学位論文要旨



No 125034
著者(漢字) 淺井,理沙
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,リサ
標題(和) EBウイルスプロテインキナーゼBGLF4によるウイルス及び、宿主細胞転写因子の制御
標題(洋) Regulation of viral and cellular transcription factors by Epstein-Barr virus protein kinase BGLF4
報告番号 125034
報告番号 甲25034
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第452号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川口,寧
 東京大学 教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 教授 俣野,哲朗
内容要旨 要旨を表示する

Epstein-Barr Virus(EBV;human herpes virus4;成人の95%以上に無症候性に感染している大型で二本鎖DNAウイルス)は、ヘルペスウイルス科ガンマヘルペスウイルス亜科に属し、伝染性単核球症の原因ウイルスであるだけでなく、バーキットリンパ腫、上咽頭癌、日和見リンパ腫、ポジキン病、胃癌などの様々なヒト腫瘍性疾患に関与している。EBVをin vitroにおいてヒトB細胞に感染させると、感染性粒子を産生せずウイルスは潜伏感染状態となり細胞は不死化する。一方、(再)活性化への刺激を与えると、ウイルスは溶解感染期へと移行し、感染性粒子を産生する。

EBVを含むヘルペスウイルスは、protein kinase(PK)をコードしている。PKによるタンパク質のリン酸化は、標的タンパク質の活性制御を司る最も一般的な修飾であり、様々な細胞機構(転写、翻訳、細胞周期、タンパク分解系、アポトーシス、etc.)がリン酸化によって制御されている。その増殖や生存を大きく宿主細胞機構に依存しているウイルスが、様々な細胞機構を制御しうるPKを保持していることは、宿主細胞を制御するためには好都合である。つまり、ウイルスは自身のPKによってウイルス因子や宿主細胞因子をリン酸化し、それらの活性を制御することによって、ウイルスの増殖や生存に有利な環境を創り出していることが想像される。実際に他のヘルペスウイルスのPKは様々な感染現象を制御することが報告されている。

EBVがコードするPK BGLF4は、全ヘルペスウイルスに保存されており、溶解感染初期に核内に発現することが報告されていた。しかしながら、BGLF4に関する知見は限られており、その機能発現機構は全く不明であった。そこで本研究では、BGLF4の機能発現機構を解明することを目的とし、(1)BGLF4のウイルス粒子への取り込みとその意義、(2)BGLF4の新規標的ウイルス因子の同定とその生物学的意義の解明、(3)BGLF4の新規標的宿主因子の同定とその生物学的意義の解明に焦点をあてて解析を試みた。

(1)BGLF4のウイルス粒子への取り込みとその意義

EBV粒子は、ウイルスゲノムを包むようにカプシド(capsid)があり、その周りをエンベロープ(envelope)が包み、中間にテグメント(tegument)が存在する。一般的に、ヘルペスウイルス粒子が細胞に感染・侵入するとテグメントがリリース(拡散)され、ウイルスによる宿主細胞機構の制御が引き起こされる。BGLF4がEBVのウイルス粒子構成因子であるのか?、また、BGLF4がテグメント蛋白質であり、感染直後にリリースされるかを解析した。

(i)精製ウイルスをショ糖密度勾配遠心法に供したところ、BGLF4はカプシド蛋白質BcLF1と全く同じ分画(ショ糖密度40~50%)に検出されたことより、BGLF4はウイルス粒子構成蛋白質であることが明らかになった。(ii)精製ウイルス粒子より、BGLF4特異抗体を用いた免疫沈降法によって、ウイルス粒子中のBGLF4を精製し、in vitro kinase assayに供したところ、ウイルス粒子にパッケージングされているBGLF4は、キナーゼ活性を保持していることが明らかになった。(iii)in vitro tegument release assayを行ったところ、生理学的条件で効率的にBGLF4のウイルス粒子からのリリースが起きることが明らかになった。(iv)ATPおよびMgCl2を添加するとBGLF4のカプシドからのリリースは増強し、興味深いことにフォスファターゼ処理をすることによりBGLF4リリースが著しく減少した。これより、BGLF4のウイルス粒子からのリリースがリン酸化依存的であることが明らかになった。以上の結果より、BGLF4がウイルス粒子構成因子であり、感染直後に細胞内ヘリリースされうることが明らかとなった。本知見は、溶解感染期にのみ機能すると考えられていたBGLF4が、感染直後、すなわち潜伏感染およびこれに伴う細胞の不死化の初期段階に機能しうることを示したものであり、BGLF4が潜伏感染や細胞の不死化過程に関与することが示唆された。(Asai R et al.,J.Virol.80:5125-5134(2006))

