学位論文要旨



No 125047
著者(漢字) 藤原,慶
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,ケイ
標題(和) シャペロニンGroEL/ESの細胞内における役割の解明
標題(洋)
報告番号 125047
報告番号 甲25047
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第465号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 田口,英樹
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 小林,一三
 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 宮崎,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

1章 研究の背景と目的

タンパク質のフォールディングを助けるシャペロンは、全ての生物に存在する。シャペロンと基質タンパク質には相性があり、特定のシャペロンの助けがないとフォールディングできないタンパク質(依存基質)が存在することが知られている。それゆえ、個々のシャペロンと依存基質の関係が明確になれば、なぜ全ての生物にシャペロンが存在するかを明らかにするのみならず、いまだ一般的なメカニズムが謎であるタンパク質のフォールディング機構解明の足がかりになる可能性がある。

シャペロニンGroEL/ESは全ての生物に保存されたシャペロンの中で、唯一生存に必須のシャペロンである。数百もの依存基質候補が同定されており重要なシャペロンということにはちがいないが、細胞内での役割はあいまいである。そこで本研究では、大腸菌のGroEL/ES依存基質を表現型から明らかにし、その情報を手がかりに依存基質を網羅的に同定することで、タンパク質のフォールディングにおいてシャペロン特異性が生じるメカニズムを解明することを目的とした。

2章GroE/ESが細胞分裂に関わるメカニズムの解明

30年以上前より、GroEL/ESの機能が抑制された大腸菌は、細胞分裂に失敗し、フィラメント状になることが知られているが、どのようにGroEL/ESが細胞分裂に関わるかは明らかになっていなかった。そこで、表現型から細胞内でのGroEL/ES特異的基質を同定するために、このGroEL/ES機能欠損に伴う細胞分裂の異常を解析した。

このフィラメント状形質の原因を探るために、まず、GroEL/ESを発現抑制したとき、細胞分裂に関わるタンパク質群(Ftsタンパク質群)の局在がどうなるかを観察した。Ftsタンパク質群はFtsZ、FtsA/ZipA、FtsE/X、FtsK… というように、順に細胞分裂面にリクルートされることが知られているが、FtsE/Xより後にリクルートされるタンパク質の局在に異常が生じていることが明らかとなった。そこで、ウエスタンブロット法にて調べると、GroEL/ESの濃度減少とともに、FtsE/Xの細胞質側のサブユニットであるFtsEの細胞内濃度が減少していた。次に、FtsEをGroEL/ES正常状態で過剰に発現させたあと、GroEL/ESの発現を抑制した。この方法では、発現抑制によりGroEL/ESの細胞内濃度が閾値以下になっても、あらかじめ多量に基質が存在しているため、基質の細胞内濃度は閾値以下にならない。この解析の結果、FtsEだけで細胞分裂の失敗を相補できることが分かった。最後に、再構築型の無細胞タンパク質合成系であるPUREsystemを用いたGroEL/ES依存性の解析を行った。結果、FtsEのフォールディングは確かにGroEL/ESに依存することが明らかとなった。

以上の結果より、GroEL/ESの発現を抑制すると細胞分裂できないのは「基質であるFtsEがフォールディングできなくなるため」であることを明らかにした。(Fig,1)。

3章 GroEL/ES依存基質の網羅的同定と解析

3-1.GroEL/ES特異的基質同定法の構築

表現型による解析から、GroEL/ESと細胞分裂の関係は、FtsEだけのフォールディングを助けることであることが分かった。では、この結果と先行研究のプロテオーム解析のデータを合わせると、GroEL/ES依存基質かどうかを判断できる系が構築できないだろうか。

GroEL/ES依存基質の同定を目指したプロテオーム解析の1つに、Hartlらのグループによる基質結合ユニットであるGroELと結合するタンパク質の網羅的同定がある。このプロテオーム解析によってGroEl/ESの基質は、自発的フォールディングができる基質を含む『弱い結合のグループ(クラス1基質)』、他のシャペロンでもフォールディングが助けられる基質を含む『中程度の結合のグループ(クラス2基質)』、それまでに同定されていたGroEL/ES依存基質(MetK,DapA,MetF)を全て含む『GroELとの結合がもっとも強いグループ(クラス3基質)』、の3つに分類された。この分類によると、FtsEはクラス3基質である。しかし、欠損により細胞分裂が失敗することが知られているParCもクラス3基質である。そこで、このFtsEとParCの差を指標に、GroEし1ES依存基質を同定できる系を構築した。

GroEL/ESを発現抑制しても、他のシャペロンの量は減少しないことが知られている。それゆえ、GroEL/ESを発現抑制した後にタンパク質を過剰発現すると、GroEL/ES依存の場合はフォールディングできないが、そうでなければフォールディングできることが予想された。そこで、GroEL/ESを発現抑制した後、FtsE、ParCを過剰発現させた。結果、FtsEのみGroEL/ESの発現抑制特異的に凝集した(Fig.2)。続いて、現在までにin vitroでのリフォールディング実験からGroEL/ES依存基質であることが報告されているDapA、MetK,MetFを同様に解析した結果、GroEL/ESの発現抑制特異的に不溶となった(Fig.2)。このことから、『GroEL/ESの発現が通常の状態と抑制された状態で基質候補を過剰発現し、可溶性を比べる方法』がGroEL/ES依存基質同定に有効であることが示された。

3-2.GroEL/ES依存基質の網羅的同定

GroEL/ES依存基質の網羅的同定に向け、クラス1~3の基質それぞれを過剰発現法により解析した。GroEL/ESが必須遺伝子であるので、まずは各クラスの必須遺伝子に絞って解析を行った。結果、過剰発現に成功した31遺伝子(クラス1が13個、クラス2が12個、クラス3が6個)中、クラス3基質の3つのみがGroEL/ES発現抑制特異的に凝集した。残りは全て、GroEL/ES発現抑制によっても可溶性に変化がなかった。この結果から、GroEL/ES依存基質はGroELとの結合が強いこと(つまり、依存基質の大多数はクラス3にしか存在しないであろうこと)、逆は成り立たないこと(クラス3の中の一部だけが依存基質であること)が示された。そこで、クラス3基質全て(84個)に関して、過剰発現による解析を行った。結果、GroEL/ES発現抑制特異的に凝集もしくは発現が大きく減少する基質、すなわちGroEL/ES依存基質が47個(必須遺伝子は5つ)、GroEL/ESを発現抑制しても可溶性に変化がないものが37個であった。

GroEL/ES依存基質の特徴を解析すると、立体構造ファミリー分類(SCOP)における、TIMバレル構造のものは、全てGroEL/ES発現抑制特異的に凝集していた(Fig.3)。一方、他の立体構造ファミリーのものは、細胞内でのGroELとの結合の強さと、細胞内でのGroEL/ES特異的依存性は必ずしも対応しなかった。このことは、TIMバレル構造に限り、GroELとの結合の強さとGroEL/ESへの依存性が同じであることを強く示唆した。また、フォールディングにGroEL/ESは必須ではないが、細胞内でGroELとの結合が強い基質(GroEL/ES優先基質)が存在することが明らかとなった。以上を踏まえ、クラス3基質を2つに分け、『GroEL/ES優先基質をクラス3基質』、『GroEL/ES依存基質をクラス4基質』と再定義した。

3-3.さらなるGroEL/ES依存基質の探索

クラス4基質が通常の発現レベルでもGroEL/ES依存基質であることを確認するため、ショットガンプロテオミクスにより、GroE1/ES正常時と発現抑制時において、上清に存在するタンパク質の量を網羅的に測定した。結果、検出できた1958個のタンパク質の量の平均を基質クラスごとに取ると、クラス4のみがGroEL/ES発現抑制特異的に大きく減少していた。また、クラス4以外で、GroEL/ESの発現抑制特異的に上清から消えるタンパク質を11個選び、過剰発現法を行った。結果、過剰発現できた7個のうち、5個がGroEL/ES依存基質であった。この結果より、クラス4の定義と同定が正しく細胞内の状況を反映しているとともに、GroELとの結合が強力でなくても依存基質となるタンパク質があることが分かった。この結果は、GroEL/ES発現抑制状態の代謝物の網羅的定量解析(メタボローム解析)によっても裏付けられた。また、GroE/ES依存基質同士でホモログが存在することを利用し、新たに2つのGroE/ES依存基質が同定した。

4章結論と展望

本研究により、GroEL/ESの細胞内での役割は、約50個のタンパク質のフォールディングに必須であることが明らかとなった。また、GroEL/ESの発現抑制にともなう、細胞分裂、溶菌、代謝異常のような表現型は、シャペロン機能の欠損にともなうフォールディング異常だけで説明がつくことが示された。以上により、あるシャペロンの機能欠損の表現型を調べることで、依存基質を明らかにする手法(フォールディング遺伝学的手法)は、非常に有効であることが示された.

