学位論文要旨



No 124950
著者(漢字) 市川,治
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,オサム
標題(和) ディスコイディンドメイン受容体2によるコラーゲン認識と活性化機構の解明
標題(洋)
報告番号 124950
報告番号 甲24950
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1303号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序】Discoidin domain receptor 2(DDR2)は、細胞外マトリックスの主要な構成成分であるコラーゲン線維をリガンドとする受容体型チロシンキナーゼ(RTK)であり、細胞の増殖、遊走などの生理機能や腫瘍細胞の転移、アテローム性動脈硬化などの疾患に関与している。DDR2の活性化は、細胞外のディスコイディン(DS)ドメインとリガンドであるコラーゲンが結合することで誘起される(Fig.1)。修士課程までの研究において私は、DSドメインの立体構造を解明し、転移交差飽和(TCS)法によりコラーゲン線維に対する結合残基を明らかとすることに成功した。しかしながら、DDR2のコラーゲン結合様式を理解するためには、これらの知見に加えてDDR2とコラーゲン複合体構造の解明が不可欠である。

また、DSドメインへのコラーゲン結合により細胞内へとシグナルが伝達される機構は不明である。DDR2は一般的なRTKとは異なり、リガンド非結合状態で膜貫通領域(TM)が二量体を形成していることが報告されているため(Fig.1)、DDR2の活性化機構の解明にはコラーゲン結合に伴うTM構造の変化に関する情報を得ることが必要である。

本研究において私は、NMR法によりDDR2とコラーゲンの複合体構造を解明し、システインスキャニング法などの生化学的手法によりDDR2のTMの二量体構造とコラーゲン結合に伴う変化の情報を抽出することに成功したのでここに報告する。

【結果と考察】1.コラーゲン模倣ペプチドを用いたコラーゲン結合様式の解析

DDR2はコラーゲンタイプIIの(394)G-(405)O(O:4-水酸化プロリン)領域を認識することが報告されている。DDR2の複合体構造解析にはDDR2結合配列をGPOの繰り返し配列で挟むことによりトリプルヘリックス構造を形成させたコラーゲン摸倣ペプチド(GPO)4-(394)GPRGQOGVMGF(405)O-(GPO)4を用いた。ITCによりDDR2-DSドメインとの結合活性を解析したところ、野生型コラーゲンタイプIIと同程度の解離定数24μMを得た。また、TCS法により同定した合成ペプチドに対するDSドメインの結合界面は野生型コラーゲンタイプIIに対する結合界面とよく一致した。以上の結果から、DSドメインはコラーゲン線維のうち一本のトリプルヘリックス鎖を認識することが判明した。そこで、ペプチドを用いて複合体の解析を以降行うこととした。

2.DSドメインとコラーゲン複合体における距離情報の抽出

コラーゲンに対してDSドメインが結合する配向を常磁性緩和促進(PRE)実験により決定した。DDR2結合配列を含むコラーゲンペプチドのC末端に、三量体構造を安定化させるfoldonを付加したコンストラクト(FFCP:foldon fusion collagen peptide)を大腸菌にて調製後、Cys残基ヘスピンラベル試薬MTSLを導入した。スピンラベルなどのラジカル分子は近接する核スピンの緩和を促進し、周囲およそ15A以内に位置する原子のNMRシグナル強度を減少させる。DDR2結合配列よりもN末端側にスピンラベルを導入した場合にシグナル強度が減少した残基は、Fig.2A下側の領域に集中して存在した。一方、C末端側にスピンラベルを導入した場合には、Fig.2B上側に存在する残基のシグナルが強度減少した。以上の結果から、DSドメインのW52-G70領域に対してコラーゲンがN末端側を向けた配向で結合することが明らかとなった。

