学位論文要旨



No 124963
著者(漢字) 北村,吏司
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,サトシ
標題(和) 肝胆系輸送を介した薬物間相互作用による血中・肝臓中濃度変動の定量的予測 : PET試験の活用
標題(洋)
報告番号 124963
報告番号 甲24963
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1316号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 樋坂,章博
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

薬物の薬効・副作用の変動要因を考えるためには、薬物の血中濃度のみならず、標的組織中濃度の時間推移の情報が必要となる。例えば、高脂血症治療薬pravastatinは、ヒト肝臓の血管側に発現する取り込みトランスポーターOATP (organic anion transporting polypeptide)1B1の基質となり、未変化体として肝臓から消失する一方、肝臓内のHMG-CoA還元酵素を薬効標的とすることから、肝臓内濃度が薬効の指標になると考えられる。当研究室の渡辺らは生理学的薬物速度論モデルを構築し、肝取り込み能力の低下は血漿中濃度の上昇を招く一方、肝臓内濃度は大きく変化させないことをシミュレーションにより示した(Watanabe T et al., J Pharmacol Exp Ther, in press)。この結果は、OATP1B1の機能低下を引き起こす遺伝子多型を有するヒトで血中濃度の上昇が見られるものの、効果には大きな影響を与えないという過去の臨床報告と合致する。従って、薬物の薬効・副作用の正確な評価のためには、血中濃度とは常に並行して推移しない組織中濃度の精度よい予測が必須となる。

まず私は、組織中濃度が検証可能な実験動物を用いて、肝取り込み・胆汁排泄それぞれの過程を阻害した場合の基質薬物の血中・肝臓中濃度の変動を、種々のin vitro実験系を用いて定量的に予測する方法論を構築し、実証することを目的とした。本研究では、ラットで取り込み・排泄トランスポーターを介して未変化体で胆汁排泄されることが既知の薬物であるpravastatin (PRA)を基質とし、3種類の阻害剤(rifampicin, cyclosporin A, probenecid)の併用時におけるPRAの血中・肝臓中濃度や肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスの変動をin vitro実験系の結果からどの程度定量的に説明できるかについて検討を行った。

動物において予測法が確立すれば、ヒト組織サンプルを併用することで全く同様のプロセスでヒトでの薬物動態予測も可能であると考えられるが、ヒトでは、薬物の組織中濃度を直接測定できないことから予測結果の検証が困難であった。しかし近年、試験化合物の組織中濃度を非侵襲的・定量的・経時的に見積もる方法として、PET (positron emission tomography)が注目を集めており、当研究室の[(11)C]verapamilを用いたヒトの血液脳関門におけるP-glycoproteinの輸送機能の評価をはじめ、薬物動態分野でも利用が期待されつつある。最近、プロスタサイクリンI2受容体のPETプローブとして理化学研究所にて開発された(15R)-16-m-tolyl-17,18,19,20-tetoranorisocarbacyclin (15R-TIC)が、ラットおよびヒトに投与後、良好な肝移行性を示し、効率よく胆汁排泄されることが明らかとなった.[(11C)]-15R-TICは、血漿中で速やかに加水分解を受けることから、放射能は15R-TICの加水分解産物(以下TIC-Aと表記)およびその代謝物に由来すると考えられる。本研究では、TIC-Aが肝胆系のトランスポーターの機能を測定するPETプローブとして利用できる可能性を鑑み、TIC-Aの肝取り込み、TIC-Aおよびその主代謝物の胆汁排泄過程を担うトランスポーターの同定および寄与率の見積もりを行った。また、OATPsの阻害剤であるrifampicinを併用投与時の[(11)C]-15R-TICの挙動を観察するヒト臨床相互作用試験を実施し、阻害剤が放射能の肝取り込み・胆汁排泄に与える影響について、in vitro阻害実験の結果からどの程度説明できうるか検討した。

