学位論文要旨



No 125016
著者(漢字) 東條,寛
著者(英字) Tojo,Hiroshi
著者(カナ) トウジョウ,ヒロシ
標題(和) 球状トカマクプラズマにおける磁気リコネクションを伴うMHD事象に関する研究
標題(洋) A Study of Magnetohydrodynamic Events Accompanying Magnetic Reconnection in Spherical Tokamak Plasmas
報告番号 125016
報告番号 甲25016
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第434号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 准教授 江尻,晶
 東京大学 准教授 井,通暁
 東京大学 准教授 溝川,貴司
 東京大学 准教授 眞溪,歩
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

球状トカマクプラズマで起こる内部磁気リコネクション事象(IRE)は、プラズマの崩壊やプラズマの内部エネルギーの損失を起こし核融合炉を目指す球状トカマクにおいて回避すべき重大な不安定性である。3次元非線形抵抗性MHDシミュレーション[1]により、プラズマの圧力勾配を駆動源とする複数の不安定モードが成長し、それらの非線形結合の結果、磁気リコネクションが起こりプラズマが崩壊することが示されている。球状トカマクSTART[2]やNSTX[3]における実験では、低波数のモードの成長は磁気揺動や軟X線放射強度分布で観測されていてプラズマの形状や電流分布等の比較等がされているが、それらの不安定性モードがどのようにプラズマを崩壊させるかの発生機構の詳細を解明した例はない。またIREは圧力駆動のモードを伴うかどうかも未だ確認されていない。さらに、球状トカマクにおいてはプラズマの非円形断面および磁場分布の非対称性のため、ポロイダルモード数(m)を同定するのは困難であり、その同定法の確立はモード解析に不可欠である。またIREの、周辺部局在モード(ELM)[4]や鋸歯状振動[5]のような他の不安定性との明確な相違点が明らかにされておらず、これらを実験的な観点から区別することも重要な課題である。本研究では、これらの課題に対して、TST-2、MAST装置において、磁気計測、軟X線計測を用いてデータを取得し、解析した。その結果、IRE時には複数のモードが存在する場合と圧力勾配駆動モードが存在する場合があることが分かりそれらの回避策を得た。

2.TST-2における不安定性[6]

東大のTST-2球状トカマクではIRE時のイオン加熱が見出され、IRE研究が行われている。また、追加熱を用いないプラズマを対象に機動的な実験が可能である。TST-2における不安定性とそれによる崩壊を調べるために、トロイダル接線方向に視野を持つ20チャンネルの軟X線検出器アレイ(接線SXRカメラ)を新たに取り付け、空間分布とモード構造を計測した。磁気揺動において同定されたn=1(5~10kHz)とn=2(10-7kHz)に対応する周波数成分をSXR分布から抽出した結果、2つのモードがR(tan)~0.42m(ρ~0.3)付近に局在し、SXRの揺動強度が強め合うことが分かった。図1はSXR揺動強度分布を示す。崩壊開始前のt=22.69msではm=2の強度は弱く全体の強度は弱いが、崩壊開始時刻周辺のt=22.86msでは両モードが強め合っている。

3.モード数同定法としての三次元フィラメントモデルの確立[7]

磁場分布の非対称性と非円形断面の効果が無視できない球状トカマク配位では、客観的なポロイダルモード数の同定が困難であり不安定性の詳細な解析を制限している。磁気面付近に局在するテアリングモードは3次元構造を伴うので、有理面(q=1,1.5,2,2.5,3)に局在する、磁力線に沿ったヘリカル状の三次元フィラメント電流を分布させ、モード構造を表すこととした。ここでqは磁力線のヘリカルピッチを表す安全係数である。電流は各モードについて変化させる。トロイダルモード数刀,ポロイダルモード数mのモードを表す1番目のフィラメントの電流を、I(mnl)(θ,φ)=I0 exp in(φ(θ)-φ+φl+φ0) (1)と表す。ここで、φはトロイダル角、θはポロイダル角であり、IOはフィラメント電流の振幅、φ(θ)は磁力線の軌跡を表し、φ1は複数のフィラメントを分布させるためのトロイダル方向に等間隔な位相、φ0は初期位置を表す位相である。図2はm/n=3/2を仮定したヘリカルフィラメントモデルと軸対称モデルの比較である。黒い点はMAST装置に設置されている磁気プローブの位置である。フィラメント電流が作る磁場と計測した磁場とを比較し、最適なm,n,I0,φ0を求める。以上をIREの前兆振動(ショット#18547)に適用し、2種類のフィラメントモデルを用いて計測された磁気揺動との比較を行った。m/=2/1のモードを仮定した場合、m/n=3/1,3/2,1/1を仮定した場合よりフィッティング残差が小さかった。フィラメント電流の振幅(b)は時定数~2msの成長を示すこと、初期位相は周期的に変化し、トロイダル回転をしていることがわかった。また、ヘリカルフィラメントモデルは軸対称モデルに比べ残差は約半分であり、有意に優れていることが示された。

4.MASTおける不安定性[8,9]

イギリスの球状トカマクMASTは世界最大級の球状トカマク装置であり、高い圧力での不安定性の研究や、詳細な分布計測が可能である。放電中盤にIREが起こった放電の典型例を図3に示す。プラズマ電流は一時的に増加し、電流分布の平坦化を示唆する。線積分電子密度とSXRはプラズマ外側から減少し始め、それが中心へ伝播していくのがわかる。これは、プラズマ中心から放射強度や電子温度の崩壊が起きる鋸歯状振動とは異なる。また平衡計算EFITにより算出したトロイダルβ(トロイダル磁気圧で規格化したプラズマ圧力)も減少している。磁気揺動には数kHzの周波数成分が支配的なモードが見え、フィラメントモデル解析よりモード数はm/n=2/1のテアリングモードと同定される。またSXRの崩壊開始直前(t~224.5ms)から10kHz程度の周波数のモードが発生しているのを磁気揺動から確認した。このモードのモード数を同定するためにm/n=2/1の成分を元の信号から差し引き、残りのデータに対し、m/n=3/2,4/2,5/2それぞれのモードを仮定したフィッティングを行った。その結果、m/n=5/2が磁気揺動の分布に対し残差の低いフィッティングを示した。その結果を図4に示す。規格化ポロイダル角~0.4付近で磁気揺動は両モード共に強めあっており、2つのモードによる局所的な分布の変形を示唆している。

次に放電の終盤でディスラプションに至るIREで、モード回転が誤差磁場によって減衰し、壁による安定化がきかなくなり変形が成長する場合がある。これはロックドモードと呼ばれる。このタイプの放電では、n=1モードの成長後、周波数が低下する。磁気揺動には100kHzの高周波成分が見え、その後SXRは中心付近で減少する。この高周波数モードがバルーニングモード等の圧力勾配駆動不安定性である場合、強い圧力勾配や、高nモードを伴うはずである。それらを明らかにするために、トムソン散乱法で測定した電子温度分布の時間発展を調べた。圧力勾配因子(Pf)をPf=P(max)/L(FM)と定義すると(P(max)は多項式関数でフィッティングした圧力分布の最大圧力、L(FM)は半値幅)3.1×104Pa/mから4.0×104Pa/mまで増加している。nを求めるため、トロイダル方向に10°離れている2つの磁気コイルの波形のクロスコヒーレンスを算出した。100kHz程度に強いコヒーレンスがあり、位相差は最大で70°と大きく、高n(~7)モードの存在を示唆する。またトーラス内側と外側の磁気揺動は磁気軸からコイルまでの距離で規格化して比較すると外側の方が磁場の揺動振幅が強いことがわかった。これらの解析結果は、このモードがバルーニングモードであることを強く示唆する。

5.球状トカマクの不安定性としての考察

鋸歯状振動はm/n=1/1のモードを伴うq~1面付近の不安定性で、放電中に周期的に発生するが、著しいエネルギーの減少は伴わないことが多い。ELMは閉じ込め改善モード(Hモード)において、プラズマ周辺部で発生する圧力勾配駆動モードである[4]。一方、MASTにおけるIREでは低波数モード同士の結合や、強いn=1モードによって圧力勾配駆動のバルーニングモードが発生することがわかった。SXR分布の変化によると、崩壊する場所はq~2付近の場合が多く、ELMの場合より内側から崩壊が始まる。またη=1のような低波数モードの発生を伴う点はELMと決定的に異なる。TST2で観測されたIREにおいてもプラズマ中心付近(p~0.3)におけるモード(n=1,2)が互いに強め合うことがわかり、MASTのIREと同様のモード構造を持つ。MHDシミュレーション[1]の結果は、プラズマの電流分布や圧力勾配によって、低nモードと高nモードが成長する場合と、高nモードのみが成長する場合があるという結果を得ている。実験において、IRE時に複数の低波数モードが結合し局所的な変形を引き起こすということと、圧力勾配の急峻化により不安定モードが成長するという点ではシミュレーション結果と一致しているが、それらの成長の時定数は実験では10~100倍程度長く、一致していない。少なくとも高辺モードのみが成長する場合はIRE回避のため、急峻な圧力勾配を緩和させる必要があることがわかった。

6.結論

球状トカマクにおける不安定性IREの基本的性質を調べ、他の不安定性との区別を行い、またIRE回避策がわかった。複数の低波数モードの成長とカップリングを伴い、モード構造や急峻な圧力勾配によるモード成長の振る舞いは、時定数を除きシミュレーション結果[1]と類似している。

[1] T. Hayashi et al., Nuclear Fusion 40, 721 (2000).[2] A. Sykes et al., Physics of Plasmas 4, 1665 (1997)[3] I. Semenov et al., Physics of Plasmas 10, 664 (2003)[4] H. Zohm, Plasma Physics and Controlled Fusion 38, 105 (1996)[5] H. K. Park et al., Plasma and Fusion Research 2, S1002 (2007).[6] H. Tojo et al., Plasma and Fusion Research 2, S1065 (2007).[7] H. Tojo et al., Review of Scientific Instruments, in press (2008)[8] H. Tojo et al., Plasma and Fusion Research 3, S1065 (2008).[9] H. Tojo et al., to be published in the Proceedings of the 4(th) IAEA Technical Meeting on Spherical Tori (2008)

図1 t=22.69ms(青)t=22.86ms(赤)における軟X線放射強度のn=1(実線)及びn=2(点線)揺動成分の分布。

図2 m/n=3/2モードを仮定した軸対称(左)及びヘリカル(右)フィラメントモデル。下の図はフィラメント電流分布のポロイダル断面分布(左)およびポロイダル角分布(右)。

図3 MASTにおけるIREを伴う放電波形(#18552)。(a)プラズマ電流[MA]、(b)線積分電子密度[m(-2)]、(c)磁気プローブで計測したdB/dt[a.u」、(d)プラズマ外側、(e)プラズマ内側で測定した軟X線放射強度[a.u」、(f)平衡計算EFITにより算出したトロイダルベータ値(βt)[%]。

図4 m/n=2/1及びm/n=5/2を仮定したフィラメントモデルを用いたフィッティングの結果。(a)、(b)はt=0.224738sにおける磁場揺動分布(mT)(◇)とフィッティングによる計算値(実線)。(c)、(d)はt=0.22482sにおける結果。

審査要旨 要旨を表示する

球状トカマクプラズマ中の不安定性の回避は核融合炉の安定運転のため不可欠である。本論文は、東京大学のTST2、イギリスカラム研究所のMAST両装置において頻繁に観測される内部磁気リコネクション事象(IRE)に関するデータを磁気計測および軟X線計測により取得し、解析した。また、不安定モードをモデル化し、3次元的なプラズマ変形、磁気島構造を反映した磁気計測の解析手法を開発し、不安定性のモード数、成長率、回転速度の正確な同定を可能とした。その結果、IREには複数のモードが存在する場合と、圧力勾配駆動モードが存在する場合があることがわかり、それらの回避策を提案した。

本論文は"A Study of Magnetohydrodynamic Events Accompanying Magnetic Reconnection in Spherical Tokamak Plasmas"[和文題目:球状トカマクプラズマにおける磁気リコネクションを伴うMHD事象に関する研究]と題し、全8章より成る。第1章では、核融合、トカマク装置、磁気リコネクション、制動放射、およびトカマク実験における不安定性について解説している。第2章では、IREに関する先行研究として、複数の球状トカマク装置における実験結果やシミュレーション結果を用いて紹介している。それらを踏まえた上で、この論文の目的を設定している。

第3章では、TST-2装置本体、軟X線計測、硬X線計測、磁気揺動計測、不純物イオン温度計測を目的とした分光測定の原理および構成が説明されている。また揺動解析手法の一つである特異値分解法の原理が説明されている。第4章では、TST2装置におけるIREの解析結果が詳述されている。IREの基本的な特徴を軟X強度計測及び磁気揺動計測を用いて紹介し、複数の不安定モードのカップリングが示され、IREの原因が明らかにされた。第5章では、MAST装置の本体、トムソン散乱法(電子温度、密度計測)、磁気計測、軟X線装置の構成や平衡計算についての説明がされている。

第6章では、MAST装置における磁気揺動分布および平衡計算結果を用いて、3次元的にフィラメントを配置し、プラズマ中の不安定モードを模擬し、球状トカマクプラズマに適用できる新たなモード数同定法を示した。磁場に平行なヘリカル状のフィラメントモデルと軸対称なフィラメントモデルを実験で計測された磁場分布と比較し、ヘリカルモデルの優位性が示された。このモデルはIREだけでなく、球状トカマクプラズマにおける様々な不安定性の解析に大きく貢献できる結果である。第7章には、MAST装置において閉じ込め性能がよいプラズマの維持を制限しているIREの解析結果が記載されている。前兆振動として時定数の長いモードと、時定数が短くIRE直前に成長するモードが存在することがわかった。第6章で扱ったフィラメントモデルにより、それらのモード数を同定し、TST-2における結果と同様にそれらがプラズマの局所的変形を起こしたことを明らかにした。また、磁気シアと圧力勾配には正の相関があり、磁気シアのIREに対する安定化効果を示唆するデータを得た。プラズマ崩壊を伴うIREでは、圧力勾配駆動のバルーニングモードが同定され、急峻な圧力勾配の回避が不可欠であることを示した。

第8章では、球状トカマクで観測されるIRE以外の不安定性との相違点をモード、崩壊時の振る舞いから分類している。そして、本論文で得られた結果をまとめ、IREのメカニズムの実験的解明と回避策の提案が得られ、今後はIREの回避を目的とした実験を行う段階に移行できることを指摘している。

以上のように、本研究の成果は軟X線計測、磁気揺動計測、不安定モードのモデリングにより、永年の課題であった球状トカマクプラズマ固有の不安定性であるIREの理解を大きく前進させ、複雑理工学上貢献するところが大きい。なお、本論文第3章、第4章は江尻晶、高瀬雄一との共同研究、第5章、第6章、第7章は江尻晶、高瀬雄一、Mikhail P.Gryaznevichとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/32657