学位論文要旨



No 124993
著者(漢字) 髙際,良樹
著者(英字)
著者(カナ) タカギワ,ヨシキ
標題(和) 正20面体準結晶におけるナノ空孔評価と熱電性能向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 124993
報告番号 甲24993
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第411号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 末元,徹
 東京大学 教授 小森,文夫
 東京大学 准教授 枝川,圭一
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

Al 系正20 面体準結晶の物性の特徴としては、(1) 金属元素からなる合金であるが、非金属的な電気物性を示す、(2) 状態密度に擬ギャップが生じており、フェルミ準位がこの擬ギャップ内に存在することにより、高いSeebeck 係数が期待される、(3) 複雑な結晶構造に起因して、ガラス並みに低い熱伝導率を示す、が挙げられる。熱電変換材料としての性能評価には、無次元性能指数ZTが用いられ、ZT = S2σ T/ κ で定義される。実用化の目安としてはZT > 1 が必要とされているが、高いZT を得るためには、(1) 高い電気伝導率σ、(2) 大きなSeebeck 係数S、及び(3) 低い熱伝導率κ、を同時に実現する必要があり、Al 系正20 面体準結晶は、前述の特徴を有することから、高い熱電性能指数を示す可能性がある。Al 系近似結晶で見られている「金属結合-共有結合転換」[1]は、Al 正20 面体クラスター中心のナノ空孔の有無が関与していることから、Al 系正20 面体準結晶においても、正20 面体クラスター中心のナノ空孔が結合性に関与していると考え、陽電子消滅法により準結晶のナノ空孔の検出及び結合性の評価を試みた。得られた知見から、共有結合性が強いAl-Pd-Re 及びAl-Pd-Mn 準結晶に着目し、熱電物性の組成・組織の影響や近似結晶との比較から熱電物性の(結晶構造の複雑さをパラメタとした)近似度依存性及び準周期性の効果を検討し、両者の電子構造や物性の理解を試みた。最適な合金系の選択・仕込み組成等の作製条件を検討した後に、元素置換によるさらなる熱電性能向上を試みた。置換元素の選定は、熱電性能指数増加のための材料設計指針「クラスター間の結合を弱め、クラスター内結合を強める(weakly bonded rigid heavy clusters: WBRHCs)[2]に基づいて行った。

2. 実験方法

母合金は高純度原料粉末を秤量後、Ar 雰囲気下アーク溶解により得た後に、石英管にAr 雰囲気下で真空封入し、電気炉に保持した後に、水焼入れを行った。試料組織がポーラスなAl-Pd-Re準結晶に関しては、放電プラズマ焼結(SPS)法により試料の組織改善を試みた。単相性の評価は粉末X 線回折測定、試料の組織観察及び組成分析はSEM-EDX 測定により評価した。

線源として、カプトン膜間に(22)Na をはさみ、厚さ1 ~ 2 mm 程度の試料の間に挟んだ。消滅γ線の検出は、BaF2 をシンチレーターとした光電子増倍管を利用したFast-Fast Coincident システムにより行った。金属Al を標準試料として測定を行い、Resolution-Fit によりバックグラウンド及び装置関数を求め、Positron-Fit による2 成分解析により陽電子寿命を得た。

電気伝導率は直流4 端子法、Seebeck 係数は定常温度差法により測定を行った。レーザーフラッシュ法により比熱及び熱拡散率を測定し、定容積膨張法により密度を求め、熱伝導率は密度・比熱・熱拡散率の積から求めた。

3. 実験結果及び考察

[3.1 陽電子消滅寿命測定法を用いた準結晶のナノ空孔評価]

測定試料によって陽電子寿命値(τ2)に違いが見られ、その原因を検討した。陽電子寿命τ は次式で定義される物理量であり、平均価電子数密度ρ に着目し、データを整理した(図1)。

…(1)

ここで、r0 は古典電子半径、c は光速、n+(r)は陽電子数密度、n-(r)は価電子数密度であり、ρ は、

…(2)

である。構造型ナノ空孔の無い1/0-Al(12)Re 近似結晶[1]のτ2 は、純金属・金属間化合物の示すバルク寿命(τb)の描くカーブ付近に位置しており、Al 系準結晶・近似結晶のτb の一例である。一方、その他の試料のτ2 は、同程度のρ を有する純金属や金属間化合物のτb よりも長い寿命値を示し、半導体とは同程度のもの(Si と同程度)から、長いもの(SiC と比較して約60 ps 長い)がある。このことは価電子数密度の低い部分、即ち、ナノ空孔が存在することを示している。これらτ2 と純金属・半導体・金属間化合物の単空孔寿命(τv)と比較したのが図2 である。

1/0-Al(12)Re 近似結晶を除く試料のτ2は金属・金属間化合物のτv の描くカーブ付近に分布していることから、ナノ空孔の大きさは単空孔程度であると判断できる。また、近似結晶の結晶構造解析結果[1]と併せて、ナノ空孔サイトはAl 正20 面体クラスターの中心であると考えられる。