【方法・結果】

1 in vitro実験の結果に基づく実験動物での薬物間相互用時の血中・肝臓中濃度の変動の定量的予測

雄性7-8週齢SDラットを用いてpravastatin(PRA)を門脈内投与後の体内動態に対するrifampicin(RIF)、cyclosporin A (CsA)、probenecid (PRB)の併用投与の影響を検討した。いずれの薬物も、高投与量ではPRAの肝濃縮率を低下させ、RIFは肝臓内濃度基準の胆汁排泄クリアランスも低下させた。一方で、肝取り込み・胆汁排泄の各過程を反映するin vitro実験系として、ラット遊離肝細胞を用いた取り込み実験・ラット胆管側膜ベシクルを用いた輸送実験により阻害剤の効果を検討した結果、少なくともRIFとPRBとの併用試験では、PRAの肝濃縮率、肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスは、in vitro実験で見積もった阻害定数を用いて定量的に予測できた(図1)。CsAについては、阻害剤の蛋白非結合型濃度に基づく予測は、実際の阻害程度より小さく、蛋白結合型の阻害剤も阻害に関わる可能性があり、蛋白共存下での阻害実験を試みている。また、ラット遊離肝細胞を用いて見積もった阻害剤の蛋白非結合型薬物の肝濃縮率と血中非結合型薬物濃度の情報から、阻害剤の肝臓中非結合型濃度を予測できる可能性も示した。

2 取り込み・排泄トランスポーター機能のプローブとしてのPETリガンドTIC-Aの有用性に関する基礎検討、ヒトでの薬物間相互作用時における臓器内濃度の変動

15R-TICの加水分解産物(TIC-A)の肝取り込み機構の解析

15R-TICは、血中で速やかにTIC-Aに変換されることがTLC解析の結果明らかとされており、肝取り込みされる放射能は主にTIC-A由来であると考えられている。一方、TIC-Aがカルボン酸構造を有することから、一連の有機アニオンを輸送するトランスポーターに焦点を当て発現系を用いた解析を行った結果、TIC-AがOATP1B1,OATP1B3,およびNTCP(Na+-taurocholate co-transporting polypeptide)の基質となることが明らかとなった。一方、NTCPの輸送はNa+依存的であるが、ヒト肝細胞でのTIC-Aの取り込みにNa+依存性が認められなかったことから、NTCPの寄与はきわめて小さいと考えられた(図2)。次に、OATP1B1とOATP1B3の相対的寄与率を、当研究室で既に構築されている(1)発現系と肝細胞での選択的基質の輸送活性比から寄与を見積もる方法、(2)E1S(estrone-3-sulfate)を用いてOATP1B1のみを選択的に阻害する方法、の両方を用いて見積もった結果、双方のアプローチ共に、OATP1B1,0ATP1B3が同程度寄与するという結果を得た(図2)。

TIC-A及びヒトでの主代謝物(TIC-Aのβ酸化体)の胆汁排泄に関わるトランスポーターの同定

TIC-Aは、ヒト肝細胞とのincubation実験により主にβ酸化体へと代謝されることが示唆されており、PET試験で見られる胆汁排泄される放射能は、TIC-Aおよびそのβ酸化体の両方の挙動を反映する可能性が高い。そこで、これらの胆汁排泄に関与するトランスポーターの候補としてMRP (multidrug-resistance associated protein)2、MDR (multidrug resistance)1、BCRP (breast cancer resistance protein)に焦点を当て、このいずれかを頂側膜に、OATP1B1を基底膜に同時発現させたMDCKII細胞を用いて、TIC-Aおよびそのβ酸化体の経細胞輸送実験を行った。その結果、TIC-Aは、MRP2およびMDR1、β酸化体は、MRP2の基質となることを見出した(図3)。

ヒトでrifampicin併用時における[(11)C]-15R-TICの血中・肝臓中濃度推移の定量的な変動評価並びにin vitro阻害実験の結果に基づく予測

代表的なOATPの阻害剤であるrifampicin(RIF)600mgをヒトに単回経口投与1時間後に、[11C]-15R-TICを静脈内投与し、血中・肝臓中の放射能の時間推移を追跡する臨床試験を開始した。現時点では、RIFを併用投与した被験者のデータは1例のみであるが、血中放射能の上昇、肝取り込みクリアランスの低下、肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスの低下が観察された(図4)。一方で、肝取り込み過程に対応するin vitro試験として、TIC-AのOATP1B1,0ATP1B3を介した取り込みに対するRIFの阻害定数を、また胆汁排泄過程については、TIC-Aおよびβ酸化体のMRP2を介した輸送に対するRIFの阻害定数をそれぞれ算出しており、RIF単回経口投与後の血中濃度推移を考慮に入れて、RIFの血漿中・肝臓中の蛋白非結合型濃度とin vitro実験から得られた阻害定数との比較から、肝取り込み・胆汁排泄クリアランスの低下をどの程度定量的に説明できるかどうか検討を進めている。

