学位論文要旨



No 124942
著者(漢字) 三原,久史
著者(英字)
著者(カナ) ミハラ,ヒサシ
標題(和) 生物活性物質および医薬品の効率的合成を志向した触媒的不斉反応の応用と開発
標題(洋)
報告番号 124942
報告番号 甲24942
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1295号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

不斉触媒は安価な原料から光学活性な化合物を合成するのに強力な潜在能力を持っており、効率的に不斉炭素を構築できる手段の一つである。光学活性な生物活性物質および医薬品などの合成に対し、通常の合成では決まった構造を持った天然物から合成を始めなければならない。一方、触媒的不斉反応を用いれば自在に不斉炭素を持つ出発原料を設計できる。このことはその後の合成経路を構築するにあたり自由度を与えることができ、より効率的な合成経路を構築することを可能とする。また、新たな機能を持つ不斉触媒の開発はこれまでに実現が困難であった不斉反応の開発を可能にする。このことにより新たなキラルビルディングブロックの構築が可能となり、合成に更なる自由度を与える。

私は博士課程研究において、上記した不斉触媒の持つ力量を生かし、(+)-cylindricine Cおよび(一)-lepadiformineの触媒的不斉全合成、HIVプロテアーゼ阻害剤GRL-06579Aの触媒的収束合成を達成した。また、触媒的不斉多成分連結型反応を志向する新規Schiff塩基複核錯体の開発を行いアルデヒドに対するイソシアニドの触媒的不斉付加反応への適用を行った。

第一章(+)-cylindricine Cおよび(ー)-lepadiformineの触媒的不斉全合成

(+)-Cylindricine C (1)および(一)-lepadiformine(9)は海洋性生ホヤ類から単離され、ヒト腫瘍細胞抑制作用などの生物活性を有している。また三環性骨格を基本構造としており合成化学的にも魅力を持つ化合物群である。一方、合成経路の短縮は合成コスト、環境の両面において重要である。そのような背景から私は1の効率的な全合成を目指し検討を開始した。効率的な全合成を達成するにあたり鍵反応になるのが、触媒的不斉反応とタンデム型環化反応である(Scheme 1)。高度に多官能基化された4を合成するために、当研究室でこれまでに開発されてきた不斉相間移動触媒TaDiAS 2を用いたグリシン誘導体5の不斉マイケル反応を計画した。安価なピメリン酸7から誘導したビニルケトン6に対し不斉マイケル反応を行い収率84%,82%eeで環化前駆体4を得ることに成功した(Scheme 2)。短工程化の鍵となるタンデム型環化反応により、三環性化合物の合成を行った。本反応では酸性条件下に4をふすことにより、4のベンゾフェノンの脱保護、続く分子内イミン形成が生じ、マンニッヒ反応、アザマイケル反応が起こり、三環性中間体3が得られると考えている。種々条件検討の結果、添加剤としてMgCl2を用いることで、収率65%で3aを高立体選択的に得ることに成功した(Scheme 3)。MgCl2はLewis酸として反応促進するだけでなく、キレート構造をとることで望みの3aの生成比が向上したと考えている。最後に官能基変換、再結晶を行うことで光学的に純粋な(+)-1を得ることに成功した1)。以上の合成法は安価なピメリン酸より合計6工程で(+)-1を合成可能であり従来の合成法(9~14工程)と比較し最短工程数であり、より効率的な合成法ということができる。

続いて私は(+)-1と類似の構造を持つ(一)-9の合成に着手した。9は1と立体の異なる三環性骨格を基本骨格としており、先に述べたタンデム型環化反応の選択性を逆転させることを計画した。3bの立体構造は3aと比較して不安定であり速度論的支配によって3bを得るために0℃で反応を行った。その結果3bの選択性は向上したが収率は低減した。DMSOを用いることで選択性は中程度ながら収率68%で3が得られた。続いて官能基変換を行い、(一)-9を8工程で合成することが出来た(Scheme4)2)。

第二章HIVプロテアーゼ阻害剤GRL-06579Aの触媒的収束合成

現在、薬物治療において多剤耐性ウイルスの克服は大きな課題となっている。GRL-06579A(10)はHIVプロテアーゼ阻害作用を持ち、多剤耐性HIVにも強力な活性を維持する有力な医薬品リード化合物であり、高い注目を集めている(Figure 1)(3))。この化合物中には、特異なキラル二環性複素環が存在する。既存の合成法においては、その不斉炭素は酵素による光学分割によって構築されているが、原料が高価であるため大量合成に向けてさらなる改良が必要である。そこで私は当研究室で開発された多機能複合金属触媒を用いることで安価な原料を用いた効率的な10の合成を目指し、研究に着手した。10の逆合成解析をScheme 5に示す。まず、10を二環性化合物11とアミノアルコール部位12に分割した。二環性複素環骨格は13の分子内オキシマイケル反応により構築することを計画した。13の不斉炭素は当研究室で開発されたAl-Li-(R)-BINOL((R)-ALB)を用いることで、安価なフルフリルアルコールより二工程で合成可能なラセミ体のエノン15と、マロネートの不斉マイケル反応による触媒的速度論分割法を鍵工程として構築することとした。次にアミノアルコール部位12の不斉点は、La.Li.(R).BINOL((R).LLB)を用いた、L-フェニルアラニンより誘導されるキラルアルデヒド17に対する触媒的ジアステレオ選択的ニトロアルドール反応によって構築することにした。

以上の逆合成解析を基に、A部二環性化合物の不斉炭素を構築するべく(R)-ALBを用いたエノン15のマイケル反応による触媒的速度論分割法の条件検討を行った。種々条件検討から、目的の14を化学収率44%、不斉収率96% eeで得ることに成功し、同時に80% eeで15が回収出来た。また興味深いことにわずか4%ではあるがジメチルマロネートがcis付加した18が不斉収率99% eeで得られた(Scheme 6-A)。この結果は、通常立体障害のため合成困難である18が(R)-ALBによる触媒コントロールにより合成可能であることを示唆している。また、さらなる変換反応によりcis体18は二環性化合物11へと変換が可能であると考えられる。従って、通常の触媒的速度論分割法では目的化合物の収率は最大50%であるが、本合成においてcis体を効率的に合成することが出来ればさらに効率的な合成法を確立できると考えられ検討を行った。回収した80% eeの原料15に対して10 mol%の(R)-ALB、9 mol%のt-BuONa存在下1.0当量のジメチルマロネートを加えることで最大化学収率54%、不斉収率99% eeにて18が得られた(Scheme 6-B)。また再度原料15を回収したところ、その不斉収率は99% eeであった。得られた14に対し官能基変換を行い環化前駆体21へと導いた。21をDBUで処理したところTBSO基のβ脱離と続くオキシマイケル反応が進行し、ワンポットで二環性化合物22を得ることに成功した。またその後還元、縮合を行うことにより二環性化合物23を合成した(Scheme 7)。また同様の官能基変換を行い、cis体18からも中間体23を合成した。この結果から、ラセミ原料15から必要な立体配置を持つ光学活性体がおよそ70%合成可能であることが言え、通常の速度論分割に比べ効率よくその不斉炭素を構築できた。

続いてB部の合成に着手した。キラルアルデヒド17に対して5 mol%の(R)-LLB存在下、ニトロメタンを加え-40℃で反応を行うことで望みの立体を有する16を93:7の比率で得ることが出来た。16に対しさらなる官能基変換を行い、アミノアルコール部位28を合成した。最後に合成した28のBoc基を除去し、二環性化合物23を縮合させることによりGRL-06579A(10)の合成を達成した(Scheme 8)(4))。

第三章触媒的不斉多成分連結型反応を志向する新規Schiff塩基複核錯体の開発

イソシアニドは求核性と求電子性を持ち、Passerini反応(P-3CR)やUgi反応(U-4CR)などに代表される多成分連結型反応の基質として用いられる。さらにそれらの反応によって容易に得られる生成物の多様性は医薬品探索研究の観点からも非常に重要と考えられる。また当研究室において、これまでに種々のSchiff塩基複核錯体を開発してきている。本触媒は中心金属を容易に変換可能であり、その構造的特長からさらなる触媒構造変換も容易であると考えられる。

以上の背景から私は、触媒的不斉多成分連結型反応を志向した新規Schiff塩基複核錯体の開発およびその適応に向け研究を開始した。本研究を行うにあたり、初めにα-イソシアノアセタミド30のアルデヒド29に対する付加反応を検討した。本反応はZhuらによって報告されているものの、その選択性および基質一般性に課題を残している5)。本反応には、ルイス酸一ルイス酸複合金属触媒を用いることで反応性および選択性の改善が出来るのではないかと考察し、新規にリガンド32を設計し検討を行った。初期検討の段階ではあるが選択性の大幅な向上が確認できた(Scheme9)。現在さらなる反応性、立体選択性の向上及び基質一般性の確立に向けて検討を行っている所である。

1) (a)Shibuguchi, T.; Mihara, H.; Kuramochi, A.; Sakuraba, S.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed 2006, 45, 4635. (b)Shibuguchi, T.; Mihara, H.; Kuramochi, A.; Sakuraba, S.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. Chem. Asian. J. 2007, 2, 794.2) Mihara, H.; Shibuguchi, T.; Kuramochi, A.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. Heterocycles 2007, 72, 421.3) Ghosh, A. K; Srighar, P. R.; Leshchenko, S.; Hussain, A. K.; Li, J.; Kovalevsky, A. Y.; Walters, D. E.; Wedekind, J. E.; Grum-Tokars, V.; Das, D.; Koh, Y.; Maeda, K.; Gatanaga, H.; Weber, I. T.; Mitsuya, H. J. Med. Chem. 2006, 49, 5252.4) Mihara, H.; Sohtome, Y.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Chem. Asian J. 2008, 3, 3595) Wang, S. X.; Wang, M. X.; Wang, D. X.; Zhu, J. Org. Lett. 2007, 9, 3615.
審査要旨 要旨を表示する

