学位論文要旨



No 125042
著者(漢字) 杉本,研
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,ケン
標題(和) リアルタイムイメージングを利用した単純ヘルペスウイルス成熟過程の可視化
標題(洋) Visualization of HSV-1 maturation pathway using real-time imaging system
報告番号 125042
報告番号 甲25042
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第460号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川口,寧
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 間,陽子
 東京大学 准教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

単純ヘルペスウイルス(HSV:herpes simplex virus)は、ヒトに脳炎、性器ヘルペス、皮膚疾患、眼疾患、小児ヘルペスなどの多様な病態を引き起こす。米国におけるHSV感染症の医療費は、年間30億ドルと試算されていることからも明らかなように、HSVは医学上極めて重要なウイルスである。

抗ウイルス剤開発を試みる際、ウイルスの宿主依存性の高さを考えると、ウイルス特異的な現象を標的にすることが重要である。その点、ウイルス粒子成熟過程は、ウイルス特異的現象の代表格であり、その研究の重要度は高い。HSV粒子は、カプシド、テグメント、エンベロープといった3つのコンポーネントより構成されており、まず、核でウイルスDNAがカプシドにパッケージングされる。ウイルスゲノムを含むカプシドは、核内膜でエンベロープを獲得し(primary envelopment)、核内外膜間(perinuclear space)を通過して細胞質に輸送され、 テグメントを獲得し、細胞質の膜オルガネラに出芽することにより最終エンベロープを獲得する(secondary or final envelopment)。しかし、核内でのカプシド構築、ゲノムパッケージング、核内膜でのprimary envelopment,perinuclear spaceへの出芽過程までは比較的明らかになっているものの 、その後のウイルス粒子成熟過程、例えば、テグメントやエンベロープを獲得する場に関しては不明な点が多い。

HSV粒子成熟過程の解析は長年多くの研究者によって解析されてきた。しかし、未だに不明な点が多いという事実は、従来の研究手法では見出せないウイルス粒子成熟過程の新たな側面を明らかにする必要性を示唆している。従来、HSV粒子成熟過程の解析は、主に固定された感染細胞を電子顕微鏡や蛍光顕微鏡で解析する手法が用いられてきた。しかし、ダイナミックな動態を示すウイルス粒子成熟過程の解析において、固定された細胞から得られる情報は限られている。よって、同一の生細胞をリアルタイムで、連続的に解析するといったイメージング技術の開発が重要である。海外においては、HSVの1つのウイルス粒子構成因子を蛍光タンパク質で標識した組み換えウイルスやウイルス粒子の異なる2つのコンポーネントの構成因子を異なる蛍光タンパク質で標識した組み換えウイルスが作製され、これらの組み換えウイルスを利用したリアルタイムイメージングによってウイルス粒子成熟過程の新たな知見が徐々に明らかにされつつある。しかし、HSV粒子は3つのコンポーネントより構成されているので、一連のウイルス粒子成熟過程を解析するためには、カプシド、テグメント、エンベロープの構成因子を異なる3つの蛍光タンパク質で標識した組み換えウイルスを作製し、それを利用したリアルタイムイメージング系を確立することが必須である。

本研究では、ウイルス粒子の3つのコンポーネントの構成因子を異なる3つの蛍光タンパク質で標識した組換えウイルスを作製し、それを利用したリアルタイムイメージングによってウイルス粒子成熟過程の新たな知見を見いだした。

3色の蛍光を発する組み換えHSV-1の作製

本研究では、リアルタイムイメージングによってウイルス粒子成熟過程の新たな知見を明らかにするため、相同組み換え法を利用して、カプシドタンパク質であるUL35遺伝子産物VP26に蛍光タンパク質VenusA206Kを,テグメントタンパク質であるUL49遺伝子産物VP22またはUL47遺伝子産物VP13/14にmRFP1を,エンベロープタンパク質であるUL27遺伝子産物glycoproteinB(gB)にECFPA206Kを融合させた組み換えタンパク質を発現するウイルスYK608とYK 609を作製した。K608,YK609の親株には、野生株と同様の性状を有し、BACシステムにより、ウイルスゲノムに容易に変異を導入できるYK304を使用している。そのため、YK608,YK609は、BACシステムにより、ウイルスゲノムに容易に変異を導入することができる。

サザンブロッティング法、ウエスタンブロッティング法により、感染細胞内で正しく組み換えが行われ、目的のタンパク質が発現し、目的のウイルスが作製されたことを確認した。

YK608,YK609の培養細胞での増殖効率を検討するため、アフリカミドリザル腎細胞株であるVero細胞にYK608,YK609を感染させ、経時的に細胞から産生されたウイルスを回収し、プラークアッセイを行った。その結果、YK608の増殖効率は野生株と比べて若干低下するものの、同様のパターンで増殖することが確認された。一方、YK609の増殖効率は野生株の1/100程度であった。

次に、YK608及びYK609感染細胞内の各ウイルスタンパク質の挙動を解析するため、共焦点レーザー顕微鏡を用いたリアルタイムイメージングを行った。その結果、カプシドタンパク質VP26、テグメントタンパク質VP22、エンベロープタンパク質gBさらにテグメントタンパク質VP13/14の細胞内局在は、過去の報告と同様であることが確認された。このことから、組換えHSVを感染させた同一の生細胞において、各ウイルス粒子構成タンパク質の発現および局在を経時的に観察するリアルタイムイメージングが可能であることが明らかになった。次に、YK608感染細胞の培養上清からウイルス粒子を回収して精製し、共焦点レーザー顕微鏡下で観察した。その結果、HSV-1野生株に関する過去の報告と同様に、YK608感染細胞の上清からもカプシドタンパク質、テグメントタンパク質、エンベロープタンパク質を同時に有する成熟粒子と、テグメントタンパク質とエンベロープタンパク質のみから構成されるLight-particleの存在が確認された。そして、成熟粒子とLight-particleの、全ウイルス粒子に対する割合は、野生株のものと同様であった。以上のことから、組み換えウイルスYK608を使用することで、1ウイルス粒子レベルの観察が可能であることが明らかとなった。

組み換えウイルスの新規抗ウイルス剤開発への応用

本リアルタイムイメージング系は、作製されたウイルスの増殖効率が野生株と比べて若干低下するという点を考慮しても、ウイルス粒子成熟過程を解析するための非常に有用なツールであることが示唆された。また、本系は、新しい抗ウイルス剤の開発への応用といった様々な可能性を秘めている。YK608感染細胞に、HSVの増殖を抑制する薬剤を添加した結果、各ウイルスコンポーネントの発現量や細胞内局在が、薬剤非添加の場合と比べ、明らかに異なった。すなわち、本系はウイルス粒子成熟過程を標的とした抗ウイルス剤の開発に応用可能であることが示唆された。本系とハイコンテンツリアルタイムイメージングシステムを利用した場合、多サンプルのイメージ画像を短期間で解析することが可能であるため、High-throughputなスクリーニング系も構築可能であると考えられる。本系は「ウイルス粒子の3つのコンポーネントを異なる蛍光タンパク質で標識した組換えウイルス」として特許出願中である(特願2006-318534)。

YK608を用いたHSV-1の新規感染現象の発見

理想的な組み換えウイルスであるYK608が作製されたことを受け、HSV-1の新規感染現象を発見しようと試みた。YK608を感染させたVero細胞を、共焦点レーザー顕微鏡にて詳細に撮影した結果、カプシドタンパク質VP26、テグメントタンパク質VP22、エンベロープタンパク質gBの3つの異なるウイルス粒子構成タンパク質が同時に集積する細胞質内コンパートメントを発見し、これをassembly sitesと呼称することにした。assembly sitesは、cos-1,HeLa,HeP2,HEL,RSCなど、解析したほぼすべての細胞株で形成されることが観察された。網羅的に撮影した感染細胞像を3次元立体構築したところ、assembly sitesは感染細胞の基底面付近に形成されることが明らかになった。このassembly sitesに実際にウイルス粒子が集積しているかどうか、また、HSV-1野生株であるF株の感染細胞においてもassembly sitesが形成されるかどうか検証するため、電子顕微鏡解析を行った。その結果、感染細胞の基底面付近にカプシドや膜構造、小胞、ウイルス粒子が集積する構造が複数観察された。以上より、HSV-1感染細胞の基底面に複数のassembly sitesが誘導されるという新規感染現象が明らかになった。

ウイルス粒子構成タンパク質の輸送形態の解析

HSV-1の粒子成熟過程のこれまでの解析により、細胞質でテグメントタンパク質を付着させ、膜オルガネラでエンベロープタンパク質を獲得する、と考えられている。assembly sitesでは、テグメントタンパク質とエンベロープタンパク質の局在がほぼ完全に一致することから、テグメントタンパク質とエンベロープタンパク質が同時に輸送されている可能性が考えられた。そのため、リアルタイムイメージング系を利用して、同一の細胞を1時間ごとに撮影し、assembly sitesの形成過程を解析した。その結果、テグメントタンパク質とエンベロープタンパク質がまず同時に集積し、遅れてカプシドタンパク質が集積する様子が観察された。この結果により、テグメントタンパク質とエンベロープタンパク質が同じ小胞に乗って輸送され、カプシドタンパク質は別の機構によってassembly sitesに集積するということが示唆された。

trans-Golgi Networkは、HSV-1の最終エンベロープ獲得の場である

assembly sitesの形成という新規感染現象を利用して、HSV粒子成熟過程の解明を試みた。従来、免疫染色や電子顕微鏡解析、イメージング技術を駆使した解析により、trans-Golgi Network(TGN)や後期エンドソームがHSV-1の粒子形成に関与しているということが示唆されてきたが、決定的な報告はされていない。そこで、カプシドタンパク質、テグメントタンパク質、エンベロープタンパク質の3つのコンポーネント全てが集積しているassembly sitesが誘導されるオルガネラが、HSV-1最終エンベロープ獲得の場であると考えられ、そのオルガネラを同定することを試みた。

YK608をVero細胞に感染させ、免疫染色を行ったところ、cis-GolgiのマーカーであるGM130、cis-medial-trans-GolgiのマーカーであるGolgi58K、Golgiのマーカーであるα-mannosidaseII、初期エンドソームのマーカーであるEEAI、後期エンドソームのマーカーであるCD63はassembly sitesとは特異的に共局在しなかった。唯一、TGNのマーカーであるTGN46が、assembly sitesと完全に共局在した。つまり、assembly sitesは、Golgiではなく、TGNにのみ誘導されることが明らかになった。この結果が野生株でも同様であることを証明するため、HSV-1(F)をVero細胞に感染させ、免疫染色を行った。その結果、感染細胞の基底面においてgBとTGN46が完全に共局在し、野生株でもassembly sitesはTGNに誘導されることが明らかになった。また、HSV-2感染細胞でも同様の解析を行ったところ、HSV-2感染細胞の基底面には小規模のassembly sitesが形成され、核の周辺にウイルスタンパク質とTGNが強く集積することが明らかになった。以上のことから、TGNがHSVの成熟粒子形成の場であることが強く示唆された。

assembly sitesの形成はHSV-1の最適な増殖に重要な役割を果たす

assembly siteの形成が、HSV-1の増殖にどのような影響を与えるか検討するため、assembly siteの形成を阻害するような薬剤を探索した。その結果、モネンシンがassembly siteの形成を阻害することが明らかとなった。そして、モネンシンをHSV-1(F)感染細胞、YK608感染細胞に添加し、ウイルス産生量を解析した。その結果、モネンシンの添加量が増加すると、ウイルス産生量が低下し、assembly siteの形成率も低下した。つまり、モネンシン処理によるassembly siteの消失とウイルス粒子産生量の低下は相関していた。一方、モネンシン処理は細胞の生存率には影響を及ぼさなかった。以上の結果より、assembly siteは、HSV-1粒子形成の場として機能的役割を果たしていることが示唆された。

本研究は、杉本研が筆頭著者の以下の論文としてJournal of Virologyに掲載された。

'Simultaneo us tracking of capsid,tegument,and envelope protein localization in living cells infected with triply fluorescent herpes simplex virus 1.'(J.Virol.82:5198-5211,2008).さらに、HSV-1最終エンベロープ獲得の場に関して、現在までの最良の証拠を提示するものとして、Journal of VirologyのSpotLightに紹介された(J.Virol.82:5117,2008)。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、単純ヘルペスウイルス(HSV)粒子の3つの異なるコンポーネントに異なる蛍光タンパク質を融合させた組み換えウイルスを作製し、ウイルスの性状解析結果、組み換えウイルスを用いることにより発見したHSVの新規感染現象の解析結果、そしてそのウイルスを用いた新規抗ウイルス剤開発への応用について述べられている。

