学位論文要旨



No 125025
著者(漢字) 空閑,亘
著者(英字)
著者(カナ) クガ,ワタル
標題(和) AMPK関連酵素SNARKの生理機能解析
標題(洋)
報告番号 125025
報告番号 甲25025
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第443号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 江角,浩安
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 後藤,由季子
内容要旨 要旨を表示する

序論

AMPK(AMP-activated protein kinase)はエネルギーが不足した際に活性化する代謝調節因子である。AMPKが活性化するとATP消費経路(脂肪酸合成やコレステロール合成)が抑制されると同時にATP合成経路(脂肪酸酸化や糖分解)が促進されることでエネルギー不足に対応する。SNARK(SNF1/AMPK-related kinase,also known as NUAK2)は触媒ドメインの相同性からAMPK関連酵素と考えられている。SNARI(はAMPKと同様に栄養不足になると活性化する。一方でSNARKは紫外線によっても活性化する。これよりSNARKは代謝調節だけでなく、DNA損傷を含めたストレス応答機構に関与すると考えられる。当研究室で作製したSnarkノックアウトマウスが野生型に比べ肥満の兆候を示し、また大腸の化学発癌実験では野生型に比べ前がん病変が多く検出されるなど個体レベルでのSNARKが関与する生理機能は明らかになりつつある。その一方、細胞レベルでのSNARKの生理機能はほとんど解明されていない。本研究はSNARKが細胞内でどのような生理機能を有しているかを解明することを目的としている。それにはまずSNARKの細胞内局在を明らかにし、活性化刺激に応じて局在の変化が生じるかを観察することはSNARKの細胞内での機能を解明するに当たり有益であると考えた。本研究ではSNARKが従来のAMPKと異なり核に存在し、核内で転写調節に関与する可能性を発見した。さらに紫外線照射に応じてSNARKは顆粒体を形成し、ATRやp53と共局在することがわかった。

結果

1.SNARIKは核に局在する

SNARKの細胞内局在を同定するために、ヒト肝がん細胞株PLCIPRF/5.およびヒト子宮頸がん細胞株HeLaにSNARKのN末端にFLAGエピトープタグを融合したFLAG-SNARKを過剰発現させた。抗FLAG抗体を用いた間接蛍光抗体法で染色し、共焦点顕微鏡でFLAG-SNARKの細胞内局在を観察した。その結果、FLAG-SNARKは核に局在した(Fig.1a)。また細胞分画を行い、核画分ならびに細胞質画分のSNARKを抗SNARK抗体で検出した。その結果、内在性のSNARKも核画分にほとんどが検出された(Fig.1b)。これよりSNARKは核に局在することがわかった。さらにSNARKを活性化する刺激を加えてもSNARKは核に局在していた。

2.SNARKは核内で転写調節に関わる

活性化したSNARKも核内に局在するので、SNARKは核内で機能すると考えた。そこでSNARKの核内での機能を調べるために核局在しないSNARIK変異体発現ベクターを作製した(Fig.2)。アミノ酸一次構造解析からSNARKにはmonopartite型核移行シグナルのパターン配列K-(K/R)-X-(K/R)に合う配列が3ヶ所見つかった。SNARKの部分欠損変異体を用いて核移行シグナルの候補を選別した結果、(68)KKAR(71)がSNARKの核移行シグナルとして機能することがわかった。この(68)KKAR(71)のリジンをアラニンに換えた核移行シグナル変異体(68)AAAR(71)あるいは野生型のSNARKを過剰発現させたPLC/PRF/5細胞において遺伝子発現に差が見られるか調べた。マイクロアレイによる解析を行ったところ、SNARKの野生型で1.5倍以上の転写量変化が生じたものは945個あったが、そのうち(68)AAAR(71)でも1.5倍以上変化したものは254個だけであった。これよりSNARKは核内で遺伝子発現の調節に関わることが示唆された。