【考察】

本研究により、実験動物で生じる薬物間相互作用の程度を、肝取り込み・胆汁排泄の各過程に対する阻害剤のin vitro実験における阻害効果を用いることで、in vivo薬物動態パラメータの変動を定量的に説明できる可能性を示すことができた。また、ヒトでの肝胆系輸送に関わるトランスポーター群の機能評価のため、[(11)C]-15R-TICをPETプローブとして臨床試験を行った場合、ヒトでの肝臓中濃度の経時的な測定が可能であること、さらには併用投与した阻害剤(RIF)が肝取り込み・胆汁排泄過程に与える影響をヒトで非侵襲的に評価可能であることを示すことができた。

これまで薬物の臓器内濃度はヒトにおいて実測は不可能であり、動物実験からの推測や数理モデルを用いた予測に留まっていたが、今後、肝胆系輸送を担う個々のトランスポーターの機能を反映できる複数のPETプローブを合成し、ヒトにおいて遺伝子多型および薬物間相互作用による個々のトランスポーターの機能変動時における各種薬物の肝臓中濃度変動を定量的に追跡することで、これまでin vitro実験の結果に基づき構築してきた数理モデルからの肝臓中濃度変動の予測の妥当性を担保できると考えており、本研究は、PETプローブを用いて、ヒトにおけるトランスポーターを介した肝胆系輸送の評価が可能であることを示す端緒となる研究として意義深いと思われる。

【謝辞】

Pravastatinの[3H]標識体・非標識体を御供与いただいた第一三共株式会社に深謝いたします。15BTIC、TIC-Aの[3H]標識体・非標識体、TIC-Aのβ酸化体を御供与いただいた理化学研究所・分子イメージングプログラムの渡辺恭良先生、高島忠之様をはじめ研究スタッフの方々に深謝いたします。また、[(11)C]-15R-TICを用いた臨床試験を実施していただいた大阪市立大学の渡辺恭良先生および関係医療スタッフの方々、ならびにご協力いただいた被験者の方々に深謝いたします。

図1 rifampicinの血漿中・肝臓中濃度に対するpravastatinの門脈内投与後クリアランスおよび胆汁排泄クリアランス(肝臓中濃度基準)の実測値(各点)と、in vitro阻害実験から予測されるシミュレーション値(fitting curve)の対応

図2 TiC-Aのヒト肝細胞への取り込みにおけるNa+依存性(NTCPの寄与)、およびE1Sを用いたOATP1B1の寄与の見積もり(lot.609,XenoTech)

図3 TIC-Aおよびその主代謝物(β酸化体}の胆汁排泄に関与しうるトランスポーターの同定

図4 rifampicin併用時の、[(11)C]-15R-TIC投与後の[(11)C]シグナルの肝取り込みクリアランスおよび、胆汁排泄クリアランス(肝臓中濃度基準)の変動

審査要旨 要旨を表示する

薬物の薬効・副作用の変動要因を考える上で、薬物の標的組織中濃度の時間推移の情報は必須である。例えば、高脂血症治療薬pravastatinは、ヒト肝臓の血管側に発現するトランスポーター、OATP (organic anion transporting polypeptide)1B1の基質となり、未変化体として肝臓から消失ずる一方、肝臓内のHMG-CoA還元酵素を薬効標的とすることから、肝臓内濃度が薬効の指標と考えられる。当研究室の渡辺らは生理学的薬物速度論モデルを構築し、肝取り込み能力の低下が血漿中濃度の上昇を招く一方、肝臓内濃度は大きく変化させないことをシミュレーションにより示した。この結果は、OATP1B1の機能低下を引き起こす遺伝子多型を有するヒトで血中濃度の上昇が見られるものの、効果には大きな影響を与えないという過去の臨床報告と合致する。従って、薬物の薬効・副作用の正確な評価のためには、血中濃度とは常に並行して推移しない組織中濃度の精度よい予測が必須となる。

