学位論文要旨



No 125043
著者(漢字) 土橋,祥子
著者(英字)
著者(カナ) ドバシ,サチコ
標題(和) 腎癌治療に向けた新規分子標的候補遺伝子TMEM22の単離およびその機能解析
標題(洋) Identification and characterization of the TMEM22 gene for molecular therapy of renal cell carcinoma
報告番号 125043
報告番号 甲25043
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第461号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 醍醐,弥太郎
 東京大学 教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 村上,善則
内容要旨 要旨を表示する

背景

腎癌は癌全体の約2%を占めており、日本においても罹患率が増加する傾向にある。腎癌に対しては化学療法や放射線療法の効果が望めず、根治的腎摘除術以外に有効な治療法が存在しないのが現状であった。これまでは、手術のみでは根治が望めない進行性腎癌に対して、インターフェロンαやインターロイキン2を用いた免疫療法が実施されてきたが、これらの免疫療法の奏効率は20%程度と低く、重篤な副作用も問題となっている。近年、特定の分子をターゲットとした分子標的治療薬の開発が進められ、2008年には日本においてもVEGF、VEGFRを標的としたSorafenib,Sunitinibの2剤が認可され、進行性腎癌の新たな治療薬として適応できるようになった。しかしながら、これらの治療薬においても重篤な副作用の出現の報告や適応患者の制限といった問題があることから、新たな分子標的治療薬の開発は急務である。

当研究室ではこれまでに、腎癌に対する新規分子標的治療薬あるいは診断マーカーの開発を目指し、レーザーマイクロビームマイクロダイセクションとcDNAマイクロアレイ法を用いて、腎癌および正常臓器におけるゲノムワイドな遺伝子発現プロファイルを作製している。本研究では、これらの発現情報解析を通して、腎癌特異的に高頻度に高発現し、治療薬開発に際して副作用を回避する目的で、正常臓器では発現の認められない分子を探索した。その結果、細胞膜蛋白質をコードするTransmembrane protein 22(TMEM22)に着目し、腎癌の新規治療標的分子としての可能性を検討した。

方法

当研究室においては、レーザーマイクロビームマイクロダイセクションとcDNAマイクロアレイ法により正確な腎癌の遺伝子発現プロファイルが構築されている。27,648 cDNAに対する腎癌の発現情報解析データから、

(1)腎癌臨床検体の50%以上で発現情報が得られるもの

(2)その発現情報の得られた症例のうち、50%以上の症例で正常腎皮質に比べ腎癌検体において5倍以上の発現亢進が見られるもの

(3)生命維持に重要な臓器(心臓・肺・肝臓・腎臓)では発現を認めないもの

を選択した。以上の条件を満たす遺伝子について、マイクロアレイ解析の再現性を確認するために、半定量的RT-PCRならびにノザンブロット法により腎癌臨床検体、正常組織および腎癌細胞株における発現状況を調べた。

標的候補のひとつとして着目したTMEM22の細胞内局在を確認するために、TMEM22特異的ポリクローナル抗体を作製した。配列特異性の高いN末端部分の組換え蛋白質を大腸菌発現系にて調製し、それを抗原としてウサギに免疫しポリクローナル抗体を精製した。この抗体を用いて免疫細胞染色を行い、細胞内におけるTMEM22の局在を確認した。

TMEM22の細胞増殖への関与を調べるために、TMEM22特異的なsiRNAオリゴヌクレオチドを用いて発現抑制実験を行った。腎癌細胞株Caki-1およびCaki-2にsiRNAを導入し、48時間後にRNAを抽出後、半定量的RT-PCRによりmRNAの発現状況を確認した。また、siRNA導入後72時間で細胞可溶化液を抽出し、TMEM22特異的ポリクローナル抗体を用いたウェスタンブロット法にて蛋白質レベルでの発現抑制を調べた。さらにMTTアッセイならびにコロニー形成実験を行い、細胞増殖への影響を調べた。

TMEM22の機能解析の手がかりを得るために、免疫沈降法と質量分析により結合蛋白質の同定を試みた。TMEM22にFlagタグを付加した発現ベクターをHEK293細胞に強制発現させ、Flagタグ抗体を用いて免疫沈降を行った。免疫沈降物をSDS-PAGE後、銀染色法にてゲルを染色し、Mockベクターを発現させたコントロールに対しTMEM22導入細胞において認められるバンドを切り出し、得られた蛋白質を質量分析により同定した。

