学位論文要旨



No 124967
著者(漢字) 渡邊,直登
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ナオト
標題(和) 膜内配列切断酵素γセクレターゼの基質認識機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 124967
報告番号 甲24967
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1320号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 浦野,泰照
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

γセクレターゼは様々なI型1回膜貫通蛋白質β膜貫通領域(TMD)を切断する、膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼである。γセクレターゼ基質の一つAmyloid Precursor Protein(APP)は、アルツハイマー病(AD)患者脳形蓄積する老人斑の主要構成成分アミロイドβペプチド(Aβ)の前駆体蛋白質であり、γセクレターゼの触媒サブユニットであるPresenilin(PS)の遺伝子変異は家族性AD(FAD)形連鎖している。γセクレターゼによるAPPの切断過程において、主として40アミノ酸からなるAβ40が産生されるが、FAD形連鎖したPS変異はその切断様式を変化させ、凝集性の高いAβ42の産生を上昇させる。Aβ42の蓄積はAD発症形深く関与すると考えられることから、γセクレターゼはADの創薬標的分子として注目されている。γセクレターゼは、イオン化した水分子の存在を必要とする加水分解反応を疎水性環境下の脂質二重膜内において行うという点でも類例のないプロテアーゼであり、酵素学的観点からもその切断機構の理解は重要である。γセクレターゼはPS形加えて、Nicastrin、Aph-1、Pen-2の4種類の膜貫通蛋白質からなる複合体であり(図1)、各γセクレターゼ構成因子のTMDは、複合体形成のみならず基質認識・切断過程形おいて重要な役割を果たすことが予想される。またこれまでにケミカルバイオロジー的解析から、PS形は基質結合部位と触媒部位が別個形存在することが指摘されている(図2)。そこで私はγセクレターゼ形よる基質タンパク質のTMD認識機構を解明することを目的形、PSのTMDに注目した分子生物学的検討、ならび形基質結合部位を標的とした阻害剤の作製とその阻害機構の解明を行った。

【方法と結果】

PSTMDのγセクレターゼ活性獲得における役割

PSは9回膜貫通蛋白質であり、活性型γセクレターゼ複合体形おいては分子内切断を受けてN/C末端断片(NTF/CTF)として存在する。9個のTMDのうち、TMD7以外の8個のTMDのうち1つをγセクレターゼとは無関係な蛋白質(CLAC-PまたはCD4)のTMDに置換したTMD-swap変異体(TMXmt)を作製し、PS1/PS2ダブルノックアウトマウス由来線維芽細胞に発現させたところ、TM3mt以外の変異体ではγセクレターゼ活性は検出されなかった。次に各TMDの置換が他のγセクレターゼ複合体構成因子との相互作用および複合体の安定性に及ぼす影響を検討すると、TM4mtではPen-2との結合が失われ、TMlmt、TM5mt、TM8mt、TMgmtはγセクレターゼ複合体を形成するものの、その安定性が失われていた。一方、TM2mt、TM6mtは安定な複合体を形成するが、酵素活性は失われていることが分かった。

そこでTM2mt、TM6mt変異体を含むγセクレターゼ複合体が、酵素活性に必要な触媒部位および基質結合部位を形成できているか否かについて、光親和性標識反応を利用したケミカルバイオロジー的手法により検討した。分子プローブとしては、触媒部位形結合する遷移状態模倣型アナログ(TsA)、または基質結合部位形結合するα-aminolsobutyricacid(Aib)を含むヘリカルペプチド型阻害剤pep.11を基にし、光反応性官能基であるベンゾフェノン、検出のためのビオチン基を含むL-852,646とpep.11-Btを用いた。その結果、いずれの変異体もL-852,646との結合は見られず、触媒部位が形成されていないものと考えられた(図3)。一方触媒活性中心アスパラギン酸をアラニンに置換した不活性型PS(D257A、D385A)においてはpep.11-Btとの結合が検出されたが、TM2mt、TM6mtはとも形pep.11-Btとの結合が見られなかった。これらの結果から、PS分子内形基質結合部位が触媒部位とは別個に形成されること、TMD2およびTMD6は触媒部位のみならず基質結合部位の形成にも必須の役割を果たすと考えられた。

