学位論文要旨



No 125028
著者(漢字) 桧垣,匠
著者(英字) Higaki,Takumi
著者(カナ) ヒガキ,タクミ
標題(和) アクチン繊維の可視化による高等植物細胞の形態形成・制御に関する研究
標題(洋) Live cell imaging studies on actin-based plant cell morphogenesis
報告番号 125028
報告番号 甲25028
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第446号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 准教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

序論

高等植物は立体ジグソーパズルのように数多くの細胞が複雑に組み合わさって構築される。そのため、器官形成や環境適応において植物の細胞は適切な形に形成・制御される必要がある。アクチンは真核生物に普遍的に存在するタンパク質であり、生理的な条件下で重合してアクチン繊維を形成する。アクチン繊維は網や束といった多様な高次構造を構築し、細胞の形態に深く関与する。そのため、アクチン繊維の可視化解析は植物の形態形成や環境応答機構を知る上で必要不可欠である。

アクチン繊維の可視化は、化学固定処理した細胞を蛍光抗体や蛍光ファロイジンで標識する固定染色法が一般的であり、この手法により膨大な知見が蓄積している。その一方で、固定染色法では特定の時点におけるスナップショットしか撮像できず、経時的な情報は失われていた。また、化学固定によりアクチン繊維が人為的に変形する危険性も指摘されている。近年、GFP(green fluorescent protein)によるアクチン繊維の生体可視化法が確立された。この手法は化学固定を要しないため、より信頼性の高いアクチン繊維構造を経時的に追跡できると期待される。

そこで本研究では、高等植物細胞の形態形成・制御のモデル系として細胞質分裂(図1)と気孔開閉運動(図6)に着目し、GFPによるアクチン繊維の可視化解析から、固定染色法で得られていた知見の再検証と、固定染色法では見逃されていた現象の発見を目指した。

結果と考察

1.細胞質分裂におけるアクチン繊維の動態と役割

細胞分裂期のアクチン繊維を生体可視化するため、シロイヌナズナのアクチン繊維結合タンパク質フィンブリンのアクチン繊維結合領域(actin binding domain 2:ABD2)とGFPとの融合タンパク質GFP-ABD2を恒常的に発現するタバコ培養細胞BY-2の形質転換体BY-GF細胞を作出した。このBY-GF細胞により、細胞周期を通して高等植物のアクチン繊維構造を経時観察することが可能になった。

これまで固定染色法から、分裂中期には細胞表層にアクチン繊維が欠失する領域ADZ(actin depleted zone)が出現し、これが将来の細胞分裂面のマーカーとして機能する仮説が提案されていた(図1,分裂中期)。しかしながら、適切な可視化法が無かったことなどから、ADZの精密な構造やその形成過程に関しては必ずしも明らかではなかった。BY-GF細胞を用いてこの時期のアクチン繊維構造を再検証したところ、G2期終わりに細胞中央部に密集していた表層アクチン繊維が徐々に分離してゆき,分裂中期になると、ふた山のアクチン繊維の密度勾配が形成されることを見出した。そこで、この分裂中期に出現する表層アクチン繊維構造をMFTP(actin microfilament twin peaks)と名付けた(図2A)。MFTPと分裂面の位置関係を検討したところ、分裂面は再現よくMFTPの谷に挿入されることが明らかとなり(図2B)、MFTPの谷はADZに相当するものと考えられた。

続いて、細胞板の拡大におけるアクチン繊維の動態と役割を検討した。高等植物の細胞質分裂は、分裂終期に細胞内部で形成される細胞板が小胞の融合により遠心的に拡大し、これが親細胞の細胞壁と癒合することで完了する(図1,分裂終期-G1期)。微小管を破壊すると細胞板の拡大が完全に阻害されることから、細胞板への小胞輸送には微小管が必須であることが広く認められている。一方、アクチン繊維は細胞板周辺に存在することが固定染色法により示されているものの、アクチン繊維を破壊しても最終的には細胞質分裂は完了するため、その機能に関しては不明な点も多い。

BY-GF細胞を用いて細胞板とアクチン繊維の局在の経時変化を検討したところ、分裂終期のはじめに娘核周辺からアクチン繊維が出現し、細胞板へと徐々に集積していくことがわかった(図3)。また、細胞板の拡大速度を詳しく測定したところ、コントロールの細胞では細胞板の面積増加速度は常に一定であったのに対し、アクチン繊維を壊した場合、分裂終期の進行に従ってその増加速度が低下することを見出した(図4A)。この細胞板の面積増加速度の差から細胞板拡大に対するアクチン繊維の寄与率を推定したところ、分裂終期のはじめは10%ほどであったが、分裂終期の