次に、陽電子寿命τ と電気物性との関係を検討した。陽電子消滅率λは陽電子寿命τ の逆数で定義され、(1)式より価電子数密度n-に比例することが分かる。そこで、価電子数密度が影響する電気伝導率σ との関係を調べたところ、図3 に示すような相関が得られた。(共有)結合性が強まると、ナノ空孔内の価電子数密度が減少し、バルクの電気伝導率が減少するという傾向が見られた。このことは、陽電子消滅法を用いることにより、周期性を有さない準結晶における結合性評価が可能であることを示す結果である。

[3.2 Al-Pd-TM (TM: Mn, Re)準結晶の熱電物性]

3.2.1 Al-Pd-Re 準結晶の熱電物性の組織改善効果

Al-Pd-Re 準結晶はポーラスな試料組織であり、低い電気伝導率及び強い異方性を示す。従って、熱電物性向上のためには組織改善が必要であると考え、SPS 法による焼結体試料の作製を行い、熱電物性の組織改善効果を検討した。SPS 前の相対密度は65 %程度であったが、SPS 後の相対密度は90 ~ 100 % まで大幅に増加し、組織改善に成功した。また、SEM-EDX 測定よりSPS 前後で組成に変化がないことを確認した。SPS 後の電気伝導率は約5 倍増加し、単結晶に匹敵する値になった[3]。

一方、Seebeck 係数はSPS 前後で絶対値と温度依存性に有意な差は見られなかったことから、試料組織の相違はSeebeck 係数に大きな影響を与えていないと考えられる。Al-Pd-Mn 及びAl-Pd-Re 準結晶のSeebeck 係数の組成依存性、即ち、価電子濃度(e/a)依存性を検討した結果、e/a に対して非常に敏感に変化することが分かった(図4)。この結果は、Seebeck 係数は組織の影響よりも、フェルミ準位付近の電子構造に大きく依存することを示している。

熱伝導率は相対密度の増加に伴い単調に増加したが、電気伝導率に比べて増加率は小さく、図5に示すように、無次元性能指数ZT(max) は0.05 から0.15 まで約3 倍増加させることに成功した。

3.2.2 Al-Pd-Mn 準結晶の熱電物性との比較

Al(71)Pd(20)Mn9 準結晶と比較すると、Seebeck 係数及び熱伝導率に大きな差はなかったが、電気伝導率は組織改善したAl(71)Pd(20)Re9 準結晶よりもさらに高いために、ZT(max) は0.18 と高い値を示した。熱電性能向上の為の合金系の選択としてはAl-Pd-Mn 準結晶を選び、元素置換による熱電性能向上を試みた。

[3.3 Al-Pd-Mn 準結晶のAl-Ga 元素置換による熱電性能の向上]

熱電性能向上のための材料設計指針「クラスター間の結合を弱め、クラスター内結合を強める(weakly bonded rigid heavy clusters: WBRHCs)[1,2]に基づいた元素置換により熱電性能向上を試みた。本研究では、Al をGa で置換することにより、クラスター間結合の強度を弱めることを目指した。

単相が生成するGa 置換濃度(≦ 3 at.%)では、電気伝導率及びSeebeck 係数に大きな変化は見られなかった。Ga 元素置換濃度の増加に伴い、熱伝導率は減少する傾向が見られた。音速はAl-Ga 元素置換により減少し、デバイ温度が減少した(共に7 %強)。一方、平均分子量と密度の増加は、共に3 %弱であった。従って、Al-Ga 元素置換により、目的通りにクラスター間の結合性は弱まったと考えられるが、熱伝導率の減少は音速の減少よりもさらに大きい(約40%)ため、クラスター間の結合性の減少だけでは説明がつかない。質量数の大きく異なる異種元素(Ga)によるフォノン散乱の効果が大きく働いていると考えられる

図6 に示すように、ZT(max)は置換前の0.18 から約1.4 倍増加し、0.26 まで増加させることに成功した。

4. 総括

Al 系準結晶及び近似結晶に対して、陽電子消滅法によるナノ空孔・結合性の評価を行い、構造的に安定なナノ空孔の存在を確かめ、このナノ空孔周辺の価電子数密度と電気伝導率との間に相関を見出した。陽電子消滅法を用いることにより、周期性を有さない準結晶の結合性評価が可能であることを示し、得られた結果から共有結合性の強いAl-Pd-Mn 及びAl-Pd-Re 準結晶に着目し、Al-Pd-Re 準結晶に関しては、ポーラスな組織を改善することにより無次元熱電性能指数を0.05 から0.15 まで約3 倍向上させることができた。さらなる熱電性能向上の為のベース合金として、組織改善する必要が無く性能指数の大きかったAl-Pd-Mn 準結晶を選定し、Al-Ga 元素置換により無次元熱電性能指数を0.18 から0.26 まで約1.4 倍向上させることに成功した。

[1] K. Kirihara et al., Phys. Rev. B 64, 014205 (2003)[2] K. Kimura et al., Mater. Res. Soc. Symp. Proc. 886, 231 (2006)[3] J. Dolinsek et al., Phys. Rev. B 74, 134201 (2006); J. Q. Guo et al., Philo. Mag. Lett. 80, 495 (2000); I.R. Fisher et al., Philo. Mag. B 82, 1089 (2002)

図1

図2

図3

図4

図5

図6

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、Al系正20面体(i-)準結晶の有する特徴を活かした応用として熱電変換材料を挙げている。高い熱電性能を示すためには、高い電気伝導率、大きなSeebeck係数、低い熱伝導率を同時に満たす必要があり、熱電性能向上のためには、結晶構造や電子構造に関する知見を得ることを欠かすことができないが、Al系正20面体準結晶は周期性を有していないために、X線構造解析や結合性の評価を行うことが難しいとされている。本論文では、近似結晶との類推から、クラスター中心のナノ空孔が結合性に関与していると考え、陽電子消滅法を用いた準結晶におけるナノ空孔の検出やクラスターの結合性評価を行つた。得られた知見から、共有結合性の強いi-Al-Pd-(Mn,Re)準結晶を選定し、熱電物性の組成・組織(粒界、異方性)の影響や、熱電物性の(結晶構造の複雑さをパラメーターとした)近似度依存性及び準周期性などの様々な効果を検討しており、i-Al-Pd-(Mn,Re)準結晶の電子構造や物性の理解に努めている。元素置換により、準結晶・近似結晶では過去最高の無次元熱電性能指数を得ることに成功している。本論文は以下に示すように全7章から構成されている。

第1章は、序論であり、正20面体準結晶・近似結晶の結晶構造・電子構造・安定性について、また、応用研究として熱電変換材料の現状・評価方法、また熱電特性の制御について概説しており、正20面体準結晶を研究対象として選択した経緯について述べている。

第2章は、試料作製と評価であり、種々のAl系正20面体準結晶・近似結晶の試料作製方法と評価方法についての詳細を述べている。作製した試料の単相性は高く、物性評価に十分であると判断している。

第3章は、陽電子消滅寿命測定結果であり、陽電子寿命を平均価電子数密度に対して整理することで、Al系準結晶・近似結晶におけるバルク及び空孔寿命値の違いを明確に区別・議論することが可能になった。また、陽電子寿命の逆数で定義される陽電子消滅率と電気伝導率との間に相関があることを見出し、共有結合性が強まると、ナノ空孔内の価電子数密度が減少し、電気伝導率も減少するという傾向がみられ、陽電子消滅法を用いることにより、周期性を有さない準結晶におけるクラスターの結合性評価の可能性を示した。

第4章及び第5章は、共有結合性の強いi-Al-Pd-TM(TM:Mn,Re)準結晶を選択し、熱電物性の評価結果を示している。i-Al-Pd-Re準結晶に関しては、ポーラスな試料組織を改善することにより熱電物性の組織改善効果を検討した結果、多結晶体i-Al-Pd-Re準結晶の低い電気伝導率の起源がポーラスな組織に起因していることを確認した。一方、Seebeck係数は組織の影響を大きく受けず、組成(平均価電子濃度e/a)に対して強い依存性を示すこと示した。熱伝導率は、焼結による相対密度の増加に伴い単調に増加した。無次元熱電性能指数ZTは焼結前の約2.5~3倍のZT(max)=0.15という値を示し、組織改善により大幅なZT向上に成功した。同一仕込み組成のi-Al-Pd-Mn及びi-Al-Pd-Re準結晶の熱電物性を比較した結果、無次元熱電性能指数ZTは、i-Al(71)Pd(20)Mn9準結晶の方が約1.2倍高いZT(max)=0.18という値を示した。

第6章では、i-Al(71)Pd(20)Mn9準結晶に対して、材料設計指針に基づいて、Al-Ga元素置換によりクラスター間の結合を弱めることにより熱電性能向上を目指した。音速測定の結果から、設計指針通り、クラスター間のバネ定数の減少を確認したが、この効果だけでは格子熱伝導率の減少分は説明できず、質量数の大きく異なる異種元素の置換によるフォノン散乱の効果が大きく働いていると結論している。Al-Ga元素置換により、置換前の無次元熱電性能指数ZT(max)=0.18から最大で約1.4倍のZT(max)=0.26まで増加させることに成功しており、クラスターの結合性評価と併せ、元素置換などにより更なる性能指数の向上がこの系で期待できるとしている。

第7章は総括である。

なお、本論文第3章は、小林隼、松下泰久、北畑宏樹、小林慶規、金沢育三、永田智啓、木村薫、等との、第4、5、6章は、上村享彦、細井慎、岡田純平、木村薫、等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって測定および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文は、陽電子消滅法を用いたAl系正20面体準結晶における結合性の評価の可能性を示し、得られた結果及び材料設計指針から実験的に熱電性能の大きな向上へと導いた点で、物質科学の発展に寄与するところが大きく、よって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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