学位論文要旨



No 125031
著者(漢字) 長田,江里子
著者(英字)
著者(カナ) オサダ,エリコ
標題(和) リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピング系の開発
標題(洋)
報告番号 125031
報告番号 甲25031
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第449号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 准教授 鈴木,穣
 東京大学 准教授 田口,英樹
 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 宮崎,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

ランダムペプチドプールから新機能・高機能性ペプチドの探索は創薬をはじめ多くの分野でその重要性が指摘されているが、現時点では、基盤となる技術開発が不十分である。そこで、ペプチド-抗体間(エピトープ-抗体間)の特異的な結合を応用し、10アミノ酸からなるランダムペプチドライブラリからモノクローナル抗体のエピトープを決定するエピトープマッピング系の技術開発を行った。

現在行われているエピトープマッピング(ペプチドアレイ、ファージディスプレイ、X線結晶構造解析、NMRなど)では、コストが高い・汎用性が低い・実験操作が煩雑・合成困難なペプチドがある等の問題を抱えている。このような背景を踏まえ、これらの問題解決の一つの手法として、再構成型無細胞タンパク質合成系であるPURE system (Protein synthesis Using Recombinant Elements system)を応用したリボソームディスプレイ法を提案し、従来法と比較し、迅速かつ簡便にエピトープマッピングが可能な技術開発を行った(図1)。

リボソームディスプレイ法とはcDNAライブラリからin vitroで翻訳し、特定の結合特性を持つタンパク質のスクリーニングに大変有用な手法である。リボソームディスプレイ法では、選択ラウンドを繰り返すことで、ターゲット抗体に対して特異的に結合するペプチドの選択ができる。そのうえ、選択されたペプチドのアミノ酸配列情報からエピトープを決定することも可能である。本論文では、リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピング系の技術開発を行った結果について報告した。

1.モノクローナル抗体(Immunoglobulin G)に対するエピトープマッピング

エピトープ既知および未知のモデル抗体をターゲットに選択を行い、リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピングの実用化と応用化の可能性について検討した。技術系確立の第一段階として、先行研究で、エピトープが既知のanti-FLAG M2 antibodyに対する選択を行い、anti-FLAG M2 antibodyのエピトープDYKXXDを持つペプチドが濃縮された。この結果より、リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピングの実用性が示された。

第二段階として、エピトープが未知のanti-β-Catenin monoclonal antibodyを用いた本格的な選択を試み、選択1ラウンド後からanti-β-Catenin monoclonal antibody (mAb 36a)と特異的に結合するペプチドが選択された(図2A)。選択後のcDNAプールをクローニングし、配列解析したところ、抗原であるβ-Cateninと濃縮されたペプチド間のアミノ酸配列に相同性が見られた(図2B)。そこで、濃縮されたペプチドの配列情報を元に推定エピトープをPURE systemで合成すると、この推定エピトープはmAb 36aと特異的に結合した(図2C)。さらに、推定エピトープを欠損させた変異体タンパクとmAb 36aとの結合や推定エピトープペプチドのAlanine scanningの結果から、エピトープおよびコアエピトープの決定にも成功した。本手法を用いることで、エピトープが未知のモノクローナル抗体に対してエピトープマッピングができることも示された。

第三段階として、本手法の更なる迅速化と簡便化を目指し、mAb 36aのビーズへの固定化方法、およびlow pHバッファーによる溶出条件の検討を行った。前者では、培養上清中に含まれるモノクローナル抗体を直接ビーズへ固定化し、この抗体に対する選択を行った。この方法では、細胞培養サイズのスケールダウンとモノクローナル抗体の精製操作の省略化を図ることができる。後者のlow pHバッファーによる溶出では、0.2 M Glycine (pH2.5)を溶出バッファーに使用した。この方法では、抗原タンパクの準備と溶出条件の検討の省略化を図ることができる。両者とも、選択 1ラウンド後から、ターゲット抗体と特異的に結合するペプチドが選択された(図3)。これらの結果から、本手法を改良することで、実験操作の迅速化と簡便化も可能であることが併せて示された。

