学位論文要旨



No 125035
著者(漢字) 岩本,直樹
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,ナオキ
標題(和) H-ホスホネートDNAの立体選択的合成
標題(洋)
報告番号 125035
報告番号 甲25035
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第453号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 准教授 田口,英樹
 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 教授 上田,卓也
内容要旨 要旨を表示する

〈序論〉

近年、遺伝情報をもとに、遺伝子及びその転写産物を標的とする新しい治療法の開発が盛んにおこなわれている。その手法の一つに、アンチセンス法がある。アンチセンス法とは、標的となるmRNAに相補的な塩基配列を有する核酸誘導体を選択的に結合させ、タンパク質の翻訳を阻害する手法である。アンチセンス分子として天然型DNAを用いた場合、生体内の加水分解酵素により容易に加水分解されるという致命的な問題がある。天然型DNAのリン原子に様々な置換基を修飾したDNA類縁体(インターヌクレオチド修飾型DNA類縁体)は生体内の加水分解酵素に対する耐性が向上することが知られており、アンチセンス分子として有望視されている。

H-ホスホネートDNAは、天然型DNAの2つの非架橋酸素原子のうちの1つを水素原子に置換した構造をしており、リン原子にキラリティを有する。また、H-ホスホネートDNAは、種々のインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体へと立体特異的に変換可能な有用な合成中間体である(Figure1)。しかしながら、これまでにHホスホネートDNAを立体選択的に合成したという報告例はなく、ほとんどのインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体に関しても、立体選択的合成は実現されていない。インターヌクレオチド修飾型DNA類縁体の中で、立体選択的合成が達成されているホスホロチオエートDNAは、リン原子の絶対立体配置の違いにより、生理活性や物性が異なることが知られており、そのほかのインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体に関しても、同様に性質の違いが現れることが考えられるが、詳細な検討には至っていない。そこで、H-ホスホネートDNAを立体選択的に合成することができれば、立体特異的な変換反応により、立体化学的に純粋なインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体が合成でき、それらのリン原子の絶対立体配置に応じた生理活性や物性を明らかにすることが可能となる。

〈研究計画〉

本研究室では、これまでにオキサザホスホリジン法によるホスホロチオエートDNAの立体選択的合成法を開発した。オキサザホスホリジン法とは、立体化学的に純粋な1,2-アミノアルコールから誘導したオキサザホスホリジン誘導体1を立体選択的に合成し、次に、これを弱酸性の求核性の小さい活性化剤2の存在下、ヌクレオシド3と立体特異的に縮合させることで立体の制御されたホスフアイト4を合成する手法である。そこで、本研究では、オキサザホスホリジン法をH-ホスホネート誘導体の立体選択的合成に応用することを検討した。

オキサザホスホリジン誘導体1の合成にあたり、オキサザホスホリジン5位に2つの置換基(R,R')を導入することとした。この場合、従来のオキサザホスホリジン法に従って得られた立体の制御されたホスファイト4から、比較的強い酸性条件下、リン原子がプロトン化されることにより、不斉補助基が安定な第三級カルボカチオンとしてEl脱離し、対応するH-ホスホネート5を4の立体化学純度を損なわずに得られるのではないかと考えた(Scheme1)。

〈実験結果及び考察〉

(1)オキサザホスホリジン誘導体置換基の検討

オキサザホスホリジン誘導体1として、2つの置換基(R,R')が両方ともPh基(ジフェニル体)、またはMe基(ジメチル体)、さらに一方がPh基、もう一方がMe基(フェニルメチル体)の誘導体を合成し、目的の反応について検討をおこなった(Scheme 2)。ジフェニル体については3との縮合反応が完結しなかった。2つのPh基の立体障害、また電子求引効果が原因であると考えられる。ジメチル体の場合、3との縮合反応は速やかに進行したものの、H-ホスホネート5へと変換することはできなかった。不斉補助基の第三級カルボカチオンの安定性が不十分であったために、E1反応が進行しなかったのではないかと考えられる。これらの知見から、フェニルメチル体を用いたところ、縮合反応、私ボスホネートジエステルへの変換反応のいずれもが迅速に完結した。さらに、高い立体選択性で目的とする反応が進行し、立体化学的に純粋なジチミジル酸序ホスホネート5を得ることができた(Scheme3)。

(2)H-ホスホネートDNAオリゴマーの立体選択的固相合成(Scheme4)

オキサザボスホリジン誘導体の置換基の検討の結果、もっとも良好な結果を与えたフェニルメチル体を用いて、固相合成により、H-ホスホネートDNAの立体選択的合成を検討した。まず、モノマーユニット6の合成をおこなったところ、4種類の核酸塩基いずれの場合においても、比較的良好な収率、かつ優れた立体選択性でモノマーユニット6を得ることができた(43-83%,d.L>99:1)。次に、得られたモノマーユニット6を用いて、ジヌクレオシドH-ホスホネートを固相担体上で合成し、つづいて種々のインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体(9+10)へと変換した後、固相担体から切り出しをおこない、得られた混合物について、逆相高速液体カラムクロマトグラフィー(RP-HPLC)を用いて収率、立体化学純度の評価をおこなった。RP-HPLCによる解析の結果、いずれのインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体(9+10)についても、優れた収率、及び高い立体化学純度で目的物を得ることができた(Table1)。さらに、本手法を用いて、H-ホスホネートDNAオリゴマーの立体選択的合成をおこなった。cheme4に示すサイクルを繰り返すことで、目的の塩基配列を有する、リン原子の絶対立体配置を制御したH-ボスホネートDNAオリゴマーを合成した後、立体特異的な変換反応をおこなうことで、インターヌクレオチド修飾型DNA類縁体オリゴマーの立体選択的合成をおこなった。得られた混合物について、RP-HPLCを用いて解析したところ、いずれの場合も高立体選択的、かつ良好な収率で、目的とする種々のインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体オリゴマーを合成することができた(Table2)。

〈結論〉

本研究では、オキサザホスホリジン法を応用し、モノマーユニットのオキサザホスホリジン5位に2つの置換基を導入することで、リン原子の絶対立体配置を制御したホスファイトから、El脱離を経由して、目的とするH-ボスホネートDNAを高立体選択的、かつ高収率で合成することが可能な優れた手法を確立した。さらに、この方法を固相合成へと応用することで、立体選択的にH-ホスホネートDNAオリゴマーを合成し、立体特異的な変換反応をおこなうことにより、立体化学的に純粋な種々のインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体オリゴマーを合成した。

1. "Stereocontrolled Solid-Phase Synthesis of Oligonucleoside H-Phosphonates by an Oxazaphosph olidine Approach"Iwamoto, N.; Oka, N.; Sato, T.; Wada, T.Angew. Chem. Int. Ed. in press. DOI: 10.1002/anie.2008044082. "Stereocontrolled Synthesis of Backbone-modified Oligonucleotides via Diastereopure H-Phosph onate Intermediates"Iwamoto, N.; Oka, N.; Wada, T.Nucleic Acids Symp. Ser. 2008, 52, 333-334.3. "Stereocontrolled Synthesis of H-Phosphonate DNA"Iwamoto, N.; Sato, T.; Oka, N.; Wada, T.Nucleic Acids Symp. Ser. 2006, 50, 159-160.4."立体規則性の高いリボヌクレオチド類縁体及びデオキシリボヌクレオチド類縁体の製造法"西郷和彦、和田猛、藤源聡、佐藤輝聴、岩本直樹 PCT/JP2005/003812

Figure1.

Scheme1.

Scheme2.

Scheme3.

Scheme4.

Table1.

Table2.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、不斉リン原子構築反応として有用なオキサザホスホリジン法を応用することで、立体化学的に純粋なH-ホスホネートDNAの合成する手法の開発について述べたものである。さらに、光学活性なH-ボスホネートDNAを中間体として、様々なインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体を立体選択的に合成する手法についても述べており、全六章により構成されている。

第一章序論では、種々のインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体のこれまでに報告されている立体選択的合成について述べ、リン原子の絶対立体配置の制御の重要性について、また、H-ボスホネートDNAがそれらの合成中間体として極めて有用であることについて述べている。さらに、それらインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体の立体選択的合成について汎用的な合成手法がこれまでに報告されていないという問題点に触れ、本研究の目的と意義を述べている。

第二章では、まず、液相法において、オキサザホスホリジン誘導体のオキサザホスホリジン環の置換基を種々検討することで、オキサザホスホリジン骨格の最適化をおこなったことについて述べている。モノマーユニットとして、オキサザホスホリジン5位に導入した2つの置換基が、2つともフェニル基のもの(ジフェニル体)、2つともメチル基のもの(ジメチル体)、また1つがフェニル基、もう1つがメチル基のもの(フエニルメチル体)について検討をおこなっている。それぞれのモノマーユニットを用いて、縮合反応により、インターヌクレオチド結合の構築をおこない、ジフェニル体については、2つのフェニル基の立体障害、また電子求引効果により反応効率が低いこと、さらに立体化学純度が低下することを述べている。ジメチル体については、ほぼ立体選択的に縮合反応が進行し、不斉補助基のアミノ基をアシル化することで、H-ボスホネートジエステル結合を高立体選択的に合成している。フェニルメチル体については、縮合反応、H-ホスホネートジエステル結合形成反応いずれの場合も、定量的に反応が進行し、さらに、99%以上の立体選択性を実現している。このことから、フェニルメチル体が、目的のH-ホスホネートジエステル結合を立体選択的に合成することが可能な優れたオキサザホスホリジン誘導体であると結論付けている。

第三章では、液相法で検討した反応条件をもとに、この手法を固相法へと応用し、4種類の核酸塩基全ての場合について、モノマーユニットを立体選択的に合成し、それらを用いて、固相担体上で立体選択的にH-ボスホネートジエステルを合成する手法について述べている。固相担体上において、いずれの核酸塩基の場合についても、反応が定量的、かつ99%以上の立体選択性で目的のH-ボスホネートジエステル結合を構築可能であることを見出している。また、三量体目を縮合する過程で、不斉補助基を除去する際に副反応が起こることが明らかとなり、脱離した不斉補助基と遊離となった5'水酸基とが反応することで生成した付加生成物が、次の三量体目の縮合反応を阻害しているのではないかと推測している。この副反応を抑制するために、不斉補助基のカルボカチオンの捕捉剤としてEt3SiHを反応溶液に添加することで、三量体が効率的に合成できることを述べている。このことから、本手法がオリゴマー合成に十分適用可能であると述べている。

第四章では、ジチミジル酸H-ホスホネートを経由して、リン原子に様々な置換基を導入する反応条件についても検討をおこない、効率的な変換反応を見出したことについて述べている。ホスホロアミデート合成については、文献法を基に、オキサザホスホリジン法を用いて立体選択的に合成したジチミジル酸H-ホスホネートから、効率的に合成している。ボラノホスフェート合成については、チミン塩基が還元されるという副反応が観測されたが、ルイス塩基性の高いDMFを反応溶媒として用いることでボランの還元力を低下させ、その副反応の抑制に成功している。ヒドロキシメチルポスホネート合成については、特に、固相担体からの切り出し反応について検討をおこない、目的物の分解を抑制し、効率的な合成反応を確立している。さらに、それぞれ検討した反応条件を用いて二量体レベルで立体化学的に純粋なインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体を合成することに成功している。

第五章では、4種類の核酸塩基を含んだH-ホスホネートDNAオリゴマーの立体選択的合成について述べている。オキサザホスホリジン法を用いて、H-ホスホネートDNAオリゴマーを合成した後、前章までに検討した変換反応を用いて、種々のインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体オリゴマーへと立体特異的に変換することで、縮合収率、立体選択性を評価し、良好な収率及び立体選択性で目的とするインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体オリゴマーが得ることに成功している。得られた立体化学的に純粋なインターヌクレオチド修飾型DNA類縁体について性質を調べることで、リン原子の立体によっで性質がどのように異なるか知見を得ることは、極めて興味深いといえる。

第六章は本論文の総括であり、本研究の有用性を述べるとともに、今後の展望についても触れている。例えば、本手法は、原理的にRNA誘導体にも応用可能であると考えられ、H-ホスホネートRNAの立体選択的合成の開発へと展開されることが期待できると述べている。本手法をRNA誘導体へと応用することで、ホスホロチオエートRNAやボラノボスフェートRNAを始めとした、様々なインターヌクレオチド修飾型RNA類縁体を、リン原子の立体を制御した形で合成することが可能であると考えられることから、RNAi関連の研究分野を飛躍的に向上させることが期待される。また、核酸化学の分野だけでなく、本手法は、様々な不斉リン化合物の合成にも大いに役立つものであると考えられ、これまで合成困難、合成不可能と考えられていた不斉リン化合物を供給できる手法となりうることが期待される。

以上、本研究がリン原子の立体を厳密に制御した種々のインターヌクレオチド修飾型DNA/RNA類縁体の合成法として、さらに一般的な様々な機能性不斉リン化合物の効率的な合成法として役立つものであると考えられる。本研究が、核酸化学の分野のみでなく、様々な研究分野の発展につながるものと期待できる。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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