(2)BGLF4の新規標的ウイルス因子BZLF1の同定とその機能解析

PKであるBG1-4の機能発現機構の解明の第1ステップは、BGLF4の基質を同定することである。まず新規標的ウイルス因子の同定を行った。確立済みのin vitro kinase assayを用い、種々のウイルス因子をスクリーニングしたところ、BGLF4新規標的ウイルス因子としてBZLF1を同定した。BZLF1は、溶解感染前初期に発現し、潜伏感染から溶解感染へのスイッチングに主要な役割を果たす重要なウイルス制御因子である。また、BZLF1は、自身のプロモーター(Zp)や他のEBV遺伝子プロモーターを活性化する機能を備え、ウイルス遺伝子の発現制御やウイルスDNAの複製制御に関与していることが知られている。

(i)二次元電気泳動法にて解析したところ、細胞レベルにおいてもBGLF4がBZLF1をリン酸化するということが明らかとなった。(ii)過剰発現系・感染細胞においてBGLF4とBZLF1が安定的な複合体を形成することが免疫沈降法により明らかとなった。(iii)感染細胞における局在を蛍光抗体法で調べたところ、核ドメインで両者が共局在しているのが観察された。過去に、BZLF1はreplication compartment 様構造に局在するとの報告があるので、マーカーであるEA-D抗体を用いて解析したところ、BGLF4はEA-Dと核ドメインで共局在していた。つまり、BGLF4はreplication compartment様構造でBZLF1と共局在することが明らかとなった。(iv)BGLF4によるBZLF1のリン酸化の生物学的意義を探索するために、BGLF4によるBZLF1のリン酸化部位の同定を行った。BZLF1変異体を用いてBGLF4 in vitro kinase assayを利用して行ったところ、BZLF1の209番目のセリン(Ser-209)が リン酸化部位として同定された。(v)Ser-209アラニン置換体(リン酸化を阻害する変異体:S209A)を作製し、免疫沈降法による解析を行ったところ、BGLF4とBZLF1はBZLFISer-209リン酸化依存的に安定な複合体を形成していることが明らかになった。(vi)BGLF4によるBZLF1の転写活性制御能を調べるため、ルシフェラーゼアッセイに供した。BZLF1とBGLF4を共発現させると、BZLF1自身のプロモーターを活性化するauto-transactivation activityは抑制された。また、BGLF4によるBZLF1のauto-transactivation activityの抑制は、BZLF1 Ser-209リン酸化依存的であることが明らかになった。以上の結果より、BGLF4はBZLF1のauto-transactivation activityを抑制することによって、BZLF1の遺伝子発現を制御することが示唆された。

次に、感染細胞において、BGLF4がBZLF1の遺伝子発現に関与しているかを調べるために、感染細胞におけるBZLF1-mRNA発現量とBGLF4蛋白質発現量との相関を検討した。Real-Time PCR法を用いBZLF1-mRNAを測定したところ、過去の報告通り、再活性化1.5時間からBZLF1-mRNAが発現し、3~6時間でピークを迎え、6時間以降は発現が抑制されていた。この時のBGLF4蛋白質発現レベルをWB法により比較すると、BZLF1-mRNAが抑制され始める6~9時間より発現してくるのが観察された。従って、感染細胞におけるBZLF1-mRNA発現抑制とBGhF4蛋白質発現には相関関係が有ることが示唆された。さらに、より直接的に感染細胞におけるBGLF4の遺伝子制御能を調査するためにBGLF4欠損ウイルスを作製し、BGLF4欠損細胞中のBZLF1-mRNAの発現を野生体と比較した。その結果、BGLF4欠損ウイルスでは、野生体で見られたBZLF1-mRNAの抑制はみられなかった。以上のことより、感染細胞においてもBGLF4はBZLF1の遺伝子発現制御に関与することが示唆された。

BGLF4がBZLF1をリン酸化することによって安定な複合体を形成し、BZLF1の転写活性化機構を制御することでウイルス遺伝子発現制御に関与していることが明らかとなった。

(3)BGLF4の新規標的宿主因子Fra-2の同定とその生物学的意義の解明

BGLF4の新規標的宿主因子の網羅的な同定を行うため、BGhF4 in vitro kinase assayとInvitrogen社の'ProtoArray human protein microarray kinase subs trate identification kit(vol3.0)'を併用し、大規模なスクリーニングを実施した。 上記キットは、約5000種類のタンパク質がプロットされたプロテインチップを用いて目的のPKの基質をスクリーニングする系である。今回、スクリーニングによって、83個のBGLF4新規標的宿主因子候補が得られた。本研究では、そのうちの一つであるFra-2(Fos-related antigen-2)について詳細な解析を行った。Fra-2は転写遺伝子群AP1(Jun family、Fos family、ATF familyからなる二量体により構成され、DNAのAP-1結合部位に結合して転写を促進する転写因子群)に属し、leucine zipper構造(bZIP:basic region leucine zipper)をもつ。BZLF1もこのbZIP familyであり、同属に分類される。

