学位論文要旨



No 125021
著者(漢字) 根津,修
著者(英字)
著者(カナ) ネツ,オサム
標題(和) ラッカセイわい化ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサータンパク質に関する研究
標題(洋)
報告番号 125021
報告番号 甲25021
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第439号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 鈴木,匡
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 桑田,茂
内容要旨 要旨を表示する

植物ウイルスは、感染した植物にわい化症状等の様々な病気を起こし、しばしば農業上深刻な被害をもたらす。多くの植物ウイルスは数千~数万塩基のRNA をゲノムに持ち、コードする遺伝子も少ないが、自身の遺伝子産物と植物の遺伝子産物を利用して感染細胞で増殖し、細胞間移行の後、篩部を経由して植物体全身へ広がる。一方、植物はウイルス感染に対し種々の防御応答を示して抵抗する。その一種であるRNA サイレンシングは、1 本鎖RNA ウイルスゲノムの複製中間体である2 本鎖RNAを引き金として21-24 塩基の短いRNA (siRNA)を生成し、そのRNA と相補配列を持つRNA を分解する機構である。多くの植物ウイルスは、サイレンシングを抑制するサプレッサータンパク質を進化の過程で獲得してきたことが近年明らかになってきた。

本研究で用いたラッカセイわい化ウイルス(Peanut stunt virus; PSV)はマメ科植物を中心に70 種以上の植物に感染する重要病原ウイルスである。PSV はブロモウイルス科ククモウイルス属に属し、RNA 1, 2, および3 の3 本の1 本鎖RNA をゲノムに持つ(図1)。同属のキュウリモザイクウイルス(Cucumber mosaic virus; CMV)と同様に、RNA 1, 2 には複製に関与する1aタンパク質(1a)と2a タンパク質(2a)が、RNA 3 には細胞間移行および全身移行に関与する3a タンパク質(3a)がコードされる。サブゲノムRNA 4 からは粒子形成、全身移行および病徴発現に関与する外被タンパク質(coat protein; CP)が翻訳される。また、サブゲノムRNA4A に2b タンパク質(2b)をコードする。CMV の2b はウイルスの全身移行や病徴発現に関与し、RNA サイレンシングを抑制するサプレッサー能を持つ。しかし、PSV の2b は、読み枠(ORF)は存在するものの、発現解析、機能解析の報告は皆無であった。

そこで本研究では、PSV の日本系統(PSV-J2)のゲノムRNA の完全長cDNA からのin vitro 転写系を用いて2b 欠失変異ウイルスを作製しプロトプラストおよび植物での感染実験を行い、さらに2b の一過的発現系を用いて、PSV 2b のウイルス感染における役割とサプレッサー能を明らかにすることを試みた。

PSV-J2 のゲノムRNA の2b ORF に、PSV-J2 のRNA2 の完全長cDNA を改変して3 種類の欠失変異を導入した。すなわち、2b ORF の開始メチオニンコドン(Met)がスレオニンコドン(Thr)になるように塩基置換し(すなわちAUG をACGに)、その直下流のセリンコドンが終止コドンになるように塩基置換(すなわちUCG をUAG に)したmM1S2、およびmM1S2 の変異に加えて9 番目のMet をThr にしたmM1S2M9 を作製した(図2)。さらに、開始コドンから第8 番目のアミノ酸までの配列を欠失させたΔM1-H8 を作製した。これらcDNA のin vitro 転写RNA をそれぞれ、野生型PSV-J2 RNA 1および3 の完全長cDNA のin vitro 転写RNA と共に、タバコ培養細胞BY-2 のプロトプラストに接種した(図3)。接種24時間後に全RNA を抽出し、SV ゲノムおよびサブゲノムの共通配列の相補鎖であるP2-3UTR リボプローブと、RNA 2 とRNA 4A の共通配列の相補鎖であるP4A リボプローブをそれぞれ用いてノーザン解析を行った。その結果、いずれの2b 欠失変異ウイルスのRNA 1~4 も野生型PSV-J2(WT)のRNA1~4 と同等の蓄積を示した(図4 左)。また、2b 欠失変異ウイルスでは少ないながらもRNA 4A が検出された(図4 右)。さらに、ウェスタン解析により2b の検出を行った結果、WT 接種プロトプラストからのみ2b の蓄積が認められた。これらの結果から、PSV-J2 の2b は、単一細胞におけるウイルスの複製には必須でないことが示された。

