学位論文要旨



No 125040
著者(漢字) 坂本,壮
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,ソウ
標題(和) ヒトInterleukin15受容体のリガンド特異性創出機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125040
報告番号 甲25040
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第458号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 准教授 田口,英樹
 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 准教授 深井,周也
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

サイトカイン受容体は、細胞間の情報伝達に関与するホルモン様蛋白質因子であるサイトカインと結合することによって、細胞内にシグナル伝達を引き起こす。シグナル伝達によって、細胞の分化、増殖、活性化などを誘導する。サイトカイン受容体とサイトカインの相互作用はこれらの作用を介して、免疫応答、炎症反応及び造血反応などを制御しており、生命の高次機能の維持には不可欠の因子となっている。サイトカインの活性と生命の恒常性維持は密接なつながりがあり、疾病との関連も深い。サイトカイン受容体のうち、インターロイキン(IL)は生体内で免疫系活性化サイトカインとして知られており、ILと対応する受容体と形成する複合体は、解離定数が10(-8)~10(-11)[M]と見積もられるほど強固なものとして知られている。しかしながら、ILとその特異的受容体との相互作用に関しては、立体構造に基づく議論が必ずしも十分には行われておらず、厳密な特異性に関する知見は未だ不十分である。受容体複合体のうち共通r鎖(γc)を含むものをγc鎖受容体ファミリーと呼ばれている(Fig.1)。各α鎖がそれぞれのリガンドと結合した後、γc鎖と結合することでシグナル伝達が起きる。リガンドであるサイトカインはfour-α-helix-bundle構造に分類された類似構造を持っている。各α鎖はどのような機構によってリガンドと特異性を創出しているのかが興味深いことである。特に受容体複合体がβ、γ鎖が共通のIL2受容体、IL15受容体に関しては、α鎖がリガンドとの結合を制御することによってシグナル伝達を制御している。

本研究では初めに、長さの異なる3種類のIL15受容体α鎖(IL15R full、IL15R sushi+linker、IL15R sushi)を作製し(Fig.2)、表面プラズモン共鳴法(SPR)を用いてそれぞれと特異性リガンドを含むfour-α-helix-bundle構造のIL2、IL4、IL15及びIL21との相互作用を解析し、受容体のどの部分が特異性創出に関与しているのかを明らかにすることを目指した。続いて、すでに結晶構造が解明されているヒトIL15-IL15受容体α鎖複合体[1]をターゲットとして、その界面に存在するIL15の残基に変異を導入し(Ala scanning)(Fig.3)、SPRによる速度論解析から熱力学的パラメータを算出することで、親和性への影響を考察し、IL15受容体α鎖の高特異性・親和性獲得の分子機構を明らかにすることを目指した。

【実験】

IL2、IL4、IL21及びヒトIL15およびその一残基変異体は、大腸菌を宿主とした発現系によって調製した。不溶性画分に存在していたため段階的透析法による巻き戻し[2]により調製した。また、3種類のIL15受容体α鎖についても大腸菌を用いた分泌発現系によって調製した[3]。ヒトIL15に関しては、CTLL-2細胞を用いて細胞活性評価を行い、細胞活性が回復していることを確認した。加えて、ヒトIL15およびその一残基変異体に関しては、遠紫外領域で円二色性(CD)スペクトルをおこなった。得られたスペクトルは、ヒトIL15および一塩基変異体すべてにおいて208nmに第一極小点、222nmに第二極小点を示し、α-helixに特有のスペクトルを示した。一塩基変異体に関しては、スペクトルはヒトIL15のスペクトルと大きな相違は見られず、大きな構造の変化は観察されなかった。速度論解析はSPRを用いて、IL15受容体α鎖をセンサーチップ上に固定化し、センサーチップ上にIL2、IL4、IL21及びヒトIL15及びその一残基変異体を流すことで速度論解析を行った。

【結果と考察】

調製したIL15、IL4、IL21は3種のIL15Rα と相互作用を確認し、同程度の結合速度定数を示した。しかしながら、解離段階に相違が確認された。IL15-IL15Rα の相互作用は遅い解離速度に特徴付けられる特異的相互作用であったのに対し、IL4-ILI5Rα 、IL21-ILI5Rα の相互作用は早い解離速度で性格付けられた。調製したIL2はILI5Rα と相互作用しなかった。以上の結果は、ILI5Rα鎖のリガンド特異性が、IL受容体に共通するsushiドメインによって創出されるものの、本受容体が示す多重特異性を有する分子であることを示している。

