学位論文要旨



No 124943
著者(漢字) 宮村,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ミヤムラ,ヒロユキ
標題(和) 高分子固定化金属ナノクラスター触媒を用いる酸素酸化反応の開発
標題(洋)
報告番号 124943
報告番号 甲24943
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1296号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

近年環境問題、エネルギー問題の深刻化から、合成化学の分野でも持続可能なエネルギー効率、E factorに優れた反応系、触媒系の開発が強く求められている。本論文は四章にわたり、新規に設計、開発した高分子固定化貴金属ナノクラスター触媒による様々な酸素酸化反応について述べてきた。本研究によって開発された種々の触媒によって、室温、大気圧条件下酸素を効率的に活性化することができ、簡便な操作のみで回収、再使用可能で、エネルギー効率やE factorに優れ、環境負荷も少なく、汎用性のある酸素酸化反応系が実現された。

まず、第一章では、新規に開発した高分子カルセランド型金ナノクラスター触媒によるアルコールのカルボニル化合物への酸素酸化反応をはじめ、種々の酸素酸化反応について論じた。これまで、金ナノクラスターは酸素を吸着活性化することが知られており、種々の酸素酸化反応に応用されてきたが、ほとんどの場合無機担体に担持された金ナノクラスターを用いていた。無機担体への金ナノクラスターの担持には、クラスターの形成、安定化のための安定化剤の必要性、無機担体へのクラスターの移植、安定化剤の除去といった煩雑な作業が必要であり、しばしばその過程におけるクラスターの凝集などによる活性低下も問題となっていた。

一方、筆者は金ナノクラスターとベンゼン環との弱い相互作用に着目し、AuCIPPh3から還元的に調製した金ナノクラスターがポリスチレンで安定化されることを初めて明らかにした。また、内部に架橋部位を持つポリスチレンを基盤とした高分子に、還元的に調製した数nm台の金ナノクラスターをマイクロカプセル化により直接取り込ませ、続く加熱架橋で、クラスターサイズを維持したまま金ナノクラスターを安定に内包させることに成功した。この新規高分子固定化金ナノクラスター触媒(Pl Au)は、弱塩基性条件下、室温、大気圧条件下におけるアルコールの酸素酸化反応を円滑に触媒した。反応終了後金属の流出も観測されず、活性を維持したまま回収、再使用可能で、複数回の再利用後も金ナノクラスターのサイズに変化はなかった。これは、ポリスチレンを基盤とした高分子を用い、金ナノクラスターを固定化し触媒として用いた初めての例である(Figure 1)。

また、PIAuはメタノール中で一級アルコールのメチルエステルへの酸素酸化反応も効率的に触媒し、加温条件下アミンのイミンへの酸素酸化反応にも有効に機能することがわかった(Schemes 1 and 2)。様々な置換基を有するベンジルアミンにおいて、その反応性に違いが生じることから、ベンジル基保護されたアミンの選択的な脱保護にも応用可能であった。

一般的に、金ナノクラスターはその粒径が小さいほど活性が高いことが知られており、10nmを越えるとほとんど活性を示さなくなると言う報告もある。しかしながら、Pl Auを用いるアミンの酸化においては金ナノクラスターの粒径が大きくなるほど高い活性を持つことが明らかとなった。このように、金ナノクラスターにおいてその粒径の増大と共に反応性の向上が見られるという例はこれが初めてである。

最近、筆者の所属する研究室において、Pl Auの触媒調製の段階で活性炭を添加することで得られるPl/CB-Auが、Pl Auに比べ高い活性、広い基質一般性を有することが明らかとなった。その活性向上のメカニズム等は現在解明中ではあるが、このように添加剤等、わずかな調製条件の変更でその活性や選択性を変化させることができるのもPl Auの特徴の一つである。

第二章では、アルコールの酸素酸化反応におけるさらなるE factorの改善、究極的に穏和な反応系の実現のために、クラスターの金属種の二元化を行った。種々、金属種、調製手法の検討を行った結果、金塩、白金塩を同時に還元することで調製したナノクラスターをマイクロカプセル化、加熱架橋することで調製した高分子カルセランド型金/白金ナノクラスター触媒(Pl Pt/Au)が、中性条件下、アルコールの室温酸素酸化反応に最も高い活性を示した(Figure 2)。本触媒は中性で高い活性を示すため、一級アルコールの酸化におけるアルデヒドへの選択性が大幅に向上した。また、触媒は簡便な作業のみで回収、再使用可能で金属の流出も観測されなかった。

