学位論文要旨



No 125038
著者(漢字) 緒方,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,トシヒコ
標題(和) 修飾塩基を含むRNAの化学合成
標題(洋)
報告番号 125038
報告番号 甲25038
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第456号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 准教授 田口,英樹
 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
 東京大学 准教授 鈴木,穣
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

RNA中には、一般的に存在しているA、U、G、C以外に、修飾リボヌクレオシドが数多く存在し、それぞれが特有の機能発現に寄与している。特に、tRNA中には修飾リボヌクレオシドが数多く存在し、高次構造形成やコドン認識など、数多くの役割を担っている。その中でもアンチコドン一文字目、いわゆるwobble位に多くの修飾体が見られ、コドン認識に重要な役割を果たしている。

wobble位に存在する修飾体の中で、5位に種々の置換アミノメチル基により修飾されたウリジンは、一般的にプリン塩基(A、G)に対する認識能が上昇することが知られている。比較的最近、牛ミトコンドリアtRNAから発見された新規修飾ウリジンである5-タウリノメチルウリジン(τm5U、Figure 1)及び5-タウリノメチル-2-チオウリジン(τm5s2U、 Figure1)もその例の一つである。これらの修飾塩基は、牛やヒトをはじめとする哺乳類のミトコンドリアtRNAのwobble位に存在し、コドンの認識に重要な役割を果たしており、τm5Uは未修飾Uと比較してGに対する認識能が上昇することがわかっている。また、MELASやMERRFなどのミトコンドリア病患者は、これらの修飾の欠損が見られることから、ミトコンドリア病とタウリノメチル基による修飾に深い関係があることが示唆されている。

しかし、タウリノメチル基がどのようにコドン認識に関わっているかば未だ解明されていない。そこで、これらの修飾リボヌクレオシドを含むRNAオリゴマーを化学合成し、τm5U及びτm5s2Uの化学的性質や構造と機能に対する知見をさらに深めることを目的とした。

これまで当研究室では、5-ヒドロキシメチルウリジン誘導体とタウリンを反応させることにより、τm5U及びτm5s2Uヌクレオシドの合成に成功している(Scheme 1)。

しかし、τm5Uやτm5s2Uを含むRNAオリゴマーを化学合成するためには、固相法を用いることが有効であり、固相合成を行なうには、それぞれの修飾塩基を有するモノマーユニットを合成する必要がある。しかし、スルホン酸残基と第二級アミノ基を含むタウリン骨格が遊離のままでは、効率的なモノマーユニット及びオリゴマーの合成を行なうことは困難である。そこで、オリゴマー合成を目的としたタウリン骨格への保護基導入の検討を行ない、保護されたタウリン骨格を有するモノマーの効率的な合成法、固相法を用いたオリゴマー合成への適用の検討を行なった。

【結果】

1.タウリン骨格の保護基の検討

オリゴマーを合成するために、タウリン骨格への保護基の導入を検討した。アミノ基の保護基としては、穏和な塩基性条件下除去可能なトリフルオロアセチル基を用いることとしたが、ホスホロアミダイトを用いた固相合成法に適用可能なスルホン酸の保護基については報告例がないため、保護基の検討を行なった。スルホン酸エステルの中で、比較的安定なアリールエステルに注目し、種々のフェニル基について検討を行なった。タウリン誘導体を用いて脱保護条件の検討を行なった結果、4ニトロフェニル基は、酸性条件下では安定に存在したが、0.05MK2CO3/MeOH-H20(9:1, v/v)の条件下では、90分で除去可能であることを見出した(Table 1)。

また、このタウリン誘導体を用いて、合成サイクル中におけるDMTr基除去条件である強酸性条件下、4-ニトロフェニル基が十分安定に存在することを確認した。よって4ニトロフェニル基をスルホン酸の保護基として採用することとした。