これまでの研究ではシャペロン依存基質が数十個単位で同定された例はなく、本研究の結果は『1つのシャペロンの依存基質の性質を解析する』には現在もっとも優れたデータセットである。また、立体構造ファミリーにより、GroELとの結合の強さとGroEL/ES依存性の間に違いがあることが明らかとなった。先行研究では、結合の強さは依存性と等しいと考えられていた上に、立体構造ファミリーごとに結合の強さと依存性に差があるとは全く知られていなかった。それゆえ、本結果はGroEL/ES依存性の解明に大きな寄与をすると考えられる。さらに、ホモログ間でGroEL/ES依存性が異なるタンパク質をいくつか同定したことで、一次配列でも議論ができる。今後、本研究で得られたデータを、生化学的な手法や、バイオインフォマティクス技術に基づいて詳細に解析することで、GroEL/ES依存性のメカニズムが明らかになるであろう。また、本研究のようにフォールディング遺伝学的手法と、プロテオーム解析、過剰発現に基づく解析を組み合わせることにより、他のシャペロンに関しても依存基質や、依存性のメカニズムが明らかになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、第1章はなぜ細胞内におけるGroEL/ESの役割を解明する必要があるのかについて研究の背景と目的を述べている。第2章にてGroEL/ESの機能欠損による細胞分裂異常機構を解明した結果について述べている。第3章は細胞内におけるGroEL/ES依存基質を網羅的に同定した結果について述べている。第4章はGroEL/ESが発現抑制された場合にいくつかのタンパク質が過剰発現する原因をメチオニン生合成酵素群の発現変化を通して解明した結果について述べられている。そして第5章では、これらの結果をまとめて細胞内でのGroEL/ESの機能を考察し、GroEL/ESの量が限られていることから代謝の多様化が引き起こされたという仮説を提唱している。

具体的には、2章では表現型を通した細胞内におけるGroEL/ESの役割の解析を行った。GroEL/ESを発現抑制すると、大腸菌は細胞分裂ができずフィラメント状になることが知られていた。GroEL/ES発現抑制により細胞分裂経路のどの段階に異常が起きているかを観測することを通し、細胞分裂の必須因子FtsEが機能していないことを示した。また、FtsEがGroEL/ES依存基質であることを再構成型無細胞翻訳系であるPUREシステムを用いた解析で明らかにした。さらに相補実験により、GroEL/ESの発現抑制にともなう細胞分裂異常の原因は、FtsEのみであることを明らかにした。

3章では、GroEL/ES依存基質の網羅的同定を行った。まず、GroEL/ES正常発現時と発現抑制時でそれぞれ基質候補を過剰発現し可溶性を比べる方法が、2章で得た結果や現在までの研究による知見と良く一致し、細胞内でのGroEL/ES依存性を判断できる系であることを示した。この方法を利用し、細胞内でのGroELとの結合率の高さとGroEL/ES依存性がよく相関すること、GroELとの結合率が高くても細胞内でGroEL/ESに依存せずにフォールディングできるタンパク質群があることを示した。さらにプロテオーム解析の情報や、本章で同定したGroEL/ES依存基質ホモログのGroEL/ES依存性を解析することで、今までに候補として挙げられていなかったGroEL/ES依存基質も同定した。また、細胞内でGroELと結合率が高いが、フォールディングにGroEL/ESを必要としないGroEL/ES優先基質が存在することも示唆した。

4章ではGroE/ESがどのようにメチオニン生合成酵素の発現調節に関与しているかを解析した。GroEL/ES依存基質MetKのほかの生物種におけるホモログがフォールディングにGroEL/ESを必要としないことを利用し、GroEL/ESの機能抑制によりメチオニン生合成酵素群の発現が上昇するのは、MetKのフォールディング不全が一番の原因であることを示した。この解析を通し、MetKは細胞内のGroEL/ES量を感知するシステムではないか、という仮説を提唱した。

5章にて、これらをまとめてシャペロニンGroEL/ESの細胞内における役割を議論し、GroEL/ES依存性が生じるメカニズム,を進化的側面、物性的側面から提言した。なお、本論文第3章は、慶応大学鶴岡キャンパスの曽我朋義教授、中東憲治准教授、石濱泰准教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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