学位論文要旨



No 124966
著者(漢字) 堀,由起子
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,ユキコ
標題(和) Aβ線維形成過程におけるapolipoprotein Eのアイソフォーム特異的な効果の解析
標題(洋)
報告番号 124966
報告番号 甲24966
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1319号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

アルツハイマー病(AD)は、老年期認知症の主因となる神経変性疾患であり、その発症メカニズムとして、アミロイドβペプチド(Aβ)が構造変化を起こして線維化する過程が神経細胞死を招くと考える「アミロイド仮説」が広く支持されている。そのためAβの線維化過程の解明は、ADの発症メカニズムに即した根本治療法の確立に重要である。特にAβ線維化過程において形成される可溶性の線維形成中間体は、神経細胞に対し高い障害性を発揮することから、その形成機構が注目されている。

主要なアポタンパク質の1つであるapolipoproteinE(apoE)は脳にも発現し、Aβ結合タンパク質の1つとしても知られている。ヒトapoEには3種類の遺伝多型(ε2、ε3、ε4)が存在し、ε4アレルはAD発症の遺伝的危険因子として確立されているが、その発症促進メカニズムには不明な点が多い。apoEはAD脳に蓄積したfibril Aβと結合していることから、apoEはAβ線維形成過程に関与し、アイソフォーム特異的な効果を発揮する可能性がある。そこでまず私は、apoEがAβの線維形成過程に及ぼす影響について、アイソフォームごとにinvitroにおいて検討を行った。

Aβ線維形成過程で生じる中間体の中で、私はprotofibril Aβに注目した。protofibril Aβは(1)17,000xgの遠心によって上清に回収される、(2)ゲル濾過により200kDa以上の分子サイズに分画される、(3)超微細に態的に、直径6-8nm、長さ200nm以下の湾曲した短い線維状の構造物として観察される、そして(4)神経細胞に対し毒性を持つ、などの特徴を有する(Fig.1)。そこで私は、修士課程において確立したprotofibril Aβのin vitroにおける形成・検出系を発展させ、protofibril Aβ形成に対するapoEの効果を詳細に調べることにした。さらにprotofibril Aβが脳内でアミロイド蓄積に及ぼす影響について、またprotofibril Aβに対するapoEのアイソフォーム特異的な効果について、トランスジェニック(tg)マウスを用いてin vivoの検討を進めた。

【方法・結果】

1.Aβ線維形成過程に対するapoEのアイソフォーム特異的な効果

まずapoEがAβ線維形成過程に及ぼす影響について検討した。この目的で、ゲル濾過と、β-sheet構造をとる、線維化が進行したAβを検出する蛍光色素ThioflavinTの蛍光値測定を組み合わせることにより、protofibril Aβの形成過程と、引き続いて重合が進んで形成されるfibril Aβの形成を同時に評価する実験系を確立した。まずapoE非存在下でのAβの線維形成過程を検討すると、protofibril Aβが形成された後、その消失に呼応してfibril Aβの形成が始まることがわかった(Fig.2A)。次に、apoEのアイソフォーム毎にAβ線維形成過程に対する影響を検討すると、apoE2、apoE3の添加はprotofibril Aβの存続時間を延長し、その後のfibril Aβ形成の開始が遅延することがわかった(Fig.2A)。一方、apoE4のprotofibril Aβ維持効果は最も弱く、fibril Aβの形成が速やかに生じることがわかった(Fig.2A)。次に、apoEアイソフォームによる Aβ線維形成過程への影響の相違が、apoEがprotofibril Aβに直接作用することに起因するかについて検討した。ゲル濾過によって、apoE存在下で形成されたprotofibril Aβを単離し、その存続時間を検討した結果、apoE3の存在下で形成されたprotofibril Aβは、apoE無添加あるいはapoE4添加に比べ、有意に高く安定化されていることがわかった(Fig.3B)。以上の結果から、apoEはprotofibril Aβに直接作用し、アイソフォーム特異的な安定化効果を発揮することが示唆された。

