学位論文要旨



No 125001
著者(漢字) 川西,直
著者(英字)
著者(カナ) カワニシ,ナオ
標題(和) 実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームに関する研究
標題(洋)
報告番号 125001
報告番号 甲25001
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第419号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 杉本,雅則
 東京大学 准教授 南,正輝
内容要旨 要旨を表示する

近年,情報通信技術の発達に伴い,我々を取り巻くネットワーク環境は,高速・広帯域・常時接続のブロードバンド化に留まらず,携帯電話や情報家電,さらにはセンサやアクチュエータなど,あらゆるものがネットワーク接続される,いわゆる「ユビキタスコンピューティング環境(Ubiquitous Computing Environment)」へと変貌しつつある.このような環境では,我々の生活する実空間とコンピュータネットワークによって形成される仮想空間とが,今まで以上に密に相互接続される.これにより,実空間中のあらゆる営みを仮想空間で把握することが可能になるとともに,仮想空間中で処理をした結果を実空間へと反映させることも可能になると期待されている.

このような特徴を持つユビキタスコンピューティング環境において期待されるキラーサービスとして,いまだけ・ここだけ・あなただけのサービスを提供する,実空間指向のコンテキスト適応型サービスが挙げられる.ここで,コンテキストとは,ユーザの位置や姿勢,嗜好,プロファイル,人間関係,あるいは周囲の環境情報など,ユーザの置かれている状況に関する情報全般であり,特にサービスを提供するに際して有意なあらゆる情報が含まれる.

実空間指向のコンテキスト適応型サービスは一般的に,センサから実空間情報を取得し,人や環境のコンテキストを推定し,他の情報ソースを必要に応じて取り込み,加工して,人や環境に情報を提示したり,ロボットやアクチュエータを動作させる,という流れで構築される.しかしながら,これまでに研究開発が進められてきたコンテキスト適応型サービスは,ユーザのコンテキストを推定する信号処理機構などに着目した研究が多く,あらかじめ決められたシナリオにおいてその性能評価を行っているに過ぎない.また,必要となるセンサ,コンテキスト処理,WWW(World Wide Web)上の情報源,ヒューマンインタフェースなどの構成要素を独自に開発しており,開発された要素を他の研究において再利用することができていない.

真のユビキタスコンピューティング環境の実現に向けては,実空間指向のコンテキスト適応型サービスの普及が必要不可欠である.それに対し,従来のように構成要素を全て独自に開発して垂直統合的に結合してサービスを構築するアプローチは,実空間指向のコンテキスト適応型サービスの普及を促すという観点からは,大きな足枷となっていると言わざるを得ない.実空間指向のコンテキスト適応型サービスの普及を促すには,実現したいサービスシナリオごとに,個々の研究開発成果を有機的に組み合わせて,水平分業的にサービスの構築を実現できる枠組が必要となる.さらには,多様なコンテキスト適応型サービスをグローバルスケールで運用可能にするスケーラビリティも確保する必要がある.

本研究では,このような考えに基づき,実空間コンテキスト適応型サービスの構成要素を各々のサービスから解き放ち,横断的に利用可能な状態にすることによって,それらを自在に流通して連携させることで多様なサービスを提供可能にする基盤の実現を目指し,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームに関する研究を行った.

具体的な研究内容として,まず,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームにおいて,コンテキスト適応型サービスを構築するためには統一インタフェースである,リソース連携フレームワーク「CASTANET」の研究を行った.

コンテキスト適応型サービスは,様々な構成要素の組み合わせによって実現されることから,組合せ可能な構成要素の種類が多ければ多いほど,多様なサービスの構築が可能になる.これまでの研究開発成果を活用しながら構成要素の種類を増やすためには,これまで垂直統合的に結合してきた構成要素に対して,他の構成要素と相互に利用できるような外部インタフェースを用意することが必要である.このとき,各々の構成要素に全く異なる外部インタフェースを用意してしまうと,組み合わせごとに種々のインタフェースを実装しなければならず,スケーラビリティを確保することが難しくなる.このため,コンテキスト適応型サービスを構成する要素を自在に組み合わせることができる統一的なインタフェースが必要となる.

しかし,統一的なインターフェスに柔軟性を持たせるためにSOAP のような高機能なインタフェースを用意するとサービス全体の可視性が低下し,サービスの複雑さが増す.この結果,スケーラブルなサービスの開発が難しくなる.このため,統一的なインタフェースはシンプルでありながらも,多様な構成要素に対応できる拡張性を持つ必要がある.さらに,例えば一つのセンサに負荷が集中してパフォーマンスが低下しないように,ロードバランシング機能などを具備させることもスケーラビリティの観点からは重要である.すなわち,コンテキスト適応型サービスのための統一的なインタフェースは,構成要素に対する予期せぬ負荷の変動に対しても対応可能であることが必要である.

CASTANET は,このような課題に対し,WWW上のリソースに対する統一的なインタフェースの重要性を説いたREST(REpresentational State Transfer)アーキテクチャスタイルに着目し,REST に基づいてコンテキスト適応型サービスの構築を可能にする,リソース連携フレームワークとして設計および実装を行った成果である.CASTANET では,REST に基づき,コンテキスト適応型サービスの構成要素を"リソース" として扱い,リソースに対してURI(Uniform Resource Indetifier)を付与し,HTTP のGET,POST,PUT,DELETE の4 つのメソッドを提供することで,リソースの一意な識別と統一的なインタフェースによる操作を実現する.これにより,コンテキスト適応型サービスの構成要素はWWW上のリソースと同じように扱えることになり,WWW上のリソースを"マッシュアップ" して新たなWeb サービスを構築するように,リソース同士を自在に組み合わせることでコンテキスト適応型サービスの構築が可能となる.

次に,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォーム上で実現されるキラーサービスを目指し,実空間指向モンスター収集ゲーム「Ubiquitous Monster」の研究を行い,前述のCASTANETを用いた構築を行った.

ネットワーク環境がユビキタスコンピューティング環境へと進化することによって,コンピュータゲームにはさらなる進化が訪れることが予想される.たとえば,室内のコンソールからモバイル環境への展開はさらに加速し,「いつでも・どこでも」実空間を使って遊ぶことのできるゲームが登場すると考えられる.また,それと同時に,スタンドアロン型からネットワーク型への変貌にもさらなる拍車がかかり,動的に変化する実空間の「いまだけ・ここだけ」の情報を活用したゲームが実現すると考えられる.このような実空間および実空間情報を利用したゲームは,すでにサービスとして提供されていたり,ユビキタスコンピューティング環境に向けたプロトタイプサービスとして提案されるなど,徐々にその可能性を示しつつある.実空間と仮想空間とがさらに密に相互接続する真のユビキタスコンピューティング環境においては,このようなゲームがキラーサービスのひとつとなり得るのは間違いないと期待できる.

Ubiquitous Monster は,このような観点に基づき,ユビキタスコンピューティング環境におけるキラーサービスを目指して考案した,実空間指向のモンスター収集ゲームである.Ubiquitous Monster におけるモンスターたちは,実空間と位置的に重畳した仮想空間中に生息しており,実空間中のセンサなどから取得される明るさや温度などの環境情報に応じて,重畳する仮想空間中で生物のように動作しているため,その生息場所が動的に変化する.Ubiquitous Monster は,このようにして構築された仮想空間を用いることで,ユーザが実空間を実際に移動して,実空間と位置的に重畳する仮想空間中に生息するモンスターを,捕まえて収集することを目的としたゲームである.

Ubiquitous Monster を実空間指向のコンテキスト適応型サービスとして捉えた場合,その実現に向けては,実空間中に埋め込まれたセンサから環境情報を取得する機構,および実空間中を移動するユーザの位置を取得する機構,などの機構が必要不可欠である.ここで,これらの機構は,多様な実空間指向のコンテキスト適応型サービスでも同種の機構の利用が想定されるため,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォーム上で提供すべき機構であると考えられる.そのため本研究では,これらの機構に対してCASTANET を適用し,統一インタフェースを介してこれらを利用するアプローチで,Ubiquitous Monster の設計および実装を行った.

本論文は,これらの研究を通じて,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームの必要性とその現実的な解,およびキラーサービスの構築による動作検証について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文「実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームに関する研究」は,水平分業的なアプローチでのコンテキスト適応型サービスの構築を可能にする実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームの必要性,同プラットフォーム上でコンテキスト適応型サービスを構築する機構であるリソース連携フレームワーク,および同フレームワークを活用して実現される実空間指向ゲームなどについて包括的に論じている.

第1章は序論であり,ユビキタスコンピューティング環境におけるコンテキスト情報の重要性,コンテキスト情報を活用したコンテキスト適応型サービスに対する期待,多様なコンテキスト適応型サービスの必要性について触れ,本論文の背景と目的について述べている.

第2章では,ユビキタスコンピューティング環境におけるキラーサービスとして期待されるコンテキスト適応型サービスの普及に向けて,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームの必要性を述べている.本章では,コンテキスト適応型サービスを概観するとともに,従来のコンテキスト適応型サービスの垂直統合的な構築手法の問題点について述べている.その上で,コンテキスト適応型サービスを普及させるためには,コンテキスト適応型サービスを構成する種々の構成要素に対して統一的なインタフェースを提供することが必要であり,統一的なインタフェースを介して水平分業的にコンテキスト適応型サービスを構築することのできる社会基盤の必要性について述べている.

第3章は,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームにおいて,多様なコンテキスト適応型サービスの構築するためのリソース連携フレームワーク「CASTANET」について述べている.本章では,コンテキスト適応型サービスの構成要素に提供すべき統一的なインタフェースとして,RESTアーキテクチャスタイルに基づくインタフェースを定義し,Web上のリソースを操作するのと同じ手順でセンサやアクチュエータなど実空間指向のリソースに対する操作を実現している.また,実空間指向のリソースに特徴的な連続的なデータやイベント的なデータなど,従来のRESTアーキテクチャスタイルが対象としていないリソースに対するインタフェースについて検討を行い,多様なコンテキスト適応型サービスを構築するという目的に対する現実的な解を述べている.CASTANETではこれらの統一的なインタフェースを通じて,Web上のリソースをマッシュアップして新たなWebサービスを構築するのと同じ手順で,実空間指向のリソースをマッシュアップすることでコンテキスト適応型サービスの構築を可能にしている.

第4章では,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォーム上で実現されるコンテキスト適応型サービスの一つである,実空間指向モンスター収集ゲーム「Ubiquitous Monster」について述べている.Ubiquitous Monsterは,コンテキスト適応型サービスの一例としての実空間指向のゲームの可能性に着目して考案した,実空間指向のモンスター収集ゲームである.本章では,Ubiquitous Monsterのシナリオを通じてゲームとしての独自性を述べるとともに,実現に向けた課題を整理している.その上で,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォーム上でのサービス展開を見据え,実空間情報の取得機構としてCASTANETを適用したUbiquitous Monsterの設計および実装について述べるとともに,Ubiquitous Monster特有の処理に関して,自律分散エージェントシステムを用いた設計および実装について述べている.

第5章では論文全体を総括しており,本論文の成果をまとめるとともに,実空間指向ユビキタスサービスプラットフォームを広域に展開して活用する上で残された課題について,プラットフォームにおけるリソース連携フレームワークとしての課題と実空間指向モンスター収集ゲームに特有の課題の両面から述べている.

以上,本論文は,ユビキタスコンピューティング環境においてコンテキスト適応型サービスを水平分業的に構築するための現実的なフレームワークを提案するとともに,実空間情報を活用したゲームへの適用を通じてその実現性を示したものであり,情報学の基盤に貢献するところが少なくない.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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