学位論文要旨



No 125029
著者(漢字) 山口,大介
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ダイスケ
標題(和) 小胞体関連分解におけるXTP3-Bの機能と糖結合特異性の解明
標題(洋)
報告番号 125029
報告番号 甲25029
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第447号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 宮本,有正
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

小胞体(ER)では分泌タンパク質や膜タンパク質が盛んに合成されているが、同時に正しく折り畳まれなかったミスフォールドタンパク質も生成される。ミスフォールドタンパク質は遺伝子変異や代謝異常など様々な要因により生成されるが、正常の環境下でも、合成されるタンパク質のおよそ3割はミスフォールドタンパク質であるという報告もある。ミスフォールドタンパク質はER に蓄積し、ER 内のタンパク質合成機構に負荷を与え、ER ホメオスタシスの破綻、最終的にはアポトーシスを引き起こす。そのような事態を回避し、ミスフォールドタンパク質を特異的に分解するために、小胞体関連分解(ERAD)という機構が備わっている(図1)。ERAD においてもっとも重要なプロセスはミスフォールドタンパク質を正しい折りたたみのタンパク質と厳密に識別することである。ERAD 促進因子として同定されたEDEM が、ミスフォールドタンパク質上のMan8GlcNAc2 isomer B 糖鎖を認識し、識別していると考えられてきた。しかし、この糖鎖構造はカーゴレセプターERGIC-53 の認識糖鎖であることや、EDEM はマンノシダーゼ活性をもつという報告から、どのようにミスフォールドタンパク質の識別が行われているか明確にされていない。最近、小胞体に局在するXTP3-B という可溶性タンパク質が、ミスフォールドタンパク質の細胞質への逆輸送に重要なユビキチンリガーゼHRD1 複合体を構成するタンパク質の一つであることが報告された。しかし、その機能は明らかにされていない。また、XTP3-B はマンノース6-リン酸レセプター(MPR)ホモロジードメイン(MRH ドメイン)を2つもつタンパク質であり、そのMRH ドメインはMPR の糖結合活性に必須のアミノ酸を保存している。このことから、私は、XTP3-B がミスフォールドタンパク質の糖鎖を識別しているのではないかと考えた。そこで本研究では、XTP3-B のERAD における機能と糖結合特異性を解析し、機能と糖結合特異性の関連性を解き明かすことを目指した。

【結果および考察】

XTP3-B のERAD への関与

XTP3-B のERAD への関連性を調べるために、ミスフォールドタンパク質のモデル分子であるα1- アンチトリプシン( AT(WT)) のNull(Hong Kong)変異体(AT(NHK))との相互作用を免疫沈降法により検証した。N 末端に3xFLAG エピトープを付加したXTP3-B(3xFLAG-XTP3-B)とAT(WT)もしくはAT(NHK)を293T 細胞に共発現させ、抗FLAG 抗体と抗AT 抗体で沈降させた。SDS-PAGE、ウェスタンブロットで解析した結果、XTP3-B は、AT(WT)と沈降せず、AT(NHK)と特異的に沈降した。これは、XTP3-B がERAD 基質であるAT(NHK)と選択的に相互作用することを示唆している。さらにMRH ドメインを欠失させた変異体を用いて同様の実験を行ったところ、XTP3-BΔ1 はAT(NHK)と相互作用したが、XTP3-BΔ2 は相互作用しなかった(図2)。つまり、XTP3-B はMRH ドメイン2 を介してAT(NHK)と相互作用していると考えられる。MRH ドメイン2 との相互作用が糖鎖との結合を介しているか否かを検討するため、ER マンノシダーゼI 阻害剤であるキフネシン(KIF)を用いてAT(NHK)の糖鎖構造を改変し同様の実験を行った。KIF存在下でAT(NHK)を発現させて免疫沈降実験を行ったところ、XTP3-B とAT(NHK)の相互作用はKIF非存在下と大きな変化がみられなかった。これらのことから、ERADの基質認識にXTP3-B のMRH ドメイン2が関与することが分かった。しかしながら、MRHドメイン2が糖鎖を介しているか否かについては不明のままであった。そこで、糖鎖依存的な相互作用を詳細に解析するために、XTP3-Bの糖結合特異性を解析した。

