fluorescent via glutathionylation by GSTP. (C) Flow cytometric analysis reveals that DNAT-Me has higher permeability than DNAF1.

Fig.4. Fluorescence microscopic image of DNAT-Me loaded HuCCT1, A549 and HuCCT1 cells.

Fig.5. Fluorescence micro titer plate experiment of DNAT-Me loaded HeLa and HuCCT1 cells.

Fig.6. Western blot analysis of main GST subtypes in HeLa and HuCCT1 cells.

Fig.7. Realtime imaging of GSTP activity change upon EDTA treatment. After 20 min ncubation of 2 μM diCl-DNAT-Me, 10% volume of HBSS (control) or 0.2 % EDTA were added.

審査要旨 要旨を表示する

薬物代謝酵素として知られるGlutathione S-transferase(GST)は基質へのGlutathione(GSH)抱合を促進することによって、薬物の無毒化や活性酸素種(ROS)によって傷害された内在性物質の除去などを行う酵素である。GSTにはいくつかのサブタイプが知られているが、Piサブタイプとして知られるGSTPは多くのがんにおいて過剰発現している。がんにおけるGSTPの過剰発現は、抗がん剤耐性や発がん過程などへの寄与が強く示唆されている。またある種のがんでは通常細胞質に存在しているGSTPが核に局在していることが知られ、核局在の割合とがん患者の悪性度には正の相関も報告されている。これまでに、GST活性を検出する方法がいくつも開発されてきたが、そのどれもが組織や細胞を破砕して作製した細胞質分画活性を評価するものであり、本来の細胞内での活性を評価していない。また破砕した場合、細胞内分布の情報は完全に失われる。そこで、藤川は、生きた細胞のGST活性を検出可能な蛍光プローブはGST過剰発現腫瘍の検出また抗がん剤耐性機構を解明するツールになると考え、本研究を開始した。

1. GST特異基質の探索

酵素活性検出蛍光プローブの満たすべき要件として、(1)蛍光プローブが酵素の基質となること、(2)酵素反応によって蛍光特性の変化が起こること、の2つが挙げられる。GSTをターゲットとした蛍光プローブの作製に向け、まず酵素の基質となる構造の探索に着手した。GST活性を正しく見積もるためには、GSHのみとの反応速度に比べ、GST存在下での反応速度が圧倒的に大きいことが必須である。これまで知られている基質はGSTによる反応に比べてGSHとの自発的反応が比較的速いため、新たなGST特異的反応を起こす基質を探索する必要がある。そこでいくつかの化合物のGST非存在下および存在下にて反応初速度を比較したところ、3,4-Dinitrobenzanilide(NNBA)が非常に反応性の高い基質であることが分かった。プロトンNMRの結果および酵素反応終了後の溶液における亜硝酸イオン濃度の測定結果から、NNBAの反応機構としてグルタチオン化とそれに伴うニトロ基の脱離が起こっていることが確かめられた。

2. 蛍光制御原理に基づいた新規GST活性検出蛍光プローブDNAF1の開発

NNBAそのものとグルタチオン化後のモデル化合物の還元電位をそれぞれ測定したところ、両者には約0.4Vの比較的大きな違いが生じることが分かった。そこでこの反応前後の電子密度変化を薬品代謝化学研究室で確立されてきたDonor excited photo-induced electron transfer(d‐PeT)のメカニズムを利用して蛍光強度変化へとつなげGST蛍光プローブの開発を試みた。d-PeTとは、励起蛍光団の近傍に電子受容能の高い部位が存在する場合、励起された蛍光団からその部位へと電子が移動し励起状態の解消が起こった結果、蛍光が消光される現象である。そこで蛍光団であるキサンテンをNNBAと直結させたDNAF1をデザイン、合成した。DNAF1をGSHおよびリコンビナントGSTP共存下キュベット中にて反応を行ったところ、大きな蛍光強度上昇を示し、デザイン通り機能することが明らかとなった。またHPLCおよびLCMSの結果からDNAF1の反応生成物は確かにグルタチオン化された化合物であることも確認された。さらにDNAF1を用いて各種細胞のLysate総GST活性を評価できることも確かめられた。

3. 細胞膜透過型GST活性検出蛍光プローブDNAT-Meの開発

DNAF1はGSTによるグルタチオン化により顕著な蛍光強度上昇を示すが、そのまま生細胞へ適用しても細胞膜を通過しない。この原因としてDNAF1の分子内にカルボン酸が存在することが考えられた。この理由によりDNAF1を細胞内に導入するには、カルボン酸をより脂溶性の高い置換基に変換することが必要であると考え、DNAT-Meおよび中性pH領域でのpH感受性を持たないdiC1-DNAT-Meをデザイン・合成した。蛍光光度計およびFlow cytometryの検討からDNAT-Meは細胞膜透過可能なGST活性検出蛍光プローブであることが確かめた。またHPLCによる検討からDNAT-Meは細胞内でもin vitro同様、グルタチオン化されることが明らかとなった。

4. DNAT-Meを用いた培養細胞系での検討

次に培養細胞の生細胞内GST活性を検出するためにLysateレベルにおいて活性の大きく異なるHeLa細胞とHuCCT1細胞およびA549細胞について活性イメージングを行ったところ、予想外にもLysate活性の高いHuCCT1細胞やA549細胞では蛍光強度が低いことが明らかとなった。この原因として、HuCCT1細胞やA549細胞の蛍光性生成物の排出能が高い可能性が疑われたため、マルチウェルプレートにて細胞外蛍光強度上昇を比較したところ、A549細胞はHeLa細胞と同程度の活性を有していることが明らかとなったが、HuCCT1細胞はHeLa細胞に比べてその蛍光強度上昇はほとんどゼロに近い値であった。HuCCT1およびHeLa細胞における主要なサブタイプの発現レベルをウエスタンブロットにより比較したところ、HuCCT1細胞ではGSTPが非常に多く存在することが明らかとなった。このことからHuCCT1細胞中に存在するGSTPは生細胞内においては活性が抑制されている可能性が高いことが示唆された。またGSTP過剰発現細胞であるA549についても蛍光強度上昇がHeLa細胞と同程度であったことから、細胞内GST活性はLysate活性ほどには高くない可能性がある。以上から、GSTP過剰発現細胞における細胞内GST活性は抑制されている可能性があることが示唆された。

さらにdiCl-DNAT-Meを用いた生細胞リアルタイムイメージング実験から、抑制されているGSTP活性がEDTA処理により、活性化するという現象を見いだした。この現象はHuCCT1,A549,HCT8細胞と全く異なる3つのGSTP過剰発現細胞種で共通に観察可能であった。すなわちGSTPの細胞内活性は何らかの内在性因子によって制御されている可能性が示唆された。

本研究では医学的に重要な酵素であるGSTをターゲットとした新規off/on型GST活性検出蛍光プローブDNAF1,DNAT-Meの開発に成功した。DNAT-Meを生細胞へ応用することにより、生細胞内でのGST活性は必ずしもLysate活性とは一致しないこと、およびGSTP過剰発現細胞では細胞内GST活性が強く抑制されていることが示唆される結果を得た。これらの成果の薬学研究への寄与は極めて大きく、博士(薬学)の授与に値するものと判断された。

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