学位論文要旨



No 124945
著者(漢字) 森口,智美
著者(英字)
著者(カナ) モリグチ,トモミ
標題(和) 糸状菌Aspergillus terreus由来6-メチルサリチル酸合成酵素ATXの機能解析
標題(洋)
報告番号 124945
報告番号 甲24945
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1298号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 磯貝,隆夫
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 准教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

糸状菌の生産するポリケタイド化合物には、ロバスタチンやグリセオフルビンなど、興味深い構造や生理活性を示す化合物が多く含まれる。その基本炭素骨格となるポリケトメチレン鎖の伸長を担うポリケタイド合成酵素(PKS)は、一本のポリペプチド上に反応に必要な触媒ドメインを全て持つ多機能型酵素で、各ドメインが繰返して反応に関与するiterative PKS(iPKS)である。iPKSは一つの酵素で多段階の反応を触媒でき、その生成物の構造が多様であることから、その酵素特異的な反応制御機構の解明は、酵素を用いた物質生産に大きく貢献すると考えられる。しかし、iPKSの反応制御機構については、未解明な点が多く残されている。そこで、本研究では、iPKS産物の中で最も単純な構造を持つ6-メチルサリチル酸(6-MSA)を合成する酵素(MSAS)で、iPKSの中でも分子量が最小である、Aspergillus terreus由来ATXの反応制御機構および、立体構造の解明を目指した。

ATXは、縮合酵素(KS)、アシル基転移酵素(AT)、アシルキャリヤープロテイン(ACP)の他、ケト還元酵素(KR)、脱水酵素(DH)の各触媒ドメインを持つと考えられていた。(Fig.1)このドメイン構成から、ATXは、2段階の縮合反応によるC6中間体の形成、還元、脱水、もう一段階の縮合反応によるC8中間体の形成という一連の反応を触媒すると提唱されていた。この反応スキームでは、酵素にチオエステル結合したC8中間体が、6-MSAとして酵素から遊離する反応は非触媒的に起こることになる(Fig.2)。しかし、化学的にも、他の酵素との比較からも、酵素結合型中間体がカルボン酸として酵素から遊離するには、チオエステラーゼの関与が必要である。よって、ATXにも6-MSAの遊離に関わる未同定の触媒ドメインが存在すると考えられた。

ここで、提唱されていた反応メカニズム中、中間体の脱水は必須ではないと考えられた。他酵素の反応において、2級の水酸基が芳香環化に伴い、非触媒的に脱水する例が報告されている。つまり、6-MSA合成過程中、還元により生じた水酸基は、脱水されずに次の伸長反応の基質となり、水酸基を持ったC8中間体の芳香環化に伴う、非触媒的な脱水が起こると考えられた。これまでATXのDHと考えられていたドメインは、既知のDHに高く保存されている活性中心Hisを含むHxxxGxxxxP配列を持つものの、ドメイン全体の相同性はほとんどない。もし、このドメインが中間体の脱水ではなく6-MSAの遊離に関わるのであれば、矛盾が解消する。

以上のことから、ATXの、これまで脱水酵素と考えられていたドメイン、以下、DH様ドメインが、6-MSAの遊離に関与する可能性について検討することとした。

[方法・結果]

1.活性ATXタンパクの大量調製とin vitroアッセイ

本検討では、ATXを大腸菌で発現させ、精製ATXを用いたin vitro実験を行うこととした。発現にあたり、反応の足場であるACPをホスホパンテテイニル化してホロ型とする酵素Bacillus subtilis由来SFPを共発現させた(Fig.3)。

大腸菌体内ではATXの反応基質が供給されることから、ATXが活性型として発現すれば、菌体内で6-MSAが生成するはずである。そこで、まずATX、SFP共発現用プラスミドpET-atXisfpで形質転換した大腸菌の6-MSA生産を確認した。誘導培養後の形質転換体培養液を塩酸酸性下酢酸エチル抽出すると、培養液1Lあたり1.5mgの6-MSAの生成が確認された。このことから、大腸菌を宿主とした活性ATXの発現が可能であることが示された。また、同じ系を用い、C末端にHis(10)タグを付したATXが6-MSA合成活性を有することも確認した。次に、タグを付したATXのアフィニティーカラム(IMAC)精製を試みた。すると、形質転換体の誘導培養液1Lあたり1mgの精製ATXが得られた。さらに、精製ATXのin vitro活性を検討した。精製ATXを、acetyl-CoA、[2(-14)C]malonyl-CoA、NADPHと反応させた後、反応液の塩酸酸性酢酸エチル抽出物を薄層クロマトグラフィー(TLC)分析した。すると、抽出物中に6-MSAが検出された。このことから、ATXがin vitroでも6-MSAを生成することを確認した。

2.DH様ドメイン変異体(DHm)への中間体の結合

「DH様ドメインが6-MSAの遊離に関与する」という仮定を検証するにあたり、まず、DH様ドメインが6-MSA生成に関与しているかを確かめることとした。そのために、HxxxGxxxP配列のHisをAlaに変異させた変異体DHm(H972A)の活性を調べた。野生型ATXと同じ条件で酵素反応を行ったところ、精製DHmによる6-MSA合成は検出されなかった。このことから、His(972)の関与するDH様ドメインによる触媒反応が、6-MSA合成過程において必須であることを確認した。

次いで、上記の仮定が正しければ、DHmには遊離できない反応中間体が結合したままであると考えられたことから、野生型ATXとDHmを、【2(-14)C】malonyl-CoAを含む基質混合液とそれぞれ反応させ、反応後の各酵素が(14)C標識されるかどうかをSDS-PAGE解析した。CBB染色により各酵素のバンドを確認後(Fig.4left)、同じゲルをオートラジオグラフィー解析すると、野生型ATXは(14)C標識されず、DHmのみ(14)C標識されていた(Fig.4right)。この結果から、DH様ドメインが機能しないと6-MSAは遊離せず、反応中間体は酵素に結合したままとなることが明らかとなった。

3.DHmに結合した中間体の加水分解

反応中間体は、DHmのACP上ホスホパンテテイニル基にチオエステル結合していると考えられた。チオエステルは、アルカリ性条件下で加水分解される。よって、前述の仮定が正しければ、DHmに結合した中間体はテトラケタイドであり、基質と反応後のDHmをアルカリ加水分解処理することで、6-MSAが遊離すると考えられた。そこで、[2(-14)C]malony1-CoAを含む反応基質と反応後のDHmをアルカリ処理した。まず、基質と反応後のDHm溶液から未反応基質や生成物等の低分子化合物を除いた後、その溶液に、酵素の高次構造を崩すためのβ-メルカプトエタノールを加え、液性をNaOHで強アルカリ性として5分間煮沸することで、中間体を結合したDHmの加水分解反応を行った。反応後、溶液を塩酸酸性下酢酸エチル抽出し、抽出物をTLC分析すると、6-MSAが検出された(Fig.5 lane 1)。この結果から、DHm良に結合した中間体はテトラケタイドであり、ATXの反応においてDH様ドメインの関与なしにテトラケタイド中間体の形成まで反応が進行することが明らかになった。さらに、野生型ATXの持つ活性DH様ドメインが、DHm上のテトラケタイド中間体を6-MSAとして遊離する反応を触媒することを確かめるため、低分子化合物を除いた後のDHm溶液に野生型ATX溶液を加え、酵素反応を行った。すると、反応後の酢酸エチル抽出物中から、アルカリ加水分解により生じた6-SAと等量の6-MSAが検出された(Fig.5 lane 2)。この結果により、DH様ドメインは、アルカリ加水分解と等価な加水分解反応を触媒するチオエステラーゼ(TE)活性を有することを証明した。

4.酵素結合型中間体の模倣体の合成と酵素との反応

DH様ドメインのTE活性の動的パラメーターを求めるために、ACPのホスホパンテテイニル基結合型中間体の模倣化合物として、6-MSAのカルボン酸にN-アセチルシステアミンをチオエステル結合させた6MSA-SNACを合成し、野生型ATXと反応させた。ATXが時間、酵素濃度依存的に6MSA-SNACを加水分解し6-MSAを遊離した一方、DHmによる加水分解反応は全く観測されなかった(Fig.6)。

反応の動的パラメーターは、Km=12.3mM,K(cat)/Km=0.12min(-1)mM(-1)であった。この値は、ポリケタイド化合物の合成に関わる既知のTEと比較して、ほぼ同程度であった。

しかし、このDH様ドメインの反応メカニズムは、既知のTEとは大きく異なると考えられる。既知のTEの大半は、Hisに活性化されたSerの求核攻撃によりSer結合型となった反応中間体が、水分子や水酸基に求核攻撃されるというメカニズムで反応する。故に、それらはSer特異的修飾剤であるPMSFにより阻害される。しかし、ATXのTE活性はPMSF存在下でも全く阻害されない。さらに、他のTEに高く保存されている活性中心Serを含むGxSxG配列も見出されない。これらのことから、ATXのDH様ドメインは、His(972)を塩基として用い、ACP結合型中間体をそのまま加水分解することが強く示唆される(Fig.7a,b)。このようなメカニズムで加水分解反応を触媒すると考えられるTEは、本酵素が初めての例である。

5.DHを含むモノドメイン酵素の発現

ATXのDH様ドメイン領域は、これまでに機能同定されたTEと一次構造上の相同性はほとんどない。そこで、この領域のX線結晶構造解析を試みることとした。まず、DH様ドメインと、その下流のATXが高次構造をとるために必要なcore領域を併せ持つ、ATXDHを大腸菌にて発現させた(Fig.8)。N末端にHis6タグを付したATXDHが、IMAC精製され、さらに、精製ATXDHは時間依存的に6MSA-SNACから6-MSAを遊離した。このことから、ATXDHはTE活性を持つ部分タンパクとして発現したことが示された。現在、イオン交換カラム、ゲル濾過カラムに供して精製したATXDHについて、結晶化条件の検討中である。

【まとめ】

本研究において、脱水酵素だと考えられてきたATXのDH様ドメインが、ACP上に結合したテトラケタイド中間体を6-MSAとして遊離するTEであることを証明した(Fig9)。このTEは、反応にSerが関与せず、ACP結合型中間体を直接遊離するTEとして初めて確認されたものである。また、既知のTEドメインは、多機能型酵素のC末端に存在するものに限られており、本酵素のように多機能型酵素ポリペプチド鎖の中心に位置するTEは初めての例である。DHとTEは高次構造上の分類から大部分がHot-Dog Foldファミリーに属すという共通点があるが、DH様の活性中心配列を持ちながら、TE活性を持つ酵素は他に例を見ない。

糸状菌由来iPKSは、1つの酵素上の複数の触媒ドメインが多段階の反応を制御し、複雑な化合物を生成するが、その機構の全貌は未だ解明されていない。本研究では、そのうちの1つの触媒ドメインが触媒する反応について、in vitroでの実験により、これまでのアミノ酸配列情報から予測された触媒能DHを否定し、TEとしての機能を定量的に解析した。このことは、iPKS反応制御機構の解明に向けた大きな進歩である。今後、他のiPKSについても、それぞれのドメインが触媒する反応の詳細を解明していきたい。

Fig. 1 Domain Architecture of ATX

Fig. 2 Proposed Reaction Mechanisms of ATX

Fig. 3 Phosphopantheteinylation of ACP

Fig.4 SDS-PAGE Profiles of 14C Labeled

Fig. 5 Chemical and Enzymatic Hydrolysis of DHm-Intermediate

Fig.6Hydrolysis of 6MSA-SNAC-Catalyzed by ATX

Fig.7 Proposed Reaction Mechanisms of Hydrolysis Catalyzed by ATX

Fig.8Construction of ATXDH

Fig.9Idehtifled Role of DH-like Domain as Thioesterase

審査要旨 要旨を表示する

糸状菌の生産するポリケタイド化合物の基本炭素骨格は、一本のポリペプチド鎖上に反応に必要な触媒ドメインを全て併せ持ち、それらが繰返し反応に関与する多機能型酵素(iPKS)により構築される。本研究では、Aspergillus terreus由来6-メチルサリチル酸(6/MsA)合成酵素ATXをモデルに、iPKSの反応制御機構および高次構造の解明を目指した。

ATXは、縮合酵素(KS)、アシル基転移酵素(AT)、アシルキャリヤープロテイン(ACP)の他、ケト還元酵素(KR)、脱水酵素(DH)の各触媒ドメインを有しており(Fig.1)、そのドメイン構成から、2段階の縮合反応によるC6中間体の形成、還元、脱水、もう一段階の縮合反応によるC8中間体の形成という一連の反応を触媒すると提唱されていた。この反応スキームでは、酵素にチオエステル結合したC8中間体が、いかにして6-MSAとして酵素から遊離するか説明できない(Fig.2)。本研究では、これまで脱水酵素と考えられていたドメイン、以下、DH様ドメインが、6-MSAの遊離に関与するのではないかとの仮説をたて、その検証に着手した。

1.活性ATXダンパクの大量調製とin vitroアッセイ

まずin vitro実験のため、活性ATXの大腸菌での発現を試みた。ACPをホスホパンテテイニル化してホロ型とするBaoillus subtilis由来SFPとC末端にHiS10タグを付したATXを共発現し、アフィニティー精製したATXタンパクが6-MSA合成活性を有することを放射活性基質を用いたin vitroの反応で確認した。

2.DH様ドメイン変異体(DHm)への中間体の結合

DH様ドメイン変異体DHm(H972A)を作成し、DH様ドメインが6-MSA合成において必須のドメインであることを先ず確認した。次いで、[2(-14)C]malony1-CoAを基質とする反応で、DHmが放射標識されるかどうかをSDS-PAGEにより解析した。CBB染色(Fig.3left)およびオートラジオグラフィーにより、野生型ATXは放射標識されず、DHmのみが放射標識されていることを確認した(Fig.3right)。この結果から、DH様ドメインが機能しないと6-MSAは遊離せず、反応中間体は酵素に結合したままとなることを明らかとなった。

3.DHmに結合した中間体の加水分解

DHmに結合した反応中間体はACP上のホスホパンテテイニル基にチオエステル結合していると考えられた。そこで、[2(-14)C]malony1-CoAを基質としてincubationしたDHmをアルカリ処理することで6-MSAが遊離することを確認した。さらに、野生型ATXの持つ活性DH様ドメインが、DHm上のテトラケタイド中間体を6-MSAとして遊離することも確認した。この結果により、DH様ドメインは、アルカリ加水分解と等価な加水分解反応を触媒するチオエステラーゼ(TE)活性を有することを実証した。

4.酵素結合型中間体の模倣体との反応

6MSA-SNAC体を基質とした反応では、Km=12.3mM,k(cal)/Km=0.12min(-1)mM(-1)であり、ポリケタイド化合物の合成に関わる既知のTEとほぼ同程度であることを示した。また、ATXのTE活性はSer特異的修飾剤である腿SF存在下でも全く阻害されず、Serを活性残基とする既知TEとは異なる新しいタイプのTEであることを示した。

5.DHを含むモノドメイン酵素の発現

ATXのDH様ドメインは、これまでに機能同定されたTEと一次構造上の相同性はほとんどない。そこで、この領域のX線結晶構造解析を目指し、DH様ドメインと、その下流に存在し高次構造維持に必須なcore領域を併せ持つATXDH(540aa)を大腸菌にて発現させた。N末端にHis6タグを付したATXDHを精製し、TE活性を維持していることを確認し、結晶化条件を検討した。

以上、糸状菌由来iPKS反応における生成物遊離機構を解明した本研究は、ポリケタイド系天然物の生合成研究に大きなインパクトを与え、今後の天然物化学に大きく貢献することから、博士(薬学)に値するものと認めた。

Fig.1Domain Architecture of ATX

Fig.2Proposed Reaction Mechanisms of ATX

Fig.3SDS-PAGE Profiles of (14)C Labeled Protein

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