細胞表面糖鎖との結合解析

XTP3-BのC 末端にヒトIgG1(hIgG1)のFc領域を融合させたXTP3-B-Fc融合タンパク質を作成するために、ヒト胚性腎臓由来HEK293 細胞に遺伝子導入を行い、その培養上清をXTP3-B-Fc融合タンパク質溶液として回収した。XTP3-BのMRH ドメイン1、MRHドメイン2をそれぞれ欠損した変異体XTP3-BΔ1-Fc 、XTP3-BΔ2-Fcも同様にして作成した。これらをプローブとして細胞表面糖鎖との結合を解析した。用いたCHO 細胞由来のレクチン耐性変異株Lec1、Lec2、Lec8細胞は、それぞれN-アセチルグルコサミン転移酵素I、CMP-シアル酸輸送体、UDP-ガラクトース輸送体に欠損をもつ細胞株であり、それぞれの細胞表面には異なる構造の糖鎖が発現している。それゆえ、これらの細胞株に対するXTP3-B-Fcの結合の違いを調べることにより、糖結合活性のみでなく、その特異性も知ることができる。これらの細胞株に対するFc タンパク質の結合をフローサイトメトリーで解析した。その結果、XTP3-B-Fc はLec1 細胞に強く結合した(図3)。Lec1細胞表面に発現する糖鎖構造は、主にMan5GlcNAc2であることからXTP3-BはMan5GlcNAc2 糖鎖に結合する可能性が示唆された。さらに、XTP3-BΔ1-FcはLec1 細胞に顕著に結合したが、XTP3-BΔ2-Fc はLec1細胞にわずかしか結合しなかった(図3)。このことから、XTP3-B の2つのMRH ドメインのうちC 末端側のドメイン2が、Lec1 細胞との結合により重要であることが明らかになった。Lec1 細胞とXTP3-B-Fc の結合が糖鎖を介した結合であるか調べるために、エンドグリコシダーゼH(EndoH)処理により細胞表面の糖鎖を消化し、その結合を解析した。その結果、XTP3-B-Fc およびXTP3-BΔ1-Fc のLec1 細胞に対する結合がEndoH 処理により、有意に減少した。このことから、XTP3-B-Fc のLec1 細胞への結合は、Lec1 細胞表面上のMan5GlcNAc2 を介していることが明らかになった。

XTP3-B の糖結合特異性の解析

N 型糖鎖は、様々な糖加水分解酵素および糖転移酵素の働きによって、ER やゴルジ体で多様な構造を獲得する。そのプロセスにおいてマンノシダーゼの働きは重要であり、マンノシダーゼの活性を阻害することで、生合成されるN 型糖鎖の構造を改変できる。そこで、マンノシダーゼII の阻害剤であるスワンソニン(SW)存在下で培養したCHO、Lec2、Lec8 細胞に対するXTP3-B-FcもしくはXTP3-BΔ1-Fcの結合を解析した。SW 未処理細胞では、結合は確認できなかったが、SW 処理細胞では有意な結合が確認された。SW 存在下では、複合型糖鎖へのプロセシングが阻害されるため混成型糖鎖が細胞表面に発現する。混成型糖鎖の特徴は、そのコア構造としてMan5GlcNAc2 構造を有している。このことから、XTP3-Bは混成型糖鎖のMan5GlcNAc2 構造を認識していることが示唆された。ER マンノシダーゼI(α1-2 特異的)は高マンノース型糖鎖からMan5GlcNAc2 へのトリミングを行っている。そこで、その阻害剤であるKIF およびデオキシマンノジリマイシン(DMJ)存在下で培養したLec1 細胞に対する結合を解析した。その結果、KIF、DMJ のどちらでも結合が阻害されたが、KIF と比較し、DMJ の阻害効果が強く、KIFとDMJ を組み合わせるとさらに阻害された。このことから、XTP3-B は、高マンノース型糖鎖の中でもMan9GlcNAc2 の様なマンノース残基数の多い構造には結合できないと考えられる。次に、化学合成された3α,6α-マンノペンタオース(branched Man5;Man5GlcNAc2 糖鎖のMan5 に相当する五糖)、α1-2 マンノビオース(Manα1-2Man)、α1-3 マンノビオース(Manα1-3Man)およびα1-6 マンノビオース(Manα1-6Man)を用いて、結合阻害実験を行った。その結果、branched Man5 およびManα1-6Manで濃度依存的に結合が阻害された(図4A)。この結果から、XTP3-B は、Man5GlcNAc2 糖鎖や混成型糖鎖に共通のbranched Man5 構造を認識しており、その構造の中でもManα1-6Man 構造がその認識グライコトープであることが示唆された。さらに、Manα1-2Man では結合が阻害されないことから、C アームの非還元末端がManα1-2Man によってマスクされている高マンノース型糖鎖には、XTP3-B が結合できず、XTP3-B による認識にはC アームのトリミングが重要であると考えられる(図4B)。