また、本反応系では水が必須であるということも明らかとなり、本触媒は室温、空気雰囲気下、完全水中という非常に穏和な条件下でもアルコールの酸素酸化反応に有効に機能した。このような条件下アルコールの酸素酸化反応が進行したのは、これが初めての例である。

第三章では、高分子固定化金ナノクラスター触媒(PI Au)および白金ナノクラスター触媒(PI Pt)によるヒドロキノン類の酸化反応について論じた。第一章、第二章における金属ナノクラスター触媒によるアルコールの酸素酸化反応の検討から、本反応メカニズムがPP機構、すなわち基質であるアルコール中の二つの水素がプロトンとして溶媒中を、二つの電子が金属クラスター中を酸素に移動しているのではないかと推定した。もし、そのメカニズムが正しいのであれば、ヒドロキノンはより容易にこれらの金属クラスター触媒によって酸化されるのではないかと考え検討を開始した。

Pl Auを触媒として用いた際予想通り、中性条件下というアルコールの酸素酸化反応の時と比べ穏和な条件下、電子供与基をもつヒドロキノンは速やかにキノンへ酸化された。アルコールの酸素酸化反応の時と同様、水の存在が触媒の高い反応性には重要であったが、キノンはオリゴマー形成などの副反応を起こしやすいという性質上、高い収率を得るためには溶媒中の水の割合が鍵となった。種々検討の結果、わずかに水を含む有機溶媒がもっとも良好な結果を与えた。

しかし、Pl Auは電子吸引基を有するヒドロキノンや、カテコールの酸化においては高い活性を示さず、弱塩基の添加等が必要であった。

そこで、金属種の検討を行った結果、PI Auと同様の条件下調製したPI Ptが、電子吸引基を有する酸化還元電位の高いヒドロキノンの酸素酸化反応においても非常に高い活性を有することがわかった。Pl Ptは極めて広い基質一般性を有し、テトラクロロヒドロキノンをはじめとする種々のヒドロキノン、カテコールが高い収率でキノンに変換された(Scheme 3)。このように、ヒドロキノン類の酸素酸化反応において、電子吸引基を有する酸化還元電位の高い基質において広い基質一般性が観測されたのはこれが初めての例である。

また、アミノフェノール誘導体を基質として用いた際、N-アルキル置換のP-アミノフェノールはイミノキノンに、o-アミノフェノールはベンゾオキサゾールに変換された(Scheme 4)。イミノキノンはその不安定性から、これまでに合成例の報告は少なく、このように純粋な形でイミノキノンを得ることができたのは非常に珍しいれいである。今後、イミノキノンの物性、反応性などの解明、イミノキノンを原料とした合成などさまざまな展開が期待される。

第四章では、より汎用性の高い酸素酸化反応の開発について論じた。第三章において、高分子固定化白金ナノクラスター触媒を用いることで、穏和な条件下、酸化還元電位の高いヒドロキノンの酸素酸化が実現した。そこで、より強力で汎用される酸化剤であるDDQやo-chloranilを反応系中で酸素の酸化力でもって再生できれば、より汎用性の高い酸素酸化反応が実現できる。

まず、酸化耐性に優れた高分子を用いる必要性から、筆者の所属する研究室で開発されたシロキサン結合による架橋構造を有する高分子を担体として用いることとした。本高分子を担体として、マイクロカプセル化、架橋処理を行うことで、還元的に調製した白金ナノクラスターを含有する有機一無機ハイブリッド高分子固定化白金ナノクラスター触媒(HBPt)を開発した。本触媒はPI Pt同様電子吸引基を有する酸化還元電位の高いヒドロキノンの酸素酸化反応に有効に機能した。

インドリンのインドールへの酸化反応、ジヒドロピリジンのピリジンへの酸化反応をモデル反応として、HB Pt触媒、触媒量のo-chloranilを用いその酸素酸化反応の検討を行った。その結果、穏和な条件下、高い収率で目的物が得ちれ、Figure 3に示すように、三重項の酸素の酸化力を酸化還元電位の高い一重項の酸化剤であるo-chloranilに受け渡し、その酸化力で種々の酸化反応を行う、酸素を末端酸化剤とした汎用性の高い酸素酸化反応系が実現した。