ILI5-IL15受容体α鎖間相互作用においては、WTおよび変異体ともに同程度の結合速度定数を示しているのに対し、IL15に一残基変異を入れたE46A、E53A、E90AではWTと比較して解離速度定数が2-3桁大きくなったことから、これらの残基によって親和性が制御されている可能性が示唆された。特に、Glu46に関しては、Ala置換体では解離定数は3桁増加し、IL15Rα とは非常に弱い結合となった。複合体構造から、特にIL15受容体α鎖のArg35とILl5のGlu46周辺の疎水残基ポケットが高い構造相補性を示している。これらの結果を踏まえると、Glu46はIL15Rαに対するIL15のホットスポットであるといえる(Fig,5)。一方で、L47Aでは、結合速度定数が2桁減少した。この原因としては、構造学的知見からLeu47の周辺には疎水残基が密集しており、Leu47は周辺の構造を維持する役割を担っている可能性が示唆される。そのため、Alaに置換することにより、周辺の結合界面を変化させ、ホットスポットであるGlu46の配向性を変化させる可能性が示唆される。

続いて、各温度条件で結合速度定数および解離速度定数を測定し、Scatchard plotから定常状態における熱力学的パラメータを、Eyring plotから遷移状態における熱力学的パラメータを算出し、野生型と比較した(Fig.6)。WTおよび多くの変異体とIL15受容体α鎖の結合は、エンタルピー駆動型であったのに対し、E46A、E53A、E90A変異体とIL15受容体α鎖間相互作用は、好ましいエンタルピー変化量が顕著に減少し、親和性が大ルピー変化量が顕著に減少し、親和性が大きく減少していた。

WT-IL15受容体α鎖結晶構造解析から、Glu46は塩橋を形成しており、この部位がHot-Spotであることが明らかとなった。Glu53における変異導入では遷移状態においては、WTと類似している。複合体形成においてエンタルピー損、エントロピー得となり、結果的に親和性が低下した。Glu90は塩橋を形成していない残基であることから、Glu90が受容体との相互作用によって脱水和するのに対し、GluをAlaに置換したことで脱水和の貢献が顕著に減少し、結果として、遷移状態におけるエントロピー損を導き、顕著な親和性の低下につながったことを示している。相互作用において水分子を介した水素結合ネットワークを形成する領域に位置するThr24における変異導入では、遷移状態において顕著なエントロピー損を与えるものの、複合体形成におけるエントロピー損・エンタルピー得の低下から顕著な親和性低下は見られなかった。このことは、水分子を介した水素結合形成が遷移状態においては有利に働くものの、安定な複合体形成におけるエントロピー損から親和性には大きく影響しない可能性を強く示唆している。

これらの結果をもとに、IL15受容体α鎖が認識する際にIL15との結合を解離段階で制御するGlu46、Glu53、Glu90に注目して構造学的観点から構造類似のIL2と比較を行った(Fig.7)。IL2とIL15の相違として、立体構造の比較をすると、CDループに位置する残基、ILI5ではGlu90、IL2ではAlal08に特に配向性に違いが見られた。IL15ではGlu90がGlu53、Glu90を同じ方向、IL15受容体α鎖との結合界面を向いていたのに対し、IL2ではAla108はヘリックスの内側を向いていた。

【結言】

IL15受容体α鎖のリガンド特異性創出機構は以下のように考えられる。IL15とIL15受容体α鎖の相互作用はsushiドメインによって特異性を創出し、Glu46、Glu53、Glu90によって解離段階を制御することによって高い親和性を創出される。IL15とIL15受容体α鎖の結合界面は約700A2であり、一般的な結合界面に比べて小さいにもかかわらず、親和性は高い。通常、親和性に関与する残基は2、3個であるが、今回の結果から親和性に影響を与える残基は結合界面に通常より多い数の残基が存在することを確認した。IL15受容体α鎖は、小さい結合界面だが通常多い数の残基がIL15との相互作用に強く貢献することで、高い親和性を創出していると結論付けられる。

本研究で標的としたサイトカイン受容体は細胞間の情報伝達の要であり、疾病との関連もきわめて大きい。事実、サイトカイン受容体を標的とした治療薬の開発は、製薬産業で中心的位置を占めつつある。このような状況を鑑みると、受容体鎖様機構の本質的解明はサイトカインの受容体認識は最も初期の事象であり、それに続く細胞内シグナル伝達に必要不可欠である。相互作用解析を通して、その作用機構を詳細に調査することは、試行錯誤を超えた、分子論に基づく医薬品開発を目指す第一歩となる。

(1) Ikemizu et al. Nature Immunol. (2007)(2) Tsumoto et al. J. Immunol. Methods (1998); Asano et al. FEBS Lett. (2002)(3) Matsumoto et al. Protein Exp. Purif. (2001)