【結論】

本研究によって、XTP3-B のMRH ドメイン2がERAD 基質であるAT(NHK)と特異的に相互作用し、かつ、糖鎖依存的に相互作用している可能性が示された。また糖結合特異性の解析から、XTP3-B がMan5GlcNAc2 糖鎖などのC アームのα1,2Man 残基がトリミングされた高マンノース型糖鎖を認識することを明らかにした。ミスフォールドタンパク質はMan8GlcNAc2 isomer B という糖鎖構造をもち、その糖鎖がマンノシダーゼ様タンパク質であるEDEM によって認識されることでERAD へ誘導されると考えられてきた。しかし、Man8GlcNAc2 isomer B は正しくフォールディングされたタンパク質ももち、ERGIC-53 によって認識され、ゴルジ体へ輸送されるためのシグナルとしても機能する。つまり、ERAD と輸送が正確に機能するには、Man8GlcNAc2 isomer B 以外にERAD もしくは輸送のシグナルが重要な働きをすることになる。本研究から、XTP3-BがAT(NHK)上の糖鎖を認識し得ることが示されたが、ERAD で分解されるミスフォールドタンパク質には、Man5GlcNAc2 糖鎖が付加されているという報告を考え合わせると、XTP3-BはAT(NHK)のMan5GlcNAc2 糖鎖を認識している可能性が高い。また、ERAD 促進因子のEDEM それ自体がマンノシダーゼ活性を有することが報告されており、これらのことから、AT(NHK)などのミスフォールドタンパク質は、EDEM やER マンノシダーゼI によりその糖鎖のC アームがトリミングされ、Manα1-6Manが露出する。このような糖鎖をもつミスフォールドタンパク質は、HRD1 複合体のXTP3-B によって認識され、細胞質に排出されるというメカニズムが存在すると考えられる。

図1.小胞体関迪分解(ERAD)

ERで合成されたタンパク質はカルネキシンによって折りだたまれ、ERGIC-53を介してゴルジ体へと輸送される。 ミスフォールドタンパク質は細胞質に逆輸送され、ユビキチンープロテアソーム系で分解される。

図2. XTP3-BとNHKの免疫沈降実験

293T細胞に3XFLAGエピトープ融合XTP3-B発現ベクターとATNHK発現ベクターを共導入し、抗FLAG抗体、抗AT抗体で免疫沈降実験を行い、SDS-PAGEおよびウェスタンプロットで解析した。