2.scFvに対するエピトープマッピング系の開発に向けて

近年、モノクローナル抗体に代わり、in vitro display systemで取得された一本鎖抗体であるscFv (Single chain variale fragment of antibody)の応用化に注目が注がれている。scFvはモノクローナル抗体と比較し、細胞毒性のある抗原から抗体を作製できる、作製は数日で可能など優れた利点があるからだ。このような優れた利点があるにもかかわらず、scFvに対するエピトープマッピング系の技術開発分野は発展途上である。なぜなら、抗原認識能を保持したscFvを基盤上へ簡単に固定化することが困難であるからだ。そこで、リボソームディスプレイ法を用いたモノクローナル抗体のエピトープマッピングシステムを応用し、同様にscFvのエピトープマッピングシステムの技術開発も併せて行った。モデルscFvには抗ニワトリリゾチーム抗体であるscFv_HyHEL10を用いた。技術系確立のため、まずはscFv_HyHEL10を部位特異的にbiotin標識し、biotin-streptavidinを介した基板上への固定化を検討した。なお、scFvの固定化方法の概略は図4Aに示した。

図4Bより、scFvを部位特異的に基盤上へ固定化することができた。そのうえ、部位特異的にbiotin標識したscFv_HyHEL10は抗原認識能を失わないことも併せて確認できた。

今後は、scFvに対する本格的な選択を行い、scFvと特異的に結合するペプチドを選択することができれば、モノクローナル抗体のみならず、scFvに対するエピトープマッピングも迅速かつ簡便に行うことができる。そして、抗原認識能を保持したままscFvを部位特異的に基板上へ固定化することで、本法はエピトープマッピング以外の分野(例えば、相互作用解析や抗体工学、創薬)への応用化も期待できる。

まとめ

本手法を用いた技術開発により、迅速かつ簡便にモノクローナル抗体のエピトープマッピングを行うことに成功した。今後は、scFvに対するエピトープマッピングシステムの開発が大きな課題である。

モノクローナル抗体と特異的に結合するペプチドの選択に成功したことにより、本手法はランダムペプチドライブラリからターゲットタンパク質へ特異的に結合するペプチドの選択にも応用できる可能性が示された。特に、リガンド分子としてのペプチドやscFvは再構成型無細胞タンパク質合成系で合成可能でかつ、コスト、安定性、スピード性および汎用性の面においても優れたターゲットタンパク質である。本手法を応用することで、エピトープマッピングを迅速かつ簡便に行うことができるだけでなく、受容体のリガンド結合部位に結合するアゴニスト・アンタゴニストペプチドや、酵素の活性中心に結合する阻害ペプチドのスクリーニング、抗体やタンパク質の相互作用解析にも効果を発揮することが期待される。

図1. リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピングの基本戦略.

図2. リボソームディスプレイ法で選択されたペプチドおよび推定エピトープペプチドはmAb 36aと特異的に結合する. A:選択3ラウンド後のペプチドプール中に含まれるmAb 36aと特異的に結合するペプチドを検出。B:選択3ラウンド後のcDNAプールを配列解析。C:推定エピトープペプチドとmAb 36aとの結合を検出。

図3. 実験操作の改良. A:クルードな培養上清中に含まれるモノクローナル抗体を直接ビーズへ固定化。B:low pHバッファーによる溶出。

図4. scFv_HyHEL10は部位特異的に基盤上へ固定化される. A:固定化方法の概略図。B:部位特異的に固定化されたscFv_HyHEL10をFLAG tagで検出。LH41はL鎖41番目のHを、HT87はH鎖87番目のTを、DHFR87はDHFR87番目をbiotin標識した。WTはbiotin未標識のscFv_HyHEL10。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は主に「モノクローナル抗体(Immunoglobulin G)に対するエピトープマッピング」の章を中心に、リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピングの実用化と応用化ついて述べられている。

ランダムペプチドプールから新機能・高機能性ペプチドの探索は創薬をはじめ多くの分野でその重要性が指摘されているが、現時点では、基盤となる技術開発が不十分である。そこで、筆者はペプチド-抗体間(エピトープ-抗体間)の特異的な結合を応用し、10アミノ酸からなるランダムペプチドライブラリからモノクローナル抗体のエピトープを決定するエピトープマッピング系の技術開発を行った結果について述べている。

現在行われているエピトープマッピング(ペプチドアレイ、ファージディスプレイ、X線結晶構造解析、NMRなど)では、コストが高い・汎用性が低い・実験操作が煩雑・合成困難なペプチドがある等の問題を抱えている。このような背景を踏まえ、これらの問題解決の一つの手法として、再構成型無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを応用したリボソームディスプレイ法を提案し、従来法と比較し、迅速かつ簡便にエピトープマッピングを行うことに成功した結果について筆者は述べている。リボソームディスプレイ法とはcDNAライブラリからin vitroで翻訳し、特定の結合特性を持つタンパク質のスクリーニングに大変有用な手法である。リボソームディスプレイ法では、選択ラウンドを繰り返すことで、ターゲット抗体に対して特異的に結合するペプチドの選択ができる。そのうえ、選択されたペプチドのアミノ酸配列からエピトープを決定することも可能である。

「モノクローナル抗体(Immunoglobulin G)に対するエピトープマッピング」の章では、エピトープ既知および未知のモデル抗体をターゲットに選択を行い、リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピングの実用化と応用化の可能性について述べられている。技術系確立の第一段階として、エピトープが既知の抗FLAG M2モノクローナル抗体に対する選択を行い、抗FLAG M2モノクローナル抗体のエピトープDYKXXDを持つペプチドを濃縮することが出来た。この結果より、リボソームディスプレイ法を用いたエピトープマッピングの実用性が示された。第二段階として、エピトープが未知の抗β-Cateninモノクローナル抗体を用いた本格的な選択を試み、選択1ラウンド後から抗β-Cateninモノクローナル抗体と特異的に結合するペプチドの選択が出来た。選択後のcDNAプールをクローニングし、配列解析したところ、β-Cateninと得られたペプチド間のアミノ酸配列に相同性が見られた。そこで、得られたペプチドの配列情報を元に推定エピトープをPURE systemで合成すると、この推定エピトープは抗β-Cateninモノクローナル抗体と特異的に結合した。更に、推定エピトープの配列情報からエピトープの決定にも成功した。本手法を用いることで、エピトープが未知のモノクローナル抗体に対するエピトープマッピングができることも示された。第三段階として、本手法の更なる迅速化と簡便化を目指し、抗β-Cateninモノクローナル抗体のビーズへの固定化方法、およびlow pHバッファーによる溶出条件の検討を行った。前者では、培養上清中に含まれるモノクローナル抗体を直接ビーズへ固定化し、この抗体に対する選択を行った。この方法では、細胞培養サイズのスケールダウンとモノクローナル抗体の精製操作の省略化を図ることが出来る。後者のlow pHバッファーによる溶出では、0.2M Glycine(pH2.5)を溶出バッファーに使用した。この方法では、抗原タンパクの準備と溶出条件の検討の省略化を図ることが出来る。両者とも、選択1ラウンド後から、ターゲット抗体と特異的に結合するペプチドが選択された。これらの結果から、実験操作の迅速化と簡便化も可能であることが併せて示されている。

以上の成果は、エピトープマッピングのみならず、創薬、抗体工学、タンパク質工学、タンパク質問相互作用解析などの諸分野の発展にも大きく寄与することが期待される。

なお、「モノクローナル抗体(Immunoglobulin G)に対するエピトープマッピング」の章のモデル抗体である抗FLAG M2モノクローナル抗体に対する選択では、Bintang KaruniaAkbar氏との共同研究であるが、著者が主体となって分析および検証を行ったもの で、著者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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