学位論文要旨



No 124955
著者(漢字) 西村,多喜
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,タキ
標題(和) OSBP(Oxysterol binding protein)による小胞輸送制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 124955
報告番号 甲24955
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1308号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

小胞輸送は、様々な蛋白質を目的地のオルガネラに運ぶための重要な手段であり、酵母などの下等生物にまで保存された基本的な生命現象である。小胞輸送は大きく分けて、1)小胞の出芽、2)小胞の輸送、3)小胞の繋留(tethering)、4)膜融合、という4つの過程からなる。これまでに、コートマー蛋白質、Arf、Rab、tethering complex、SNARE分子など様々な制御因子が報告され、小胞輸送の詳細な分子機構が明らかになってきている。一方、小胞輸送はダイナミックな膜動態を伴う現象であるため、膜を構成する脂質が厳密に制御される必要があると考えられる。しかし、これらの脂質が小胞輸送の過程において、どのように制御されているのか、その分子機構についてはほとんど明らかになっていない。

OSBP(Oxysterol binding protein)はコレステロールの酸化物であるオキシステロールと結合する蛋白質として精製、クローニングされた97kDaの可溶性蛋白質である。最近ではコレステロールとも結合することが報告され、コレステロール輸送蛋白質としての可能性が示唆されている。本研究において私は、輸送小胞がゴルジ体膜にtetheringする過程にOSBPとコレステロールが必要であることを明らかにした。本研究では、小胞輸送のtethering過程における脂質輸送蛋白質による脂質制御の重要性を新しく提唱する。

【方法と結果】

1.OSBPはGS28依存的な小胞輸送に必要である。

私は修士課程において、HeLa細胞でOSBPの発現抑制(RNAi)を行うと、GS28(Golgi SNARE of 28kDa)のゴルジ局在が消失することを見出していた。そこでまず、OSBPRNAiによりGS28にどのような異常が現れているかを明らかにするため、GS28の細胞内局在を電子顕微鏡で詳細に解析した。その結果、GS28は通常、ゴルジ体(G)および、細胞質中の小胞上に局在しているが、OSBPRNAi条件下では、ほとんどのGS28が細胞質中の小胞上に局在していることが分かった(Fig.1)。GS28はゴルジ体膜上のSNARE分子、Syntaxin5と結合することにより、膜融合を引き起こす。しかし、OSBP RNAi条件下では、GS28とSyntaxin5の結合が減少し、ゴルジ体での共局在が見られず、GS28依存的な小胞輸送が阻害されている可能性が示唆された(Fig.2)。

GS28を含むSNARE complex(GS28/GS15/Ykt6/Syntaxin5)はゴルジ嚢間の逆行輸送を制御することで,主に糖転移酵素などのゴルジ局在を維持している。この輸送経路が阻害されると、糖転移酵素などの積み荷はゴルジ体に局在できなくなり分解され、その結果、ゴルジ体での糖鎖修飾に異常が生じる。そこで次に、OSBP RNAiによるゴルジ体の糖鎖修飾への影響を調べるため、糖転移酵素mannosidase ll(Man ll)とゴルジ体で糖鎖修飾を受けるLDL受容体のウエスタンブロッティングを行った。その結果、OSBP RNAiによりMan llの発現量が劇的に減少し、LDL受容体の糖鎖修飾に異常が生じていることが分かった(Fig.3)。以上の結果より、OSBP RNAi条件下ではGS28を含む小胞が細胞質内に蓄積し、GS28依存的な逆行性の小胞輸送が阻害されていることが明らかになった。

2.GS28依存的な小胞輸送には、OSBPの小胞体とゴルジ体へのtargeting、およびステロール結合ドメインが必要である。

次に、GS28依存的な小胞輸送において、OSBPのどのような機能が必要であるかを明らかにするため、GS28のゴルジ局在を指標にしたOSBPのドメイン解析を行った。その結果、PHドメイン(ゴルジ体-targetingに必須)、FFAT motif(小胞体-targetingに必須)、およびステロール結合ドメインが必要であることが分かった。

