学位論文要旨



No 124973
著者(漢字) 殿城,亜矢子
著者(英字)
著者(カナ) トノキ,アヤコ
標題(和) 神経変性疾患の晩発性発症における26Sプロテアソームの関与
標題(洋)
報告番号 124973
報告番号 甲24973
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1326号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 村田,茂穂
内容要旨 要旨を表示する

【序】

アルツハイマー病やパーキンソン病、ポリグルタミン病など多くの神経変性疾患に共通する特徴として、神経細胞内に異常タンパク質が蓄積・凝集すること、加齢に伴って発症リスクが上昇し病態が進行することが挙げられる。これまでに、異常タンパク質の主要な分解経路であるユビキチンプロテアソームシステムが、神経変性疾患における神経細胞内の異常タンパク質の凝集に深く関与することが示唆されてきた。しかし、神経変性疾患が晩発性に発症し、進行する理由は未だ明らかではない。そこで本研究では、生体内でのプロテアソーム活性の変化が、神経変性疾患の発症に及ぼす影響に着目した。生体内のプロテアソーム活性を遺伝学的手法で操作することで、生体内のプロテアソーム活性と神経変性疾患の発症・進行の関与を明らかにした。さらに、生体内のプロテアソーム活性が寿命の制御にも影響を与えていることを示し、生体内でのプロテアソーム活性の変化が神経変性疾患の晩発性の発症だけでなく、老化プロセスにも関与することを提唱した。

【方法と結果】

1.神経変性を抑制する因子の同定

神経変性を抑制する因子を網羅的に探索するために、モデル生物として世代期間が短く、遺伝学的手法を駆使することが可能なショウジョウバエを用いて、未知遺伝子発現系統(Gal4/UASシステムを用いた異所性発現系)のスクリーニングを行った。スクリーニングにより神経変性を抑制する系統を同定することに成功し、この系統において強制発現されている遺伝子の同定を試みたところ、19Sプロテアソームの蓋部構成因子の一つであるRpn11が候補遺伝子として明らかとなった(Fig.1)。複眼特異的にポリグルタミンを発現させると、視神経細胞の変性と脱落を伴う神経変性様表現型が加齢に伴い観察される。しかし、Rpn11の強制発現系統は、ポリグルタミンによる異常タンパク質の凝集を抑制し、加齢に伴う神経変性様表現型の進行を有意に抑制した(Fig.2)。

2.加齢に伴うプロテアソーム活性の低下

プロテアソームの構成因子の一つであるRpn11が神経変性の進行を抑制するメカニズムを明らかにするために、生体内のプロテアソーム活性に着目した。まず、野生型系統やコントロール(LacZ発現)系統における生体内のプロテアソーム活性を様々な日齢において測定したところ、若齢個体と比較して老齢個体におけるプロテアソーム活性が低下していることが明らかとなった(Fig.3)。このような加齢に伴うプロテアソーム活性の低下が、神経変性の進行を抑制したRpn11の強制発現によって回復していることを予想し、Rpn11強制発現系統における生体内のプロテアソーム活性を測定した。Rpn11強制発現による発生への影響を回避するために、時間および組織特異的に目的遺伝子の発現を制御することが可能な方法であるTARGETシステムを用いてRpn11を羽化後から全身性に強制発現させたところ、老齢個体においてもプロテアソーム活性が維持されており、野生型系統で見られた加齢に伴うプロテアソーム活性の低下が、Rpn11の強制発現によって回復していることが明らかとなった(Fig.3)。

3.Rpn11過剰発現による加齢依存的な26Sプロテアソーム活性低下の回復

次に、プロテアソームの蓋部構成因子の一つであるRpn11が、どのようなメカニズムで加齢に伴うプロテアソーム活性の低下を回復しているのかを明らかにすることを試みた。プロテアソームは、触媒ユニットである20Sプロテアソームと調節ユニットである19Sプロテアソームが会合した分子集合体であり26Sプロテアソームと呼ばれる(Fig.1)。通常、20Sプロテアソームは不活性型として存在し、調節ユニットである19Sプロテアソームが会合することによって活性型になることが知られている。

まず、プロテアソーム活性が加齢に伴いどのように低下するのかを明らかにするために、グリセロール密度勾配遠心法を用いて20S、26Sプロテアソームを分離し、それぞれのプロテアソームの活性・量的変化を若齢個体、老齢個体とでそれぞれ比較した。その結果、老齢個体では若齢個体に比べて26Sプロテアソームの量および活性が減少していた(Fig.4)。一方で、コントロール(LacZ発現)系統の老齢個体とRpn11過剰発現系統の老齢個体を比較すると、加齢に伴う26Sプロテアソームの量および活性低下がRpn11過剰発現系統において回復することが明らかとなった(Fig.5)。