図3. XTP3-B-FCタンパク質の結合解析

1ug/mlのFcタンパク質(塗りつぶし)もしくは二次抗体のみ(実線)でCHO、Lcc1、Lcc2、Lcc8細胞を染色し、フローサイトサイトメトリーで解析した。

図4.二糖および五糖による結合阻害実験

(A)〔αl-2(〓)、αl-3(〓)、α1-6(〓)の各結合様式のマンノビオースおよびマンノペンタオースを各濃度で、Fcタンパク質と混合した。この混合液でLec1細胞を染色し阻害効果を解析した。(B)高マンノース型糖鎖Man9GlcNAc2の構造。Man5GlcNAc2をコア構造として、各アームがManα1ー2Manでマスクされている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は1章(序論、材料と方法、結果、考察)構成になっており、その中で二つのテーマであるXTP3-BのERADへの関与とXTP3-BのMRHドメインの糖結合活性および糖結合特異性の解明について述べられている。糖タンパク質のN型糖鎖は、小胞体で14糖からなる大きな糖鎖がペプチドのAsnXSer/Thrという配列に転移され、その後、ゴルジ体で分解されて新たに作り直されるが、なぜそのような不利なプロセスを経るかは古くから疑問であった。N型糖鎖が糖タンパク質品質管理のタグとして機能していることが明らかになったのは、つい最近のことである。この品質管理とは、ペプチドを正しくフォールディングすること、フォールディングが上手く行かなかったタンパク質を分解すること、そして、正しくフォールディングされたタンパク質を輸送・選別することである。現在、フォールディングに関わるカルネキシン、カルレティキュリン、そして細胞内輸送に関わるERGIC-53,VIP36,VIPLという膜型のレセプターについて、解析がなされてきた。一方、フォールディングに失敗をしたタンパク質を積極的に分解する小胞体関連分解(ERAD)については、それに関わる分子すら明らかにされていなかった。山口は、マンノース6リン酸レセプターと相同のドメイン(MRHドメイン)を二つもち、小胞体に局在する可溶性タンパク質XTP3-Bを見出し、この分子がフォールディング不全の糖タンパク質をERADに導く鍵となる分子そのものであることを明らかにした。

XTP3-BのERADへの関連性を調べるために、ミスフォールドタンパク質のモデル分子であるα1-アンチトリプシン(AT(WT))と、そのNull Hong Kong変異体(AT(NHK))との相互作用を免疫沈降法により検証した。N末端にFLAGエピトープを付加したXTP3-B(FLAG-XTP3-B)とATWTもしくはAT(NHK)を293T細胞に共発現させ、抗FLAG抗体と抗AT抗体で沈降させたものをSDS-PAGE、ウェスタンブロットで解析した結果、XTP3-BはAT(WT)と沈降せず、AT(NHK)と特異的に沈降した。これは、XTP3-BがERAD基質であるAT(NHK)と選択的に相互作用していることを示唆している。さらにMRHドメインを欠失させた変異体を用いて同様の実験を行ったところ、XTP3-BΔ1はAT(NHK)と相互作用したが、XTP3-BΔ2は相互作用しなかったことから、XTP3-BはMRHドメイン2を介してAT(NHK)と相互作用していることを明らかにした。

MRHドメイン2との相互作用がAT(NHK)に修飾されたN型糖鎖との結合を介しているか否かを検討するため、XTP3-BのC末端にヒトIgG1(hIgG1)のFc領域を融合させたもの、およびMRHドメイン1、MRHドメイン2をそれぞれ欠損した変異体を作成した。これらをプローブとして細胞表面糖鎖との結合をフローサイトメトリーで解析したところ、CHO細胞由来のレクチン耐性変異株Lec1に強く結合した。Lec1細胞表面に発現する糖鎖構造は、主にMan5GlcNAc2であることからXTP3-BはMan5GlcNAc2糖鎖に結合する可能性が示唆された。次に、種々の合成糖鎖を用いて結合阻害実験を行ったところ、3,6-マンノペンタオースおよびManα1-6Manで濃度依存的に結合が阻害されたことから、XTP3-Bは、高マンノース型糖鎖や混成型糖鎖に共通のbranched Man5構造を認識しており、その構造の中でもManα1-6Man構造がその結合に必須であることが示唆された。また、Manα1-2Manでは結合が阻害されないことから、高マンノース型糖鎖Cアームの非還元末端がManα1-2Manによってマスクされている高マンノース型糖鎖には結合できず、XTP3-Bによる認識にはCアームのトリミングが必要であることが示された。このことから、AT(NHK)などのミスフォールドタンパク質は、EDEMにより糖鎖のCアームがトリミングを受け、細胞質に運ばれるというタンパク質品質管理機構の全貌が明らかになった。

この一連の研究成果は、糖タンパク質糖鎖の生理的機能の一つを明らかにしたばかりでなく、細胞にとって普遍的なタンパク質品質管理機構に明確な答えを与えた重要なものである。論文提出者が一貫して主体となって立案計画、実験解析、検証を行ったものであり、論文提出者の寄与によってなされた成果そのものであると判断する。従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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