VAP-A/BはFFAT motifとの結合を介し、OSBPの小胞体へのtargetingを制御している。そこで、VAPs RNAi(VAPA&VAPB RNAi)のGS28依存的な小胞輸送への影響を調べたところ、VAPs RNAiによってもGS28ゴルジ局在が消失し、Manllの発現量が減少することが分かった。これらの結果はOSBPがゴルジ体だけでなく、小胞体にも局在する必要があることを示しており、OSBPがコレステロール生合成の場である小胞体からゴルジ体へコレステロールを運んでいるという仮説が考えられた(Fig.4)。

3.ゴルジ体上のコレステロール欠乏により、GS28依存的な小胞体輸送が阻害される。

上記の仮説を検証すべく、まずはOSBP RNAi,VAPs RNAi条件下における細胞内コレステロール分布への影響を調べた。小胞体のコレステロール量はACAT活性(コレステロールエステル化)を指標にして、また、ゴルジ体のコレステロール量はCaveolin1-GFPの細胞内局在を指標にして、間接的な評価法を用いた。(小胞体のコレステロール量が増加するとコレステロールエステル化が促進し、ゴルジ体のコレステロール量が減少するとCaveolin1-GFPのゴルジ局在が増加する。)その結果、OSBP RNAi,vAPsRNAi条件下では小胞体のコレステロール量が増加し、ゴルジ体では減少していることが示唆された(Fig.5)。

そこで次に、細胞内のコレステロール欠乏によるGS28小胞輸送への影響を調べた。その結果、GS28ゴルジ局在の減少、GS28とSyntaxin5の結合の減少、およびMan llの発現減少が見られ、OSBP RNAiと同様に、GS28依存的な小胞輸送が阻害されることが分かった。

4.GS28小胞の繋留(tethering)過程で、OSBPはCOG complexと協調的に機能する。

ゴルジ体膜上でGS28小胞をゴルジ体膜にtetheringする分子として、COG complexが知られている。COG complexはCOG1-8の8分子からなる8量体であり、そのうちCOG2,COG3,COG4からなる3量体がGS28、Syntaxin5との結合を介してGS28小胞をゴルジ体膜へ引き寄せる役割を持つ。これまでに、COG3 RNAiにより、OSBP RNAiと同様のphenotypeが見られることが報告されていた。また私は、修士課程において、OSBPがCOG complexの構成因子の一つであるCOG4と結合することを見出していた。そこで、OSBPがCOG complexを介してゴルジ体膜にコレステロールを供給している可能性を想定しCOG3 RNAiによるゴルジ体へのコレステロール輸送に対する影響を調べた。その結果、COG3 RNAiによりCaveolin1-GFPのゴルジ局在増加が見られ、ゴルジ体のコレステロール量が減少していることが示唆された(Fig.5)。

【まとめと考察】

コレステロールは生体膜の主成分であり、膜の物理的性質の調節に深く関与している。特に、同一膜上でコレステロールを豊富に含む微少領域、脂質ラフトの形成には重要な役割を果たすことが知られている。本研究において私は、GS28小胞のゴルジ体膜へのtethering過程にOSBPとコレステロールが必要であることを明らかにした。さらに、OSBPとCOG complexが相互作用すること、および、COG complexの機能減弱によりゴルジ体膜へのコレステロール供給が阻害されることを見出した。以上の結果は、COG complexがGS28小胞をゴルジ体膜にtetheringする際に、OSBPによってコレステロールが供給されている可能性を示唆しており、ゴルジ体膜上で脂質ラフトのような微少領域が形成されていることを想像させる(Fig.6)。今後、さまざまな脂質輸送蛋白質の機能が解明されることにより、特殊な膜環境の形成機構、およびその生理的意義が明らかになっていくことが期待される。

[Fig.1]OSBP RNAiにより、GS28小胞が細胞質に蓄積する。(上図:Control RNAi,下図:OSBP RNAi,矢印:anti-GS28)