まず、組織中濃度が検証可能な実験動物を用いて、肝取り込み・胆汁排泄それぞれの過程を阻害した場合の基質薬物の血中・肝臓中濃度の変動を、種々のin vitro実験系一を用いて定量的に予測する方法論の構築および実証を目的とした。本研究では、ラットで取り込み・排泄トランスポーターを介して未変化体で胆汁排泄されることが既知の薬物であるpravastatin(PRA)を基質とし、阻害剤(rifampicin, cyclosporin A, probenecid)の併用時におけるPRAの血中・肝臓中濃度や肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスの変動をin vitro実験系の結果からどの程度定量的に説明できるか検討した。

動物において予測法が確立すれば、全く同様のプロセスで、ヒト組織サンプルの併用によりヒトでの薬物動態予測も可能と考えられるが、ヒトでは、薬物の組織中濃度を直接測定できず、予測結果の検証が困難であった。しかし近年、試験化合物の組織中濃度を非侵襲的・定量的・経時的に見積もる方法として、PET (positron emission tomography)が注目を集めており、当研究室の[(11)C]-verapamilを用いたヒトの血液脳関門におけるP-glycoproteinの輸送機能の評価をはじめ、薬物動態分野でも利用が期待されている。最近、プロスタサイクリンI2受容体のPETプローブとして理化学研究所にて開発された(15R)-16-m-tolyl-17,18,19,20-tetoranorisocarbacyclin(15R-TIC)が、ラットおよびヒトに投与後、良好な肝移行性を示し、効率よく胆汁排泄されることが明らかとなった。[(11)C]-15R-TICは、血漿中で速やかに加水分解を受けることから、放射能は15R-TICの加水分解産物(以下TIC-Aと表記)およびその代謝物に由来すると考えられる。本研究では、TIC-Aが肝胆系のトランスポーターの機能を測定するPETプローブとして利用できる可能性を鑑み、TIC-Aの肝取り込み、TIC-Aおよびその主代謝物の胆汁排泄過程を担うトランスポーターの同定および寄与率の見積もりを行った。また、OATPsの阻害剤であるrifampicinを併用投与時の[(11)C]-15R-TICの挙動を観察するヒト臨床相互作用試験を実施し、阻害剤が放射能の肝取り込み・胆汁排泄に与える影響について、in vitro阻害実験の結果からどの程度説明できうるか検討した。本研究により得られた知見を以下に列挙する。

1 in vitro実験の結果に基づく実験動物での薬物間相互作用時の血中・肝臓中濃度の変動の定量的予測

ラットを用いて、PRAを門脈内投与後の体内動態に対する、RIF、CsA、PRBの併用投与の影響を検討した。いずれの薬物も、高投与量ではPRAの肝濃縮率を低下させ、RIFは肝臓内濃度基準の胆汁排泄クリアランスも低下させた。一方で、肝取り込み・胆汁排泄の各過程を反映するin vitro実験系として、ラット遊離肝細胞・胆管側膜ベシクルを用いた輸送実験により阻害剤の効果を検討した結果、RIFとPRBとの併用試験では、PRAの門脈内投与後クリアランス、肝濃縮率、肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスは、in vitro実験で見積もった阻害定数を用いて定量的に予測できた。CsAについては、阻害剤の蛋白非結合型濃度に基づく予測は、実際の阻害程度より小さく、蛋白結合型の阻害剤も阻害に関わる可能性を示唆した。また、遊離肝細胞を用いて見積もった阻害剤の蛋白非結合型薬物の肝濃縮率と血中非結合型薬物濃度の情報から、阻害剤の肝臓中非結合型濃度を予測できる可能性も示した。