結果および考察

腎癌において高発現を認めたTMEM22について、半定量的RT-PCRならびにノザンブロット法により腎癌臨床検体、腎癌細胞株、正常16臓器における発現状況を調べた。半定量的RT-PCRによる解析で、当遺伝子は腎癌臨床検体10例中7例にて発現亢進を認める一方、正常腎皮質における発現は認められなかった。ヒトの正常臓器におけるノザンブロット解析の結果、正常16臓器すべてにおいてTMEM22の発現が認められないことが確認された。さらに、13種類の腎癌細胞株のmRNAを用いたノザンブロット解析では、腎癌細胞13株中の11株にて発現を認め、約2.0kbに2本のバンドが確認された。NCBIデータベースでは、TMEM22遺伝子は染色体3q22.3に局在し、そのゲノム構造は2つのエクソンから構成され、2つのスプライシングバリアント(V1とV2)が存在することが報告されていた。このことより、分子量を考慮するとノザンブロット解析によって得られた約2.0kbの2本のバンドはそれぞれV1とV2であると推察された。

TMEM22の細胞内局在を調べるために、TMEM22特異的なポリクローナル抗体を作製し、免疫細胞染色を行った。TMEM22にHAタグを付加した発現ベクターをCOS7細胞に導入し、HAタグ抗体およびTMEM22特異的なポリクローナル抗体を用いて免疫細胞染色を行ったところ、両抗体ともに細胞膜上に染色を示し、TMEM22が細胞膜蛋白質であることが示唆された。さらにTMEM22のアミノ末端(N)ならびにカルボキシル末端(C)が細胞内・外のどちらに存在するかを調べた。N末端にHAタグ、C末端にFlagタグを付加したTMEM22発現ベクターをCOS7細胞に導入後、免疫細胞染色を行ったところTriton-X100処理による細胞膜透過性条件下にて、N末端およびC末端に付加したタグのシグナルが検出された。一方、Triton-X100未処理の細胞膜非透過性条件下では全く検出されなかった。以上のことから、TMEM22のN末端およびC末端は共に細胞内に局在すると推察された。

次にTMEM22の発現阻害実験を行い、細胞増殖に対する影響を調べた。腎癌細胞株Caki-1にTMEM22特異的なsiRNAオリゴヌクレオチドを導入し、48時間後にmRNAの発現抑制を確認した。siRNA導入72時間後には蛋白質レベルでも発現の抑制が確認された。siRNAの導入から6日後にMTTアッセイを実施したところ、TMEM22のsiRNAを導入した細胞ではコントロールに比べ細胞増殖が抑制されていることが確認された。コロニー形成実験でも同様に、細胞増殖抑制効果が示された。別の腎癌細胞株Caki-2を用いて同様の実験を行ったところ、Caki-1と同様にTMEM22を発現阻害した際に細胞増殖の抑制が確認された。これらの結果より、TMEM22は細胞の増殖に重要な役割を持つことがわかった。

TMEM22の結合蛋白質の同定を試みた。免疫沈降により得られた結合候補蛋白質を質量分析により解析したところ、Ras関連蛋白質ファミリーのひとつであるRab37が同定された。TMEM22とRab37の結合を調べるために、TMEM22にHAタグを、Rab37にFlagタグを付加した発現ベクターを構築し、両者をCOS7細胞に同時に強制発現させ、それぞれのタグ抗体にて免疫沈降を行った。その結果、HA抗体での免疫沈降産物に対するFlag抗体を用いたウェスタンブロットではRab37のバンドが確認された。一方、TMEM22にFlagタグ、Rab37にHAタグを付加した発現ベクターを導入し、HA抗体で免疫沈降した後のFlag抗体を用いたウェスタンブロットではTMEM22のバンドが検出され、両者の結合が確認された。また、Rab37を強制発現した際のウェスタンブロットにおいてバンドが2本検出されたため、リン酸化の翻訳後修飾を受けていることを考え、ホスファターゼアッセイを行った。その結果、ホスファターゼ処理により高分子量のバンドが消失し、Rab37はリン酸化修飾を受けていると推察され、TMEM22はリン酸化Rab37と非リン酸化Rab37の両方とも結合すると考えられた。さらに両者を同時に発現させた際の細胞内局在を調べたところ、TMEM22とRab37は細胞膜上で共局在を示し、両者の複合体が膜直下で機能していると推察された。

次にsiRNAを用いてRab37の発現抑制を行い、同様に細胞増殖に対する影響を調べたところ、Rab37を発現阻害した細胞において増殖の低下が確認された。またRab37を発現阻害した際には、TMEM22の発現を抑制した際と同様に、細胞内に気泡が観察された。以上のことからもTMEM22とRab37の複合体が細胞増殖に重要な役割を担うものと推察された。

結語

cDNAマイクロアレイによる網羅的腎癌遺伝子発現情報解析を通じて、新規の治療標的分子Transmembrane protein 22(TMEM22)を同定した。TMEM22は腎癌において高頻度に発現亢進を示す一方、正常腎皮質をはじめ、ほとんどの正常組織において発現が認められなかった。免疫細胞染色により、TMEM22は細胞膜蛋白質であることが明らかとなった。RNA干渉法(siRNA)による発現阻害実験より、TMEM22が腎癌細胞の増殖に重要な分子であることがわかった。さらに結合蛋白質としてRab37を同定し、両者が細胞膜直下にて結合することを確認した。両者の発現をそれぞれsiRNAにより阻害したところ、細胞増殖の抑制および類似した細胞形態の変化が観察された。本研究の結果から、TMEM22は腎癌に対する新規治療標的分子として有望であると考えられる。

Fig1.Expression of TMEM22 in RCC and normal tissues

Fig2. Effect of TMEM22 and RAB37 on proliferation of RCC cells

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、腎癌の網羅的発現情報解析データを利用した新規分子標的候補であるTransmembrane protein 22(TMEM22)の同定からその発癌における機能解析および分子標的としての有用性について述べられている。

本研究は、我が国において増加傾向にあり、難治性癌のひとつである腎癌の新たな分子標的治療薬の開発基盤となる新規分子標的候補の同定と機能的検証を目的に行った。腎癌の網羅的発現情報解析データから腎癌特異的に高頻度かつ高レベルに発現し、正常臓器では発現を認めない分子を探索した結果、細胞膜蛋白質をコードするTMEM22遺伝子を同定し、さらにTMEM22がRab37との蛋白質複合体形成を介して癌細胞増殖に重要な役割を担い、新規治療標的分子として有望であることを示した。

本研究における新規分子標的候補の探索においては、レーザーマイクロダイセクション法と27,648個のヒトcDNAをカバーするマイクロアレイ法により構築された東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの腎癌の遺伝子発現プロファイルを用いた。分子標的候補の選定は以下に示す基準を用いた。

(1)腎癌臨床検体の50%以上で発現情報が得られるもの

(2)その発現情報の得られた症例のうち、50%以上の症例で正常腎皮質に比べ腎癌検体において5倍以上の発現亢進が見られるもの

(3)生命維持に重要な臓器(心臓・肺・肝臓・腎臓)では発現を認めないもの

以上の3条件を満たす遺伝子の中から標的候補のひとつとして腎癌において特異的に高レベルに発現し機能未知の膜蛋白質をコードすると予測されたTMEM22遺伝子に着目した。マイクロアレイ解析の再現性を確認するために、半定量的RT-PCRとノザンブロット法により腎癌臨床検体、腎癌細胞株、正常16臓器における発現状況を調べた。半定量的RT-PCRによる解析で、TMEM22は腎癌臨床検体10例中7例で発現亢進を認める一方、正常腎皮質における発現は認めなかった。ノザンブロット解析の結果、正常16臓器すべてにおいてTMEM22の発現は認めず、腎癌細胞13株中11株において発現を認め、約2.0kbに2本のバンドが確認された。NCBIデータベースでは、TMEM22は染色体3q22.3に局在し、そのゲノム構造は2つのエクソンから構成され、2つのスプライシングバリアント(V1とV2)が存在することが報告されていた。このことよりノザンブロット解析によって得られた約2.0kbの2本のバンドはそれぞれV1とV2であると推察された。

TMEM22の細胞内局在を調べるために、TMEM22の配列特異性の高いN末端部分の組換え蛋白質を大腸菌発現系にて調製し、それを抗原としてウサギに免疫しTMEM22特異的なポリクローナル抗体を作製し、免疫細胞染色を行った。MEM22にHAタグを付加した発現ベクターをCOS7細胞に導入し、HAタグ抗体およびTMEM22特異的なポリクローナル抗体を用いて免疫細胞染色を行ったところ、両抗体ともに細胞膜上に染色を示し、TMEM22が細胞膜蛋白質であることが示唆された。さらにTMEM22のアミノ末端(N)ならびにカルボキシル末端(C)が細胞内・外のどちらに存在するかを調べた。N末端にHAタグ、C末端にFlagタグを付加したTMEM22発現ベクターをCOS7細胞に導入後、免疫細胞染色を行ったところTriton-X100処理による細胞膜透過性条件下にて、N末端およびC末端に付加したタグのシグナルが検出された。一方、Triton-X100未処理の細胞膜非透過性条件下では全く検出されなかった。以上のことから、TMEM22のN末端およびC末端は共に細胞内に局在すると推察された。