[Fig.2] OSBP RNAiによりGS28-Syntaxin5の結合が減少する。

[Fig.3]OSBP RNAiにより、LDL受容体(LDLR)の糖鎖修飾が異常になる。

[Fig.4]GS28依存的な小胞輸送には、OSBPのPH domain,FFAT motif,ステロール結合ドメインが必要である。

[Fig.5] OSBP RNAi,VAPs RNAi,COG3 RNAiによりCaveolin1-GFPのゴルジ局在が増加する。

[Fig.6]OSBPはGS28小胞のtetheringに必要なコレステロールを供給する。

審査要旨 要旨を表示する

小胞輸送は、様々な蛋白質を目的地のオルガネラに運ぶための重要な手段であり、酵母などの下等生物にまで保存された基本的な生命現象である。小胞輸送は大きく分けて、1)小胞の出芽薬2)小胞の輸送、3)小胞の繋留(tethering)、4)膜融合、という4つの過程からなる。これまでに、コートマー蛋白質、Arf、Rab、tethering complex、SNARE分子など様々な制御因子が報告され、小胞輸送の詳細な分子機構が明らかになってきている。一方、小胞輸送はダイナミックな膜動態を伴う現象であるため、膜を構成する脂質が厳密に制御される必要があると考えられる。しかし、これらの脂質が小胞輸送の過程において、どのように制御されているのか、その分子機構についてはほとんど明らかになっていない。

OSBP(Oxysterol binding protein)はコレステロールの酸化物であるオキシステロールと結合する蛋白質として精製、クローニングされた97kDaの可溶性蛋白質である。最近ではコレステロールとも結合することが報告され、コレステロール輸送蛋白質としての可能性が示唆されている。本研究において西村は、輸送小胞がゴルジ体膜にtetheringする過程にOSBPとコレステロールが必要であることを明らかにした。

OSBPはGS28依存的な小胞輸送に必要である。

西村は修士課程において、HeLa細胞でOSBPの発現抑制(RNAi)を行うと、GS28(Golgi SNARE of 28kDa)のゴルジ局在が消失することを見出していた。そこでまず、OSBP RNAによりGS28にどのような異常が現れているかを明らかにするため、GS28の細胞内局在を電子顕微鏡で詳細に解析した。その結果、GS28は通常、ゴルジ体(G)および、細胞質中の小胞上に局在しているが、OSBP RNAi条件下では、ほとんどのGS28が細胞質中の小胞上に局在していることを見出した。GS28はゴルジ体膜上のSNARE分子、Syntaxin5と結合することにより、膜融合を引き起こす。しかし、OSBP RNAi条件下では、GS28とSyntaxin5の結合が減少し薬ゴルジ体での共局在が見られず、GS28依存的な小胞輸送が阻害されている可能性を示した。

GS28を含むSNARE complex(GS28/GS15/Ykt6/Syntaxin5)はゴルジ嚢間の逆行輸送を制御することで、主に糖転移酵素底どのゴルジ局在を維持している。この輸送経路が阻害されると、糖転移酵素などの積み荷はゴルジ体に局在できなくなり分解され、その結果、ゴルジ体での糖鎖修飾に異常が生じる。そこで次に西村は、OSBP RNAiによるゴルジ体の糖鎖修飾への影響を調べるため、糖転移酵素mannosidase ll(Man ll)とゴルジ体で糖鎖修飾を受けるLDL受容体のウエスタンブロッティングを行った。その結果、OSBP RNAiによりMan llの発現量が劇的に減少し、LDL受容体の糖鎖修飾に異常が生じていることを示した。以上の結果より、OSBP RNAi条件下ではGS28を含む小胞が細胞質内に蓄積し、GS28依存的な逆行性の小胞輸送が阻害されていることを明らかにした。

GS28依存的な小胞輸送にOSBP小胞体とゴルジへtargeting、およびステロール結合ドメインが必要である。

次に西村は薬GS28依存的な小胞輸送において、OSBPのどのような機能が必要であるかを明らかにするため、GS28のゴルジ局在を指標にしたOSBPのドメイン解析を行った。その結果、PHドメイン(ゴルジ体-targetingに必須)、FFAT motif(小胞体-targetingに必須)薬およびステロール結合ドメインが必要であることを示した。

