学位論文要旨



No 125048
著者(漢字) 松尾,純一
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,ジュンイチ
標題(和) 4E-BP1による腫瘍細胞の微小環境生存応答の制御
標題(洋)
報告番号 125048
報告番号 甲25048
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第466号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 連携教授 正井,久雄
 東京大学 准教授 武川,睦寛
内容要旨 要旨を表示する

腫瘍組織では、低酸素・低グルコース状態といった正常組織には見られない微小環境が存在する。腫瘍細胞の微小環境に対する適応応答としてUnfblded Protein Response(UPR)が知られている。UPRを抑制する化合物として見出 されたVersipelostatin(VST)やBiguanide系糖尿病治療薬(bufbrmin、metfbrmin、phenfrmin)は、低グルコース選択的にUPR関連タンパク質の発現亢進を抑制し、さらに細胞毒性を発揮する。このことから、微小環境選択的に作用する抗癌剤としての可能性が期待されている。また、VSTにおいては、低グルコース環境下でタンパク質合成を強く抑制することから、mRNAの翻訳への作用が示唆される。実際にUPRの制御に翻訳開始点の制御が重要であることという報告もある。

UPR阻害剤の作用機構を明らかにするため、VSTのタンパク質合成の抑制作用に着目し、腫瘍細胞株を用いて翻訳開始機構への作用を検討した。その結果、VSTは低グルコース環境下で翻訳開始抑制因子である4E-BP1を活性化することを見出した。また、bufbrmin、metfbrminやphenforminでも同様の結果が得られた。UPR阻害剤による4E-BP1の活性化は、InRNAのCAP構造での翻訳開始複合体の形成を阻害した。これらの結果は低グルコース選択的であり、UPR阻害剤によるUPRマーカータンパク質GRP78やATF4の発現亢進の抑制と良く合致していた。実際、4E-BP1の過剰発現により、低グルコース環境下でのGRP78やATF4の発現が低下した。逆にsiRNAにより4E-BP1の発現を抑制すると、GRP78やATF4の低グルコース環境下での発現亢進の促進が認められた。これらのことから、低グルコース環境下でUPR阻害剤は4E-BP1を活性化することが明らかとなった。さらに4E-BP1はUPR制御に関与し得ることがわかった。

一方、AMPK-mTOR経路による4E-BP1のリン酸化調節が知られていることから、mTOR阻害剤rapamycinやAMPK活性化剤AICARとUPR阻害剤との比較を行った。UPR阻害剤とは異なり、rapamycinではGRP78やATF4の発現亢進抑制は見られず、また、AMPK活性化剤AICARにおいても、UPR阻害剤と同定度以上にAMPKを活性化しているにもかかわらず、同定度以上の4E-BP1の脱リン酸化は認められなかった。このことから、UPR阻害剤による4E-BP1の脱リン酸化にはAMPK-mTORとは異なった経路による作用が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

Unfolded Protein Response(UPR)は腫瘍細胞の微小環境への適応応答として知られている。このUPRの機構を阻害する抗がん剤としてVersipelostatin(VST)およびBiguanide系糖尿病治療薬(buformin,metfomin,phenformin)の作用機序を検討した。従来、VSTは低グルコース下で蛋白質合成を強く抑制する事からmRNAの翻訳への作用が示唆されていた。本研究では、低グルコース環境下でのVSTによる蛋白質合成抑制の分子機構を検討した。その結果、VSTは翻訳開始抑制因子である4E-BP1を活性化する事を見いだした。さらに、4E-BP-1の活性化はmRNAのCAP構造での翻訳開始複合体形成を阻害する事を明らかにし、それがUPRマーカー蛋白質BRP78やATF4の発現更新の抑制と良く相関することを示した。また、4E-BP-1制御へAMPK-mTOR系の関与を検討して、UPR阻害剤による制御は根茎とは異なる事を明らかにした。

以上、本研究成果はUPR阻害作用・細胞毒性を示す薬物の作用機序が、翻訳開始抑制因子4E-BP-1の活性化を介した蛋白質合成抑制による事を初めて明らかにしたものであり、抗がん剤の作用機序に重要な知見を寄与するものであると考えられる。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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