1)カプシドタンパク質VP26に蛍光タンパク質VenusA206Kを,テグメントタンパク質VP22にmRFP1を,エンベロープタンパク質glycoproteinB(gB)にECFPA206Kを融合させた組み換えタンパク質を発現するHSV-1であるYK608を作製した。

2)カプシドタンパク質VP26に蛍光タンパク質VenusA206Kを,テグメントタンパク質VP13/14にmRFP1を,エンベロープタンパク質gBにECFPA206Kを融合させた組み換えタンパク質を発現するHSV-1であるYK609を作製した。

3)YK608は培養細胞での増殖効率がHSV-1野生株と比して若干低下した。YK609の増殖効率は野生株と比して著しく低下した。

4)組換えウイルスを感染させた同一の生細胞において、各ウイルス粒子構成タンパク質の発現および局在を経時的に観察するリアルタイムイメージングが可能であった。

5)組換えウイルスを感染させた細胞において、1つのウイルス粒子を3色の蛍光を発する粒子として観察することにより、1ウイルス粒子レベルで観察するリアルタイムイメージングが可能であった。また、電子顕微鏡を用いた観察では、組み換えウイルスの形状は、野生株のそれと同様であった。

6)本リアルタイムイメージング系は、ウイルス因子の局在変化を指標にし、ウイルス粒子成熟過程を標的とした新しい抗ウイルス剤のスクリーニングに応用可能であることが明らかになった。

7)組換えウイルスを感染させた細胞の基底面付近において、3つの異なるウイルス粒子構成タンパク質が同時に集積する細胞質内コンパートメントを発見した。このコンパートメントを、assembly sitesと命名した。assembly sitesは解析したほぼ全ての細胞株で形成が確認された。

8)assembly sitesの形成過程を経時的に解析した結果、テグメントタンパク質とエンベロープタンパク質が同時に集積し、遅れてカプシドタンパク質が集積することが明らかになった。このことから、エンベロープタンパク質とテグメントタンパク質が同一の小胞によってassembly sitesに輸送された後、カプシドタンパク質が別機構によってassembly sitesに輸送されている可能性が示唆された。

9)電子顕微鏡の解析より、assembly sitesに実際にカプシド、小胞、膜構造、成熟ウイルス粒子が集積していることが明らかになった。

10)HSVの粒子形成に関与していると報告されているtrans-Golgi network(TGN)のマーカータンパク質がassembly sitesに特異的に集積することが明らかになった。

11)assembly sitesの形成率が低い細胞株及びウイルス株においても、ウイルス粒子コンポーネントの蓄積がTGNの動態と相関することが明らかになり、HSVの最終エンベロープ獲得の場がTGNであることが強く示唆された。

12)assembly sitesの形成を阻害する薬剤としてモネンシンを同定した。このことから、Golgiからの膜小胞の輸送がassembly sitesの形成に重要な役割を果たすことが示唆された。興味深いことに、モネンシン処理によるassembly siteの消失とウイルス粒子産生量の低下は相関していた。以上の結果より、assembly sitesは、HSV-1粒子形成の場として機能的役割を果たし、HSV-1の効率的な増殖に寄与していることが示唆された。

本研究は、HSV-1最終エンベロープ獲得の場に関して、現在までの最良の証拠を提示するものとして、Journal of VirologyのSpotLightに紹介された(J.Virol.82:5117,2008)。

本研究において作製された組み換えHSV-1であるYK608と、新規感染現象であるassembly sites形成の発見及びその発見を利用して、HSVの最終エンベロープ獲得の場がTGNであることを示唆した知見は、リアルタイムイメージングの有効性を強く示すとともに、この組み換えウイルスがウイルス粒子成熟過程を解析する上で非常に有用であることを示唆するものである。この技術を利用することで、HSVの感染現象の解明の研究が進展すると考えられる。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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