(i)in vitroにおいて、Fra-2は確かにBGLF4によってリン酸化されることを確認した。(ii)過剰発現系において、Fra-2とBGLF4を共発現させると、シフトしたバンドが見られ、キナーゼ活性を消失させた変異体BGLF4-K1021共存在下ではFra-2単独と同様なアイソフォームが観察された。また、これらの差異はフォスファターゼ感受性であった。以上より、細胞レベルにおいてもBGLF4はFra-2をリン酸化することが確認された。(iii)過剰発現および感染細胞において免疫沈降法に供したところ、BGLF4とFra-2は安定な複合体を形成し、その複合体形成はリン酸化依存的であることが明らかとなった。(iv)感染細胞において溶解感染期を誘導すると、Fra-2の発現が誘導され、その発現時期はBGLF4の発現とほぼ一致していた。(v)BGLF4がFra-2の転写活性能に与える影響を調べるため、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、BZLF1の結果とは反して、Fra-2とBGLF4を共発現させると転写活性が増強し、キナーゼ活性を消失させた変異体BGLF4-K1021では変化しなかった。以上より、BGLF4はFra2依存的な転写活性を活性化することが示唆された。(vi)Fos family c-fosについても同様な実験を実施したところ、in vitroにおいてc-fosがBGLF4によりリン酸化され、BGLF4はc-fos依存的な転写活性を活性化していることが明らかとなった。

BGLF4が宿主細胞転写因子Fra-2をリン酸化することによって安定な複合体を形成し、Fra-2依存的な転写活性を制御することが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、EBウイルスがコードするprotein kinase(PK)として唯一同定されているBGLF4の機能発現機構の解明を目的とし、BGLF4のウイルス粒子への取り込みとその意義、BGLF4の新規標的ウイルスおよび宿主因子の同定とその生物学的意義の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

第1章

1.ウイルス粒子中にBGLF4が存在しているかどうかを調べたところ、BGLF4はウイルス粒子構成因子(テグメント蛋白質)であり、自己リン酸化能(PK活性)を保持していることを明らかにした。

2.ウイルス粒子中のBGLF4は生理学的条件下で、ウイルス粒子から可溶性蛋白質として、リリースされることを明らかにした。そのリリースは、リン酸化依存的に増強した。

以上より、BGLF4がウイルス粒子により感染細胞に持ち込まれ、溶解感染期にのみ機能すると考えられていたBGLF4が、感染直後に機能しうることを明らかにした。また、BGLF4のリリースのメカニズムは、リン酸化依存的であるということを明らかにした。

第2章

1.BGLF4の新規標的ウイルス因子として、溶解感染前初期遺伝子BZLF1を同定した。

2.BGLF4によるBZLF1の標的リン酸化部位BZLF1 Ser-209を同定した。

3.感染細胞における免疫沈降法を用いた解析から、BGLF4とBZLF1は、BZLF1Ser-209リン酸化部位依存的に複合体を形成していることを明らかにした。

4.ルシフェラーゼアッセイを用いた解析から、BGLF4はBZLF1 Ser-209リン酸化部位依存的に、BZLF1のauto-transactivation activityを抑制することを明らかにした。

5.BGLF4欠損ウイルスを用いた感染細胞でのReal-Time PCR解析から、BZLF1-mRNAのピーク時における低下、及び、ピーク後のBZLF1-mRNAの発現解除という表現系が観察された。

以上より、BGLF4はBZLF1の二段階の発現制御の両方に関与していることが示唆された。

第3章

1.BGLF4の標的宿主因子の大規模スクリーニングを行い、BGLF4の新規標的宿主因子候補を多数獲得した。

2.BGLF4の新規標的宿主因子として、Fra-2(fos-related antigen2)及び、c-fosを同定した。

3.感染細胞における免疫沈降法を用いた解析から、BGLF4とFra-2は、安定な複合体を形成していることを明らかにした。

4.ルシフェラーゼアッセイとReal-Time PCR解析を用いた解析から、感染細胞において、Fra-2依存的な宿主転写因子および、c-fos依存的なウイルス転写因子の活性にBGLF4が影響を与えることを明らかにした。

以上、本論分は、ウイルス粒子由来のBGLF4が、感染直後、潜伏感染や細胞の不死化の初期段階に関与しうることを示し、更に、BGLF4が感染細胞において、AP-1依存的なウイルス転写因子及び、宿主細胞転写因子の遺伝子発現制御に役割を果たしていることを示した。また、BGLF4の標的宿主因子のスクリーニングのデータは今後のBGLF4解析にとって有用であると考えられ、博士(生命科学)の学位の授与に値するものと認める。

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