以上のように、筆者は穏和な条件下、いかに酸素を活性化し、その酸化力を有機合成に活用するかについての研究を行ってきた。その背景には、生体内において非常に効率的な酸素酸化反応系、エネルギー獲得系を模倣、もしくは越えるという考えがあり、エネルギー問題、環境問題が深刻化する今日、エネルギー効率、E factorに優れ、持続可能な有機合成の実現を目指すということを強く意識して研究を進めてきた。今後、本反応系は有機合成のみならず、天然に豊富に存在する有機物、例えば、グルコール、アミノ酸、セルロースなどの酸化によってエネルギーを生産する系などへの応用も考えられる。

また、本研究によって、種々の金属ナノクラスターの調製法、安定化法、担持法についての数多くの知見を得ることができた。現在、科学技術はナノオーダーで物質を制御し利用するナノテクノロジーの時代にある。なかでも金属ナノクラスターの科学はその中心であるといっても過言でなく、触媒のみならず、生化学、材料科学、分析科学等、幅広い分野でさまざまな応用研究、実用化が行われており、すでに今日の科学技術産業において非常に重要な分野となっている。依然として、金属ナノクラスターはその調製法、物性など未解明な部分も多く、基礎研究においても今後大きな発展が予想される。そのような中、本研究で開発された金属ナノクラスターの調製法、担持法は有機化学にとどまらず、さまざまな分野において応用されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

酸化反応は最も基本的かつ重要な化学変換であり、真に原子効率に優れ、かつエネルギー効率のよい酸化反応の開発が強く望まれている。本論文では、この酸化反応における高効率かつ回収・再使用可能な触媒の開発を目指して行った研究について述べたものである。

まず第一章では、高分子固定化金属ナノクラスター触媒を用いる酸素酸化反応について述べている。高分子固定化触媒は、回収・再使用が可能なことから廃棄物の低減化、資源の有効活用などの環境面のみならず、コンビナトリアルケミストリーを指向したライブラリーの構築や自動合成への応用などの面でも、現在注目を集めている。すでに当研究室では、独自に開発したコポリマーを高分子担体として用いる高分子カルセランド型触媒を開発し、Pd、Sc、Ruなどの固定化を実現している。本触媒はこれまでの固定化触媒とは異なり、ポリマー鎖による物理的囲い込みとベンゼン環上のπ電子と金属空軌道との相互作用という比較的弱い結合によって金属触媒を固定化しているため、均一系触媒の高い活性を保持していながら容易に回収・再使用できるという特徴を有する。

さて、アルコールの酸化によるアルデヒド、ケトンなどのカルボニル化合物の合成は、しばしば工業レベルでも用いられているが、従来法では当量以上の酸化剤や高価な金属触媒を必要とする場合が多く、環境面での問題が近年クローズアップされている。一般に、酸素は高い酸化力を持つが三重項であるため、一重項である有機化合物との直接反応はスピン禁制であり、触媒や加温条件もしくはその両方を必要とする。特にアルコールの酸素酸化反応を室温で実現し、その上、回収・再使用可能な触媒はこれまで報告がされていなかった。

本論文は酸素を活性化することで知られる金ナノクラスターに着目し、その回収・再使用可能な固相触媒化の検討を行い、有機溶媒中一価の金塩から還元的に調製した金ナノクラスターが、ポリスチレンのベンゼン環の多点相互作用によって安定化されることを見出している。さらに内部に架橋部位をもつコポリマーを用い、1-3 nmの金クラスターを含有する高分子カルセランド型金ナノクラスター触媒(PI Au)を調製している。本触媒は弱塩基水溶液共存下、室温で様々なアルコールの酸素酸化反応に適用でき、活性を維持したまま10回の回収・再使用が可能であることを示している。