基質結合部位を標的とした筆セクレターゼ阻害剤の探索

γセクレターゼは、TMD中に存在するアスパラギン酸を活性中心残基として基質のTMDを切断することから、γセクレターゼー基質問のヘリックスの相互認識は酵素活性の発揮と制御にも重要と予想される。

αアミノ酸のカルボニル基とアミノ基の間に炭素を追加した構造を有する、βアミノ酸からなる"βペプチド"は、その側鎖の選択により、容易に二次構造を制御可能であり、特定の高次構造を固定する「フォルダマー」としての活用が注目を浴びている。近年、βペプチドの形成するヘリックス構造がαヘリックスを模倣することが可能であることが明らかになっており、Yセクレターゼにおいては、ヘリックス型βペプチドが基質TMD模倣型阻害剤となりうると考えられた。そこで側鎖としてシクロペンタンを有し、2.5(12)ヘリックス(12ヘリックス)を形成するtrans-2-aminocyclopentanecarboxylicacid(ACPC)からなるβペプチドを作製し、in vitro assayにてγセクレターゼ活性阻害能を有するかどうかを検討した(図4)。その結果、ペプチド鎖長が長く、12ヘリックス形成能の高いβペプチドほど高いYセクレターゼ阻害能を示した。最も高い阻害能を示した6(IC50:5.2nM)の配列中に(R,R)-ACPCを導入し12ヘリックス形成能を低下させると、阻害能は著しく低下するか、もしくは完全に失われた。つまり、βペプチドは12ヘリックス構造を介しγセクレターゼ阻害能を発揮することが明らかになった。

続いて、βペプチドのYセクレターゼ活性阻害機構を明らかにするため、各種γセクレターゼ阻害剤に基づく光親和性プローブを用いた標識実験において、βペプチドの競合能を検討した。その結果、基質結合部位に結合するpep.11-BtによるPSINTFの標識に対し、βペプチドは親化合物であるAibペプチド型阻害剤(pep.11)と同程度に標識を競合した(図5A)。すなわちβペプチドもpep.11と同様に、基質結合部位を標的とすると考えられた。一方、TSA阻害剤型プローブである31C-BpaのPS1に対する標識は、pep.11の添加により増加したが、βペプチドの添加により減少した(図5B)。TSA型阻害剤プローブに対するβペプチドの競合は、親化合物である31Cによる競合に比較して弱く、βペプチドは触媒部位には結合せず、アロステリックに触媒部位に影響する可能性が考えられた。一方TSA型阻害剤プローブ形Aibペプチドを添加するとその標識が増加し、同一の部位に結合するAibペプチドとβペプチドが触媒部位に対して異なった影響を示すことが明らかとなった。続いて、遷移経路を標的とする阻害剤プローブ(CE-BpB3)を用いて検討を行った(図5c)。興味深いことにAibペプチド型阻害剤、βペプチドの添加によって標識の増加が見られた。この結果はAibペプチド、βペプチドが遷移経路を標的としないことを示すのみならず異これらのペプチドの結合が遷移経路を開いた状態とすることを示す結果であり異γセクレターゼにおいては基質結合と共に遷移経路が開くのかもしれない。このようにβペプチドは12ヘリックス構造を介してγセクレターゼ活性を阻害し、その作用機構として、Aibペプチドと同様に基質結合部位を標的とし、遷移経路を開く作用を有すると考えられた。一方、触媒部位への影響はこれらのペプチドで異なり、Aibペプチドとβペプチドの阻害様式が異なることが示唆された(図6A、B)。

【まとめ】

私はTMD-swap変異体を用いた検討から、PS1のTMD2、6がγセクレターゼの基質結合部位を形成する可能性を提示した。さらに、12ヘリックスを形成するβペプチドが、基質結合部位を標的とする新規のγセクレターゼ阻害剤として機能することを明らかにした。今後βペプチド型阻害剤を基にした光親和性プローブを作出し、その結合部位とTMD2、6の関係を生化学的に明らかにすることにより異γセクレターゼによる基質認識の分子機構が明らかになるものと考えられる。また、APPTMD内の側鎖を有する12ヘリックスペプチドを作出し、基質特異的な阻害剤の探索を行っていきたい。