4.Rpn11ノックダウンによる加齢依存的な26Sプロテアソーム活性低下の亢進

Rpn11を標的とするdouble strand RNA(dsRNA)の発現(Rpn11IR)によって内在性Rpn11の発現を発生段階よりノックダウンすると致死性を示すが、TARGETシステムを用いて羽化後よりRpn11をノックダウンさせると致死性を回避することが可能である。羽化後よりRpn11をノックダウンさせた個体のプロテアソーム活性を加齢依存的に測定すると、加齢に伴うプロテアソーム活性の低下が亢進することが明らかとなった(Fig.3)。また、グリセロール密度勾配遠心法より、Rpn11ノックダウン系統の老齢個体はコントロール系統の老齢個体に比較して、26Sプロテアソームの量および活性が顕著に低下していることが明らかとなった。

5.26Sプロテアソームの変化が老化プロセスに及ぼす影響

生体内における26Sプロテアソームの量および活性の変化が、神経変性の発症に与える影響を明らかにするために、Rpn11のノックダウン系統と神経変性モデルとの遺伝学的相関を解析した。ポリグルタミンの発現系統による進行性の神経変性様表現型はRpn11のノックダウンによって増強した。さらに、複眼特異的にRpn11を単独でノックダウンさせると、視神経細胞の脱落を伴う神経変性様表現型が加齢依存的に観察された。Rpn11ノックダウン系統において神経変性様表現型が見られたことから、26Sプロテアソーム活性の変化に伴う異常タンパク質の蓄積を、ユビキチン化タンパク質の蓄積を指標に検討した。コントロール系統において、加齢に伴いユビキチン化タンパク質の蓄積が増加したが、Rpn11ノックダウン系統においてユビキチン化タンパク質の蓄積が顕著に亢進した。一方で、Rpn11強制発現系統におけるユビキチン化タンパク質の蓄積は抑制された。

次に、生体内における26Sプロテアソームの変化が、老化に与える影響を明らかにするために、Rpn11強制発現系統とRpn11ノックダウン系統における寿命を測定した。Rpn11ノックダウン系統における平均寿命はコントロール系統に比べて顕著に減少したが、一方でRpn11強制発現系統における平均寿命はコントロール系統に比べて有意に伸長することが明らかとなった(Fig.6)。

【まとめと考察】

私は本研究において、遺伝学的スクリーニングによって得られた神経変性の進行を抑制する因子Rpn11の同定により、老齢個体における生体内の26Sプロテアソーム活性の低下を遺伝学的操作で向上させることによって神経変性の進行を抑制できる可能性を示した。これは加齢に伴う生体内の26Sプロテアソーム活性の低下が、神経変性疾患の晩発性発症や加齢に伴う進行の原因、つまり危険因子の一つであることを強く示唆するものである。また、加齢に伴う生体内のプロテアソーム活性の低下が神経変性疾患の発症や進行だけでなく、寿命にも影響を与えていることを初めて明らかにした。今後は、加齢に伴うプロテアソーム活性の低下を制御する因子を明らかにすることで、晩発性に神経変性疾患が発症する機構や寿命を制御する機構が解明されると考えられる。

Fig.126Sプロテアソームの構造模式図

Fig.2Rpn11強制発現による神経変性様表現型の進行の抑制A)ショウジョウバエの複眼と個眼の模式図。B)野生型の複眼切片の一部。一つの個眼にっき七つのラブドメア(感桿分体)が見られる。C)複眼特異的なポリグルタミンの発現による、老齢個体におけるラブドメアの脱落がRpn11の強制発現により回復する。

Fig.3加齢に伴うプロテアソーム活性の低下

Fig.4加齢依存的な26Sプロテアソーム活性の低下

Fig.5Rpn11過剰発現による加齢依存的な26Sプロテアソーム活性低下の回復

Fig.6Rpn11過剰発現、またはRpn11ノックダウンによる寿命への影響

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病やパーキンソン病、ポリグルタミン病など多くの神経変性疾患に共通する特徴として、1)加齢に伴って発症リスクが上昇し、神経細胞の変性・脱落などの病態が徐々に進行すること(晩発性発症・進行)、2)神経細胞内に異常タンパク質が蓄積・凝集すること、が挙げられる。これまでに、異常タンパク質の主要な分解経路であるユビキチン・プロテアソームシステムが、神経変性疾患における神経細胞内の異常タンパク質の凝集に深く関与することが示唆されてきた。しかし、なぜ神経変性疾患が晩発性に発症し、進行するのか、その理由はこれまでに明らかにされていなかった。

神経変性疾患が晩発性に発症する機構の研究は、個体を用いて若齢から老齢まで長期にわたって解析する必要があるために困難とされてきた。そこで、ヒトの神経変性疾患モデルが確立されており、寿命が約60日と短く、遺伝学的な研究アプローチに優れているショウジョウバエをモデル生物として用いることで、神経変性疾患が晩発性に発症する機構の解明を目指して本研究に着手した。