第一章で開発したPI Auは、室温、酸素雰囲気でアルコールの酸化に高い活性を示すものの、塩基を必要としたため、原子効率に未だ改善の余地があるとともに、一級アルコールの酸化でアルデヒドへの選択性が低いことが問題であった。そこで第二章では、金属種の二元化の検討を行っている。すなわち、二種類の金属塩を同時に還元して調製したナノクラスターを高分子カルセランド型触媒化すると、中性、室温でアルコールの酸素酸化反応に高い活性を示す高分子カルセランド型二元金属ナノクラスター触媒(PI Pt/Au、PI Pd/Au)が得られることを明らかにしている。特にPI Pt/Auは、一級アルコールのアルデヒドへの選択性が高いばかりでなく、室温、空気雰囲気下、完全水中という極めて穏和な条件下でもアルコールの酸化に有効であり、回収・再使用も可能あることを示している。また、Pt/Au、Pd/Au中のクラスターのEDS分析によって、測定したすべてのクラスターが両方の元素を含有することも明らかにしている。さらに、本反応系には水が不可欠であること、アルコールのα位の水素を重水素で置換した基質の反応速度同位体効果(KH/KD=3.0)から、α位の水素の移動に伴う過程が律速段階であることが示唆されたことなどから、アルコールの二つの水素がプロトンとして水もしくは塩基により溶媒中を酸素に移動する一方、電子は金属クラスター中をそれぞれ別々に酸素に移動する反応機構を提唱している。

続いて第四章では、ヒドロキノンのキノンへの酸素酸化反応について検討している。キノン類は、有用な酸化剤であり、ペリ環状化合物の出発原料であるとともに、ユビキノンやプラストキノンに代表される物質は生体内での酸化還元反応において重要な役割を担っており、有機合成、生化学において極めて重要な化合物群である。電子供与基を有するヒドロキノンのキノンへの酸素酸化反応はこれまでにいくつか報告例があるものの、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノベンゾキノン(DDQ)やクロラニルに代表される酸化剤としてより有効な、電子吸引基を置換基に持つキノンへの酸素酸化反応の例は皆無であった。すでに第三章までに明らかにした、金属ナノクラスター触媒を用いるアルコールの酸化反応における知見から推定される反応機構によれば、ヒドロキノン類も同様に穏和な条件下酸化されると考え、PI Auを触媒として用いたところ、二相溶媒中、室温、中性、空気雰囲気下、電子供与基を有するヒドロキノンが定量的にキノンへ酸化されることを明らかにしている。さらに、Pt塩を還元してPI Auと同様の手法で調製したPI Ptを用いると、テトラクロロヒドロキノンを始め電子吸引基を有する酸化還元電位の高いヒドロキノン類も同条件下、定量的にキノンを与え、さらに触媒は簡便な操作で回収でき、活性を維持したまま連続13回の回収・再使用できることを見いだしている。本反応は、酸化還元電位が高いヒドロキノンの酸素酸化反応の初めての例である。

酸化力の高いDDQやクロラニルは、汎用される強力な酸化剤である。しかし、これらの酸化剤は通常、当量以上用いられ、副成するヒドロキノンの除去が必要となる。第四章では、これらの酸化剤を回収・再使用可能な触媒を用い、系中で酸素によって再酸化できれば、簡便かつ原子効率に優れた環境調和型の反応系が実現できると考え検討を行っている。より酸化耐性が強いと考えられる新規コポリマーを用いてPtクラスターを固定化した有機一無機ハイブリッドPt触媒(HBPt)を調製し、これがヒドロキノンの酸素酸化反応に高い活性を示すことを明らかにしている。触媒量のo-クロラニル存在下、chloranil共存下、室温、酸素雰囲気下、ジヒドロピリジン、インドリン、テトラヒドロキノリン誘導体がピリジン、インドール、キノリン誘導体へと変換されることを見いだしている。また、触媒は簡便な操作のみで回収・再使用も可能であることを明らかにしている。

以上、本論文は高分子固定化金属ナノクラスター触媒を用いる酸素酸化反応において顕著な成果を挙げたものである。今後、本論文で開発された反応系は様々な酸化反応への展開が期待される一方、本論文の研究により、大気に豊富に存在する酸素を用い、エネルギー効率、原子効率がよいばかりか、環境負荷も少なく、汎用性の高い理想的な酸化反応系の実現に大きく近づいたといえる。よって、本論文は博士(薬学)の学位に十分値するものと判定した。

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