2 肝取り込み・排泄トランスポーター機能のプローブとしてのPETリガンドTIC-Aの有用性に関する基礎検討、ヒトでの薬物間相互作用時における臓器内濃度の変動

15R-TICの加水分解産物(TIC-A)の肝取り込み機構の解析

15R-TICは、血中で速やかにTIC-Aに変換されるため、肝取り込みされる放射能は主にTIC-A由来と考えられる。TIC-Aがカルボン酸構造を有することから、有機アニオンを輸送する一連のトランスポーターに焦点を当て、OATP1B1、OATP1B3およびNTCP(Na+-taurocholate co-transporting polypeptide)の基質となることを示した。NTCPの輸送はNa+依存的であるが、ヒト肝細胞でのTIC-Aの取り込みにNa+依存性が認められず、その寄与はきわめて小さいと考えられた。次に、OATP1B1とOATP1B3の相対的寄与率を、当研究室で既に構築されている(1)発現系と肝細胞での選択的基質の輸送活性比から寄与を見積もる方法、(2)E1S(estrone-3-sulfate)を用いてOATP1B1のみを選択的に阻害する方法、の両方を用いて見積もった結果、双方のアプローチ共に、OATP1B1、OATP1B3が同程度寄与するという結果を得た。

TIC-A及びヒトでの主代謝物(TIC-Aの酸化体)の胆汁排泄に関わるトランスポーターの同定

TIC-Aは、ヒト肝細胞内で主にβ酸化体へと代謝されることが示唆されており、PET試験で見られる胆汁排泄される放射能は、TIC-A・β酸化体の両方の挙動を反映する可能性が高い。そこで、これらの胆汁排泄に関与するトランスポーターの候補としてMRP(multidrug-resistance associated protein) 2、MDR (multidrug resistance) 1、BCRP (breast cancer resistance protein)を考え、このいずれかを頂側膜に、OATP1B1を基底膜に同時発現させたMDCKII細胞を用いて、TIC-Aおよびそのβ酸化体の経細胞輸送実験を行った。その結果、TIC-AがMRP2およびMDR1、β酸化体がMRP2の基質となることを見出した。

ヒトでrifamicin併用時における[(11)C]-15R-TICの血中・肝臓中濃度推移の定量的な変動評価並びにin vitro阻害実験の結果に基づく予測

OATPの阻害剤であるrifampicin(RIF)600mgをヒトに単回経口投与1時間後に、[(11)C]-15R-TICを静脈内投与し、血中・肝臓中の放射能の時間推移を追跡する臨床試験を開始した。現時点では、RIFを併用投与した被験者のデータは1例のみであるが、血中放射能の上昇、肝取り込みクリアランスの低下、肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスの低下が観察された。一方で、肝取り込み過程に対応するin vitro試験として、TIC-AのOATPを介した取り込み、また胆汁排泄過程について、TIC-Aおよび口酸化体のMRP2を介した輸送に対するRIFの阻害定数をそれぞれ算出した。シミュレーションによる、RIF単回経口投与後のRIFの血漿中・肝臓中の蛋白非結合型濃度の予測値と、in vitro実験から得られた阻害定数との比較から、肝取り込み・胆汁排泄クリアランスの低下が定量的に説明できる可能性が示された。

以上、北村吏司は本研究において、実験動物で生じる薬物間相互作用について、肝取り込み・胆汁排泄の各過程に対する阻害剤のin vitro実験における阻害効果を用いることで、in vivo薬物動態パラメータの変動を定量的に説明できる可能性を示した。また、ヒトでの肝胆系輸送に関わるトランスポーター群の機能評価のため、[(11)C]-15R-TICをPETプローブとして臨床試験を行った場合、ヒトでの肝臓中濃度の経時的な測定が可能であること、さらには併用投与した阻害剤(RIF)が肝取り込み・胆汁排泄過程に与える影響をヒトで非侵襲的に評価可能であることも示した。

薬物のヒトでの臓器内濃度は、これまで、動物実験からの推測や数理モデルを用いた予測に留まっていたが、今後、肝胆系輸送を担う個々のトランスポーターの機能を反映できる複数のPETプローブを合成し、ヒトにおいて遺伝子多型および薬物間相互作用による個々のトランスポーターの機能変動時における各種薬物の肝臓中濃度変動を定量的に追跡することで、これまでin vitro実験の結果に基づき構築してきた数理モデルからの肝臓中濃度変動の予測の妥当性を担保できると考えられる。本研究は、PETプローブを用いて、ヒトにおけるトランスポーターを介した肝胆系輸送の評価が可能であることを示す端緒となる研究として大変意義深く、薬物動態学の発展に大きく貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

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