次にWT および2b 欠失変異完全長cDNA のin vitro 転写RNA をin vitro 転写RNA 1および3 と共にタバコ野生種Nicotiana benthamiana (Nb)に接種した(図3)。接種後14日には、WT を接種した個体はわい化やモザイク症状を示したのに対し、2b 欠失変異RNA を接種した個体は無病徴だった。そこで、接種葉とその上葉におけるウイルスRNA の蓄積を調べるため、接種葉から第4 上葉(接種葉から4 枚上の葉)までの全ての葉からRNA を抽出してドットブロットし、P2-3UTR プローブにより検出した。その結果、WT は接種葉から第4 上葉までの全ての葉で蓄積していたのに対し、mM1S2 とΔM1-H8は接種葉から第3 上葉まで、mM1S2M9 は接種葉と第1 上葉でのみ検出された(図5A)。次に、より感度の高いRT-PCR でウイルスRNA の検出を行った結果、2b 欠失変異ウイルスRNA は全ての葉で検出された(図5B)。よって、2b 欠失変異ウイルスは植物の全身に広がるがその蓄積量はWT より少ないことが示された。また、接種葉と第2上葉のサンプルからウェスタン解析で2b を検出した結果、WT 感染葉でのみ2b の蓄積が確認された。さらに、ウイルスRNA に対するサイレンシング誘導を調べるため、接種葉と第2 上葉から抽出した低分子RNA を用いてsiRNA の検出を行った結果、全ての感染葉から検出された。よって、WT や2b 欠失変異ウイルスが感染した植物では接種葉でも上葉でもサイレンシングが誘導されたことが示唆された。以上より、PSV-J2 の2b はウイルスの全身移行には必須ではないが、接種葉や上葉におけるウイルス蓄積に関与することが示された。また、WT や2b 欠失変異ウイルス感染によりサイレンシングが誘導されたことから、WT が植物体内で蓄積できるのは、2b がサプレッサーとして機能しているためであると推察された。

そこで、35S プロモーター下でGFP、ヘアピンGFP、2b のmRNA をそれぞれ植物で一過的に発現するプラスミド35S:GFP、35S:HpGFP、35S:P2b を形質転換したアグロバクテリウムを混合してNb 展開葉に接種するアグロインフィルトレーション法によって2b のサプレッサー能を解析した。また完全長の2b に換えて、mM1S2M9 タイプの35S:Δ2b、2b のN 末端8 アミノ酸配列を欠失した35S:ΔN2b も用いた。接種後3 日目にUV 下で観察した結果、35S:GFP+35S:HpGFP では緑色蛍光は見られず、GFP siRNA が検出され、GFP mRNA の蓄積が見られなかったため、サイレンシングが誘導されたことが示された。一方、35S:GFP+35S:HpGFP と共に35S:P2b もしくは35S:CMV2b を接種したものではsiRNA が検出されたが、GFP mRNA が蓄積し顕著な緑色蛍光も見られ、サイレンシングが抑制されたことが示された。また、35S:ΔN2bを共に接種した組織では弱い緑色蛍光が見られ、GFP mRNAも検出されたことから、2b ほどではないがサイレンシングが抑制されたことが示された(図6A, B)。35S:Δ2bでは、35S:GFP+35S:HpGFP と同様の結果となった。また、ウェスタン解析により、35S:P2b と35S:ΔN2b を接種した組織から2b タンパク質が検出された(図6C)。以上より、PSV 2b はサプレッサー能を持つことが証明され、さらにN 末端の欠失によりサプレッサー能が低下することが示唆された。

植物では局所的にサイレンシングを誘導するとサイレンシングのシグナルが全身に伝わり、やがて全身でサイレンシングが誘導されることが知られる。CMV 2b ではサイレンシングシグナルの全身移行を阻害する機能が報告されており、PSV-J2 の2b がシグナルの全身移行を阻害するか検討した。すなわち、GFP を発現するNb (GFP-Nb)に35S:HpGFP をアグロインフィルトレーションし、UV 下で緑色蛍光が見られなくなったGFP-Nbに、WTおよび2bのN末端欠失変異ウイルス(PSV-ΔN2b)を接種した。接種後21 日目にUV 下で観察した結果、WT を接種した個体の新葉でのみ緑色蛍光の回復が見られ、ノーザン解析によりGFP mRNA の蓄積が認められた(表1)。新葉での緑色蛍光の回復は新葉へのシグナル移行が阻害された結果であり、PSV の2b はサイレンシングシグナルの全身移行を阻害したことが示唆された。また、N 末端8 アミノ酸の欠失した2b はこの阻害機能を持たないことが示唆された。

以上、本研究ではPSV 2b の発現および機能解析を初めて行い、PSV の2b はサイレンシングのサプレッサー能を持ち、N 末端8 アミノ酸欠失によりサプレッサー能が低下することが示唆された。この2b が欠失すると単一細胞での複製には影響しないが、感染葉でのウイルス蓄積が減少するため、2b はサプレッサー能によってウイルス蓄積を促進すると考えられた。また、ウイルス蓄積が低下した植物では病徴が現れなかったことから、ウイルス蓄積の低下が病原性の低下に繋がったことが推測された。本研究の成果は、植物ウイルスのサプレッサーの研究への重要な知見であるとともに、PSV の防除へとつながることが期待される。

図 1 PSV のゲノム構造

図 2 2b欠失変異RNA 2 の構造

図 3 接種物の種類とその接種先

図 4 プロトプラストにおけるウイルスRNA の検出

図 5 感染葉におけるウイルスゲノムの検出

図 6 2b のサプレッサー能解析

表1 GFP Nbでの解析結果

審査要旨 要旨を表示する

本論文「ラッカセイわい化ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサータンパク質に関する研究」は6章からなる。第1章「緒言」では、植物ウイルス研究の歴史的背景を踏まえた概要から、本研究での主たる材料であるラッカセイわい化ウイルスに関する情報と、植物ウイルスの研究に関する最近のトピックスと本論文の関係をまとめたものである。第2章「2b欠失変異ウイルスの作製とその単一細胞における複製」では、ラッカセイわい化ウイルスゲノムRNAのcDNAを用いて、解析対象である「RNAサイレンシングサプレッサータンパク質(2bタンパク質)」を欠失させた変異ウイルスの作製方法と、その変異ウイルスの複製をタバコ培養細胞を用いて解析した。その結果、2bタンパク質欠失変異ウイルスは複製することを示し、以降の解析実験に有用な変異ウイルスであることを示した。第3章「2b欠失変異ウイルスの植物体での病原性」では、本論文のトピックスの1つである、2bタンパク質欠失変異ウイルスの植物体内での挙動を解析した。その結果、2bタンパク質を欠失するとRNAサイレンシングの攻撃を強く受け、ウイルスは全身に移行するが蓄積することができなくなることを、ラッカセイわい化ウイルスで初めて明らかにした。第4章「2bタンパク質のサプレッサー能解析」では、本論文のもう1つのトピックである、2bタンパク質およびそのN末端欠失タンパク質のサプレッサー能を、GFPタンパク質の蛍光の有無によって計測する系を用いて解析した。その結果、2bタンパク質のサプレッサー能を証明するとともに、N末端8アミノ酸がその機能の強さに関与していることを明らかにした。第5章「2bタンパク質によるサイレンシング全身移行シグナルの阻害能解析」では、さらに植物体全体でのGFPサイレンシングの系を用いて2bタンパク質のサプレッサー能には、1細胞でのサイレンシングを阻害する能力と、サイレンシングシグナルが全身へ移行するのを阻害するという、2種類あることを示唆した。また、2bタンパク質のN末端8アミノ酸が欠失すると、1細胞でのサイレンシング阻害能は弱くなるが失わず、サイレンシングシグナルの全身移行を阻害する能力は失うことを初めて示した。第6章「総括」では、本論文の結果と既報とを照らし合わせて、ラッカセイわい化ウイルスのRNAサイレンシングサプレッサーについてモデル図を用いて丁寧な考察を行っている。

本論文は、マメ科植物に感染し、時に大きな被害をもたらすラッカセイわい化ウイルスで初めて2bタンパク質の機能を明らかにし、同属異種であるキュウリモザイクウイルスの2bタンパク質とほぼ同じ能力があることを示した。加えてN末端側のアミノ酸が重要であることを示したことは薪知見であり、これらの成果は今後植物ウイルスの機能の解析やウイルス病の防除につながることが期待され、学術的価値は十分であるといえる。

なお、本論文は他大学を含めた共著者が複数名いるが、これは論文提出者が学部、修士課程、博士課程と異なる大学で研究を行ったためである。本論文は論文提供者がほぼすべて実験および解析を行った結果から構成されており、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク