学位論文要旨



No 125051
著者(漢字) 山岸,誠
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギシ,マコト
標題(和) shRNAによるHIV-1の長期抑制効果と分子メカニズムの検討
標題(洋) Retroviral delivery of promoter-targeted shRNA induces long-term silencing of HIV-1 transcription
報告番号 125051
報告番号 甲25051
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第469号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 連携教授 間,陽子
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
 東京大学 講師 泊,幸秀
内容要旨 要旨を表示する

背景

AIDSの原因ウイルスであるHIVは、複雑な構造を持つレトロウイルスで、世界中に蔓延し、現在も人類の脅威となっている。近年、多剤併用療法(Highly Active Anti-Retroviral Therapy,HAART)の有効性が示されて以来、HIV感染症に対する治療は新たな 局面を迎えている。HAARTによりAIDSによる死亡数は減少に転じている一方で、副作用や費用の面で問題が浮き彫りとなり、またHIV潜伏感染細胞を完全に除去するに至らないことが明らかとなってきた。また、日本が先進国で唯一、感染者数が増加しているという背景は、HIV/AIDSに対する新たな治療法の確立が重要であることを示している。

このような状況の中、siRNAによる遺伝子発現制御を用いた新たな治療法が現在注目され、新たな創薬としての可能性が示唆されている。しかし、HIVはその生活環から高頻度に変異が入ることが知られており、HIV遺伝子の多様性による抑制効果の減弱や、また標的細胞への導入法など、課題は多く残されている。

siRNA/miRNAによる遺伝子発現抑制には様々なメカニズムが存在する。標的mRNAの分解や翻訳抑制が広く研究されている一方で、遺伝子のプロモーター領域に相補的なsiRNAが転写抑制に関わることが近年報告された。このTranscdptional gene silencing(TGS)は、プロモーター領域DNAを相補的なsiRNAが認識し、エピジェネティクな変化を介して転写を制御することが示唆されているが、詳細なメカニズムは不明な点が多い。

私は以上の背景から、(1)HIV-1に対する新たなアプローチとして、HIV-1のプロモーター領域に対するshRNAを設計し、HIV-1の複製に対する抑制効果について検討を行う、(2)抑制効果における分子メカニズムについて解析を行う、ことを目的として博士課程の研究を行った。

方法及び結果

HIV-1のプロモーター(U3region of5'LTR)にはNF-kB結合配列がタンデムに2つ並んだ配列が存在する。私はこの領域に対するshRNAを設計し(shkB)、HIV-1の標的細胞であるT細胞に導入する為にレトロウイルスベクターを構築し、shRNA発現細胞を樹立した(Molt-4/shkB)。この細胞に対してHIV-1 NL4-3株を感染させ、ウイルスの複製レベルを観察したところ、耐性株が出現せず、1年以上ウイルスの増殖を完全に抑制した。そこでこの抑制効果の作用機序を知るために感染細胞の解析を行ったところ、shkBはHIV-1の遺伝子発現を劇的に減少させること、そしてその抑制効果は時間経過に依存して増強されることがわかった。さらにNuclearrun-on assay、Luciferase reporter assayの結果、shkBはLTRからの転写を直接抑制することによりウイルス複製を阻害していることがわかった。

次にshRNAの標的配列や構造とHIV-1抑制効果の関係について検討を行った。HIV-1のプロモーター上のSp1結合配列に対するshRNA(shSp1)による抑制効果との比較を行った結果、shkBのみに長期抑制効果が見られた。またsiRNAの構造とHIV-1の抑制効果を検討した結果、Hairpin構造を持つ形で発現させることが、長期抑制に重要であることがわかり、本研究で構築した抑制系はHIV-1を安定的に抑制する良い候補であると考えられた。

HIV-1の治療を考える上でバリアの1つとなっているのが、潜伏化したウイルスである。潜伏化の分子メカニズムには不明な点が多いが、エピジェネティクスな遺伝子発現抑制が報告されている。潜伏化HIV-1に対するshkBの抑制効果について検討するため、HIV-1潜伏感染細胞株であるACH2、OM10.1にshkB発現レトロウイルスベクターを導入し、再活性化実験を行った。その結果、shkBは未刺激における抑制効果と同時に、TNF-α の刺激によるHIV-1遺伝子の再活性化レベルを低下させることから、shkBは潜伏感染したウイルスに対しても抑制的に働くことがわかった。

プロモーターに相補的なsiRNAによる転写抑制にはエピジェネティクな変化を介していることが複数報告されている。そこでshkBによって抑制されているHIV-1の再活性化を行ったところ、TSAによる刺激によりウイルス遺伝子の発現上昇がみられたことから、shkBにより標的配列周辺にHDACがリクルートされることが示唆された。一方でDNAのメチル化阻害剤である5-AzaCによる影響は見られず、このことはBisulfite genomic sequencing法による解析結果と一致した。Chromatin immunoprecipitation(ChIP)法によるヒストンの化学修飾状態を調べた結果、H3K27のトリメチル化が誘導されていることがわかった。さらに、抑制から一ヶ月後にはH3K27me3の増強に伴い、H3K9のメチル化が誘導され、ヘテロクロマチン化が進むことが明らかになった。このことはshkBによるHIV-1複製の長期抑制と遺伝子発現抑制の結果と一致する。またHIV-1増殖抑制に寄与しないshSp1ではピストンのメチル化が誘導されておらず、ヒストンのメチル化と抑制効果の相関性が示唆された。

これまでの報告から、siRNAやmiRNAによるgene silencingのkey factorとして知られるArgonaute(Ago)タンパク質が、TGSにおいても重要な役割を果たしていると考えられる。ChIP assayの結果から、HIV-1 LTRに対するshRNAによりH3K27のトリメチル化が誘導されることが明らかとなったが、さらに解析した結果、shkBによりLTR上にAgo1と、H3K27のメチル化酵素であるEZH2がリクルートされていることが分かった。これらの因子について解析したところ、免疫染色の結果からAgo familyの中で特にAgo1が核内にも存在することがわかった。そしてAgolとEZH2は核内で共局在し、さらにCo-immunoprecipitationの結果、Ago1とEZH2は核内において複合体を形成すること、またRNase処理の結果から、この相互作用はRNAに依存しないことが分かった。

一方Ago1とEZH2はそれぞれ核内でRNA duplexと共局在することが明らかとなり、さらにHMTassayの結果から、このAgo1 complexにH3K27のメチル化活性があることが分かった。以上のことから、siRNAと結合したAgo1が核内で標的プロモーター上にリクルートされ、さらにヒストンメチル化酵素EZH2を標的領域上にガイドすることによって、転写抑制を誘導することが示唆された。

最後に、TGSにおけるEZH2の役割を解析するために、EZH2ノックダウン細胞の樹立し、これを用いてLTR-lucifbrase reporterによるEZH2の機能解析を行った。NF-kB binding siteに相補的なdsRNAによるTGS誘導の結果、TGSにはEZH2が重要であることがわかった。このことから、siRNAによるTGSはEZH2によって標的配列周辺のヒストンのメチル化を導入することによって引き起こされることが示された。

考察

本研究の成果は、HIV/AIDSに対する新たな戦略を提案する。HIV-1をはじめとするウイルスの構造遺伝子に対するsiRNAの研究も進み、その有効性と同時に限界も示された。本研究でのsiRNAの新たな利用法は、従来のsiRNAの問題点を克服する可能性をもつものである。LTRに相補的なshRNAはヒストンのメチル化を介して転写を抑制し、1年以上に渡りウイルス複製を阻害した。またレトロウイルスベクターによるデリバリーは細胞内で安定的にshRNAを発現させるために重要であると考えられる。

プロモーターに相補的なsiRNAによる転写制御は、植物や酵母で知られていた機構であり、最近になり哺乳類にも保存されていることがわかった。しかし生物種により転写抑制誘導の分子機構が異なること、また抑制マーカーが異なることなどから、哺乳類での詳しいメカニズムについては現在急速に研究が進められている。

本研究結果から、TGSの誘導にはAgo1が核内においてプロモーター上に作用すること、ピストンのメチル化にはEZH2が重要であることを示し、さらに不活性化マーカーにはH3K27とH3K9のメチル化がリンクしており、複雑な転写抑制機構の存在を明らかにした。これらの研究結果は同時に、small RNAによる新たな遺伝子発現調節の分子メカニズムの一端を明らかにしたものである。small RNAとPolycomb groupによる新たな遺伝子発現抑制メカニズムの存在の可能性が示唆される。

本研究は、HIV-1のプロモーターに対してshRNAを作用させることにより、1年間以上ウイルスの増殖を抑制できることを示した。以上の結果はウイルス学的に非常に重要な進展であり、またその分子機構の解明はより有効な抑制システムの構築と同時に、分子生物学的知見に大きく貢献するものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

エイズ治療において現行の抗ウイルス薬併用療法では、ウイルス増殖を抑制できるが潜伏感染HIVを排除できないことが深刻な問題になっている。そこで、新たな治療標的解明を目指して、siRNAによるHIVの転写抑制の分子機構を明らかにし、その機構を担う分子を標的とする治療法開発の可能性を検討するための基礎研究を行った。

この目的のため、まずHIV-1に対してTGSを誘導することが有効であるのかを検討し、さらにHIV-1の標的細胞であるT細胞を用いてTGSのメカニズムの解析を行う系の作製を行うことを目的として研究を行った。ヒトT細胞においてTGSのメカニズムが保存されているかを含めて、HIV-1の増殖に対する抑制効果を評価し、そしてその系を利用してより効果的にHIVを抑制するために、TGSのメカニズムの解析を行うことにした。

本研究による成果として、ヒトT細胞株であるMolt-4細胞において、HIV-1 LTRに相補的なsiRNAを設計し、レトロウイルスベクターによるデリバリーを用いてshRNAの形で発現させることにより、1年間という長期的なウイルス遺伝子発現の抑制が可能であることを初めて明らかにした。またこのシステムを利用して不明な点が多いヒト細胞におけるTGSのメカニズムの一端を明らかにした。つまり、siRNAがピストンの化学修飾の制御を介して安定的な遺伝子発現抑制をもたらす事が明らかになった。

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