3.紫外線によりSNARKは核内で顆粒体を形成する

SNARKが核内で遺伝子発現の調節を行う可能性があるため、転写因子との相互作用を考えた。転写因子は刺激に応じて特定の核内ドメインに集積する。SNARKを活性化する刺激に応じて、SNARKの核内局在が変化するか調べた。FLAG-SNARKを安定発現しているPLC/PRF/5細胞にAMPK活1生化剤AICAR、グルコース欠乏、紫外線などの刺激を加え、1時間後のSNARKの局在を観察した。AICARやグルコース欠乏などの代謝ストレスではSNARKの局在変化は観察されなかった。しかし紫外線を照射した細胞ではSNARKが核内で顆粒体を多く形成した。経時的観察から興味深いSNARKの核内分布変化が観察された。SNARKの顆粒体形成は紫外線照射後1時間から始まり3時間後に最も多くなった。そして紫外線照射後8時間経つとSNARKは照射前と同じように核内に拡散した(Fig.3)。

4.SNARKはp53と共局在する

紫外線による刺激を受けたSNARKは顆粒体を形成するので、この顆粒体がどこに集積しているかを調べた。紫外線照射に応じて働く転写因子としてp53が知られている。FLAG-SNARKを安定発現するPLC/PRF/5細胞に紫外線照射後、SNARKとp53の核内での局在を調べた。その結果、SNARKはセリン15番目がリン酸化したp53と共局在を示した(Fig.4)。またSNARKはATRとも共局在したことから、SNARKは紫外線により活性化するATR-p53経路と相互作用する可能性が考えられた。

5.SNARKはp53の転写活性化能を増強する

SNABKがp53の転写活性化能に影響するかを調べるために、野生型のp53を発現するヒト乳がん細胞株MCF-7にSNARKを過剰発現し、p53の転写活性に変化が生じるかを確認した。SNARKを過剰発現させた細胞では、コントロールのGFPを過剰発現させた細胞に比べ、p53の転写活性が約3倍増加した(Fig.5)。これよりSNARKはp53の転写活性化能を増加する可能性が示唆された。またSNARKがp53と結合するか確認したところ、結合は確認されなかった。よってSNARKは間接的にp53の転写活性化能を増強すると推測された。

6.SNARKは紫外線による細胞死を促進する

ATR-p53経路は紫外線照射後の細胞の生死を司る働きがある。もしSNARKがp53の転写活性化能を高めるならば、紫外線照射に応じてSNARKが細胞死を促進すると考えられた。そこでsnarkホモノックアウトマウスの胚性線維芽細胞に紫外線を照射し、12時間後の細胞死の割合を調べた。Snarkホモノックアウトマウスの胚性線維芽細胞は野生型に比べ、紫外線による細胞死が生じにくくなった(Fig.6)。またPLCIPRF/5細胞にSNARKを過剰発現すると紫外線によるDNA損傷の修復が遅くなった。よってSNARKは紫外線照射後の細胞をDNA修復に向かわせるのではなく、細胞死に向かわせる働きがあることが示された。

結論

本研究の結果は次のようにまとめられる。

1.SNARKは核に局在するAMPK関連酵素である

SNARKは核に局在するため、SNARKの調節機構ならびに標的分子は核内に存在すると考えられる。

2.SNARKの核移行シグナルは68KKAR71である

SNARKの部分欠損変異体および点変異体の局在から、SNARKはN末端側に存在する(68)KKAR(71)を核移行シグナルとして核に局在することがわかった。

3.SNARKは核内で転写調節に関わる可能性がある

SNARKの野生型と核移行変異体の転写制御への影響を比較した結果、SNARKは核内で転写の調節に関わる可能性が示唆された。また当研究室の翫磁ノックアウトマウスの解析では、SNARKが脂質代謝に関わる遺伝子群の転写制御に影響することがわかった。

4.SNARKは紫外線により核内で穎粒体を形成し、p53と共局在する

SNARKは紫外線照射に応じて核内で穎粒体を形成する。この穎粒体はp53と共局在した。p53を始め多くの転写因子は核内の特定ドメインに集積して転写制御を行うので、SNARKもまた核内で集積し、転写調節に影響を与えていると考えられる。SNARKはp53と直接結合はしないが、p53の転写活性化能を増強するため、p53を間接的に制御していると期待される。

5.SNARKは紫外線照射による細胞死を誘導する

Snarkノックアウトマウスの胚線維芽細胞では紫外線による細胞死に耐性が見られた。また当研究室のSnarkノックアウトマウスの解析では、化学発癌実験を行うとSnarkノックアウトマウスでは野生型に比べ大腸で前がん病変が多発した。これらの知見はSNARKが欠損していると細胞にDNAの変異が蓄積しても細胞死を誘導できないためにがん化してしまう可能性を示唆している。

