学位論文要旨



No 125030
著者(漢字) 吉田,大和
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヤマト
標題(和) ゲノム情報とプロテオミクスを基盤にした色素体・ミトコンドリア分裂装置の構造と分子機構に関する研究
標題(洋) Analyses of structure and molecular mechanism of plastid and mitochondrial division machinery based on genomics and proteomics
報告番号 125030
報告番号 甲25030
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第448号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 准教授 園池,公毅
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 野田,博明
内容要旨 要旨を表示する

緒論

ミトコンドリアと色素体(葉緑体)は、αプロテオバクテリアとシアノバクテリアがそれぞれ宿主細胞に共生し誕生したと考えられ、独自のゲノムDNAを持ち、分裂によってのみ増殖する。色素体とミトコンドリアは、ダイナミックトリオと呼ばれる3種のリング(PD/MD,FtsZ,ダイナミン)による複合装置を使って分裂増殖していることが明らかとなった。FtsZリングは細菌由来のGTPaseタンパク質であり、基質内にリングを形成する。一方、ダイナミンもGTPaseタンパク質であるが真核生物固有の遺伝子であり、オルガネラの外膜上にリングを形成する。こうしたことから、ミトコンドリアと色素体の分裂装置はバクテリア由来のFtsZリングと宿主真核細胞由来のPD/MDリング、ダイナミンリングのキメラ構造であると考えられる。しかしながら、これらの個々のリング構造や機能だけでなく、色素体とミトコンドリアの分裂増殖の全貌を解明するためには、これらオルガネラの分裂装置を無傷に単離し、そのプロテオミクスにより全構成物質とその関連遺伝子を同定することが必須である。

結果と考察

本研究の目的はオルガネラの分裂装置を単離し、そのダイナミックな構造と関連遺伝子を解明することであった。しかしながら、高等動植物では1細胞あたりのミトコンドリアや色素体の数が多い、同調的に分裂をしない、更に分裂装置が小さい等の理由により、オルガネラの分裂装置を単離することが難しかった。一方シゾンは、(1)1細胞あたりミトコンドリアと色素体をそれぞれ1個含み、分裂装置も大きい。(2)光の明暗でこれらの分裂を同調化することが出来る。(3)細胞壁が発達していないためオルガネラの分画が可能である等、本研究を進めるのに有利な特質を備えていた。

1.色素体分裂装置の構造と分子機構

1)色素体分裂装置の単離

高度同調培養系と細胞分画を行うことで無傷な分裂期色素体を大量に単離した。次にこれを非イオン性界面活性剤NonidetP-40(NP-40)で処理し、外胞膜と色素体分裂装置複合体画分を得た。さらにn-octyl-β-D-glucopyranoside(OG)で処理し、色素体外膜のみを溶解することで無傷な色素体分裂装置画分を得ることに成功した。単離された色素体分裂装置は、閉鎖リング状の形態以外にも、超らせん状やらせん状構造のものが確認された。これらの結果は単離によって色素体分裂装置が包膜から外れたため、超らせん構造となったと考えられた。更に収縮が進むと閉鎖リングとなった。

2)色素体分裂装置におけるPDリング、ダイナミンリングそしてFtsZリングの構造と機能

色素体分裂装置のダイナミックトリオのうち、どのリングが、あるいはどの要素が収縮力を発生させているのだろうか。そこでFtsZだけを遊離した分裂装置、あるいはダイナミンだけを遊離した色素体分裂装置を調整した。その結果、FtsZが遊離した分裂装置と無傷な分裂装置ではらせんが観察されたが、ダイナミンが遊離したものではらせん構造をとらず、直線状に伸びた構造を示した。このことからダイナミンが収縮力の発生に重要な役割を果たしていると考えられた。そこで光ピンセットを用いてダイナミンを保持する色素体分裂装置を操作したところ、色素体分裂装置の起動力を発生させているのはFtsZではなくダイナミン分子であることが分かった。またダイナミン分子の挙動を免疫電子顕微鏡法で詳細に解析した結果、ダイナミンは次の2つのステップで色素体の分裂に加わっていることが示唆された。(i)色素体分裂前期では、ダイナミン分子はPDリング繊維の間隙に結合し、PDリング繊維をスライディングさせることによって色素体分裂のための収縮力を発生させる。(ii)色素体分裂後期では、色素体分裂装置の外側に結合していたダイナミン分子は内側へと移動し、色素体膜へ直接作用して膜のくびり切りを行う。このような2段階での制御によって、色素体の分裂は行われている事が明らかになった。

3)次期色素体分裂面の位置決定におけるFtsZリングの役割

では、FtsZはどのような役割を担っているのであろうか。高度同調培養系を用いてシゾンの色素体分裂過程におけるFtsZの挙動を詳細に解析した。FtsZは分裂装置のうち最初に形成されることから、色素体分裂装置の基盤構築のための位置決定として役割を果たすと考えられる。色素体の分裂が終了する直前の細胞を調べたところ、娘色素体内に最初のFtsZリングに対して直角に二度目のリング構造が現れ、色素体分裂が終了する際にはどちらのリング構造も分解された。この結果はFtsZが色素体分裂装置の基盤を構築する役割だけでなく、娘色素体において次の色素体分裂面を決定していると考えられる。

2.ミトコンドリア分裂装置の構造と分子機構

ミトコンドリアの分裂はMDリング、FtsZ1、Dnm1を中心としたミトコンドリア分裂装置によって行われている。また最近、ミトコンドリアダイナミンDnm1をミトコンドリア分裂面に結合させるアダプター分子として働くMda1がミトコンドリア分裂装置構成タンパク質の1つであることが明らかになった。しかしながらミトコンドリア分裂装置構成タンパク質、特に内側の構成タンパク質は殆ど明らかになっていない。そこで本研究では色素体分裂装置の単離法を応用し、ミトコンドリア分裂装置を無傷に単離し、プロテオーム解析を行うことで新規ミトコンドリア分裂装置内部構成タンパク質を明らかにすることを目標とした。

1)ミトコンドリア・色素体分裂装置複合体め単離法の確立

シゾンの細胞分裂の初期においてはミトコンドリアと色素体分裂装置が結合した構造をとり、後期には分離することが明らかになった。この性質を利用し、分裂期前期のミトコンドリア・色素体複合体を単離し、更に界面活性剤処理を行うことによってミトコンドリア・色素体分裂装置複合体を単離することに成功した。

2)単離ミトコンドリア・色素体分裂装置のプロテオミクスと新規ミトコンドリア分裂タンパク質ZED

このようにして単離したミトコンドリア・色素体分裂装置から新規ミトコンドリア内部の分裂タンパク質を同定するため、ミトコンドリア・色素体分裂装置画分と分裂後期の細胞から単離された色素体分裂装置画分のプロテオミクスの結果を比較し、ミトコンドリア分裂装置構成タンパク質群を同定した。さらに配列予測プログラム(Target-P)を用いて、ミトコンドリア分裂装置構成タンパク質群の中から新規ミトコンドリア内部の分裂タンパク質を同定し、ZEDと名付けた。マイクロアレイ解析から、ZED遺伝子はこれまで知られているミトコンドリア分裂遺伝子、特にFtsZ1-1遺伝子と極めて類似の発現パターンを示すことが分かった。またZEDはミトコンドリア分裂開始時にミトコンドリアマトリクス全体に確認され、続いてFtsZ1と分裂面に共局在し、ZED-FtsZ1リング複合体構造を形成することが分かった。

3)ZEDのミトコンドリア分裂における機能析-S-ZEDとFtsZ1の分子間相互作用

イムノブロット解析を行った結果、ZEDは2つの異なった分子量のシグナルとして検出され、分子量が大きな方をLong form ZED (L-ZED)、小さい方をShort form ZED (S-ZED)とした。単離ミトコンドリア色素体複合体に対しNP-40処理を行うとL-ZEDのみが選択的に溶出された。また、カンプトテシンによるミトコンドリア分裂阻害実験を行ったところ、S-ZEDが顕著に蓄積することが分かった。これらの結果から、L-ZEDはマトリクス全体に分布し、S-ZEDが分裂面にリング構造を形成していると考えられた。更に免疫共沈降解析を行ったところ、FtsZ1とS-ZEDは分子間で結合した構造をとっていることが明らかになった。以上の結果から、ZEDはミトコンドリア分裂が始まる直前にL-ZEDとして生産され、それらが部分的なプロテオリシスを受け、S-ZEDとなるとZED-FtsZ1リング複合体として内側のミトコンドリア分裂装置を形成する。その後、ミトコンドリア外膜上に外側のミトコンドリア分裂装置を形成し、ミトコンドリアの分裂が行われると考えられる。

結論

本研究の結果、シゾンのゲノム情報を基盤に世界で初めて色素体分裂装置とミトコンドリア分裂装置を無傷に単離することに成功した。色素体分裂装置はダイナミンやFtsZ、PDリングなどの複数のタンパク質が分子レベルで相互作用することで機能する超分子ナノマシンであった。単離された色素体分裂装置は、らせん構造や超らせん構造を示し、光ピンセットによる顕微操作実験では色素体分裂装置の物理的な収縮力を発揮するのはFtsZではなく、ダイナミンであることが明らかになった。ダイナミンは繊維のスライディングと膜のくびり切り、2つの分子機構があることが分かった。一方、FtsZは次期色素体分裂面の位置決定に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。ミトコンドリア分裂装置を単離することは困難であったが、色素体分裂装置との複合体として単離することができた。ディファレンシャルプロテオミクスの結果、ミトコンドリア・色素体分裂装置はそれぞれ複数種類のタンパク質から構成されていることが示唆された。実際にこれらのタンパク質群の中から新規ミトコンドリア分裂タンパク質ZEDを同定することにも成功した。ZEDはFtsZ1とともにミトコンドリア内部の分裂面にZED-FtsZ1リング複合体構造を作り、内側のミトコンドリア分裂装置を形成していることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章は色素体分裂装置の構造と分子機構に関して、第2章はミトコンドリア分裂装置の構造と分子機構に関して述べられている。