近年、構造解析技術の進歩とともにTMD間相互作用とそれに引き続くTMDのダイナミックな動きが様々な膜貫通蛋白質の機能に重要な役割を果たすことが明らかになっている。しかし親水性環境の蛋白質間相互作用に比べ、脂質二重膜内でのヘリックス面の認識形よるTMD間相互作用の分子基盤はほとんど明らかになっていない。ヘリックス構造を安定に作り出し、かつアミノ酸側鎖を人工的に同一ヘリックス面形配置することが可能なβペプチドをフォルダマーとして用いることにより、TMD間相互作用の分子機構が明らかになるものと期待される。

図1Yセクレターセ複合体構成因子

図2γセクレターゼによる基質切断モデル図

図3TMD-swa変異体を用いた光親和性標識実験

図4合成したペプチド

図5pep.11-Bt(A)、31C-Bpa(B)、CE-BpB3(C)を用いた光親和性標識実

図6A.βペプチドによる阻害機構B.pep.11による阻害機構

審査要旨 要旨を表示する

γセクレターゼは様々な1型1回膜貫通蛋白質の膜貫通領域(TMD)を切断する、膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼである。γセクレターゼ基質の一つAmyloid Precursor Protein(APP)は、アルツハイマー病(AD)患者脳に蓄積する老人斑の主要構成成分アミロイドβペプチド(Aβ)の前駆体蛋白質であり、γセクレターゼの触媒サブユニットであるPresenilin(PS)の遺伝子変異は家族性AD(FAD)に連鎖している。YセクレターゼによるAPPの切断過程において、主として40アミノ酸からなるAβ40が産生されるが、FADに連鎖したPS変異はその切断様式を変化させ、凝集性の高いAβ42の産生を上昇させる。Aβ42の蓄積はAD発症に深く関与すると考えられることから、γセクレターゼはADの創薬標的分子として注目されている。γセクレターゼは、イオン化した水分子の存在を必要とする加水分解反応を疎水性環境下の脂質二重膜内において行うという点でも類例のないプロテァーゼであり、酵素学的観点からもその切断機構の理解は重要である。γセクレターゼはPSに加えて、Nicastrin、Aph-1、Pen-2の4種類の膜貫通蛋白質からなる複合体であり、各γセクレターゼ構成因子のTMDは、複合体形成のみならず基質認識・切断過程において重要な役割を果たすことが予想される。またこれまでにケミカルバイオロジー的解析から、PSには基質結合部位と触媒部位が別個に存在することが指摘されている。そこで申請者はγセクレターゼによる基質タンパク質のTMD認識機構を解明することを目的に、PSのTMDに注目した分子生物学的検討、ならびに基質結合部位を標的とした阻害剤の作製とその阻害機構の解明を行った。

PSは9回膜貫通蛋白質であり、活性型γセクレターゼ複合体においては分子内切断を受けてNIC末端断片(NTF/CTF)として存在する。9個のTMDのうち、TMD7以外の8個のTMDのうち1つをγセクレターゼとは無関係な蛋白質(CLAC-PまたはCD4)のTMDに置換したTMD-swap変異体(TMXmt)を作製し、PS1/PS2ダブルノックアウトマウス由来線維芽細胞に発現させたところ、TM3mt以外の変異体ではγセクレターゼ活性は検出されなかった。次に各TMDの置換が他のγセクレターゼ複合体構成因子との相互作用および複合体の安定性に及ぼす影響を検討すると、TM4mtではPen-2との結合が失われ、TM1mt、TM5mt、TM8mt、TM9mtはγセクレターゼ複合体を形成するものの、その安定性が失われていた。一方、TM2m量、TM6mtは安定な複合体を形成するが、酵素活性は失われていることが分かった。

そこでTM2mt、TM6mt変異体を含むYセクレターゼ複合体が、酵素活性に必要な触媒部位および基質結合部位を形成できているか否かについて、光親和性標識反応を利用したケミカルバイオロジー的手法により検討した。分子プローブとしては、触媒部位に結合する遷移状態模倣型アナログ(TSA)、または基質結合部位に結合するα-aminoisobutyric acid(Aib)を含むヘリカルペプチド型阻害剤pep.11を基にし、光反応性官能基であるベンゾフェノン、検出のためのビオチン基を含むL-852,646とpep.11-Btを用いた。その結果、いずれの変異体もL-852,646との結合は見られず、触媒部位が形成されていないものと考えられた。一方触媒活性中心アスパラギン酸をアラニンに置換した不活性型PS(D257A、D385A)においてはpep.11-Btとの結合が検出されたが、TM2mt、TM6mtはともにpep.11-Btとの結合が見られなかった。これらの結果から、PS分子内に基質結合部位が触媒部位とは別個に形成されること、TMD2およびTMD6は触媒部位のみならず基質結合部位の形成にも必須の役割を果たすと考えられた。

γセクレターゼは、TMD中に存在するアスパラギン酸を活性中心残基として基質のTMDを切断することから、γセクレターゼー基質間のヘリックスの相互認識は酵素活性の発揮と制御にも重要と予想される。

αアミノ酸のカルボニル基とアミノ基の間に炭素を追加した構造を有する、βアミノ酸からなる"βペプチド"は、その側鎖の選択により、容易に二次構造を制御可能であり、特定の高次構造を固定する「フォルダマー」としての活用が注目を浴びている。近年、βペプチドの形成するヘリックス構造がαヘリックスを模倣することが可能であることが明らかになっており、γセクレターゼにおいては、ヘリックス型βペプチドが基質TMD模倣型阻害剤となりうると考えられた。そこで側鎖としてシクロペンタンを有し、2.5(12)ヘリックス(12ヘリックス)を形成するtrams-2aminogyclopentanecarboxylic acid(ACPC)からなるβペプチドを作製し、in vitro assayにてγセクレターゼ活性阻害能を有するかどうかを検討した。その結果、ペプチド鎖長が長く、12ヘリックス形成能の高いβペプチドほど高いγセクレターゼ阻害能を示した。最も高い阻害能を示した6の配列中に(R,R)-ACPCを導入し12ヘリックス形成能を低下させると、阻害能は著しく低下するか、もしくは完全に失われた。つまり、βペプチドは12ヘリックス構造を介しγセクレターゼ阻害能を発揮することが明らかになった。

βペプチドのγセクレターゼ活性阻害機構を明らかにするため、各種γセクレターゼ阻害剤に基づく光親和性プローブを用いた標識実験において、βペプチドの競合能を検討した。その結果、基質結合部位に結合するpep.11-BtによるPSINTFの標識に対し、βペプチドは親化合物であるAibペプチド型阻害剤(pep.11)と同程度に標識を競合した。すなわちβペプチドもpep.11と同様に、基質結合部位を標的とすると考えられた。一方、TSA阻害剤型プローブである31C-BpaのPS1に対する標識は、pep.11の添加により増加したが、βペプチドの添加により減少した。このようにβペプチドは12ヘリックス構造を介してγセクレターゼ活性を阻害し、その作用機構として、Aibペプチドと同様に基質結合部位を標的とする一方、触媒部位への影響はこれらの2つのペプチドで異なり、Aibペプチドとβペプチドの阻害様式が異なることが示唆された。

申請者はTMD-swap変異体を用いた検討から、PS1のTMD2、6がγセクレターゼの基質結合部位を形成する可能性を提示した。さらに、12ヘリックスを形成するβペプチドが、基質結合部位を標的とする新規のγセクレターゼ阻害剤として機能することを明らかにした。今後βペプチド型阻害剤を基にした光親和性プローブを作出し、その結合部位とTMD2、6の関係を生化学的に明らかにすることにより、γセクレターゼによる基質認識の分子機構が明らかになるものと期待される。

これらの成果はアルツハイマー病の病態解明と治療法創出に大きな知見を加えるものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。

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