2.Aβ-apoESDS耐性複合体に関する検討

apoEはprotofibril Aβに直接作用することが考えられたことから、次にapoEとprotofibril Aβの結合について検討した。SECによって分画したprotofibril AβをSDS-PAGEにより分離した結果、protofibril Aβ画分中に、SDSに安定なAβ-apoE複合体と考えられるバンドが見出された(Fig.3A)。この複合体量は、apoE4を添加した場合には、apoE3の場合と比べて少なかった(Fig.3A)。

apoEアイソフォームごとにAβ-apoESDS耐性複合体量に違いが生じた原因の1つとして、各複合体の安定性が異なる可能性を考えた。そこでAβをよく溶解する溶媒であるHFIPに対する複合体の安定性をapoEのアイソフォームごとに検討すると、apoE2、apoE3の添加により形成された複合体は高濃度のHFIPに対しても安定であったのに対し、apoE4を含む複合体の安定性は有意に低かった(Fig.3B,C)。

以上のin vifvrにおける検討結果から、apoEアイソフォーム特異的にprotofibril Aβ画分中でAβ-apoESDS耐性複合体に表される結合が形成されると共に、protofibril Aβが安定化され、fibri-Aβの形成が抑制されるものと考えた。

3.protofibrir Aβのin vivoにおけるアミロイド形成促進効果とapoEの影響に関する検討

前項までのinvifrrの検討において、protofibril Aβ形成に引き続いて、これと相補的なにでfibril Aβの形成が生じたという観察結果から、形成されたprotofibril Aβを重合核としてmonomerAβの重合が起こり、fibril Aβの形成が進行するものと推測した。そこで、invivoの脳内でも、protofibril Aβが線維形成の重合核(seed)効果を有するかについてtgマウス脳へβAθ注入実験により検証した。この目的で、私は家族性変異型ヒトAPP遺伝子を神経細胞に過剰発現するtgマウス(A7マウス)を作出した。A7マウスでは約9ヶ月齢から加齢依存的にAβが脳内にアミロイド斑として蓄積する(Fig.4A)。アミロイド斑形成が生じる前の、8ヶ月齢A7マウス脳に、fibril、protofibril、低分子量(LMW)の3種の異なる重合状態のAβを注入後、12ヶ月齢でAβ蓄積を免疫組織化学的に検出し、アミロイド形成に対するseed効果を評価した。その結果、fibril Aβ、protofibril Aβはともに注入部位近傍のAβ蓄積を増加させ、その効果はfibril Aβでより高かった(Fig.4B)。in vitroでAβ線維形成の核として作用しないLMWAβを注入した場合には、Aβ蓄積は全く誘発されなかった(Fig.4B)。以上の結果から、protofibrirAβはinvivoにおいてもアミロイド形成のseed効果を有することが分かった。さらに、in vivoでのprotofibril Aβのseed効果に対するapoEの影響について検討した。apoE3あるいはapoE4存在下で形成させたprotofibril AβをA7マウス脳の左右半球にそれぞれ注入し、免疫組織化学的検討(図表4C)と海馬の不溶性Aβの生化学的定量(図表4D)を行った。その結果、統計学的に有意差は認められないものの、apoE4存在下で形成させたprotofibril Aβの注入により不溶性Aβ量が増加する傾向が見られた。これらの結果はapoEがinvivoでもprotofibril Aβのseed効果をアイソフォーム特異的にmodulateし、apoE4はアミロイド蓄積量を増加させる可能性を示唆する。

【まとめ】

本研究において私は、apoEがアイソフォーム特異的に、安定性の異なるAβ-apoESDS耐性複合体をinvitroで形成すること、また形成された複合体の量に応じたprotofibril Aβの安定化効果があることを見出した。さらにtgマウス脳内への注入実験により、protofibril Aβはinvivoでアミロイド形成のseed効果を持つこと、apoEはin vivoでもそのseed効果をmodulateする可能性があることを示した。これらの結果から、Aβ線維形成過程において、apoE3はprotofibril Aβを安定化することにより、protofibrirAβのseed効果を抑制し、fibril Aβの形成を抑制する作用を有すると考えた。一方apoE4は、そのseed効果の抑制効果が減弱し、fibril Aβの形成を早期に生じやすいものと考えた。そのためapoE4の存在下ではアミロイド形成が促進され、ADの遺伝的危険因子として働く可能性が想定された。

Fig.1Aβ線維形成過程の模式図

Fio、2Aβ線維形成過程に対するapoEの影響

A.apoEのAβ線維形成への影響(点線:fibril Aβ形成開始時間)