不斉触媒は安価な原料から光学活性な化合物を合成するうえで高い潜在能力を持っており、効率的に不斉炭素を構築できる手段の一つである。三原久史は博士課程研究において、不斉触媒の持つ力量を生かし、(+)-cylindricine Cおよび(一)-lepadiformineの触媒的不斉全合成、HIVプロテアーゼ阻害剤GRL-06579Aの触媒的収束合成を達成した。また、触媒的不斉多成分連結型反応を志向する新規Schiff塩基複核錯体の開発を行いアルデヒドに対するイソシアニドの触媒的不斉付加反応への適用を行った。

1)(+)-cylindricine Cおよび(ー)-lepadiformineの触媒的不斉全合成

三原久史は(+)-cylindricine Cおよび(ー)-lepadiformineの効率的な全合成を目指し検討を開始した。ビニルケトン6に対し5の不斉マイケル反応を行い収率84%,82% eeで環化前駆体4を得ることに成功した(Scheme 1)。次に短工程化の鍵となるタンデム型環化反応により、三環性化合物の合成を行った。種々条件検討の結果、添加剤としてMgCl2を用いることで、収率65%で飴を高立体選択的に得ることに成功した(Scheme 2)。最後に官能基変換、再結晶を行うことで光学的に純粋な(+)-1を得ることに成功した。以上の合成法は安価なピメリン酸より合計6工程で(+)-1を合成可能であり従来の合成法(9~14工程)と比較し最短工程数であり、より効率的な合成法ということができる。

続いて三原久史は類似の構造を持つ(ー)-8の合成に着手した。8は1と立体の異なる三環性骨格を基本骨格としており、先に述べたタンデム型環化反応の選択性を逆転させることを計画、実行し、収率68%で3を得た。続いて官能基変換を行い、(ー)-8を8工程にて合成を達成している(Scheme 3)。

2)HIVプロテアーゼ阻害剤GRL-06579Aの触媒的収束合成

GRL-06579A(9)はHIVプロテアーゼ阻害作用を持ち、多剤耐性HIVにも強力な活性を維持する有力な医薬品リード化合物であり高い注目を集めている(Figure 1)。この化合物中には、特異なキラル二環性複素環が存在する。三原久史は当研究室で開発された多機能複合金属触媒を用いることで安価な原料を用いた効率的な9の合成を目指し、研究に着手した。二環性化合物の不斉炭素を構築するべく(R)-ALBを用いたエノン10のマイケル反応による触媒的速度論分割法の条件検討を行った。種々条件検討から、目的の11を化学収率44%、不斉収率96% eeで得ることに成功し、同時に80% eeで10が回収出来た。また興味深いことにわずか4%ではあるがジメチルマロネートがcis付加した12が不斉収率99% eeで得られた(Scheme 4-A)。次に回収した80% eeの原料10に対して10 mol %の(R)-ALB、9 mol %のt-BuONa存在下1.0当量のジメチルマロネートを加えることで最大化学収率54%、不斉収率99% eeにて12が得られた(Scheme 4-B)。また再度原料10を回収したところ、その不斉収率は99% eeであった。得られた11に対し官能基変換を行い環化前駆体13へと導いた。13をDBUで処理したところTBSO基のβ脱離と続くオキシマイケル反応が進行し、ワンポットで二環性化合物14を得ることに成功した。またその後還元、縮合を行うことにより二環性化合物16を合成した(Scheme 5)。また同様の官能基変換を行い、cis体12からも中間体16を合成した。続いてB部の合成に着手した。キラルアルデヒド17に対して5 mo l%の(R)-LLB存在下、ニトロメタンを加え-40℃で反応を行うことで望みの立体を有する18を93:7の比率で得ることが出来た。18に対しさらなる官能基変換を行い、アミノアルコール部位19を合成した。最後に合成した19のBoc基を除去し、二環性化合物16を縮合させることによりGRL-06579A(9)の合成を達成した(Scheme 6)。

3)触媒的不斉多成分連結型反応を志向する新規Schiff塩基複核錯体の開発

三原久史は、触媒的不斉多成分連結型反応を志向した新規Schiff塩基複核錯体の開発研究を行った。本研究を行うにあたり、初めにα-イソシアノアセタミド21のアルデヒド20に対する付加反応を検討した。本反応はZhuらによって報告されているものの、その選択性および基質一般性に課題を残している。本反応には、ルイス酸一ルイス酸複合金属触媒を用いることで反応性および選択性の改善が出来るのではないかと考察し、新規にリガンド23を設計し検討を行い、反応性及び選択性の大幅な向上が確認できた(Scheme 7)。

以上の結果は、創薬化学研究に対し重要な貢献を与えるのみならず、基礎化学研究の観点からも重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究結果と判断した。

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