学位論文要旨



No 125000
著者(漢字) 谷塚,英一
著者(英字) Yatsuka,Eiichi
著者(カナ) ヤツカ,エイイチ
標題(和) ダイポール閉じ込めプラズマ中の電子サイクロトロン周波数帯波動の特性
標題(洋) Wave Characteristics of Electron Cyclotron Range of Frequency in Dipole Confined Plasmas
報告番号 125000
報告番号 甲25000
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第418号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 岡野,邦彦
 東京大学 准教授 小紫,公也
 東京大学 准教授 古川,勝
内容要旨 要旨を表示する

1 核融合プラズマの高周波加熱における困難点

核融合プラズマにおいては、磁気圧に対してプラズマの圧力(温度、密度)の高い高ベータプラズマを生成することが望ましいことはよく知られている。そのための加熱法としてオーミック加熱だけでなく、高周波等による追加熱が必要となる。しかし、従来から確立されている正常波及び異常波の電磁波モードによる加熱は、プラズマそれ自身による遮断という問題がある。近年、伝播に対する密度限界のない電子バーンスタイン波(EBW)[1]による加熱がその問題を克服する有望な手段として着目されている。この波は静電波(縦波)であるために、プラズマの外部において励起することができない。プラズマ中でのモード変換によって励起され、サイクロトロン高調波共鳴層において効率よく吸収される。これまでの多くのトーラス系装置におけるEBWに関する実験研究では。EBWが電磁波への逆変換によってプラズマ外に放射されたものを計測する2 次的な計測が行われていた。本研究では、アンテナ等を挿入することにより直接的にEBWへのモード変換、プラズマ中での波動の伝播・吸収について調べた。

2 内部導体装置Mini-RT でのプラズマ加熱

内部導体装置Mini-RT はダイポール型の磁場をもったのプラズマ閉じ込め装置であり、Mahajan およびYoshida によって提唱された、二流体プラズマの自己組織化による高ベータプラズマ閉じ込め研究[2](Ring Trap プロジェクト)の一環としての役割を担う。プラズマを閉じ込めるための磁場は高温超伝導線材(Bi-2223)を用いており、永久電流の励磁により、コイルを磁気浮上させた状態で実験を行うことができる。そのときには、コイルを支持脚によって機械的に支えた状態と比較して1 桁程度低い封入ガス圧下におけるプラズマ生成が可能となった。さらに、生成されたプラズマは、電子密度が正常波による加熱の遮断密度を2 倍位以上上回る、いわゆるオーバーデンスプラズマであった[3]。

本研究では、始めに様々な実験条件下での加熱の特性を調べるために、静電プローブを用いた電子密度および電子温度の計測を行った。その結果、比較的高い密度分布を得るためには加熱パワーの閾値があること、その閾値はセパラトリックスによってプラズマ閉じ込め領域を制限するほど小さくなることが明らかになった。しかし、電子密度のピーク値は正常波の遮断密度(7.4×10(16) m(-3))と同程度かそれをわずかに上回る程度であった(図1)。

3 電子サイクロトロン周波数帯電場の計測

オーバーデンスプラズマの維持、加熱のメカニズムを明らかにすることを目的として、電子サイクロトロン周波数帯(ECRF)電場の直接的計測システムを設計・開発した[4]。プラズマの生成と加熱は2.45 GHz, 2.5 kW のマイクロ波によって行い、そこに計測用の1~2.1 GHz, 10 W のマイクロ波をプラズマの外部から入射して重畳する。プラズマ中にモノポールアンテナを挿入し、干渉法によりECRF電場の振幅と相対位相を含んだ信号を得られる(図2)。アンテナは電場の3成分を計測するために3 本用いており、1 本はエレメント長1 mm で静電的(縦波)の信号を得る。残りの2 本は電磁的なモードと結合するように比較的長い(35 mm)のエレメントをセラミック被覆したものを用いている。計測用のマイクロ波は、磁力線に垂直方向(異常波モード、X-Mode)の偏波で弱磁場側から入射した。この手法によりEBWを励起する場合、プラズマの密度勾配に最適値が存在する。Mini-RT では最外殻磁気面付近での急峻な密度勾配(特性長~5 cm)によって高効率のモード変換が期待される。

電子バーンスタイン波には伝播に対する遮断密度がない、アッパーハイブリッド共鳴層(UHR)でプラズマ中での電磁波からのモード変換によって励起することができる、波長は電子のLarmor 半径程度、静電的な波、任意のサイクロトロン高調波共鳴層において効率よくプラズマにエネルギーが吸収される、群速度と位相速度が逆向きであるという特徴がある[5]。

実験は内部導体コイルを支持した状態で行った。このとき、プラズマ加熱用の2.45 GHz に対してはオーバーデンスになっていないが、計測用のマイクロ波に対してオーバーデンスな状態で実験を行うために、1GHz の波の計測をした。その結果、比較的波長の短い(真空中でのそれと比較して1/15 程度)静電的な信号が、プラズマ境界付近に局所的に励起されていることがわかった(図3)。そしてその波は冷たいプラズマにおけるエバネッセント領域で観測されることも明らかになっている。さらに、磁場配位および密度分布を変化させることにより、短波長信号の励起位置が配位とともに変化することを示し(図4)、UHRでのEBW励起の可能性を示した。また、この信号はサイクロトロン高調波共鳴層付近で減衰することも確認されている。加えて、位相計測により、短波長信号が観測されている位置において位相(アイコナール)の勾配が反転するという現象も観測された[6](図5、6)。群速度すなわちエネルギー流束の伝播方向を装置内向きと考える(計測用マイクロ波は装置の外壁から内壁に向かって入射している)と、これはEBWの特徴の1 つである後進波の直接的検出と考えられる。従って、EBWの性質を数多く同時に満たした波が磁場勾配を持つトーラスプラズマ中で直接的に観測された。

しかしながら波長の値は理論によって導き出される値よりも1 桁程度実験のほうが長い。高エネルギー電子による影響を考慮した、2 成分(10 eV のバルク電子、数keV の高エネルギー電子)電子に対する分散関係式を計算し、UHR付近での波長と同程度の値を得たが、吸収が起こる高調波ECR付近では高エネルギー電子の効果は支配的でなく、波長の定量的な議論は未解明な課題として残されている。密度勾配、磁場勾配波長等を考慮した波長の評価も必要と推測される。

[1] I. B. Bernstein, Phys. Rev. 109, 10 (1958).[2] S. M. Mahajan and Z. Yoshida, Phys. Rev. Lett. 81, 4863 (1998).[3] T. Goto et al., Jpn. J. Apl. Phys. 45, 5197 (2006).[4] E. Yatsuka et al., Rev. Sci. Instr., 80, 023505 (2009).[5] F.W. Crawford et al., J. Geophys. Res. 72, 57 (1967).[6] E. Yatsuka et al., Plasma Fus. Res. 3, 013 (2008).[7] E. Yatsuka et al., Proceedings of the Joint Conf. of 17th International Toki Conf. and 16th International Stellarator/Heliotron Workshop, Toki, Japan, P2-092 (2007).

図1 電子密度分布の加熱パワー依存性: 左(右)のグラフは最外殻磁気面位置が310 mm(360 mm)での実験結果である。プラズマ閉じ込め領域を小さくすることにより、高密度放電に必要な加熱パワーの閾値が下がる。

図2 電子サイクロトロン周波数帯電場計測システム

図3 ECRF電場3 成分の計測結果

図4 密度分布とECRF電場の静電的成分との関係

図5 ECRF電場位相分布

図6 静電的成分の位相分布と入射周波数の関係

審査要旨 要旨を表示する

本論文はWave Characteristics of Electron Cyclotron Range of Frequency in Dipole Confined Plasmas(ダイポール閉じ込めプラズマ中の電子サイクロトロン周波数帯波動の特性)と題している。将来の革新的エネルギー源の候補の1つとして核融合エネルギーが世界各地で精力的に研究されている。磁場閉じ込め方式の核融合においてはベータ値とよばれるプラズマ圧力と磁気圧の比が重要なパラメータの1つであり、木星磁気圏に見られるようなベータ値が100%を超える高ベータプラズマの閉じ込めを実験室で実証すべく、ダイポール閉じ込め方式の内部導体装置Mini-RTが建設された。高ベータプラズマ生成のためには、高密度化が必須であるが、電子サイクロトロン周波数帯の波動では、遮断密度を超える高密度プラズマの生成が課題となっている。近年、入射した電磁波がモード変換して励起される電子バーンスタイン波が着目されている。この波は遮断密度が無く、磁力線に垂直方向に伝播するため、球状トカマクやヘリカルプラズマ装置でも高い関心が持たれている。ダイポール磁場閉じ込め装置でも、閉じ込め磁場が比較的弱いため、遮断密度が低くなり、電子バーンシュタイン波での高密度化が期待されている。本論文では、ダイポール型のプラズマ閉じ込め装置での電子サイクロトロン加熱実験について述べており、実際に電子サイクロトロン加熱での遮断密度を2倍以上超えた高密度プラズマ生成に成功している。また、ダイポール閉じ込めプラズマでの高密度プラズマ生成のメカニズムが電子バーンスタイン波加熱によるものと推測し、それを実験的に実証することを行った。論文は以下のように構成されている。

第1章は序論に当てられている。始めに核融合炉に向けた一般的課題を概観し、次に高ベータプラズマの研究の背景と、高ベータ化・高密度化における問題点としてプラズマ自身による加熱用高周波の遮断を指摘している。

第2章はダイポール閉じ込め方式による高ベータプラズマ閉じ込めの概観と、本研究に用いた内部導体型の実験装置Mini-RTについて述べられている。二流体緩和平衡理論によるフローイングプラズマの自己組織化によって高ベータプラズマを動圧の効果で閉じ込めること、それを実証するためのリングトラップ(RT)計画の概観を解説している。また、Mini-RT装置における磁気浮上高温超伝導コイルの冷却、永久電流の励起、浮上制御の方法についても言及している。

第3章では電子サイクロトロン加熱および、電子バーンスタイン波へのモード変換に関する理論を概観している。特にMini-RTにおいては、急峻な密度および磁場勾配があることから、弱磁場側からの異常波垂直入射が最も有望なモード変換の方法であることが示されている。

第4章ではまずプラズマの生成、加熱の手法の詳細が言及され、次に電子温度と電子密度の計測法として、静電プローブと75GHzのマイクロ波透過干渉計について述べられている。静電プローブにより、装置の赤道面上の電子密度と電子温度の分布を計測している。干渉計はMach-Zehnder型のものを用い、電磁ホーンによってプラズマ中へ電磁波を入射し、その透過波の位相変化から平均電子密度を求めている。

第5章は加熱特性として、様々な実験条件の下での電子密度および電子温度の計測結果を論じている。引き上げコイルに通電することにより、セパラトリックス位置を変化させることによってプラズマ閉じ込め領域を非接触に変化させることができる。加熱パワーと電子密度分布の特性の比較を行い、加熱パワーが閾値を超えると急激に電子密度分布が上昇し、セパラトリックス付近に急峻な密度勾配が形成される現象が見られた。また、内部導体を磁気浮上させることにより、プラズマ生成に必要な背景中性粒子ガス圧の低減とオーバーデンスプラズマ生成の達成、それに伴う電離度の上昇についても言及している。

第6章では電子サイクロトロン周波数帯の電磁場計測器の開発について述べている。プラズマ中にアンテナを挿入することによる電磁場の直接計測を行うための、計測原理の説明、アンテナの較正、計測法の妥当性の検証を行っている。計測には加熱用とは異なる周波数を用いており、放電条件を変えずにオーバーデンスプラズマとそうでないプラズマ両方に対する波動の伝播を調べることができることが述べられている。

第7章では電子サイクロトロン周波数帯の高周波電場の計測結果について述べられている。セパラトリックス付近に急峻な密度勾配を生成した状態での短波長信号について詳細に言及されており、その信号が静電的な電場によるものであること、位相速度と群速度が逆向きに伝播する静電波であること、サイクロトロン高調波共鳴層付近で減衰すること、高域混成共鳴層付近で励起されることなど、電子バーンスタイン波の特徴を持っていることを示している。この結果は、内部導体装置Mini-RTで実験的に観測されたオーバーデンスプラズマの生成メカニズムとして電子バーンスタイン波が有力であることが実験的に直接示されたと言える。なお測定された波長は、理論値とは定量的に必ずしも一致していないが、その理由として高エネルギー電子による影響などが考察されている。

第8章はまとめに当てられている。

以上を要するに、本研究はダイポール閉じ込めプラズマにおける高ベータ化、特に高密度化に着目し、電子サイクロトロン周波数帯の高周波を用いて、プラズマの遮断密度を超えるオーバーデンスプラズマの生成を実験的に実証した。さらに電磁場計測器を駆使し、オーバーデンスプラズマ生成のメカニズムとして、入射した電磁波がモード変換して励起される電子バーンスタイン波が有力であるということを実験的に示した。ここでの知見および研究手法はダイポール方式を始めとする高密度・高ベータプラズマ閉じ込め研究への応用が期待できるものであり、先端エネルギー工学、特に核融合プラズマ工学の発展に貢献するところが大きい。

本論文の第2章、第4章、第5章、第6章、第7章は、小川雄一、三戸利行、柳長門、森川惇二、加藤肇、坂田大輔、金城清猛、田中将大の各氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/32655