続いて、コラーゲンとDSドメインの近接残基対をアミノ酸選択的転移交差飽和(ASTCS)法により決定した。ASTCS法では、特定のアミノ酸のみに1H標識を施したFFCPを用いてTCS実験を行うことにより、当該アミノ酸からおよそ5A以内に存在するDSドメイン上の残基を決定することが可能である。Arg, Val, Met,Pheについてアミノ酸選択的に1H標識を施したFFCPを調製後、ASTCS実験を行った。その結果、Arg標識体については顕著な強度減少を示す残基は観測されなかったものの、Val標識体では、W52側鎖、A57、R105、R105側鎖、A107、E113が、Met標識体ではW52、W52側鎖、S53、C73が、Phe標識体ではR105側鎖、N175側鎖、C177が20%以上顕著に強度減少した(Fig.3)。1H標識したアミノ酸ごとに別々のコラーゲン結合残基のシグナルが強度減少したことから、アミノ酸選択的な距離情報を抽出できたと判断した。

3.DSドメインとコラーゲンの複合体モデルの構築

PRE実験とASTCS実験の結果に基づいてDSドメインとコラーゲンの複合体モデル構造をHADDOCKにより作製した(Fig.4)。得られた複合体構造において、DDR2結合への重要性が示されているコラーゲンのMetが、W52とC73で形成される疎水性領域と相互作用している。W52にAla変異を導入すると、コラーゲンに対する結合親和性が30分の1に低下するため、W52とMetの疎水性相互作用は重要であると考えた。同じく、相互作用に重要なPheの側鎖がC177などの疎水性残基で形成されるくぼみに位置しており、嵩高で疎水性の芳香環が相互作用するのに適している。

4.膜貫通領域の二量体構造解析

膜貫通領域(TM)の近接残基対は全長のDDR2を用いて脂質二重膜中で解析する必要があるため、DDR2を293T細胞に発現させ、システインスキャニング法により解析した。システインスキャニング実験では、DDR2の特定の残基にCysを導入し、SH基を介したジスルフィド結合形成の有無をみることで、二量体中で当該残基が近接しているかを調べる。まず、DDR2の内在性の遊離Cys残基にSer変異を導入したC288S/C404S変異体に対して、TMとその近傍の残基について一残基ずつCys変異を導入し、コラーゲン刺激によるリン酸化活性を確認した。コラーゲン非存在下におけるシステインスキヤニング実験の結果、TM領域の変異体は周期的にジスルフィド結合を形成した.これらの残基はTMヘリックスモデル構造上で片側の面に局在したため、この面で二量体を形成すると考えた(Fig.5)。また、細胞外膜近傍領域もジスルフィド形成効率が高く、コラーゲン非存在下における二量体構造中において近接していることがわかった。

5.コラーゲン存在下におけるDDR2全体構造の解析

続いて、コラーゲン非存在下で形成されていた二量体が、コラーゲン刺激に伴ってどのように変化して活性化するかについて解析した。自発的にジスルフィド結合を形成する細胞外膜近傍残基の変異体(N397C, T398C, R399C)についてコラーゲン刺激した状態で、二量体と単量体のリン酸化効率をそれぞれ調べた結果、主に単量体においてリン酸化が観測された。この結果から、DDR2二量体ではリン酸化されにくく、コラーゲン刺激に伴って細胞外の膜近傍領域における二量体が解離することにより、キナーゼドメインが活性化することが示唆された。

さらに、コラーゲン刺激に伴うDDR2の全体構造の変化を明らかとするため、細胞内にのみ遊離のシステインを有するC288S/C404S変異体を用いて、コラーゲン存在下と非存在下において非還元状態の電気泳動を行った結果、コラーゲン存在下においてのみ多量体に由来するバンドが出現した。多量体バンドの出現は、細胞内のシステイン残基が近接していることを示しており、多数のDDR2がコラーゲン結合を介して空間的に密集していることを示唆する。以上の解析から、DDR2はコラーゲン刺激に伴って、二量体の解離に加え、DDR2の細胞膜上における密度が上昇することが明らかとなった。