本研究の目的はオルガネラの分裂装置を単離し、そのダイナミックな構造と関連遺伝子を解明することであった。しかしながら、高等動植物では1細胞あたりのミトコンドリアや色素体の数が多い、同調的に分裂をしない、更に分裂装置が小さい等の理由により、オルガネラの分裂装置を単離することが難しかった。一方シゾンは、(1)1細胞あたりミトコンドリアと色素体をそれぞれ1個含み、分裂装置も大きい。(2)光の明暗でこれらの分裂を同調化することが出来る。(3)細胞壁が発達していないためオルガネラの分画が可能である等、本研究を進めるのに有利な特質を備えていた。

高度同調培養系と細胞分画を行うことで無傷な分裂期色素体を大量に単離した。次にこれを非イオン性界面活性剤NonidetP-40(NP-40)で処理し、外胞膜と色素体分裂装置複合体画分を得た。さらにn-octyl-β-D-glucopyranoside(OG)で処理し、色素体外膜のみを溶解することで無傷な色素体分裂装置画分を得ることに成功した。

色素体分裂装置のダイナミックトリオのうち、どのリングが、あるいはどの要素が収縮力を発生させているのだろうか。そこでFtsZだけを遊離した分裂装置、あるいはダイナミンだけを遊離した色素体分裂装置を調整した。その結果、FtsZが遊離した分裂装置と無傷な分裂装置ではらせんが観察されたが、ダイナミンが遊離したものではらせん構造をとらず、直線状に伸びた構造を示した。このことからダイナミンが収縮力の発生に重要な役割を果たしていると考えられた。そこで光ピンセットを用いてダイナミンを保持する色素体分裂装置を操作したところ、色素体分裂装置の起動力を発生させているのはFtsZではなくダイナミン分子であることが分かった。またダイナミン分子の挙動を免疫電子顕微鏡法で詳細に解析した結果、ダイナミンは次の2つのステップで色素体の分裂に加わっていることが示唆された。(i)色素体分裂前期では、ダイナミン分子はPDリング繊維の間隙に結合し、PDリング繊維をスライディングさせることによって色素体分裂のための収縮力を発生させる。(功色素体分裂後期では、色素体分裂装置の外側に結合していたダイナミン分子は内側へと移動し、色素体膜へ直接作用して膜のくびり切りを行う。このような2段階での制御によって、色素体の分裂は行われている事が明らかになった。

ミトコンドリアの分裂はMDリング、FtsZ1、Dnm1を中心としたミトコンドリア分裂装置によって行われている。しかしながらミトコンドリア分裂装置構成タンパク質、特に内側の構成タンパク質は殆ど明らかになっていない。そこで本研究では色素体分裂装置の単離法を応用し、ミトコンドリア分裂装置を無傷に単離し、プロテオーム解析を行うことで新規ミトコンドリア分裂装置内部構成タンパク質を明らかにすることを目標とした。

シゾンの細胞分裂の初期においてはミトコンドリアと色素体分裂装置が結合した構造をとり、後期には分離することが明らかになった。この性質を利用し、分裂期前期のミトコンドリア・色素体複合体を単離し、更に界面活性剤処理を行うことによってミトコンドリア・色素体分裂装置複合体を単離することに成功した。

このようにして単離したミトコンドリア・色素体分裂装置から新規ミトコンドリア内部の分裂タンパク質を同定するため、ミトコンドリア・色素体分裂装置画分と分裂後期の細胞から単離された色素体分裂装置画分のプロテオミクスの結果を比較し、ミトコンドリア分裂装置構成タンパク質群を同定した。さらに配列予測プログラム(Target-P)を用いて、ミトコンドリア分裂装置構成タンパク質群の中から新規ミトコンドリア内部の分裂タンパク質を同定し、ZEDと名付けた。マイクロアレイ解析から、ZED遺伝子はこれまで知られているミトコンドリア分裂遺伝子、特にFtsZ1-1遺伝子と極めて類似の発現パターンを示すことが分かった。またZEDはミトコンドリア分裂開始時にミトコンドリアマトリクス全体に確認され、続いてFtsZ1と分裂面に共局在し、ZED-FtsZ1リング複合体構造を形成することが分かった。

なお、本論文第1章は黒岩晴子、三角修己、西田敬二、八木沢芙美、藤原崇之、七宮英晃、河村富士夫、黒岩常祥、河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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