VAP-A/BはFFAT motifとの結合を介し、OSBPの小胞体へのtargetingを制御している。そこで西村は、vAPs RNAi(vAPA&vAPB RNAi)のGS28依存的な小胞輸送への影響を調べたところ、VAPs RNAiによってもGS28ゴルジ局在が消失し、Man llの発現量が減少することを見出した。これらの結果はOSBPがゴルジ体だけでなく、小胞体にも局在する必要があることを示しており、OSBPがコレステロール生合成の場である小胞体からゴルジ体ヘコレステロールを運んでいるという仮説が考えられた。

ゴルジ体上のコレステロール欠乏により、GS28依存的な小胞輸送が阻害される。

上記の仮説を検証すべく、西村はまず、OSBP RNAi,VAPs RNAi条件下における細胞内コレステロール分布への影響を調べた。小胞体のコレステロール量はACAT活性(コレステロールエステル化)を指標にして薬また、ゴルジ体のコレステロール量はCaveolin 1-GFPの細胞内局在を指標にして、間接的な評価法を用いた。(小胞体のコレステロール量が増加するとコレステロールエステル化が促進し、ゴルジ体のコレステロール量が減少するとCaveolin1-GFPのゴルジ局在が増加する。)その結果、OSBP RNAi,VAPs RNAi条件下では小胞体のコレステロール量が増加し、ゴルジ体では減少していることが示した。

そこで珠に西村は、細胞内のコレステロール欠乏によるGS28小胞輸送への影響を調べた。その結果、GS28ゴルジ局在の減少、GS28とSyntaxin5の結合の減少、およびMan llの発現減少が見られ、OSBP RNAiと同様に、GS28依存的な小胞輸送が阻害されることを明らかにした。

GS28小胞の繋留(tethering)過程で、OSBPはCOG comlexと協調的に機能する。

ゴルジ体膜上でGS28小胞をゴルジ体膜にtetheringする分子として、COG complexが知られている。COG complexはCOG 1-8の8分子からなる8量体であり、そのうちCOG2,COG3,COG4からなる3量体がGS28、Syntaxin5との結合を介してGS28小胞をゴルジ体膜へ引き寄せる役割を持つ。これまでに、COG3 RNAiにより、OSBP RNAiと同様のphenotypeが見られることが報告されていた。また西村は、修士課程において、OSBPがCOG complexの構成因子の一つであるCOG4と結合することを見出していた。そこで、OSBPがCOG complexを介してゴルジ体膜にコレステロールを供給している可能性を想定し、COG3 RNAiによるゴルジ体へのコレステロール輸送に対する影響を調べた。その結果、COG3 RNAiによりCaveolin1-GFPのゴルジ局在増加が見られ、ゴルジ体のコレステロール量が減少していることを示した。

コレステロールは生体膜の主成分であり、膜の物理的性質の調節に深く関与している。特に、同一膜上でコレステロールを豊富に含む微少領域、脂質ラフトの形成には重要な役割を果たすことが知られている。本研究において西村は、GS28小胞のゴルジ体膜へのtethering過程にOSBPとコレステロールが必要であることを明らかにした。さらに、OS白PとCOG complexが相互作用すること、および、COG complexの機能減弱によりゴルジ体膜へのコレステロール供給が阻害されることを見出した。以上の結果は、COG complexがGS28小胞をゴルジ体膜にtetheringする際に、OSBPによってコレステロールが供給されている可能性を示唆しており、ゴルジ体膜上で脂質ラフトのような微少領域が形成されていることを想像させる。今後、さまざまな脂質輸送蛋白質の機能が解明されることにより、特殊な膜環境の形成機構、およびその生理的意義が明らかになっていくことが期待される。

本研究は、小胞輸送のtethering過程における脂質輸送蛋白質による脂質制御の重要性を新しく提唱するものであり、博士(薬学)に十分値するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク