学位論文要旨



No 125004
著者(漢字) 三浦,宗介
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,ソウスケ
標題(和) 音分節の促進を目指した音楽学習支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 125004
報告番号 甲25004
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第422号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉本,雅則
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 准教授 峯松,信明
 東京大学 講師 小川,剛史
内容要旨 要旨を表示する

本研究では「音分節」という新たな考え方を提案することで音楽学習における音認識の支援を行う.

音には音高や音長,音強や音質といった複数の要素が含まれる.これらの要素は,学習分野に応じて重要度が異なり,例えば初期のリズム学習であれば,音長や発音タイミングなどの時間情報が重要であり,歌唱学習では,音質や音高などの周波数情報が重要となる.これは,学習における音認識のフェーズにおいては,リズム学習であれば時間情報を認識する必要があり,歌唱学習では周波数情報を認識する必要があるということを意味する.しかし,初期の学習者にとって,上記のように学習分野,重要度に応じてこれらの要素を認識し分けていくということ,また複数の要素を同時に認識するということは大変困難となる.

我々が提案する「音分節」とは,学習分野に応じて必要となる音要素を絞り,様々な感覚器を併用することで学習者が容易に認識出来る形で音要素を提示することであり,それを利用することで音楽学習を支援する.我々は,リズム学習,歌唱学習という二つのケーススタディを通して「音分節」の有効性を評価した.

リズム学習支援では,学習対象となる要素を時間情報とし,それらの情報を触覚から提示することで音分節を促す.触覚はその他の感覚器に比べ反射速度が速く時系列情報の処理に強いことが分かっている.そこで,リズムが惑わされやすい合奏時において,フレーズリズムに対応した情報を触覚から提示し,リズム学習で重要となる時間情報の認識を促すことで学習を支援する.

歌唱学習支援では,学習対象となる要素を周波数構造と位置づけ,周波数構造の変化を視覚的に提示することで音分節を促す.初期の歌唱学習では声作りが重要であり,声は周波数構造によって特徴付けられる.歌声は視覚的な情報などとは異なり時間と共にすぐに消えてしまうため,それらの変化を認識するのは初期の学習者にとっては難しい.そこで,周波数構造の変化を時間軸に沿って視覚情報として提示することで,声質がどのように変化しているのかを時間差で比較出来るようにする.それにより周波数構造の変化への認識を促し,発声技術の習得を支援する.

これら二つのケーススタディにおいて,リズム学習では,1)音認識が強化され学習速度が上がるか,また2)合奏や合唱などの他のリズムが存在する中でリズム認識が強化されるかについて,歌唱学習では,3)よい声がどのような声なのか(声の変化や違い)を認識出来るか,また4)目的の声を出すにはどのようにすればよいのかを理解出来るかについて評価した.リズム学習,歌唱学習どちらにおいても,「音分節」による学習支援は有意に優れていることを示唆する結果を得ることが出来た.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「音分節の促進を目指した音楽学習支援に関する研究」と題され、7章からなる。本論文では、音楽学習における学習者の音認識の問題に対し、音分節という概念を提唱し、音を構成する各々の要素の分節とその理解を、複数の感覚器を統合的に利用することで実現する考え方について述べられている。そして、この考え方に基づく2つのシステムを実装、評価することを通して、コンピュータを活用した音分節の促進と音楽学習支援のアプローチの有効性、および今後の課題について議論している。

第1章では、「序論」として、本論文の研究背景と動機付けについて述べている。初等教育における音楽学習の問題点を、現場の教師へのアンケートを通して明らかにすることを通して、本研究で提案する音分節の考え方とその期待される効果について議論している。

第2章では、コンピュータを用いた音楽学習支援の研究を概観している。既存研究を、学習に対する動機づけの強化、理論学習支援、技術習得支援の3つのカテゴリに分類し、各々のカテゴリに属するシステムの特徴を述べるとともに、本研究で提案する音楽学習支援システムの考え方やアプローチとの違いを明確にしている。

第3章では、音分節に関わる感覚器を取り上げ、生理学的な観点からその構造と機能について、現在までに明らかにされている知見を述べている。そして、音を構成する音高、音長、音強、音質等の感覚的変数とそれに関連する周波数、時間等の物理的変数との関係を基に、音分節促進の観点から見た各々の感覚器の特徴とそれらの統合の可能性について議論している。

第4章では、音分節を促進する音楽学習の具体例として、リズム学習支援システムの実装とその評価について述べている。提案システムでは、触覚と聴覚を統合することで、音分節を支援し、リズム認識能力を高めることを目指している。音楽と同期した振動子により触感覚を与えるアプローチが、メトロノーム等の従来手法よりもリズム認識効果を高められることを、小学生を対象とした合奏での実験を通して明らかにしている。

第5章では、音分節を促進する音楽学習の具体例として、歌唱学習支援システムの実装とその評価について述べている。提案システムでは、歌唱における声質の変化を表情筋の操作と関連づけるとともに、音声信号の周波数分布の視覚化を通して望ましい声音の生成を支援する。小学生を対象とした実験を通して、提案システムの有用性を明らかにしている。

第6章では、前章で述べた2つのシステムを通して得られた実験結果について、より詳細に考察を加えるとともに、音分節の促進による音楽学習のプロセスとそれに関わる要因についても検討している。

第7章では、本論文の結論と今後の課題について述べられている。

以上を要するに、本論文は音楽学習において「音分節」という新しい概念に基づく学習支援システムを実現したこと、システムの評価を通して提案する概念やシステムの有用性と今後の課題を示したことなどにより、コンピュータを用いた音楽学習支援研究における新しい方向性、可能性を提示したと言える。したがって、本論文は情報学の基盤の発展に寄与するところが少なくない。

よって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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