Fig.1 共通γ(γc)鎖受容体ファミリー

Fig.2 IL15受容体α鎖の模式図

Fig.3 IL15変異体箇所

Table IL15Rα に対するIL15、IL4及びIL21の速度パラメータ

(右)Fig.4 IL15野生型に対する変異体の速度パラメーターの比較

(左)Fig.5 IL15 WT-IL15受容体α鎖の複合体の模式図

Fig.6 IL15野生型に対する変異体の熱力学的パラメーターの比較

Fig.7 IL2とIL15の結合界面の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第1章は、本研究についての背景について述べている。細胞表面受容体、細胞内シグナル伝達系の機能解析が進むにつれて、ある特定の蛋白質が複数の蛋白質・リガンドと相互作用をする(多重特異性)ことが明らかとなってきており、今後、ある特定の相互作用を標的とする創薬・医療を展開する上で、多重特異性創出の分子機構を「蛋白質認識表面を定量的に精査する」観点から明らかにすることが急務の課題となってきている。近年サイトカイン受容体の中で、配列相同性が低い複数の受容体リガンド複合体が共通の受容体によって認識され三者複合体が形成された後に細胞内にシグナルを伝達できる仕組みに着目したことを述べている。その中で、サイトカイン受容体では共通γ鎖受容体(γc)の存在が知られており、7つのサイトカインとのシグナル伝達に必要であると知られている。7つのサイトカインについてはIL2、IL4、IL7、IL9、IL13、IL15、IL21が知られているが、特にIL2とIL15に関しては、類似の機能発現が知られており、γc以外にもIL2Rβ が共通し、それぞれの固有の受容体αとの相互作用によってシグナル伝達が制御されていることが知られている。IL2Rα 、IL15Rα はともにサイトカインとの結合に重要な共通したsushiドメインを持っている、にもかかわらず、Iu5とIL15の相互作用は~10(11)[M]と免疫系の中でも高い結合定数を持ち、IL2とIL2Rαの相互作用よりも結合定数が3桁高い。以上のことから、免疫系の中でも高い結合定数を持ち、共通のドメインを持つ受容体との相互作用を区別し、正確にシグナル伝達を行っているIL15Rα に着目したことを述べている。

第2章は、IL15Rα の特異性に関する検討について述べている。IL15と同じ、γcを共通の受容体として持つγcファミリーの中でサイトカインの構造が類似のIL2、IL4、IL21に着目し、IL15Rα との相互作用を速度論解析、熱力学的解析を行っている。その結果、受容体αに共通のサイトカインとの結合に重要なドメインをもつIL2とは、相互作用を全く行わず、IL4、IL21とは相互作用すること、つまりIL15Rα が多重特異性を持つことを明らかとしたことを述べている。IL15Rα/IL15の相互作用とIL15Rα/IL4、IL15Rα/IL21との相互作用では結合段階は類似で、解離段階に相違があることを明らかとし、このことから、IL15Rα は類似の構造を持つサイトカインとは結合する可能性を示し、非常に安定な複合体を形成することで特異性を決定している可能性を示したことを述べている。

第3章では、解離定数が高いと知られている免疫系の中でも、解離定数が10(-11)[M]と非常に高い相互作用であるIL15Rα/IL15の相互作用に関する高い親和性の創出機構の研究について述べている。既知の結晶構造を基に、結合界面のIL15側に単変異を入れ、IL15Rα とIL15の単変異体との相互作用を速度論解析、熱力学解析を行うことでIL15Rα/IL15の結合に重要な残基の同定を目指している。この結果から、IL15Rα/IL15の相互作用に関与する残基の効果は、3つの特異的な領域、結合に対する重要度が高い順にSite1、Site2、Site3に分類することができる、ことを明らかとした。この結果を踏まえて、受容体に共通なサイトカインとの結合に重要なドメインを持つIL2Rα/IL2の相互作用とIL15Rα/IL15の相互作用を比較したところ、Site3がIL15Rα/IL15の相互作用に特徴的であり、Site3によってIL15Rα はIL15とIL2を区別している可能性を示した。

第4章では、本研究の総括を述べてある。第2章ではIL15Rα の多重特異性について明らかにしたこと、第3章ではIL15Rα/IL15の相互作用に関する高い親和性の創出機構について原子・分子レベルで明らかにしたことを述べている。以上のことから、細胞間の情報伝達の要であり、疾病との関連もきわめて大きいと考えられるサイトカイン受容体の特性である高い特異性・親和性について明らかにした本研究は、分子論に基づく医薬品開発に役立つ知見を与えるものと考えられる。

以上、本論文は分子論を基盤とした研究により、細胞表面受容体IL15Rα の高特異性・高親和性に関する創出機構を明らかとし、その結果から解離段階によりシグナル伝達を正確に制御している可能性を強く示唆している。本研究は、細胞表面受容体のシグナル伝達に関する研究において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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