2.τm5U及びτm5s2Uモノマーの合成

次に、塩基修飾部位への保護基の導入反応を検討した。有機溶媒に難溶なタウリンを直接扱うことを避け、5-アミノメチルウリジン誘導体とビニルスルホン酸フェニルエステルのMichael付加型反応によりタウリン骨格を構築し、その後アミノ基の保護を行なうことが効率的であることがわかった。タウリン骨格構築反応において、副反応が危惧される遊離の水酸基はシリル基により保護を行なうこととした。その際、2'水酸基の保護基であるTBDMS基の位置選択的な導入も可能となる。5-ヒドロキシメチルウリジン誘導体を出発物質とし、各ステップ良好な収率でτm5U及びτm5s2Uのモノマー合成に成功した(Scheme 2)。

s2U誘導体(1b)について、アジド化の際、4a合成時と同様に有機溶媒難溶のアジ化ナトリウムを用いると、加熱を要するために硫黄原子へのアルキル化を伴う副反応が起こることがわかった。そこで、より穏和な条件下で反応を行なうために、より脂溶性の高いアジド化剤であるテトラメチルグアニジニウムアジドを用いることとした。室温で反応を試みたところ、良好な収率で4bを得ることに成功した。

3.固相法への応用

モノマー合成を達成したので、9a、9bを用いて固相上でのRNA鎖伸長反応を行ない、二量体を合成することで、固相法への応用を試みた(Scheme 3)。 tRNAのアンチコドン配列では、τm5U、τm5s2Uの下流側にはそれぞれA、Uが存在することが多いことを考慮して、τm5UpA及びτm5s2UpUの合成を行なうこととした。縮合反応時の活性化剤として、τm5Uについてはベンズイミダゾリウムトリフラート、τm5s2UについてはN-フェニルイミダゾリウムトリフラートをそれぞれ用いた。

いずれのモノマーも、良好な収率で縮合反応が進行していることをDMTr+定量により確認した。縮合後、それぞれについて固相担体からの切り出し及び脱保護を行ない、RP-HPLC及びMALDI-TOF-MSによる分析を行なった。τm5UpAについては主生成物として目的物が得られることがわかった。しかしτm5s2UpUについては、目的物は得られているものの、脱硫体であるτm5UpUをはじめとする種々の副反応生成物が確認された。

一般に、s2U誘導体は種々の酸化反応条件下において、脱硫などの副反応が報告されている(Scheme 4)。これらの副反応生成物は硫黄原子が酸化され、硫酸イオンや亜硫酸イオンとして脱離することにより生じるものと考えられている。

今回の固相合成の際に用いた0.02MI2溶液は、未修飾s2U誘導体について、上述の副反応が起こらないことが知られている酸化反応条件である。それにもかかわらず、τm5s2Uについて副反応が進行した理由として、タウリン骨格に電子求引性の保護基を導入したことでN3位イミドの酸性度が上昇し、反応中に生成するチオラートが酸化剤と反応したことが考えられる。

そこで、N3位をアニソイル基で保護することで、硫黄原子の電子密度を下げ、またチオラートの生成を抑制することで硫黄原子に対する酸化反応を抑制することを検討した(Scheme 5)。

得られたτm5s2Uモノマーについて、固相法によりτm5s2UpUの合成を行なった(Scheme 6)。酸化反応条件は0.02MI2溶液を用いた。

縮合後、固相担体からの切り出し及び保護基を除去し、RP-HPLC及びMALDI-TOF-MSによる分析を行なったところ、酸化剤による副反応が顕著に抑制されていることが確認された。以上のように、τm5s2Uについて、N3位を保護したモノマーを用いることで、固相合成に適用可能となった。

【結論】

本研究では、タウリン骨格に存在する酸性度の大きなスルホン酸残基を4ニトロフェニル基で保護することにより、τm5U及びτm5s2Uモノマーを合成することに成功した。またτm5s2Uについては、 N3位をアニソイル基で保護することにより、酸化反応条件下における副反応を抑制することに成功した。これらのモノマーは、固相合成法に適用可能であり、τm5U及びτm5s2Uを含むRNAオリゴマーを化学合成することが可能となった。この手法で得られたオリゴマーを用いて、tRNAのアンチコドンステムーループ構造をNMRにより解析や、コドン-アンチコドンの二本鎖安定性を痂値として測定すること力河能になるものと期待できる。

1. Chemical synthesis of RNA including 5-taurinomethyluridine. Ogata, T.; Wada, T. Nucleic Acids Res. Symp. Ser.2006, 50, 9-102. Chemical synthesis of RNA including 5-taurinomethyluridine and 5-taurinomethyl-2-thiouridine. Ogata, T.; Wada,T. Nucleic Acids Res. Symp. Set: 2008, 52, 323-324.3. Chemical synthesis and properties of 5-taurinomethyluridine and 5-taurinomethyl-2-thiouridine. Ogata, T. et al.submitted.

Table 1.タウリン誘導体を用いた脱保護条件の検討

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、哺乳類ミトコンドリアのtRNA中に存在する新規修飾ウリジンである、5-タウリノメチルウリジン(τm5U)及び5-タウリノメチル-2-ウリジン(τm5s2U)ヌクレオシドの合成法の開発と、タウリン骨格を保護したτm5U及びτm5s2Uモノマーを合成し、それらを用いたRNAオリゴマーの合成法の開発について述べたものであり、序論および本論の3章により構成されている。

序論では、これまでにRNA中に発見されている修飾リボヌクレオシドの機能について述べ、それらと関連してτm5U及びτm5s2Uの機能、構造、従来までの合成法について述べている。その合成法の問題点とともに、本研究の目的と意義を述べている。

第一章では、τm5U及びτm5s2Uヌクレオシドの合成について述べている。これらのヌクレオシドの従来の合成法は、有機溶媒に難溶なタウリンを直接用いることで、高温長時間という過酷な条件下での反応が必要であった。そのためτm5s2Uの合成の際、一部脱硫反応が起こり、目的物合成が困難であった。そこで本研究では、タウリンをテトラブチルアンモニウム塩とすることで、種々の有機溶媒に可溶化させ、この塩を用いて穏和な条件下、τm5U及びτm5s2Uの効率的な合成を行なっている。特に、τm5s2Uの合成の際、従来法で問題となった脱硫を抑制している。

第二章では、固相合成法に適用可能なτm5U、τm5s2Uモノマーユニットを合成するために、2-クロロエタンスルホニルクロリドを出発物質とする、アミノ基及びスルホン酸を保護したタウリン誘導体の新規合成法を開発した。さらに、このタウリン誘導体を用いて、スルホン酸の保護基として種々の置換基を有するフェニル基を用い、安定性や脱保護条件の検討を詳細に行なっている。その結果、本研究に用いる条件下において、4-ニトロフェニル基がスルホン酸の保護基として最適であることを見出している。4-ニトロフェニル基は、酸性条件下においては安定であり、弱塩基性条件下において除去可能であることから、新たなスルホン酸の保護基として有用であると考えられる。

次に、5-アミノメチルウリジン誘導体をビニルスルホン酸4-ニトロフェニルエステルにMichael付加させた後、アミノ基をトリフルオロアセチル化することで、タウリン骨格を保護したτm5U誘導体の合成に成功している。この手法を用いれば、タウリン骨格導入及び保護基の導入を無水条件下、効率的に行なうことが可能となる。

上記の手法を用いて、固相合成に適用可能なτm5U及びτm5s2Uアミダイトモノマーの合成に成功した。目的物を得るためには多段階の反応を必要としたが、各反応について比較的良好な収率で目的物合成を達成している。

第三章では、第二章で合成したτm5U及びτm5s2Uモノマーを用いて固相合成の検討を行なっている。二量体の合成を行ない、τm5Uについては主生成物として目的物が得られることを確認している。一方、τm5S2Uを含む二量体については、脱硫体を含む複数の副生成物が観察された。この副反応は、保護基を導入したタウリノメチル骨格から起因した、酸化反応条件の際に起こるものと推測された。脱硫を含む副反応を抑制するために、N3位をアニソイル基で保護したモノマーを新たに合成している。それを用いて固相合成の検討を行ない、副反応を大幅に抑制している。

また、保護基が導入されたτm5U及びτm5s2Uの5'水酸基の反応性を検討するために、τm5U及びτm5s2Uを含む三量体の合成を行なっている。活性化剤としてN-フェニルイミダゾリウムトリフラート(PhIMT)を用い、いずれも主生成物として目的物が得られることを確認している。これらのことから、τm5U及びτm5s2Uを含むRNAオリゴマーの固相合成が基本的に可能であることを示している。

以上の結果より、τm5U及びτm5s2Uヌクレオシドの合成法を確立している。また、τm5U及びτm5s2Uを含むオリゴマー合成手法の基礎が確立され、これらの手法を用いれば、アンチコドンステム-ループ構造を化学合成し、その高次構造をNMRにより解析可能となることが期待される。また、コドンに対応する二重鎖を形成させることにより、Tm値の測定が可能となり、コドン-アンチコドン認識メカニズムとこれらの修飾塩基の関係の解明に貢献できると期待される。本研究の成果により、様々な研究への応用が期待でき、有機合成化学、核酸化学、医科学の進展に寄与するところ大である。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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