次にTMEM22の発現阻害実験を行い、細胞増殖に対する影響を調べた。腎癌細胞株Caki-2およびCaki-1にTMEM22特異的なsiRNAオリゴヌクレオチドを導入し、48時間後にRNAを抽出し半定量的RT-PCRによりmRNAの発現抑制を確認した。siRNA導入72時間後に細胞可溶化液を抽出しウエスタンブロット法にて蛋白質レベルでも発現の抑制を確認した。siRNAの導入から6日後にMTTアッセイを実施したところ、TMEM22のsiRNAを導入した細胞ではコントロールに比べ細胞増殖が抑制されていることが確認された。コロニー形成実験でも同様に、細胞増殖抑制効果が示された。これらの結果より、TMEM22は細胞の増殖に重要な役割を持つことが明らかとなった。

TMEM22の機能解析の手がかりを得るために、免疫沈降法と質量分析によりTMEM22の結合蛋白質の同定を試みた。TMEM22にFlagタグを付加した発現ベクターをHEK293細胞に強制発現させ、Flagタグ抗体を用いて免疫沈降を行った。免疫沈降物をSDS-PAGE後、銀染色法にてゲルを染色し、Mockベクターを発現させたコントロールに対しTMEM22導入細胞において認められるバンドを切り出し、得られた蛋白質を質量分析により同定した結果、Ras関連蛋白質ファミリーのひとつであるRab37を同定した。TMEM22とRab37の結合を調べるために、TMEM22にHAタグ、Rab37にFlagタグを付加した発現ベクターを構築し、両者をCOS7細胞に同時に強制発現させ、それぞれのタグ抗体にて免疫沈降を行った。その結果、HA抗体での免疫沈降産物に対するFlag抗体を用いたウェスタンブロットではRab37のバンドが確認された。一方、TMEM22にFlagタグ、Rab37にHAタグを付加した発現ベクターを導入し、HA抗体で免疫沈降した後のFlag抗体を用いたウェスタンブロットではTMEM22のバンドが検出され、両者の結合が確認された。また、Rab37を強制発現した際のウェスタンブロットにおいてバンドが2本検出されたため、リン酸化の翻訳後修飾を受けていることを考え、ホスファターゼアッセイを行った。その結果、ホスファターゼ処理により高分子量のバンドが消失し、Rab37はリン酸化修飾を受けていると推察され、TMEM22はリン酸化Rab37と非リン酸化Rab37の両方とも結合すると考えられた。さらに両者を同時に発現させた際の細胞内局在を調べたところ、TMEM22とRab37は細胞膜上で共局在を示し、両者の複合体が膜直下で機能していると推察された。さらにsiRNAを用いてRab37の発現阻害を行い、同様に細胞増殖に対する影響を調べたところ、Rab37を発現阻害した細胞において増殖が低下した。またRab37を発現阻害した際には、TMEM22の発現を抑制した際と同様に、細胞内に気泡が観察された。以上のことからTMEM22とRab37の複合体が細胞増殖に重要な役割を担うものと推察された。

腎癌の網羅的な遺伝子発現情報解析データに基づいた新規の治療標的分子候補の探索により、Transmembrane protein 22(TMEM22)を同定した。TMEM22は腎癌において高頻度に発現亢進を示す一方、正常腎皮質をはじめ、ほとんどの正常組織において発現が認められなかった。免疫細胞染色により、TMEM22は細胞膜蛋白質であることが明らかとなった。siRNAによる発現阻害実験より、TMEM22が腎癌細胞の増殖に重要な分子であることが示された。さらに結合蛋白質としてRab37を同定し、両者が細胞膜直下にて結合することを確認した。Rab37の発現をsiRNAにより阻害したところ、腎癌細胞の増殖抑制およびTMEM22の発現阻害時と類似した細胞形態の変化が確認された。以上、本研究において、TMEM22は有望な腎癌の新規治療標的分子であることが示された。

なお、本論文は、片桐豊雅、廣田英二、蘆田真吾、醍醐弥太郎、執印太郎、藤岡知昭、三木恒治、中村祐輔との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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