本研究では、ショウジョウバエを用いたスクリーニングにより、神経変性を抑制する因子を網羅的に探索する過程で、Rpn11というプロテアソーム構成因子の過剰発現が神経変性の加齢に伴う進行を抑制することを見出した。異常タンパク質を分解するプロテアソームは、プロテアーゼ活性を有する20Sプロテアソームの両端または片側に、調節ユニットである19S複合体が会合した分子集合体であり26Sプロテアソームと呼ばれる。19S複合体はその構造上の特徴から蓋部と基底部に分類されるが、Rpn11が19S複合体の蓋部構成因子であり、その過剰発現が神経変性の進行を抑制したことから、生体内のプロテアソーム活性の変化に着目した。

本研究ではまず、生化学的手法を用いて26Sプロテアソームの量及び活性が加齢に伴い低下することを明らかにした。次に、加齢に伴う生体内のプロテアソーム活性低下が、神経変性疾患の晩発性の発症や進行に関与するかどうかを明らかにするために、Rpn11過剰発現系統の詳細な解析を行った。Rpn11過剰発現系統では、老齢個体においても、生体内の26Sプロテアソームの量及び活性が比較的維持されることが明らかとなった。一方で、Rpn11を標的とするdouble strand RNA(Rpn11IR)によって内在性Rpn11の発現を羽化後よりノックダウンさせると、加齢に伴う26Sプロテアソームの量及び活性の低下が亢進することが明らかとなった。

次に、生体内における26Sプロテアソームの量および活性の変化が、神経変性の発症に与える影響を明らかにするために、Rpn11のノックダウン系統と神経変性モデルとの遺伝学的相関を解析した。ポリグルタミンの発現系統による進行性の神経変性様表現型はRpn11のノックダウンによって増強した。さらに、複眼特異的にRpn11を単独でノックダウンさせると、視神経細胞の脱落を伴う神経変性様表現型が加齢依存的に観察された。

さらに、生体内における26Sプロテアソームの変化が老化に与える影響を明らかにするために、Rpn11強制発現系統とRpn11ノックダウン系統における寿命を測定した。Rpn11ノックダウン系統における平均寿命はコントロール系統に比べて顕著に減少したが、一方でRpn11強制発現系統における平均寿命はコントロール系統に比べて有意に伸長することが明らかとなった。

本研究において、遺伝学的スクリーニングによって得られた神経変性の進行を抑制する因子Rpn11の同定により、老齢個体における生体内の26Sプロテアソーム活性の低下を遺伝学的操作で向上させることによって神経変性の進行を抑制できる可能性を示した。これは加齢に伴う生体内の26Sプロテアソーム活性の低下が、神経変性疾患の晩発性発症や加齢に伴う進行の原因、つまり危険因子の一つであることを強く示唆するものである。また、加齢に伴う生体内のプロテアソーム活性の低下が神経変性疾患の発症や進行だけでなく、寿命にも影響を与えていることを初めて明らかにした。

本研究において、遺伝学的スクリーニングによって得られた神経変性の進行を抑制する因子Rpn11の同定により、老齢個体における生体内の26Sプロテアソーム活性の低下を遺伝学的操作で向上させることによって神経変性の進行を抑制できる可能性が示された。これは加齢に伴う生体内の26Sプロテアソーム活性の低下が、神経変性疾患の晩発性発症や加齢に伴う進行の原因、つまり危険因子の一つであることを強く示唆するものであると考えられる。また、加齢に伴う生体内のプロテアソーム活性の低下が神経変性疾患の発症や進行だけでなく、寿命にも影響を与えていることを初めて明らかにした。これまでに、生体内のプロテアソーム活性を遺伝学的に操作する方法は皆無であり、ショウジョウバエを用いた遺伝学的スクリーニングにより得られたRpn11を用いて生体内のプロテアソーム活性を遺伝学的に操作して、神経変性の進行を抑制もしくは亢進可能であることを示した本研究は新規性が高いと考えられる。

一方で本研究において、生体内のプロテアソーム活性が加齢に伴って低下するメカニズムやプロテアソーム構成因子の一つであるRpn11の過剰発現が老齢個体におけるプロテアソーム活性を向上させるメカニズムに関しては、今後明らかにすべき重要な課題であろう。

今後、加齢に伴うプロテアソーム活性の低下を制御する因子が明らかになることで、神経変性疾患が晩発性に発症する機構や寿命を制御する機構が解明されるとともに、神経変性疾患の早期発見や、発症リスクを軽減させる新たな治療法の開発へと結びつくことが期待される。人口の21%以上が65歳以上の超高齢化社会を迎えた我が国において、神経変性疾患が晩発性に発症し、進行する機構の一端を明らかにした本研究は、医療薬学の分野へ多大なる貢献をしたと見なされる。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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