おわりには25%近くまで上昇することがわかった(図4B)。さらに、小胞とアクチン繊維を同時に経時観察したところ、アクチン繊維に沿って小胞が細胞板近傍へ輸送される様子が捉えられた(図5)。以上の結果から、アクチン繊維は細胞板への小胞輸送を介して、細胞板の拡大を助長する役割を持つことが示唆された。

2.気孔開閉運動におけるアクチン繊維の動態と役割

気孔とは一対の孔辺細胞に囲まれた間隙であり、高等植物と環境との接点としてガス交換や水分調節を担う重要な器官である。気孔開閉は光や湿度などの周囲の環境変化に応じて厳密に制御されており、これは孔辺細胞の膨圧運動によって実現される。すなわち、孔辺細胞が膨張すると気孔は開き、逆に収縮すると気孔は閉じる(図6)。

これまでの薬理学的な解析から、アクチン繊維の崩壊は気孔開閉運動を促進し、逆に安定化は気孔開閉運動を抑制することが知られている。また、電気生理学的な解析からアクチン繊維の崩壊は細胞膜のカリウムチャネルの活性化を引き起こし、気孔開口を促進する仮説も提案されている。ところが、固定染色法による観察からは気孔開口時にアクチン繊維の崩壊は認められず、気孔開閉運動におけるアクチン繊維の動態と役割に関して統一的な見解は得られていないのが現状であった。

本研究では、日周期依存的な気孔開閉運動におけるアクチン繊維動態に関して包括的な理解を得るため、GFP-ABD2を恒常的に発現するシロイヌナズナ植物体を作出し、日周期を通した孔辺細胞のアクチン繊維の網羅的撮像を行った。また、アクチン繊維構造を定量的に評価するため、配向、東化、密度を顕微鏡画像から定量的に評価する画像解析プログラムを開発した。さらに、これらの数値指標パターンに基づいたクラスタリング解析により、アクチン繊維構造の客観的な分類を試みた。

その結果、日周期を網羅して撮像したおよそ500細胞対のアクチン繊維構造は4種に分類でき、各分類群はその数値指標パターンからLongitudinal array、Random meshwork、Semi-radial bulldles、Radial arrayと名付けられた(図7)。日周期を通して各分類群の出現頻度を調べたところ、気孔開口過程において一過的な密度上昇の後に、一過的な束化と放射状への配列化、閉鎖過程では一過的な密度上昇の後に細胞長軸方向への配列化が起こることを見出した(図8)。

続いて、気孔開口に先立って起こるアクチン繊維の一過的な束化の役割を知るためにマウスのアクチン繊維結合タンパク質タリンのアクチン繊維結合領域とGFPとの融合タンパク質GFP-mTnの発現株を用いた解析を行った。GFP-mTnはGFP-ABD2の開発以前から広く利用されているアクチン繊維の生体マーカーであるが、近年では過剰な東化を引き起こすことも広く認められている。本研究ではそのような性質を逆手に取り、GFP-mTnをアクチン繊維の束化誘導系として利用した。

GFP-mTn発現株を用いてアクチン繊維構造の定量評価とクラスタリング解析を行ったところ、それぞれの分類群はLongitudinal array、Longitudinal meshwork、Randombundles、Longitudinal heavy-bundlesと名付けられた(図9A-D)。各分類群の出現頻度の日周変化を調べたところ、GFP-ABD2発現株ではアクチン繊維は気孔開口過程において一過的に束化したのに対し、GFP-mTn発現株では束化が維持され続けていることがわかった。さらに興味深いことに、GFP-mTn発現株では気孔開口が抑制されていることを見出した(図9E)。以上の結果から、アクチン繊維の東の解消が気孔開口を促進する可能性が示唆された。

結論

GFP-ABD2を発現するタバコBY-2細胞とシロイヌナズナ植物体を作出し、細胞質分裂と気孔開閉運動におけるアクチン繊維の生体観察系を確立した。細胞質分裂におけるアクチン繊維の可視化解析から、これまで固定染色法により提案されていたADZをMFTPとして再定義した。さらに、細胞板近傍へと集積するアクチン繊維が小胞輸送を介して細胞板の拡大を助長することを見出した。また、日周期を通して撮像した顕微鏡画像から孔辺細胞アクチン繊維構造の定量化とクラスタリングによる分類を行い、気孔開閉運動に伴うアクチン繊維構造の動態を網羅的に評価した。特に、アクチン繊維の一過的な束化が開口運動の促進に関わることは膨圧調節機構の観点からも興味深い。

図1:高等植物の細胞質分裂機構の模式図

図2:MFTPの構造と特徴(A)細胞分裂中期のアクチン繊維.アスタリスク:MFTRBar:10μm(B)MFTPの谷に分裂面が挿入された.