B.protofibril Aβ安定性の検討

Eig.3AβapoESDS耐性複合体に関する検討

A.Aβ-apoESDS耐性複合体の検出B,C.HFIPに対する安定性(B:WB,C:Bの定量化グラフ)

Fig.4in vivoにおける、protofibril Aβ seed効果aoEの影響に関する検討

A.A7マウス脳における加齢依存的Aβ蓄積(scarbar=100μm)

B.Aβ重合核注入部位におけるAβ蓄積(矢印)(scarbar=100μm)

C.apoE存在下で形成させたprotoflbril Aβ注入部位におけるAβ蓄積(矢印)(scarbar=100μm)

D.apoE存在下で形成させたprotofibril Aβ注入による不溶性Aβ量β定量ratio (apoE3=1.0)

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)は、老年期認知症の主因となる神経変性疾患であり、その発症メカニズムとして、アミロイドβペプチド(Aβ)が構造変化を起こして線維化する過程で神経細胞死を招くと考える「アミロイド仮説」が広く支持されている。そのためAβの線維化過程の解明は、ADの発症メカニズムに即した根本治療法の確立に重要である。特にAβ線維化過程において形成される可溶性β線維形成中間体は、神経細胞に対し高い障害性を発揮することから、その形成機構が注目されている。

主要なアポタンパク質の1つであるapolipoproteinE(apoE)は脳にも発現し、Aβ結合タンパク質の1つとしても知られている。ヒトapoEには3種類の遺伝多型(ε2、ε3、ε4)が存在し、ε4アレルはAD発症の遺伝的危険因子として確立されているが、その発症促進メカニズムには不明な点が多い。apoEはAD脳に蓄積したfibril Aβと結合していることから、apoEはAβ線維形成過程に関与し、アイソフォーム特異的な効果を発揮する可能性がある。そこで申請者は、apoEがAβの線維形成過程に及ぼす影響について、アイソフォームごとにin vitroにおいて検討を行った。

Aβ線維形成過程で生じる中間体の中で、申請者はprotofibril Aβに注目した。protofibril Aβは(1)17,000xgの遠心によって上清に回収される、(2)ゲル濾過により200kDa以上の分子サイズに分画される、(3)超微細に態的に、直径6-8nm、長さ200nm以下の湾曲した短い線維状の構造物として観察される、そして(4)神経細胞に対し毒性を持つ、などの特徴を有する。そこも申請者は、既に確立したprotofibril Aβのin vitroにおける形成・検出系を発展させ、protofibril Aβ形成に対するapoEの効果を詳細に調べた。さらにprotofibril Aβが脳内でアミロイド蓄積に及ぼす影響について、またprotofibril Aβに対するapoEのアイソフォーム特異的な効果について、トランスジェニック(tg)マウスを用いてinvivoの検討を進めた。

【方法・結果]

1.Aβ線維形成過程に対するapoEのアイソフォーム特異的な効果

まず申請者はapoEがAβ線維形成過程に及ぼす影響について検討した。この目的で、ゲル濾過と、β-sheet構造をとる、線維化が進行したAβを検出する蛍光色素ThioflavinTの蛍光値測定を組み合わせることにより、protofibril Aβの形成過程と、引き続いて重合が進んで形成されるfibril Aβの形成を同時に評価する実験系を確立した。まずapoE非存在下でのAβの線維形成過程を検討すると、protoflbril Aβが形成された後、その消失に呼応してfibril Aβの形成が始まることがわかった。次に、apoEのアイソフォーム毎にAβ線維形成過程に対する影響を検討すると、apoE2、apoE3の添加はprotofibril Aβの存続時間を延長し、その後のfibril Aβの形成が遅延することがわかった。一方、apoE4のprotofibril Aβ維持効果は最も弱く、fibril Aβの形成が速やかに生じることがわかった。次に、apoEアイソフォームによるAβ線維形成過程への影響の相違が、apoEがprotofibril Aβに直接作用することに起因するかについて検討した。SECによって、apoE存在下で形成されたprotofibril Aβを単離し、その存続時間を検討した結果、apoE3の存在下で形成されたprotofibril Aβは、apoE無添加あるいはapoE4添加に比べ、有意に高く安定化されていることがわかった。以上の結果から、apoEはprotofibril Aβに直接作用し、アイソフォーム特異的な安定化効果を発揮することが示唆された。

2.Aβ-apoESDS耐性複合体に関する検討

apoEはprotofibril Aβに直接作用することが考えられたことから、次にapoEとprotofibril Aβの結合について検討した。SECによって分画したprotofibril AβをSDS-PAGEにより分離した結果、protofibril Aβ画分中に、SDSに安定なAβ-apoE複合体と考えられるバンドが見出された。この複合体量は、apoE4を添加した場合には、apoE3の場合と比べて少なかった。

申請者は、apoEアイソフォームごとにAβ-apoESDS耐性複合体量に違いが生じた原因の1つとして、各複合体の安定性が異なる可能性を考えた。そこでAβをよく溶解する溶媒であるHFIPに対する複合体の安定性をapoEのアイソフォームごとに検討すると、apoE2、apoE3の添加により形成された複合体は高濃度のHFIPに対しても安定であったのに対し、apoE4を含む複合体の安定性は有意に低かった。

以上のin vitroにおける検討結果から、apoEアイソフォーム特異的にprotofibril Aβ画分中でAβ-apoESDS耐性複合体に表される結合が形成されると共に、protofibril Aβが安定化され、fibril Aβの形成が抑制されるものと考えた。

3.rotofibril Aβのin vivoにおけるアミロイド形成とapoEの影響に関する検討

前項までのinvifroの検討において、protofibril Aβ形成に引き続いて、これと相補的なにでfibril Aβの形成が生じたという観察結果から、形成されたprotofibril Aβを重合核としてmonomerAβの重合が起こり、fibril Aβの形成が進行するものと推測した。そこで、invivoの脳内でも、protofibril Aβが線維形成の重合核(seed)効果を有するかについてtgマウスへの脳内注入実験により検証した。この目的で、申請者は家族性変異型ヒトAPP遺伝子を神経細胞に過剰発現するtgマウス(A7マウス)を作出した。A7マウスでは約9ヶ月齢から加齢依存的にAβが脳内にアミロイド斑として蓄積する。アミロイド斑形成が生じる前β、8ヶ月齢A7マウス脳に、fibril、protofibril、低分子量(LMW)の3種の異なる重合状態のAβを注入後、12ヶ月齢でAβ蓄積を免疫組織化学的に検出し、アミロイド形成に対するseed効果を評価した。その結果、fibril Aβ、protofibril Aβはともに注入部位近傍のAβ蓄積を増加させ、その効果はfibril Aβでより高かった。in vitroでAβ線維形成の核として作用しないLMWAβを注入した場合には、Aβ蓄積は全く誘発されなかった。以上の結果から、protofibril Aβはin vivoにおいてもアミロイド形成のseed効果を有することが分かった。さらに、invivoでのprotofibril Aβのseed効果に対するapoEの影響について検討した。apoE3あるいはapoE4存在下で形成させたprotofibril AβをA7マウス脳の左右半球にそれぞれ注入し、免疫組織化学的検討と海馬の不溶性Aβ量の生化学的定量を行った。その結果、apoE4存在下で形成させたprotofibril Aβの注入により不溶性Aβ量が増加する傾向が認められた。この結果はapoEがin vivoでもprotofibril Aβのseed効果をアイソフォーム特異的にmodulateし、apoE4はアミロイド蓄積量を増加させる可能性を示唆するものであった。

本研究において申請者は、apoEがアイソフォーム特異的に、安定性の異なるAβ-apoESDS耐性複合体をin vitroで形成すること、また形成された複合体の量に応じたprotofibril Aβの安定化効果があることを見出した。さらにtgマウス脳内への注入実験により、protofibril Aβはin vivoでアミロイド形成のseed効果を持つこと、apoEはin vivoでもそのseed効果をmodulateする可能性があることを示した。これらの結果から、Aβ線維形成過程において、apoE3はprotofibrll Aβを安定化することにより、protofibril Aβのseed効果を抑制し、fibril Aβの形成を抑制する作用を有すると考えられた。一方apoE4は、そのseed効果の抑制効果が減弱し、fibril Aβの形成を早期に生じやすいものと考えた。そのためapoE4の存在下ではアミロイド形成が促進され、ADの遺伝的危険因子として働く可能性が想定された。これらの結果は、アルツハイマー病の病態解明とくにapoEを介したアミロイド病理の進展に関して重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク