学位論文要旨



No 125002
著者(漢字) 安藤,大地
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ダイチ
標題(和) 対話型進化論的計算による作曲支援に関する研究
標題(洋) A Study about Application of Interactive Evolutionary Computation in Composition-Aid System
報告番号 125002
報告番号 甲25002
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第420号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 准教授 峯松,信明
 東京大学 准教授 杉本,雅則
 東京大学 准教授 佐藤,周行
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,対話型進化論的計算を用いた作曲支援システムについての研究をまとめたものである.本研究では作曲支援システムCACIEを提案し,システムについて議論する.本論文では1.遺伝子表現と進化プロセス,2.音楽創作のための対話型インタフェースの(つのトピックに分けて議論を行う.またシステムについて議論する前提として,作曲の抽象的表現と対話型進化論的計算についてそれぞれ解説を行う.さらにシステムを用いて作曲を行った音楽作品についても解説を行う.

過去にも対話型進化論的計算を用いた作曲支援システムは多く提案されているが,その多くが実際に活用されてこなかった.その理由は,遺伝子表現や進化プロセスが伝統的な作曲法と大幅に異なるため,対話型進化論的計算を用いて作曲を行いたいと思っている人の音楽的アイデアや知識,人間が持っている作曲技法を使うことが出来ないことにある.

また,過去の研究はインタフェースの面から見ても問題を抱えていた.一目見て評価をする事が可能なCGなどを合成する対話型進化論的計算を用いた創作支援システムと異なり,時系列メディアであるため評価に時間がかかる音楽の創作支援システムには特殊な点が多々ある.そのため過去の研究では音楽創作のためのインタフェースはあまり研究されてこなかった.

以上の二点の過去の研究の問題点を解決するため,CACIEという対話型進化論的計算を用いた作曲支援システムを構築した.

構築したシステムの全体的な特徴を以下に示す.

1.伝統的な音楽認識に基づく木構造型遺伝子による旋律の表現により,作曲家が使いやすい.

2.クラシック音楽の作曲手法をそのまま進化プロセスとして取り込んだため,伝統的な作曲技法をそのまま用いる事が可能.

3.作曲作業自体を楽しめ,音楽の専門家以外も楽しんで作曲作業を行える対話型インタフェース.

評価は,特徴1と2の遺伝子表現と進化プロセスに関しては従来のシステムとの比較を行い,特徴3の対話型インタフェースに関しては開発した二種のインタフェースと従来型インタフェースの比較を本格的な音楽創作経験を持たない被験者を対象とした主観評価実験により行った.評価の結果として,CACIEはよい性能を持っている事が示された.

またCACIEを用いて作曲を行った.作品は著名な国際会議のコンサートで審査を通り実際に演奏された.このことはCACIEが作品創作に充分な能力を持っている事を示している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「対話型進化論的計算による作曲支援に関する研究」と題し,6章からなり,対話型作曲支援システムを実現するための的確な遺伝子表現と効果的なユーザインタフェースを提案し,既存の手法の比較および主観評価実験の結果に基づき提案手法の有効性を検証している.

第1章は序論であり,主題と本論文の対象とする問題である作曲について述べられている.また,本論文の研究背景として音楽創作行為について歴史的な議論がなされ,その議論をもとに最適化問題としての作曲行為の定義が行われている.

第2章では,提案手法の基礎をなす進化論的計算について遺伝子表現を中心に述べられている.さらに既存の進化論的計算を用いた音楽作品創作システムについて,適用対象や創作システムの目的,使用する手法などで分類し系統立てて議論している.創作システムは遺伝的アルゴリズムや遺伝的プログラミング等の最適化手法を用いたものと人工生命の手法を用いたものに分類され,さらにそれぞれ生成対象が音楽旋律のものと音響信号のものにわけられている.各システムの特徴や有効性,問題点等について説明されている.

第3章では,対話型作曲支援システムのための遺伝子表現手法が提案されている.提案手法は,柔軟性の高い木構造型の音楽旋律表現と探索プロセスの複合構造化からなる.既存手法には長い楽曲を合成したときのノード数の肥大化や和声付けなどの音楽構造が固定化されてしまうなどの問題があった.提案された木構造による遺伝子表現は,既存手法の繰り返しを伴う音楽構造を表現できるという利点を活かしながら柔軟性を高めることで,既存手法より探索時のノード数を減少させ,さらに複雑な音楽構造の表現や多くのジャンルへの対応を可能にしている.また,提案された探索プロセスは,人間の作曲家が行う複合構造的な作曲手順をモデル化した,探索を複数段階に分ける手法である.この提案探索プロセスは,ユーザの負担の軽減や探索時における大幅なノード数の減少,段階ごとの探索領域の限定など,対話型進化論的計算における諸々のコストを低減する.これらの提案手法は,既存手法との比較と実際のユーザとなる作曲家によるアンケートの回答をもとに議論され,有効性が示されている.

第4章では,対話型作曲支援システムのためのユーザインタフェースが二種類提案されている.従来研究対象となっていなかった進化論的計算を用いた作曲支援システムのユーザインタフェースについて,音楽再生インタフェースの諸研究をもとに議論を行い,その必要性が主張されている.提案インタフェース二種は,対話型進化論的計算で問題となるユーザ負担を減少させるために効率的なユーザ支援を行うことを目標としている.一つ目は,ユーザの比較支援機能や見た目や評価付けの動作による心理的負担の軽減を図ったインタフェースである.二つ目は,評価値の決定を複数段階に分けることで評価値判断の際のユーザの心理的負担の軽減を図った評価プロセスと,Similarity-Based Reasoningの手法を用いて類似個体に自動的に評価付けが行われる ユーザ支援機能を備えたインタフェースである.従来型のインタフェースと比較する主観評価実験を行い,提案インタフェースを用いることで従来型のインタフェースよりユーザの心理的負担が減少することが示されている.また,提案インタフェースの比較支援と自動評価付けの機能についても,観測された被験者の平均個体間距離の世代での推移や,要した作業時間をもとに議論されており,提案インタフェースにより収束効率の改善が行われることが示されている.

第5章では,これまで章の内容をもとに提案システムについての全体的な議論が行われる.提案システムの対象とするユーザや想定する作曲手順については,初心者と音楽創作経験者の両方の視点から,提案システムを適用するジャンルを想定した議論を行い,ユーザが提案システムの機能を用いて作曲を行う際の手順をまとめている.また,作曲支援システムの研究全体における提案システムの位置付けを議論している.

第9章は結論であり,本論文のまとめが述べられている.

以上これを要するに本論文は,対話型進化論的計算による作曲支援システムのための遺伝子表現とユーザインタフェースを提案し,従来手法との比較やシステムを使用したユーザの主観評価実験により有効性を実証するとともに,実際の楽曲制作での有効性も示しており,情報学の基盤の発展に貢献するところが少なくない.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク