学位論文要旨



No 125006
著者(漢字) 峠,隆広
著者(英字)
著者(カナ) トウゲ,タカヒロ
標題(和) モジュラーロボットのための構造探索に関する研究
標題(洋)
報告番号 125006
報告番号 甲25006
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第424号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 准教授 峯松,信明
 東京大学 准教授 杉本,雅則
 東京大学 准教授 佐藤,周行
内容要旨 要旨を表示する

本論文は実機の段階まで開発が進んでいるモジュラーロボットを対象に,目的に応じた構造を自動的に獲得する手法について研究成果である.惑星探査のような無人環境で動くロボットはあらゆる状況を想定し万全の準備をする必要があるため非常にコストがかかるロボットである.この問題を解決する方法のひとつがモジュラーロボットであり,部品の組み換えによってその場に応じた機能を実現しようとする試みがなされている.現状での主要な目的は自動的に結合,分離することでつくり込みロボットの構成を再現することである.しかしモジュラーロボットの自由度を考慮すると,既存のロボットを再現するという目的だけではなく今まで考えられてこなかった新しい構造がよりよい性能を発揮する可能性もある.本論文ではこのようなモジュラーロボットに対し,新たな構造の探索手法を提案し既存のロボットより運動性能に勝る構造を獲得できることを示す.

第1章では現在開発されているモジュラーロボットM-TRAN, SUPERBOT,

Self-reproducing Machines等を紹介し,未知の環境で活動するという目的に対してどこまでの機能が実現されているかを示す.またロボットの構造を設計するという問題に注目し,主に人工生命の分野で研究されてきた形態の表現,設計手法について述べる.ここでは植物の生長過程を模したL-System,これに新たなパラメータと対話的進化計算の導入によって表現能力を増したバイオモルフを解説する.さらにこの人工生命的設計手法をさらに推し進めたSimsの仮想生物,GOLEMプロジェクトを紹介し,従来の設計手法がロボット工学とどの程度親和できているかという点について考察する.

第2章において従来研究におけるモジュラーロボットの構造探索の中で本論文の位置づけを明らかにする.ロボット工学におけるモジュラーロボットは,既存の有用な構造を再現するために人間が構造(モジュールの組み合わせ)を決めることになる.一度構造が定まってしまえば単なる1体のロボットであり,学習や進化等の方法を使うことによって動作を最適化させることができる.本論文ではこのようなモジュラーロボットの自由度の大きさという利点を無視する方法とは違い,構造をプログラムにより決定し,決められた動作の中でどこまで性能を伸ばせるかという点に注目する.前者の方法が行動型のアプローチであるのに対して,後者は構造型のアプローチと呼ばれる.自身の構造を変化させることのできるモジュラーロボットにとってより有効なのは構造型のアプローチであると考え,本研究の目的を示す.

第3章では本論文で用いるモジュラーロボット,ROBOCUBEと提案するロボット構造の表現方法について詳細を述べる.ROBOCUBEはひとつのモジュールが5cm角の立法体であり,これらから構成されるロボットの形状はポリキューブとして近似できる.ポリキューブ型はモジュラーロボットの中でも主要な位置を占めており,第1章で紹介した3体のロボットもポリキューブとして近似することができる.ロボットの組み合わせのみを考えた場合モジュラーロボットの構造表現問題はいかにしてポリキューブを表現するかという問題に帰着できる.本論文ではセルオートマトンと3次元タイルという2つの手法を提案する.前者は各キューブを3次元セルオートマトンの生きているセルとし,死滅のないセルオートマトンの成長ルールによってポリキューブを表現する.これは自身の周囲のキューブの接続情報に強い影響を受け,局所的な情報にもとに成長するモデルとなる.一方3次元タイルでは接続元となる親を単なるインデックスから探すため,より表現の自由度が大きく,あらゆるポリキューブを極めて効率的に表現することが可能である.しかし実機のロボットを扱う上で仮想的なポリキューブをどう実機の構造に落とし込むかという問題がある.本章で提案した表現方法は成長ルールという間接型表現であるため,実機の仕様上の制限や干渉の制限を容易に実現することが可能である.

第4章では第3章で述べた表現の探索手法について述べる.第3章で述べた表現はどれもプログラム上では固定長の文字列であり,ひとつの文字列がひとつの個体に相当する.しかし一対多のマッッピングであるため表現にはある程度冗長性がある.このようなパラメータの集合を効率良く探索するため遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm :GA)を用いる.しかし本手法を実装する上では個体の評価時間(3次元空間での物理シミュレーション)がボトルネックとなり,GAに必要な十分な個体数を割り当てることができず探索が荒すぎる傾向がある.そのためGAに局所探索を融合したMemetic Algorithm :MAによってさらなる探索の効率化を目指す.ここで重要となるのが第3章の表現に対する局所探索の実装方法と,局所探索する個体の割合である.いくつかの実験条件で検証を行い,通常のGAより効果の高いMAの実装法について検討を行う.

第5章で第3章,第4章の手法を統合し,シングルエージェントにおける複数の環境での実験結果を示す.対象は基本となる平面上での移動に始まり,階段,亀裂といった障害を乗り越えるという探索に重要な運動能力を比較対象とし,通常のROBOCUBEよりもより性能が良い個体が発見できることを示す.このような探索では必ずしも1番性能が良い個体1つを見つければよいというものではなく,ある程度の亜種(性能と構造がわずかに異なる個体)の存在も実機で再現する際には有用な存在となる.特にモジュールを資源と考えた場合にはモジュール数の変化が最適な構造にどの程度影響を与えるかを考えることも重要である.これを確かめる実験結果を示す.

第6章では第5章で獲得された構造について,表現形,遺伝子形,モジュール数の変化に関する考察を行う.平面上の移動ではROBOCUBEの通常の車輪を用いた移動,最小構成による移動の性能を上回る個体が獲得された.またこの個体の構造は人間が想像しにくい特異なものである.段差,亀裂はROBOCUBEの車輪移動,最小構成では全く進むことのできない環境であるが,人間が設計することも難しい問題である.しかし,どちらの実験でも与えられた障害を確実に乗り越えることができ,またその構造も既存の移動ロボットには見当たらないものであった.モジュール数の影響を調べる実験では,モジュール数を制限した歩行するロボットは,そのモジュール数により最適な構造(移動方法)が大きく変わるということがわかった.これにより,この問題は単にモジュールを付け足していくだけで解決できるような容易な問題ではなく,非常に探索が困難な問題であることを示す.

第7章ではSUPERBOTを対象に本手法を適用した実験を行った.これによりROBOCUBEという一例だけではなく一般的なモジュラーロボットに対しても有効であることを示す.SUPERBOTは実機を使って実験を行うことできないため,開発元で公開されている歩行動作を比較対象とし,その性能を超えるような構造の発見を目的とした.SUPERBOTは2対1組のモジュール構成をしているため,ポリキューブからロボットへの変換手順をSUPERBOT用に修正することで,そのまま本手法の適用が可能である.結果実機での検証ができないという制限があるものの,8個のモジュールという条件では,既存の構造の性能を上回るものが発見できた.これにより,ポリキューブから実機の変換ルールをロボットの種類ごとに用意するだけで,多くのロボットに適用可能であることを示す.

本論文では第3章,第4章をもとに構成された構造探索手法により,従来実機での実現が難しかった自動設計問題において,ROBOCUBE, SUPERBOTという2つの実例で有効な結果を示した.モジュラーロボットにおいては探索活動における運動性能が最も重要な機能であり,第5章の実験で得られたような段差や亀裂といった大きな障害に打ち勝つような構造の発見が本手法の有効性を良く表している.また獲得された構造自体に注目した場合でも,それぞれ既存のロボットとは似つかない,人間が思いつきにくいような構造となっている.本論文の手法は山登り法のような単純な探索では解くことができない問題や,人間が設計することが困難な問題に対しても有効である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「モジュラーロボットのための構造探索に関する研究」と題し,8章からなり,モジュラーロボット構造の効率的な表現方法と探索手法を提案し,シミュレーション結果と実機による実験結果に基づき提案手法の有用性を検証している.

第1章は序論であり,モジュラーロボット研究の概要,未知の環境で活動するという目的に対してどこまでの機能が実現されているかについて述べられている.

第2章では従来研究におけるモジュラーロボットの構造探索の中で本論文の位置づけを明らかにしている.これまでロボット工学におけるモジュラーロボットでは,既存の有用な構造を再現するために人間が構造を決めていた.一度構造が定まってしまえば学習や進化等の方法を使うことによって動作を最適化させることができるが,本論文では構造をプログラムにより決定し,決められた動作の中でどこまで性能を向上させることができるかという点に研究の主題が置かれている.

第3章ではロボット構造の表現方法について述べられている.実験に用いるモジュラーロボットのモジュールは立方体を基本構造としているため,これらから構成されるロボットの形状はポリキューブとして近似できる.ポリキューブ型はモジュラーロボットの中でも主要な位置を占めているため,ロボットの構造のみを考えた場合モジュラーロボットの構造表現問題はいかにしてポリキューブを表現するかという問題に帰着できる.本章ではセルオートマトンと3次元タイルという2つの手法を提案している.どちらの表現方法も成長ルールをもとにした間接型表現であるため,実機での仕様や干渉回避のための制限を容易に取り込むことが可能となっている.

第4章ではロボット構造の探索手法について述べられている.前章で述べた表現はどちらもプログラム上では固定長の文字列であり,ひとつの文字列がひとつの個体に相当している.しかし同じポリキューブを表現する文字列は複数存在するため,表現にはある程度の冗長性がある,このようなパラメータの集合を効率良く探索するため遺伝的アルゴリズムを用いている.しかし実装の上では個体の評価時間がボトルネックとなり,遺伝的アルゴリズムに必要な十分な個体数を割り当てることができず探索が粗くなってしまう傾向がある.そのため遺伝的アルゴリズムに局所探索を融合したMemetic Algorithmによってさらなる探索の効率化を実現している.

第5章では実機のモジュラーロボットROBOCUBEを対象にした実験について議論され,提案手法の有効性が示されている.ロボットの目標は平面上での移動という基本動作に始まり,階段,亀裂といった障害を乗り越えるという探索に重要な運動能力を獲得することである.これらの環境下で通常のROBOCUBEよりも性能が良い個体が発見できることが示されている.

第6章では別種のモジュラーロボット,SUPERBOTを対象に本手法を適用した実験が示されている.SUPERBOTはROBOCUBEとは関節構造が異なっているが,ポリキューブからロボットへの変換手順をSUPERBOT用に修正することでそのまま提案手法の適用が可能である.実機での検証ができないという制限があるものの,8個のモジュールを使用するという条件では,既存の構造の性能を上回るものが発見できることが確認されている.これにより一般的なモジュラーロボットに対しても提案手法が有効であることが示されている.

第7章では第5章,第6章で獲得された構造について,表現型,遺伝子型,モジュール数の変化について議論されている.平面上の移動ではROBQCUBEの通常の車輪を用いた移動,最小構成による移動の性能を上回る個体が獲得され,その構造は人間が想像し難い特異なものである.また段差,亀裂という環境はROBOCUBEの車輪移動最小構成では全く進むことのできない環境であり,人間が設計することも難しい問題であるが,どちらの実験でも探索が有効に働き与えられた障害を確実に乗り越える構造が獲得されている.歩行を対象にしたモジュール数の影響を調べる実験では,その最大モジュール数により最適な構造が大きく変わるということが示されている.これにより,この問題は単純にモジュールを付け足していくだけで解決できるような容易な問題ではなく,探索が困難な問題であることが示されている.

第8章においては本論文のまとめと今後の展望が述べられている.

以上これを要するに本論文は,モジュラーロボット構造の効率的な表現方法と探索手法を提案し,そのアルゴリズムを複数の環境,複数のロボットに適用して有用性を実験的に実証したものであり,情報学の基盤の発展に貢献するところが少なくない.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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