学位論文要旨



No 125044
著者(漢字) 長門石,曉
著者(英字)
著者(カナ) ナガトイシ,サトル
標題(和) 熱力学的解析を基盤とした核酸の蛋白質分子認識に関する研究
標題(洋)
報告番号 125044
報告番号 甲25044
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第462号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 鈴木,穣
 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
 産業技術総合研究所 准教授 宮崎,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

DNAは遺伝情報を有した設計図としての役割以外に,特殊な立体構造,高次構造を形成して特有の機能を果たしていることが近年分かってきた。RNAによる多様な機能も徐々に解明されてきており,もはや蛋白質間のみの相互作用ネットワークだけで生命現象を理解することは困難であり,核酸-蛋白質間の分子認識を解明していくことがより重要になってきている。従って核酸の詳細な分子認識メカニズムの解明は,細胞内のいわゆるインタラクトーム解析に大きく貢献し,また核酸創薬における重要な情報も与えることが出来ると考えられる。

現在まで核酸においては様々な生体分子との相互作用解析がなされてきているが,その認識機構は蛋白質間の相互作用と比べて複雑かつ多様性で,いまだ未知なる部分を多く残している。その1つに,DNA構造の安定性に大きな寄与を果たしている水和水の存在が挙げられる。ゆえに核酸の蛋白質に対する相互作用機構は,認識に関与している配列や構造に関する相同性というアプローチだけでは全てを理解することはできないと考えられている。本研究では,熱力学という解析手法を基に,核酸と蛋白質間における相互作用の精密な解析を行い,分子認識機構における新たな見解を提案することを目的とする。DNA自身には多くの水和水が関与しており,これらは溶媒環境の影響を強く受け,DNAの構造変化にも関与している。従って蛋白質-DNA間の相互作用において特に溶媒環境と水和変化,それに伴うDNAの構造に注目し,熱力学的な解析を基盤に,その詳細なメカニズムについて議論する。

本論文は全5章より構成されている。第1章の序論に続いて,第2章では超好熱古細菌Pyrococcus horikoshii由来の転写因子TATA-box結合蛋白質(PhoTBP)とそのターゲットDNA(dsTATA-1)との相互作用解析を行っている。ここでは好熱菌の生育環境である高温条件下という二本鎖DNA(dsDNA)が不安定化する条件下で,その相互作用解析を行うことによりDNAのPhoTBPに対する相互作用における水和変化に関する新たな知見を得ている。第3章では,PhoTBPのdsDNAに対する配列特異性の探索を行い,環境温度など違いにより特異的に相互作用する塩基配列が異なることを見出している。これらはdsDNAが環境因子によって異なる機能活性を有していることを示唆している。第4章では,四本鎖構造を形成するDNAとhuman thrombin蛋白質間の相互作用解析を行い,蛋白質の四本鎖構造を形成するメカニズムの解明を行い,4本鎖DNAに対する蛋白質の役割について議論する。最後の第5章が総括となる。

第2章超好熱菌古細菌Pyrococcus horikoshii由来TATA-box結合蛋白質と二本鎖DNA間の相互作用解析

本章では,PhoTBPとdsTATA-1を用いて,好熱菌の生育環境である高温条件下というdsDNAが不安定化する条件下での相互作用解析を行った。その際,熱力力学的な解析を基盤にその詳細なメカニズムの解析を行った。特に相互作用における水和変化に注目し,PhoTBPのDNAへの結合における水和変化の重要性と,dsDNAと水和水の関係性について議論した。

TBPのdsTATA-1に対する結合は,疎水性相互作用による脱水和作用を主な駆動力としている(Figure 1)。等温滴定型熱量測定(ITC)によるPhoTBPとdsTATA-1との相互作用は,高温条件下において高い結合親和性(Ka=106M(-1))を示し,脱水和反応に由来するエントロピー駆動型の相互作用が観察された(Figure 2)。高温で二本鎖が変性したdsTATA-1は,PhoTBPの存在下ではアニーリングして結合していることが,ITCと示差走査型熱量測定(DSC)の解析より明らかとなった。さらに詳細な解析から,PhoTBPは一本鎖DNA(ssDNA)に対しても結合できることが明らかとなり,その相互作用はエントロピー駆動型であった。従来TBPはその脱水和作用がdsDNAの秩序だった水和水の放出エネルギーが主な駆動力であるとされてきた。しかし,本実験ではduplex構造を形成していないssDNAに対してもエントロピー得な大きな結合エネルギー変化が観察された。今後ssDNAに対するこの相互作用メカニズムをより詳細に調べることにより,DNA結合蛋白質がDNAと結合するための本質に迫る機構が明らかになると考えられる。またPhoTBPによるdsDNAのアニーリング機能をさらに解析することにより,DNAのduplex形成制御に関する有用な知見が得られると期待される。

第3章 超好熱菌古細菌Pyrococcus horikoshii由来TATA-box結合蛋白質のDNA塩基配列特性の探索

極限環境生物が生育している環境は,高温度(80℃ 以上)でかつ高塩濃度(1M以上)と,蛋白質-DNA間相互作用において不利な条件になっている。このような過酷な環境下においてDNAには温度に適応した塩基配列特異性,それに伴う機能特異性は存在していないのであろうか?本章では超好熱菌由来のTATA-box結合蛋白質をモデル分子として,二本鎖DNAへの配列特異性探索を行い,熱力学的な解析を基盤に温度に対応する塩基配列とその相互作用特性を明らかにした。

dsDNAに対する塩基配列特異性の探索を行うにあたり,PhoTBPのSELEX解析を行った。高温度環境下として50℃ でのSELEXを行った結果,A/T-richな塩基配列(5~8bp)が含まれていた(図3A上段)。MEMEを用いて共通する塩基配列モチーフの解析を行った。その結果,50℃ ではTTTAというモチーフで構成されたA/T-rich配列がコンセンサスであることが明らかとなった(Figure 3A中段)。37℃ においては,TTTAにTATAというモチーフが混在した塩基配列が選択され(Figure 3B),さらに低温の25℃ になるとTATAモチーフをコンセンサスとしたA/T-rich配列が選択された(Figure 3C)。このように,高温ではTTTA配列,低温ではTATA配列に対し選択的にPhoTBPと結合していることが明らかとなった。

50℃ と25℃ のSELEXで選択されたDNA配列(50℃;oligo50,25℃;oligo25)を用いて,ITC測定による相互作用の熱力学的解析を行った。50℃ における測定の結果,oligo50,oligo25ともに同程度の結合定数(Ka=105~106M(-1))が得られた。25℃ においても同様の結果が得られ,oligo50とoligo25はPhoTBPに対する結合親和性に温度によって有意な差がないことが明らかとなった。oligo25とoligo50では比熱容量変化ΔCpに相違がみられた(oligo50-1:-0.43 kcal mol(-1)K(-1),oligo25-1:-0.49 kcal mol(-1)K(-1))。これはPhoTBPとの相互作用において,oligo50とoligo25では水和変化に違いがあることを示唆する。

そこで塩濃度(NaCl)変化における各相互作用の結合定数を算出し,logK(obs)=logK(obs,1M)-Alog[NaCl]+0.016B[NaCl]式によるfittingを行うことで,係数Aよりイオンの挙動,係数Bより水分子の挙動を算出し相互作用特性の比較を行った。その結果,oligo50は高温において多くの水分子の放出があったのに対し,低温では水分子はあまり放出されないことがわかった。逆に,oligo25では低温において多くの水分子の放出があったのに対し,高温では取込まれることが分かった。以上の結果は,本実験のSELEXではより多くの水分子を放出する塩基配列DNAが選択的に結していることを示している。TBPはdsDNAと相互作用するために脱水和反応を必要とする。従って十分な水分子の放出によるTBPのDNA結合は,より安定な複合体を形成すると考えられる。

塩濃度や分子クラウディング環境下においてもその配列傾向は変化する事から,温度以外の様々な環境因子がDNAの構造とその機能に寄与していることが示唆される。これらにはおそらくdsDNAの水和水と構造の柔軟性が関連した因子が大きく関与していると考えられる。今後,環境因子とDNAのその機能に関するより詳細な解析を行うことで,生体内における核酸分子の機能特性を知ることができ,またゲノム配列からその生物の生育環境を予測すつこともできると考えられる。

第4章トロンビン蛋白質と四本鎖DNA間の相互作用解析

生体内では,DNAが四本鎖構造と呼ばれる高次構造を形成して,転写や複製制御に深く関わっていると考えられている。そこで本章では,thrombin蛋白質結合DNAアプタマー(TBA)を四本鎖形成DNAのモデル分子として用い,蛋白質結合によって誘起される四本鎖形成メカニズムの解明を行う。熱力学的,また速度論的な解析より,カチオン分子と蛋白質とで四本鎖形成にどのような違い,もしくは類似点があるのかを詳細に解析し,四本鎖形成におけるカチオン分子と蛋白質のそれぞれの役割を考察する。

TBAはカリウムイオン(KCl)存在下において安定な四本鎖構造を形成する(Figure 4)。しかし,この安定化させるカチオン分子非存在においても,thrombinとの結合により容易に四本鎖形成されることが円偏光二色性スペクトル測定により明らかとなった。またITC測定の結果から,thrombin結合による四本鎖形成に由来すると考えられるエントロピー得な反応熱が観察された。速度論解析では,KCl非存在下のthrombin-TBA相互作用はKCl存在下での相互作用よりも解離速度が速いことが明らかとなった。thrombinによって形成されたTBAの四本鎖構造は,KClによって安定化されたTBAよりも安定性が低いことが示唆された。四本鎖の安定化にはその分子内にカチオン分子のような安定化分子の存在が重要で,蛋白質の結合はそれらをサポートするものであると考えられる。

第5章総括

本研究では,DNA-蛋白質間の相互作用において,DNAが蛋白質に対しどのような分子認識を示すか,どのような相互作用・機能特性を有しているのか,を知るために,熱力学的な解析を基盤にその詳細な解明に取り組んだ。DNAは温度や溶媒環境の変化によって自身の水和状態が共に変化することにより,その構造や物性が変化し,それに伴い蛋白質との相互作用特性も変化していた。DNAの機能を知るためには,その配列と構造だけを知るのではなく,DNAを取り巻く水和水の状態も十分考慮して考えていかなければならない。これにより核酸分子のさらなる機能解明へ大きく貢献すると考えられる。

Figure 1.TBPとdsDNA間の相互作用モデル図

Figure 2 PhoTBPとdsDNA間相互作用における反応熱と熱力学的パラメータ(ITC測定)

Figure 3.各温度条件下におけるSELEX解析の配列結果。上段;ランダム領域の配列例,中段;MEMEによる8bpスケールでの塩基配列モチーフ(Weblogo表示),下段;ランダム領域の配列概略図。灰色はA/T-richな配列領域。(A)50℃,(B)37℃,(c)25℃ 。

Figure 4.TBAのカチオン分子または蛋白質の結合による4本鎖形成.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全5章より構成されている。第1章は本論文の序論である。第2章は,不安定化したdsDNAに対する熱安定な蛋白質、PhoTBPの相互作用メカニズムの解析について述べられている。DNAは安定なターゲット蛋白質の存在によって容易にアニーリングし結合する可逆性の高い分子であり,またduplex構造に関わらず,PhoTBPはエントロピー駆動型の相互作用をすることが明らかとなっている。DNAは水和水の強い影響を受けている分子であり,この結合したH2Oの放出が大きなエネルギー変化をもたらしていることが示唆されている。好熱菌はその高温度という生育環境により,そのゲノムDNAにおいて,特に融解温度の低いA/T-rich配列(TATAプロモーター領域)ではduplex構造の解離(変性)が起きている可能性が高いが,このPhoTBPのssDNAに対するエントロピー駆動型の相互作用は,高温環境下においても十分に作用していることが示唆されている。またPhoTBP1分子に対してdsDNAが2分子程度作用しており,PhoTBPがDNAのduplex形成にとって有利な環境を提供していることも明らかとなっている。TBPは転写開始の基盤となる重要な転写因子であることからも,このPhoTBPのssDNAに対するエントロピー駆動型の特殊な作用は,極限環境下においてもTBPが確実にDNAに近接し作用できるための本質的な機能である可能性を示唆している。

第3章は,熱安定な蛋白質によるSELEX解析を行うことによって,DNAの環境因子に起因する機能特性について述べられている。温度変化に対して,PhoTBPの塩基配列選択性が異なることが明らかとなり,この塩基配列の違いは,温度によって脱水和作用が異なることに起因している。TBPはターゲットDNAに対して脱水和作用を主な駆動力としており,従って温度によって選択された異なる塩基配列は,その温度においてTBPと好ましい(脱水和作用で)相互作用をすることができるDNAであることが明らかとなっている。温度によるこれら選択性の違いは,生育温度環境のことなるゲノムDNAのTATA-boxプロモーター配列でも見られ,生物は温度因子に適応した塩基配列の組み合わせをとっていることが示唆されている。その他にも,塩濃度変化や分子クラウディング環境下においても選択される塩基配列は異なっていることから,DNAはその環境温度において十分な機能を果たすために,塩基配列の組み合わせを変えることによりその環境に適応し,そして蛋白質と適した相互作用を行う,という機能をもっていることが考えられる。これらの機能は,DNAの機能性分子としての新しい概念を創出させ,また古代の生物(化石や凍結状態におけるDNAから)の生育環境予測を行う上での新たな解析法としての可能性も秘めている。

第4章は蛋白質結合によって誘起される四本鎖構造の形成機構の解明について述べられている。TBAはthrombin蛋白質の結合により,安定化カチオン非存在下においても容易に四本鎖形成することが明らかとなっている。TBAの初期状態が四本鎖構造であろとなかろうと,thrombinに対する結合親和性に有意な差はなく,一方で速度論的なパラメータにおいて有意な違いがあることが明らかとなっている。金属カチオンによって四本鎖構造が安定化されたTBAとのthrombin複合体では,その解離速度が非常に遅く,安定な複合体を形成していることが示唆されている。四本鎖構造の安定化には,その分子内に金属イオンのような安定化分子の存在が重要で,蛋白質の結合はそれらをサポートするものであることが考えられる。これらの知見は,生体内におけるDNA四本鎖構造形成とそれに関連する機能発現における有用な情報となる。第5章は本論文の総括となっている。

以上本研究では,熱力学的な解析と,溶媒環境変化におけるDNAと蛋白質問の相互作用解析を行うことで,DNAの分子特性と蛋白質分子認識に関する新たな知見を得ている。特に溶媒環境の変化に依存したDNAの配列特異性変化については,一般性のある成果であると考えられる。本研究より得られた成果は,溶媒環境に強く依存したDNAの物理的性質とその生物学的重要性を明らかにしたという点において高く評価できる。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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