学位論文要旨



No 124957
著者(漢字) 森下,大輔
著者(英字)
著者(カナ) モリシタ,ダイスケ
標題(和) Pimキナーゼのがんにおける発現亢進機構、及び増殖促進機構の解明
標題(洋)
報告番号 124957
報告番号 甲24957
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1310号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

〈序〉

近年の化学療法の発展にも関わらず、未だがんに対する有効な治療法は確立されておらず、がんは未だ深刻な問題として残されている。発がん、さらにがんの悪性化においては、細胞増殖・細胞死を制御するproto-oncogeneの活性化、及びtumor suppressor geneの不活性化が深く関わっている。よって、これら遺伝子産物が、どのように活性化・不活性化するか、さらにどのように発がん、及びがんの悪性化に寄与しているかを明らかにすることは、抗がん剤開発おいて極めて有益な情報をもたらす。

proto-oncogeneの1つとして、セリン・スレオニンキナーゼPimがある。がんにおいて発現亢進したPimは細胞増殖を促進し、また、pim transgenic miceは発がん率が上昇する。また、siRNAによるpimの発現抑制によりがん細胞の増殖は有意に抑制され、pimノックアウトマウスは個体が著しく小さくなる。これらのことから、Pimは発がん、細胞増殖を促進すると考えられる。しかし、がんで発現亢進したPimが細胞周期上のどの段階で、どのような因子を介してがん細胞の増殖を促進しているかについては十分な理解が得られていない。

また、Pimはどのような機構で、細胞内で発現が亢進するのかについてもよく分かつていない。Pimは翻訳後、自己リン酸化を経て即時に活性型となること、タンパク質の半減期が極めて短いという特徴を有する。よって、Pimの活性制御においては、タンパク質自体のキナーゼ活性の制御ではなく、タンパク質量の制御が重要であると考えられており、Pimの発現調節の破綻による発現亢進は、細胞増殖、発がんを導く。実際に、がんにおけるPimの発現亢進は、Pimタンパク質の半減期が正常細胞に比べ10倍以上も延長することに起因することが示唆されてきた。しかし、がん細胞においてPimの半減期が延長し、発現亢進する機構ついては未解明のままである。

本研究において私は、がん細胞において発現亢進したPimは、細胞周期阻害因子であるp27を翻訳後段階だけでなく、転写段階においても負に制御し、その結果、細胞増殖、がんの悪性化を促進していることを明らかにした。さらに、がん細胞においてPimが発現亢進する機構は、Pimタンパク質の分解異常による半減期の延長であることを初めて明らかにした。

[結果]

〈Pimによるがん細胞増殖、悪性化を導く機構の解明〉

1.PimはCDK2の活性化を伴い、G1/S期の進行を促進する

まずPimが細胞増殖を促進する上で、細胞周期上のどの段階を促進しているかを検討し、PimはGl/S期の進行を促進していることを見出した。また、PimはG1/S期の進行を司るCDK2の活性を亢進させることを見出した。CDK2の活性は、CDK結合タンパク質であるCDK inhibitor(CKI)によって制御されている。そこで、PimがCKIを負に制御している可能性について検討した結果、PimはCKIの一つであるp27の発現を顕著に抑制した。

2.Pimはp27Thr157,Thr198をリン酸化し、核外移行、タンパク質分解を誘導する

Pimがp27の発現を抑制する上で、キナーゼであるPimが、p27を直接リン酸化する可能性を想定した。まずp27の一次配列上における、Pimがリン酸化するconsensus配列の有無を検索し、Thr157、及びThr198を含む2つの領域を見出した。そこで、Pimがp27Thr157,Thr198をリン酸化する可能性を検討した結果、Pimはp27Thr157,Thr198を直接的にリン酸化することを明らかにした。さらに、Pimによってリン酸化されたp27Thr157,Thr198周辺の配列は、細胞内局在を制御する14-3-3タンパク質の結合配列と極めて類似していることを見出し、Pimによるリン酸化依存的にp27と14-3-3との結合が促進されること、Pimのリン酸化依存的にp27の細胞質局在が促進されることを明らかにした。また、細胞質に輸送されたp27のユビキチン化が促進されることも明らかにした。以上の結果から、Pimによるp27の発現抑制機構として、直接p27をリン酸化することにより、核外移行を促進し、細胞質における分解を導く機構が関与していることが明らかとなった。