図3:アクチン繊維の細胞板近傍への集積分裂終期のはじめに娘核近傍から出現したアクチン繊維が分裂終期の進行に伴い細胞板近傍へ集積した.破線は細胞板の位置を示す.

図4:アクチン繊維の細胞板拡大に対する寄与

細胞板の拡大に対するアクチン繊維の寄与率は分裂終期の進行に伴い増加した。

図5:アクチン繊維に沿った細胞板への小胞輸送

Bar:5μm破線は細胞板,矢じりは各観察時間における小胞の位置を示す.

図6:気孔開閉運動の概念図

気孔開閉は孔辺細胞の体積増減により実現する.

図7:クラスタリングによる孔辺細胞アクチン繊維のパターン分類アクチン繊維の束化・密度・配向の数値指標のパターンに基づいて,日周期を網羅して撮像した492枚の顕微鏡画像をクラスタリングした.写真は各分類群の代表的な画像.Bars:5μm

図8:気孔開度とアクチン繊維構造パターンの日周変化

図9:GFP-mTn発現によるアクチン繊維の過剰な束化と気孔開口抑制Bars:5μm

審査要旨 要旨を表示する

本論文は第4章からなり、第1章は植物細胞の細胞分裂面の位置決定機構、第2章は細胞板の形成と拡大、第3章は液胞の形態形成機構、第4章は気孔開閉運動について述べられている。全体として、バイオイメージング技術を駆使したアクチン繊維の動態と役割の検証を主旨とした構成になっている。

第1章は、植物における細胞分裂研究の標準細胞株であるタバコBY-2細胞のアクチン繊維生体可視化株の確立と、アクチン繊維の生体動態に関して記述されている。細胞分裂周期を通したアクチン繊維の生体可視化は学位申請者が世界に先駆けて報告しており、本研究分野への貢献は十分認められる。また本章では、経時観察の過程で見出された新奇のアクチン繊維構造twin peaksの細胞分裂面の位置決定への関与に関しても述べられており、植物の形態形成機構におけるアクチン繊維の意義を示した点でも評価できる。

なお、第1章は、佐野俊夫、小田祥久、林朋美、馳澤盛一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

第2章は、植物の細胞質分裂を実行する細胞板の形成と拡大に対するアクチン繊維の寄与について記述されている。学位申請者は、前章で確立した形質転換株における細胞板を生体染色素により標識することで、アクチン繊維と細胞板の同時生体可視化を実現させた。さらに、細胞板の拡大速度を測定し、アクチン繊維の細胞板拡大への寄与を定量的に示した。本章で示されたアクチン繊維の寄与は必ずしも大きくない結果であったが、定性的な観察結果に留まる場合も多い細胞生物学分野においては学位申請者のアプローチは独創的である。

なお、第2章は、朽名夏麿、佐野俊夫、馳澤盛一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

第3章は、液胞の形態形成におけるアクチン繊維の意義について記述されている。液胞は植物細胞の吸水生長を担う重要な細胞内小器官であるが、形態的な側面からの解析は十分なされていない。本章では、学位申請者はこの液胞形態形成におけるアクチン繊維の役割を見出し、液胞膜とアクチン繊維の同時観察と薬理学的な解析からアクチン繊維の寄与を示している。さらに、アクチン繊維の分子モーターであるミオシンの関与に関しても解析を行っており、アクチン・ミオシン系依存的な液胞形態形成機構に関して重要な仮説を提案しており、評価に値する。

なお、第3章は、朽名夏麿、栗原恵美子、佐野俊夫、馳澤盛一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

第4章は、日周期依存的な気孔開閉運動におけるアクチン繊維の動態と役割について記述されている。気孔を形成する孔辺細胞は植物生理学者の関心を古くから集めており、アクチン繊維構造に関しても固定染色法などにより既に記述されているが、学位申請者は生体染色法によりこれを再検証している。その成果として、気孔開口過程においてアクチン繊維が一過的に束化することを見出している。さらに、分子遺伝学的な手法を用いてアクチン繊維の束を恒常的に誘導した場合、気孔開口運動が抑制されることを示した。以上の結果は、気孔開閉運動の分子機構に関して新たな知見を加えるものである。

なお、第4章は、朽名夏麿、佐野俊夫、馳澤盛一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

総括として、本論文は高等植物細胞の形態形成・制御機構においてアクチン繊維の新たな分布と役割を示した点で価値があり、学位申請者の学識に関しても博士の学位に十分と判断された。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/32659