以上よりSNARKは核内で代謝ストレスやDNA損傷ストレスへ応答する分子機構に関与すると考えられる。SNARKは細胞内でp53が介するストレス応答機構に関与し、転写調節を介してDNAが損傷した細胞を細胞死に誘導することで細胞のがん化を防いでいる可能性が考えられる。

[1] K. Tsuchihara, T. Ogura, R. Fujioka, S. Fujii, W. Kuga, M. Saito, T. Ochiya, A. Ochiai, and H.Esumi, Susceptibility of Snark-deficient mice to azoxymethane-induced colorectal tumorigenesis and the formation of aberrant crypt foci, Cancer Sci (2008).[2] W. Kuga, K. Tsuchihara, T. Ogura, S. Kanehara, M. Siato, A. Suzuki, H. Esumi, Nuclear localization of SNARK; its impact on gene expression, Biochem Biophys Res Commun (2008).

Fig.1SNARK核に局在する(a)PLC/PRF/5細胞にFLAG-SNARKを過剰発現させて、抗FLAG抗体を用いた間接抗体染色により局在を確認した(倍率はx630)。(b)PLC/PRF/5細胞ならびにHeLa細胞に対し細胞分画を行った。C23、HSP90はそれぞれ核タンパク、細胞質タンパクのマーカ-として使った。またT,N,Cはそれぞれ総タンパク、核画分、細胞質画分を表す。

Fig.268KKAR71はSNARKの核移行シグナルであるFLAG-SNARKおよび68AAAR71PLC/PRF/5細胞に過剰発現させ、抗FLAG抗体を用いた間接抗体染色を行い、共焦点顕微鏡で観察した

Fig.3SNARKは紫外線に応じて顆粒体を形成するFLAG-SNARKを安定発現しているPLC/PRF/5細胞にUV-C(20J/m2)を照射し、SNARKの局在の経時的変化を観察した。白い矢印はSNARKの顆粒体を示す。

Fig.4SNARKはp53と共局在するFLAG-SNARKを安定発現するPLC/PRF/5細胞にUV-C(20J/m2)を照射、1時間後のSNARKならびにセリン15番がリン酸化したp53の局在を観察した。

Fig.5SNARKを過剰発現するとp53の転写活性が増加するMCF-7細胞にp53標的プロモーターを持つレポーターベクターと共にSNARKあるいはGFPを導入し、p53の転写活性を調べた。GFPはネガティブコントロールとして使用した。

Fig.6Snarkノックアウトマウスの胚線維芽細胞は紫外線による細胞死に抵抗性を示すSnarkノックアウトマウスならびに野生型マウスの胚性線維芽細胞にUV-Cを照射.12時間後のsub-G1の割合をFACSで解析したC,P<0.05)。Snark+/+、Snark-/-はそれぞれ野生型、Snarkホモノックアウトマウスを表す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は大きく二つの部分からなり、その前半では本論文で扱われているSNARKが予想外にも核に局在していたことが明らかにされている。SNARKは、AMPKと名付けられるセリンスレオニンキナーゼの類縁酵素であることが構造上から推測されている。AMPKは、細胞内のエネルギーチャージ、直接にはAMPの濃度をセンシングして活性化されることが明らかにされ、またその発見の端緒から、細胞質で代謝酵素を直接リン酸化により調節することが知られている。SNARKはこのAMPにより活性化される酵素の仲間であり、細胞質で代謝調節に関わることが予想された。しかし、本論文では、色々の刺激に拘わらず基本的には大部分の分子が核に局在することが明らかにされた。

後半の部分は、それでは核内で何をしているのかと言う問いに答えるべく研究が展開されている。先ず、大雑把にSNARKの野生型を過剰発現したときと、核移行しないSNARKの過剰発現では転写のプロファイルが大きく異なることが示されている。核内では、SNARKの活性が紫外線照射により上昇するという所見から、紫外線照射後のSNARKの局在を検討すると核内で顆粒体を形成することが明らかにされた。この顆粒体には、P53,ATR等が共局在することが免疫染色で明らかにされた。さらに、P53依存的転写の活性化および紫外線による細胞死の促進が明らかにされた。これらから、SNARKは、少なくとも紫外線障害に対しては細胞死を促進する働きがあることが示唆された。

論文は、その殆どが空閑亘君により行われた実験により書かれており論文提出者の寄与は十分であると判断した。

従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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