3.Pimは転写段階においてp27遺伝子の発現を抑制する

さらに私は、Pimがp27mRNA量を負に制御していることを見出した。p27遺伝子の転写活性化は転写因子FoxOが担っている。そこで、PimがFoxOをリン酸化することによって、FoxOのp27遺伝子に対する転写活性を抑制している可能性について検討を行った。その結果、PimがFoxOをリン酸化すること、このリン酸化がFoxOのp27遺伝子に対する転写活性を抑制することを見出した。以上の結果から、Pimは転写段階においてもp27の発現を抑制していることが明らかとなった。

Pimによるp27の負の抑制が、がんの悪性化に寄与しているかを検討する目的で、予後不良であった前立腺がん患者由来の組織における発現解析を行い、Pimは発現亢進しているのに対し、p27は発現低下しており、両因子の発現に負の相関があることを見出した。がん患者におけるp27の発現低下は、予後不良と強い相関があることが報告されている。よって、本研究において私が同定したPimの新規基質p27は、Pimによる細胞増殖、及びがん化において重要な基質であることが強く示唆された。

〈Pimタンパク質のがんにおける発現亢進機構の解明〉

がんにおけるPim発現亢進の原因として、Pimタンパク質の分解機構に異常が生じた可能性がある。しかし、Pimの分解制御因子はこれまで未同定であり、Pimの分解機構は不明であった。そこで、私はまずPimの分解に関わる因子の同定を試み、同定した因子によるPimの分解機構を解析した。

1.Pimタンパク質の分解を担う因子群の同定

細胞周期依存的なタンパク質の発現パターンの解析は、どのような分解因子群によつて分解制御を受けているかについて、重要な示唆を与える。そこで、私はまず細胞周期依存的なPimタンパク質の発現解析を行い、PimはG1期からS期への移行時に最も発現量が高く、S期において発現が著しく低下すること、さらにPimはS期においてユビキチン依存的な分解を受けることを見出した。

S期におけるユビキチン依存的なタンパク質分解の一部は、SCF(Skp1-Cullin-F-box)-complexが担っている。PimがSCF複合体により分解を受ける可能性を検討する目的で、PimがCullin family 1-6と相互するかについて検討した結果、Cullin1との特異的な相互作用を見出した。さらに、cullin1ノックダウンによりPimの発現量の増大が確認された。よって、PimはSCF複合体により分解を受けることが予想された。SCF複合体がユビキチン化する基質の特異性は、E3 ligaseとして機能するF-boxタンパク質によって規定される。よって、Pimを認識するF-boxタンパク質の同定が、pimの分解機構を理解するうえで必須である。そこで、私はPimと結合し、かつPimの発現を抑制するF-boxを網羅的に解析することにより、Fbw5を同定した。さらにFbw5はCullin1と特異的に相互作用することを見出した。よって、PimはSkpl-Cullin1-Fbxw5によって分解制御を受けている可能性が示唆された。

Fbw5によってPimが分解を受ける可能性を検討する目的で、Fbw5の過剰発現、及びノックダウン時のPimのタンパク質量、半減期、ユビキチン化を検討した。Fbw5過剰発現により、Pimタンパク質の発現は低下し、Pimの半減期の短縮、ユビキチン化の亢進が認められた。また、fbw5ノックダウンにより、Pimの半減期の延長、ユビキチン化の低下が認められ、Pimタンパク質量は増加した。以上の結果から、PimがFbxw5によつて分解を受けると考えられる。

2.リンパ腫患者において認められるPim変異体はFbxw5による分解耐性を導く

リンパ腫患者において見られる変異型PimがFbxw5依存的な分解に耐性を示すか否かを検討した結果、いくつかの変異型Pimはユビキチン化の低下を伴い、分解に対して耐性を示した。以上の結果より、リンパ腫患者において高頻度に認められるPimの発現亢進の原因の一つに、Pimの変異を伴う分解耐性機構があることが示唆された。

[まとめ]

本研究において、私はPimが細胞増殖を促進する機構として、Pimはp27を直接リン酸化し、ユビキチン・プロテアソーム依存的な分解を誘導するだけでなく、転写段階においてp27を発現抑制することにより、G1/S期の細胞周期の進行を促進していること明らかにした。さらに予後不良の患者由来の腫瘍組織において、Pimとp27の発現は負の相関が見られたことから、本機構はPimによるがんの悪性化において重要な機構であると考えられる。私はまた、Pimタンパク質の分解を担う因子群として、Skp1-Cullin1-Fbw5を同定した。さらにリンパ腫において見られるPimの変異体は、これらの複合体による分解に耐性を示した。本結果より、これまで不明であったPimががんで発現亢進する機構が明らかとなったと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年の化学療法の発展にも関わらず、未だがんに対する有効な治療法は確立されておらず、がんは未だ深刻な問題として残されている。発がん、さらにがんの悪性化においては、細胞増殖・細胞死を制御するproto-oncogeneの活性化、及びtumor suppressor geneの不活性化が深く関わっている。よって、これら遺伝子産物が、どのように活性化・不活性化するか、さらにどのように発がん、及びがんの悪性化に寄与しているかを明らかにすることは、抗がん剤開発おいて極めて有益な情報をもたらす。

がんにおいて発現亢進し、がんの増殖、及び悪性化を促進するproto-oncogeneの1つとして、セリン・スレオニンキナーゼPimがある。Pimの発現亢進は細胞の増殖を促進し、pim transgenic miceにおいては発がん率の上昇が認められる。また、siRNAによるpimの発現抑制によりがん細胞の増殖は有意に抑制され、pimノックアウトマウスは個体が著しく小さくなる。これらのことから、Pimは発がん、細胞増殖を促進すると考えられる。しかし、がんで発現亢進したPimが細胞周期上のどの段階で、どのような因子を介してがん細胞の増殖を促進しているかについては十分な理解が得られていない。

論文提出者はまず、Pimが細胞増殖を促進する上で、細胞周期上のどの段階を促進しているかを検討し、PimはG1/S期の進行を促進していることを見出した。さらに同条件下において、G1/S期の進行を司るCDK2の活性を検討したところ、PimはCDK2の活性を亢進させていることも見出した。CDK2の活性は、CDK結合タンパク質であるCDK inhibitor(CKI)によって制御されている。そこで、PimがCKIを負に制御している可能性について検討した結果、PimはCKIの一つであるp27の発現を顕著に抑制した。

ここで論文提出者は、Pimがp27の発現を抑制する上で、キナーゼであるPimが、p27を直接リン酸化する可能性を想定した。まずp27の一次配列上における、Pimがリン酸化するconsensus配列としてThr157、及びThr198を含む2つの領域を見出した。そこで、Pimがp27 Thr157,Thr198をリン酸化する可能性を検討した結果、Pimはp27 Thr157,Thr198を直接的にリン酸化することを明らかにした。

さらに、Pimによってリン酸化されたp27 Thr157,Thr198周辺の配列は、核外移行を制御する14-3-3タンパク質の結合配列と極めて類似していることを見出した。そこで、Pimによるリン酸化依存的にp27と14-3-3との結合が促進されること、Pimのリン酸化依存的にp27の核外移行が促進されることを見出した。また、細胞質に輸送されたp27のユビキチン化が促進されることも見出した。以上の結果から、Pimによるp27の発現抑制機構として、直接p27をリン酸化することにより、核外移行を促進し、細胞質における分解を導く機構が関与していることが明らかとなった。

以上の解析の過程で、論文提出者は、Pimは転写段階においてもp27の発現抑制を行っている可能性を見出していた。Pimによるp27の発現抑制は、プロテアソーム阻害剤であるMG132処理で完全に回復しないことから、ユビキチン・プロテアソーム非依存的な発現抑制機構の存在が想定された。そこで、転写段階での負の制御について検討した結果、Pimがp27 mRNA量を負に制御していることを見出した。

P27遺伝子の転写活性化は転写因子FoxOが担っている。そこで、PimがFoxOをリン酸化することによって、FoxOのp27遺伝子に対する転写活性を抑制している可能性について検討を行った。その結果、PimがFoxOをリン酸化すること、このリン酸化がFoxOのp27遺伝子に対する転写活性を抑制することを見出した。以上の結果から、Pimは転写段階においてもp27の発現を抑制していることが明らかとなった。

Pimによるp27の負の抑制が、がんの悪性化に寄与しているかを検討する目的で、予後不良であった前立腺がん患者由来の組織における発現解析を行い、Pimは発現亢進しているのに対し、p27は発現低下しており、両因子の発現に負の相関があることを見出した。がん患者におけるp27の発現低下は、予後不良と強い相関があることが報告されている。よって、本研究において論文提出者が同定したPimの新規基質p27は、Pimによる細胞増殖、及びがん化において重要な基質であることが強く示唆された。

以上のように、Pimはp27を負に制御することによって細胞の増殖、悪性化を促進していることを明らかにした。しかし、そもそもなぜ、Pimががんにおいて発現亢進しているかについては明らかではない。Pimは翻訳後、自己リン酸化を経て即時に活性型となること、さらにタンパク質の半減期が極めて短いという特徴を有する。よって、Pimの活性制御においては、タンパク質自体のキナーゼ活性の制御ではなく、タンパク質量の制御が重要であると考えられており、Pimの発現調節の破綻による発現亢進は、細胞増殖、発がんを導く。実際に、がんにおけるPimの発現亢進は、Pimタンパク質の半減期が正常細胞に比べ10倍以上も延長することに起因することが示唆されてきた。しかし、がん細胞においてPimの半減期が延長し、発現亢進する機構ついては未解明のままである。

論文提出者は、がんにおけるPim発現亢進の原因として、Pimタンパク質の分解機構に異常が生じた可能性を想定した。しかし、Pimの分解制御因子はこれまで未同定であり、Pimの分解機構は不明であった。そこで、論文提出者はまずPimの分解に関わる因子の同定を試み、同定した因子によるPimの分解機構を解析した。

細胞周期依存的なタンパク質の発現パターンの解析は、どのような分解因子群によって分解制御を受けているかについて、重要な示唆を与える。そこで、まず細胞周期依存的なPimタンパク質の発現解析を行うことでPimは、G1期からS期への移行時に最も発現量が高く、S期において発現が著しく低下すること、さらにPimはS期においてユビキチン依存的な分解を受けることを見出した。

S期におけるユビキチン依存的なタンパク質分解の一部は、SCF(Skp1-Cullin-F-box)-complexが担っている。PimがSCF複合体により分解を受ける可能性を検討する目的で、生体内に相当な種類が存在するF-boxタンパク質に比べて、数が限られるCullin family 1-6と相互するかについて検討した結果、Cullin 1との特異的な相互作用を見出した。さらに、siRNAによるcullfn1のノックダウンによりPimの発現量の増大が確認された。よって、PimはSCF複合体により分解を受けることが予想された。

SCF複合体がユビキチン化する基質の特異性は、E3 ligaseとして機能するF-boxタンパク質によって規定される。よって、Pimを認識するF-boxタンパク質の同定が、Pimの分解機構を理解するうえで必須である。そこで、論文提出者はPimと結合し、かつPimの発現を抑制するF-boxを網羅的に解析することにより、Fbw5を同定した。さらにFbw5はCullin1と特異的に相互作用することを見出した。よって、PimはSkp1-Cullin1-Fbw5によって分解制御を受けている可能性が示唆された。

Fbw5によってPimが分解を受ける可能性を検討する目的で、Fbw5の過剰発現、及びノックダウン時のPimのタンパク質量、半減期、ユビキチン化を検討した。Fbw5過剰発現により、Pimタンパク質の発現は低下し、Pimの半減期の短縮、ユビキチン化の亢進が認められた。また、fbw5ノックダウンにより、Pimの半減期の延長、ユビキチン化の低下が認められ、Pimタンパク質量は増加した。以上の結果から、PimはFbw5によって分解を受けると考えられる。

リンパ腫患者において見られる変異型PimがFbw5依存的な分解に耐性を示すか否かを検討した結果、いくつかの変異型Pimはユビキチン化の低下を伴い、分解に対して耐性を示した。以上の結果より、リンパ腫患者において高頻度に認められるPimの発現亢進の原因の一つに、Pimの変異を伴う分解耐性機構があることが示唆された。

以上、本研究は、proto-oncogeneであるPimキナーゼによる細胞増殖促進機構の解明、及びPimキナーゼのがんにおける発現亢進機構を解明した点で、新たな抗がん剤開発に多大な貢献をするものである。よって、論文提出者は博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

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