6.DDR2活性化のモデル

コラーゲン非存在状態では、DDR2はTM領域を介した対称な二量体を形成している。コラーゲン線維上で規則的に離れて分布する認識配列に結合することに伴い、二分子のDSドメインが、空間的な相対配置を制御される。コラーゲン結合により、DDR2二量体の二分子のDSドメインが空間的に引き離されることで、ストーク領域を介してTM領域へと情報を伝える。その結果、DDRのTM領域で形成されていた二量体が解離し、リン酸化を受ける単量体が生じる。さらに、コラーゲン結合を介してDDR2の局所的な密度が高くなり、より効率的な相互リン酸化が進行するという、活性化機構が考えられる。

【総括】本研究では、NMR法を用いたPRE実験およびASTCS実験により、コラーゲンとDDR2の複合体構造を解明した。また、不活性状態におけるDDR2膜貫通領域の二量体構造情報とコラーゲン結合に伴う変化を抽出することに成功した。以上の結果を総合して、リガンド結合に伴う二量体の解離が活性化を誘起するという、新たなRTK活性化スキームを提唱した。今後、本研究において明らかとなった複合体構造に基づくコラーゲン結合阻害剤の設計や、TM領域の二量体構造を安定化する薬剤の探索により、DDR2活性化を阻害する抗腫瘍薬の開発へとつながっていくことを期待する。

Ichikawa, O., Osawa, M., Nishida, N., Goshima, N., Nomura, N., Shimada, I.(2007) EMBO J., 26, 4168-4176.

Fig.1DDRドメイン構造の模式図と各ドメインの機能。DSドメイン(アミノ酸番号:30-185)によリコラーゲンと結合する。また、膜貫通領域(TM)はコラーゲン非結合状態で二量体を形成している。

Fig.2A.N末端側にMTSL修飾したFFCPを用いたPRE実験の結果。アスコルビン酸による還元前後のシグナル強度比に基づきDSドメインの表面構造にマッピングした。赤:強度比0.74以下,黄:0.74-0.8。B.C末端側にMTSL修飾したFFCPを用いたPRE実験の結果。赤:強度比0.8以下,黄:0.8-09。

Fig.3Arg(A),Val(B),Met(C),Phe(D)選択的1HFFCPを用いたASTCS実験の結果。DSドメインの表面構造に0.2以上のシグナル強度減少率を示した残基を色付けして示した。

Fig.4 DSドメインとコラーゲンの複合体構造。相互作用に重要な残基について側鎖を表示した。

Fig.5. DDR2のTMとその近傍領域のシステインスキャニング実験結果。α-ヘリックスモデル構造上に、ジスルフィド形成効率が高い残基ほど濃い黒色にて示した。

審査要旨 要旨を表示する

ディスコイディンドメイン受容体2によるコラーゲン認識と活性化機構の解明と題する本論文は、核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance; NMR)法と生化学的な手法を用いて、ディスコイディンドメイン受容体2(discoidin domain receptor 2; DDR2)とコラーゲンの相互作用と活性化について解析した研究成果を述べたものである。本論文は、五つの章からなり、第一章において序論を述べ、第二章においてコラーゲンとの相互作用に関する実験の結果をまとめ、第三章においてDDR2の活性化に関する実験の結果をまとめ、第四章において実験結果に対する考察と、第二章と第三章を総合してコラーゲンによるDDR2の活性化機構に関して考察を加え、第五章において実験材料および方法を記述している。

第二章においては、DDR2のコラーゲン結合ドメインであるDSドメインとコラーゲンの相互作用について解析した研究成果を述べている。まず、DDR2認識配列を含むコラーゲン模倣ペプチドを用いて、結合親和性と結合のストイキオメトリを決定している。また、DSドメインとコラーゲン模倣ペプチド間の距離情報を抽出するNMR実験を行い、得られた構造情報に基づいてDDR2-コラーゲン複合体モデル構造を決定している。

DDR2は、合成コラーゲンペプチドを用いた解析を行った先行研究によりコラーゲンタイプIIの(394)G-(405)O(O:4-水酸化プロリン)領域を認識することが示されていた。本研究においては、DDR2とコラーゲン模倣ペプチドの性状解析を行うため、DDR2結合配列をGPOの繰り返し配列で挟んだコラーゲン模倣ペプチドを用いている。等温滴定カロリメトリによりDDR2-DSドメインとの結合活性を解析し、野生型コラーゲンタイプIIと同程度の解離定数で結合することを明らかとしている。また、NMR法による解析も行うことで、一分子のDSドメインがコラーゲン線維のうち一本のトリプルヘリックス鎖を認識することを明らかとしている。

続いて、複合体の構造情報を得るため、まずコラーゲンに対してDSドメインが結合する配向を常磁性緩和促進(paramagnetic relaxation enhancement; PRE)実験により決定している。解析には、大腸菌にて調製したDDR2結合配列を含むコラーゲン模倣ペプチドにスピンラベル試薬を導入したペプチドを用いている。スピンラベルを導入したペプチドにおいて特異的に観測されたNMRシグナルの強度減少から、DSドメインのループ1・2と呼ばれる領域に対してコラーゲンがN末端側を向けた配向で結合することを明らかとしている。さらに、コラーゲンとDSドメインの近接する残基対を明らかにするため、アミノ酸選択的転移交差飽和(amino acid-selective transferred cross-saturation; ASTCS)実験を行っている。コラーゲン上に存在するバリン、メチオニン、フェニルアラニンと近接するDSドメイン上の残基をそれぞれ同定している。

以上のPRE実験とASTCS実験の結果に基づいてDSドメインとコラーゲンの複合体モデル構造を作製している。得られた複合体構造から、DSドメインは疎水性残基を多く含む溝において、コラーゲン配列上で特徴的な嵩高で疎水性の側鎖を持つアミノ酸と相互作用することで特異的に認識する機構を明らかとしている。

第三章においては、DDRがリガンド非存在下で膜貫通領域において形成している二量体構造がコラーゲン結合に伴ってどのように変化するかについて、全長のDDR2を用いた生化学的な解析により膜貫通領域の構造情報を抽出している。膜貫通領域(TM)の近接残基対は全長のDDR2を293T細胞に発現させ、生化学的な手法により解析している。まず、システインスキャニング法により、TMとその近傍の残基について距離情報を抽出することで、コラーゲン非存在下におけるTMの二量体を形成する界面を決定している。

また、コラーゲン非存在下で形成されていた二量体が、コラーゲン刺激に伴ってどのように変化して活性化するかについても解析している。細胞外膜近傍において二量体を形成したDDR2においては単量体と比較してリン酸化されにくいことを明らかにしている。この結果から、コラーゲン刺激に伴って細胞外の膜近傍領域における二量体が解離することにより、キナーゼドメインが活性化すると考えている。さらに、コラーゲン刺激に伴うDDR2の全体構造の変化を非還元状態の電気泳動により解析することで、コラーゲン存在下においてのみ細胞内領域を介した多量体に由来するバンドが出現することを示している。以上の解析から、DDR2はコラーゲン刺激に伴って、二量体の解離に加え、DDR2の細胞膜上における密度が上昇すると考えている。

第四章においては、第二章の結果である特定のコラーゲン配列を認識する機構と、第三章の結果であるDSドメインの構造変化さらに膜貫通領域の構造変化に関する知見を総合してDDRの活性化機構等について考察している。すなわち、コラーゲン非存在状態でTM領域を介した二量体を形成しているDDR2が、コラーゲン線維に結合することに伴ってDSドメインどうしの空間的な相対配置を制御され、ストーク領域を介してTM領域へと情報を伝えると考えている。その結果、DDRのTM領域で形成されていた二量体が解離してリン酸化を受ける単量体が生じ、さらにコラーゲン結合を介してDDR2の局所的な密度が高くなることでより効率的な相互リン酸化が進行するという活性化機構を考えている。このようなリガンド結合に伴う二量体の解離が活性化を誘起するという機構は、従来のRTKの活性化機構とは異なっており、本研究の結果から新たなRTK活性化スキームを提唱している。

以上、本研究の成果は、コラーゲンによるDDR2の活性化機構の解明に大きく貢献するものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク