学位論文要旨



No 124959
著者(漢字) 菊池,亮
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,リョウ
標題(和) アポトーシス阻害タンパク質Apollonによるcyclin A分解と細胞周期制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 124959
報告番号 甲24959
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1312号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 内藤,幹彦
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 村田,茂穂
 東京大学 講師 倉永,英里奈
内容要旨 要旨を表示する

〈序論〉

IAP (inhibitor of apoptosis protein)ファミリーの一つであるApollonはSmac、caspase9といったアポトーシス実行因子を、自身のUBCドメインによりユビキチン化して、プロテアソーム依存的な分解へと導くことで、アポトーシスを阻害することが明らかになっている。しかし、Apollonノックアウト胎児マウスではアポトーシスの異常な亢進は観察されておらず、特徴的表現型として体のサイズの減少や胎児繊維芽細胞(MEF)の増殖速度の低下、早期増殖停止などが観られている。これらの知見から、Apollonが細胞増殖(細胞周期)の制御に関与している可能性が考えられた。

私は、Apollonによる細胞周期制御機構を解明することを目的として解析を進めた結果、Apollonがcyclin Aをユビキチン化してその分解を制御すること、cyclin Aの分解を通して細胞周期の特にM期進行の制御に関与する可能性があることを明らかにした。

〈方法・結果〉

1.ApollonノックアウトMEFにおける細胞周期の異常

ApollonノックアウトMEFと野生型MEFの細胞周期をフローサイトメーターにより解析した結果、ApollonノックアウトMEFでは野生型MEFと比べてG2/M期の細胞の割合が10%程度多いことが明らかになった。ApollonノックアウトMEFではG2/Mの進行が遅延している可能性が考えられたので、M期の長さを直接測定するためにMEFの増殖の様子をビデオに撮り検討した。M期の長さは、細胞がラウンドアップしてから二つに分裂し再び接着するまでの時間とした。その結果、ApollonノックアウトMEFでは全体的にM期の時間が延長していることが認められ、このことからApollonは細胞周期の特にM期の進行に重要な機能を持つことが示唆された。(Fig.1-1)またビデオによる検討の際、ApollonノックアウトMEFの一部の細胞では一つの細胞が三つに分裂するなどの異常分裂が観察された。このような分裂異常を起こす細胞は中心体の過剰が原因となっている場合がある。そこでγ-tubulin抗体を用いた免疫染色を行った結果、ApollonノックアウトMEFでは中心体過剰を起こした細胞が多く存在していることが明らかになった。(Fig.1-2)

2.Apollonとcvdin Aの結合

Apollonと結合するタンパク質を探索した結果、cyclin Aが同定された。cyclin Aは、細胞周期の進行を正に制御する因子であるcyclinファミリーの一つであり、cdkl (cyclin-dependent kinasel)やcdk2を活性化し、DNAや中心体の複製、M期の開始・進行などの過程を制御する因子である。細胞内での両者の結合について、細胞に各々の遺伝子を発現し免疫沈降により検討したところ、細胞内でもApollonとcyclin Aが結合することが確認され、その結合は内在性のタンパク質同士でも確認することができた。(Fig.2)

3.Apollonによるcyclin Aのユビキチン化

細胞にApollon、cyclin A、ユビキチンの遺伝子を発現後、cyclin Aで免疫沈降しユビキチン抗体でウェスタンブロットしたところ、Apollon共発現によりcyclin Aのユビキチン化が促進されることが明らかになった。

Apollonによるcyclin Aのユビキチン化におけるApollon自身のUBCドメインの重要性を調べるため、ApollonのUBC変異体やUBCを欠失した変異体によるcyclin Aのユビキチン化を検討した。その結果、これら変異体でも全長の野生型Apollon同様、cyclin Aのユビキチン化の亢進が起こることが確認された。

4.ApollonとAPC/Cの結合

上記の結果から、Apollonによるcyclin Aのユビキチン化には他のUBC分子を必要とすることが考えられた。cyclin Aのユビキチンリガーゼ(E3)としてAPC/C(anaphase-promotingcomplex/cyclosome)が報告されていることから、ApollonとAPC/Cとの相互作用について免疫沈降により検討した。その結果、細胞内在性のタンパク質レベルにおいて、ApollonとAPC/Cのコンポネントの一つであるAPC3が結合することが明らかとなり(Fig.3)、また一過性発現の系でもAPC/C複合体の中でUBCをリクルートする機能を持つAPC11がApollonと結合することを確認した。Apollonとcyclin AとAPC11の3者が相互作用するかどうかを検討するために、APC11で免疫沈降した際に共沈するcyclin A量に対するApollon共発現の影響について調べたところ、Apollon共発現により両者の結合の増強がみられ、細胞内でApollon、cyclin A、APC11の3者が同時に相互作用することが明らかになった。これらの知見から、ApollonはAPC/Cと協調してcyclin Aのユビキチン化制御に関与している可能性が考えられた。

5.Apollonによるcyclin Aの分解制御

Apollonがcyclin Aのユビキチン化を促進することから、Apollonがcyclin Aのプロテアソームによる分解制御に関与することが考えられた。そこで、siRNAによりApollonの発現を抑制し、細胞内在性cyclin Aのタンパク量についてウェスタンブロットにより検討した結果、cyclin Aのタンパク量の増加が認められた。cyclin Aの蓄積の様子をより詳細に解析するために、Apollonノックダウン後の細胞をcyclin A抗体を用いて免疫染色した。その結果、cyclin Aが強く染色される細胞がcontrolの細胞に比べて全体的に多くなっていることが観察された。特にラウンドアップしたM期途中の細胞でcyclin Aが強染される細胞は、controlでは全体の0.3%以下であったのに対し、Apollonをノックダウンすると約1.5%程度の割合で観られるようになった。また、M期の細胞はApollonノックダウンにより1.7倍程度増加することが観られた。(Fig.4-1)cyclin Aの蓄積がタンパク質の分解異常によるものかどうかを確認するために、タンパク合成阻害剤シクロヘキシミド処理後のcyclin Aのターンオーバーについて検討した。その結果、Apollonノックダウンによりcyclin Aの分解抑制がみられ、Apollonが細胞内在性cyclin Aの分解制御に関与することが示唆された。

Apollonが細胞周期のどの時期でcyclin Aの分解に関与するかを検討するために、内在性cyclin AとPIの二重染色を行いフローサイトメーターにより解析した。その結果、Apollonノックダウンにより細胞周期のどの時期においてもcyclin Aが蓄積することが明らかになった。(Fig.4-2)

cyclin Aは、M期進行後に急激に分解され、cyclin Aの分解遅延はM期からの離脱を遅らせることが知られている。上述のようにApollonノックダウンにより細胞周期によらずcyclin Aの蓄積がみられたが、ApollonノックアウトMEFでは特にM期に遅延がみられたことから、M期でのcyclin Aの分解におけるApollonの重要性について検討した。細胞にGFP-cyclin Aを発現させ、個々の細胞でM期進行後のcyclin Aの挙動を観察したところ、ApollonノックダウンによりGFP-cyclin Aの分解が遅延している細胞が確認された。次にApollonノックアウトMEFでM期におけるcyclin Aの分解異常が認められるかどうかをウェスタンブロットにより検討した。その結果、細胞をノコダゾールによりM期に停止させると、野生型MEFではcyclin Aは分解されてしまうが、ApollonノックアウトMEFではこの分解がかなり抑制されていることが明らかになった。(Fig.4-3)これらの結果から、ApollonはM期においてもcyclin Aの分解に関与していることが明らかになり、それを通じて、M期進行の制御に関与する可能性が示唆された。

〈総括〉

本研究で私は、アポトーシス阻害タンパク質Apollonがcyclin Aをユビキチン化すること、このcyclin Aのユビキチン化においてApollonはUBC(E2)としてではなく、APC/CとともにE3として機能することを明らかにした。そして、Apollonが生理的にcyclin Aの分解を制御し、この分解を通してM期進行を制御する可能性を示した。M期でのcyclin Aの分解はM期からG1期の進行に必須であり、またcyclin Aを過剰発現した細胞では多核・巨核や中心体過剰複製を引き起こすことが報告されていることから、正常な細胞周期の進行におけるcyclin A分解制御の重要性はよく知られている。cyclin A以外にもApollonが制御するタンパク質は存在すると予想されるが、Apollonによるcyclin Aの制御機能が失われることが、ApollonノックアウトMEF等で観察されたM期進行の遅延の原因の一つになっていると考えられた

Fig.1-1 Apollon KO MEFのM期延長

Fig.1-2 Apollon KO MEFにおける中心体過剰

Fig.2内在性Apollonと内在性cyclin Aの結合

Fig.3内在性Apollonと内在性APC3の結合

Fig.4-1 Apollonノックダウンによるcyclin Aの蓄積

Fig.4-2 Apollonノックダウンによる全細胞周期におけるcyclin Aの蓄積

Fig.4-3 Apollon KO MEFにおけるcyclin Aの蓄積

審査要旨 要旨を表示する

本研究の表題は、『アポトーシス阻害タンパク質Apollonによるcyclin A分解と細胞周期制御機構の解析』である。IAP(inhibitor of apoptosis protein)ファミリーの一つであるApollonはSmac、caspase9等のアポトーシス実行因子を、自身のUBCドメインによりユビキチン化して、プロテアソーム依存的な分解へと導くことで、アポトーシスを阻害することが明らかになっている。しかし、Apollon遺伝子破壊マウス胎児ではアポトーシスの異常な亢進は観察されておらず、特徴的表現型として体のサイズの減少や胎児繊維芽細胞(MEF)の増殖速度の低下、早期増殖停止などが観られている。これらの知見から、Apollonが細胞増殖(細胞周期)の制御に関与している可能性が考えられていた。

菊池亮は、Apollonによる細胞周期制御機構を解明することを目的として研究を行い、Apollonがcyclin Aをユビキチン化してその分解を制御すること、cyclin Aの分解を通して細胞周期の制御に関与することを明らかにした。

第1章では、ApollonノックアウトMEFに見られる様々な異常について記載した。ApollonノックアウトMEFと野生型MEFの細胞周期をフローサイトメーターにより解析した結果、ApollonノックアウトMEFでは野生型MEFと比べてG2/M期の細胞の割合が10%程度多いことを明らかにした。M期の長さを直接測定するためにMEFの増殖の様子をビデオに撮り、ApollonノックアウトMEFでは全体的にM期の時間が延長していることを見出した。また、免疫染色等により、ApollonノックアウトMEFでは多核細胞や中心体過剰を起こした細胞が多く存在していることを明らかにした。

第2章では、Apollonと結合するタンパク質としてcyclin Aを同定した。cyclin Aは、細胞周期の進行を正に制御する因子であるcyclinファミリーの一つであり、cdk1(cyclin-dependent kinase1)やcdk2を活性化し、DNAや中心体の複製、M期の開始・進行などの過程を制御する因子である。細胞内での両者の結合について、細胞に各々の遺伝子を発現して免疫沈降により検討し、細胞内でもApollonとcyclin Aが結合すること、その結合は内在性のタンパク質同士でも確認できることを明らかにした。

第3章では、Apollonによるcyclin Aのユビキチン化について検討し、Apollon共発現によりcyclin Aのユビキチン化が促進されることを明らかにした。このユビキチン化にはApollonのUBCドメインは必ずしも必要ではなく、ApollonのUBC変異体やUBCを欠失した変異体でも野生型Apollonと同様に、cyclin Aのユビキチン化を亢進することを明らかにした。

第4章では、Apollonとともにcyclin Aのユビキチン化に関与するUBCを探索し、APC/Cを同定した。cyclin Aのユビキチンリガーゼ(E3)としてAPC/C(anaphase-promoting complex/cyclosome)が報告されていることから、ApollonとAPC/Cとの相互作用について免疫沈降により検討し、細胞内在性のタンパク質レベルにおいて、ApollonとAPC/Cのコンポネントの一つであるAPC3が結合することを明らかにした。さらにin vitroのユビキチン化実験において、APC/Cによるcyclin Aのユビキチン化はApollonを添加することにより促進される事を明らかにした。

第5章では、Apollonによるcyclin Aの分解制御について検討した。siRNAによりApollonの発現を抑制し、細胞内在性cyclin Aのタンパク量についてウェスタンブロットにより検討した結果、cyclin Aのタンパク量が増加することを見出した。cyclin Aの蓄積の様子をより詳細に解析するために、Apollonノックダウン後の細胞をcyclin A抗体を用いて免疫染色し、cyclin Aが強く染色される細胞がcontrolの細胞に比べて全体的に多くなっていること、M期の細胞が増加していることを見出した。cyclin Aの蓄積がタンパク質の分解異常によるものかどうかを確認するために、タンパク合成阻害剤シクロヘキシミド処理後のcyclin Aのターンオーバーについて検討した。その結果、Apollonノックダウンによりcyclin Aの分解抑制がみられ、Apollonが細胞内在性cyclin Aの分解制御に関与することを明らかにした。

以上、菊池亮の研究はアポトーシス阻害タンパク質Apollonがcyclin Aをユビキチン化すること、このcyclin Aのユビキチン化においてApollonはUBC(E2)としてではなく、APC/CとともにE3として機能すること、またApollonが生理的にcyclin Aの分解を制御し、この分解を通してM期進行を制御する可能性を示した。これらの研究成果は、細胞周期を制御する新規薬剤の開発に資する新しい知見であり、博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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