学位論文要旨



No 125053
著者(漢字) 鳴橋,竜太郎
著者(英字)
著者(カナ) ナルハシ,リュウタロウ
標題(和) 浅海堆積物を用いた桑名断層の完新世活動史復元とプレート内断層の古地震研究上の意義
標題(洋) Reconstruction of Holocene activities of the Kuwana Fault using synfaulting shallow marine sediments and its implication for paleoseismology of intra-plate reverse fault
報告番号 125053
報告番号 甲25053
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第471号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須貝,俊彦
 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 准教授 池田,安隆
 東京大学 准教授 芦,寿一郎
 東京大学 准教授 穴澤,活郎
内容要旨 要旨を表示する

大規模な内陸地震に対する防災・減災を考える上で,震源となる活断層の活動度を評価することは重要である。そのためには,過去の活動履歴に基づいて断層活動の正確な再来間隔を復元することが必要である.再来間隔の推定精度は,基にする地震イベントの数とその発生年代の推定精度とに大きく依存する.しかし,内陸活断層の活動間隔は一般に103年から104年オーダーと長いために,単一の活断層を対象として多くの地震イベントを認定することは困難である.また,陸域では安定した堆積場が長期間継続する条件を得にくいため,地層の堆積年代から断層活動時期を正確に推定できるフィールドが乏しい.

大規模な内陸地震に対する防災・減災を考える上で,震源となる活断層の活動度を評価することは重要である.そのためには,過去の活動履歴に基づいて断層活動の正確な再来間隔を復元することが必要である.再来間隔の推定精度は,基にする地震イベントの数とその年代の精度に大きく依存する.しかし,内陸活断層の活動間隔は一般に103年から104年オーダーと長いために,単一の活断層を対象として多くの地震イベントを認定したり,また活動年代を正確に推定することは難しい.

活断層の変位が累積していくのと同時に,その断層を覆って地層の堆積が継続する場所では,地層に様々な形で断層活動の履歴が記録される.湖沼や浅海底に断層が分布していれば,その様な条件が整う.活断層が湖底や浅海底を横切る例は日本にはいくつもあり,その様な活断層に対しては地層から活動履歴を復元する試みがなされている。現在は水面下ではなくても,かつて湖底や浅海底であった場所ならば同じように地層から断層活動の履歴を復元できると期待される.沈降しつつある平野などはそのよい例で,地下に分布する地層には過去の断層活動が記録されている可能性がある.

ここで取り上げる桑名断層は,濃尾平野の西縁を画する逆断層で,その上には完新世に浅海から海浜で堆積した地層が厚く分布している.本研究の目的は,桑名断層を例に,内陸活断層の長期間に亘る活動記録を地層から詳細に解明し,それに基づいて再来間隔を推定することである.上述のように,既に湖底や浅海底の地層から断層活動を読み出す研究は行われているが,それらは正断層や横ずれ断層を対象としている.これに対し,本研究では日本列島では正断層より格段に多く存在する逆断層を対象としていることも特徴である.

第1章では,従来の研究をレビューし,本研究の背景と目的を述べた.

第2章では,断層を横断する方向に採取されたNo.200,No.275コア(下盤側)とNo.350コア(上盤側)について高精度の堆積曲線を作成し,堆積物に多数の等時間面を内挿し上下盤を対比することによって,浅海底逆断層による縦ずれイベントの検出を試みた.計52個の年代値を用いて堆積曲線を作成し,下盤側と上盤側(No.350コア)で過去約7千年間の平均堆積速度を比較検討したところ,前者は後者に対して約2倍大きく,また下盤側の堆積曲線は断層の垂直活動を表していると考えられる,階段状の堆積速度変化を示した.

次いで,断層を挟んだコアどうし(No.350とNo.200コアのペア,およびNo.350とNo.275コアのペア)の間で,堆積曲線と堆積相を基に,互いに対比される層準を結んだ等時間線を描いた.対比線の傾斜が急になる区間は,下盤側の相対的な沈下と堆積速度増加,急速な埋積イベントが起ったことを意味し,断層活動を示している可能性がある.結果,No.200とNo.350コアのペアとNo.275とNo.350コアのペアの両方について,約7千年前から現在までに6つの縦ずれイベントが読み取れた.

さらに,高い時間分解能でのイベント時期検出を行うため,横軸に暦年代をとり,上盤の堆積曲線と下盤の堆積曲線の標高差を縦軸にプロットしたモデル(標高差曲線と呼ぶ)を検討した.標高差曲線は同時代に堆積した上下盤の地層同士が,現在有する標高差を示し,縦ずれイベントによって断層変位が累積していく様子を読み取ることができる.またグラフの変曲点から断層イベントの時期の推定が可能である.

イベント後の埋め戻しは断層に近いNo.275の方がNo.200に先行したと判断し,No.275コアを基準とした.この方法では,桑名断層では2回の歴史地震を含めて,過去7千年間に7回の活動があったことが判明した.それらの時期は,約6600calyBP,約5700calyBP,約4000calyBP,約3600calyBP,約2100calyBP,A.D.745,A.D.1586,と推定された.

本章では,群列ボーリングによる調査・分析が活断層の活動史調査に有効であることを例証した。特に堆積速度が大きく,環境が安定的な浅海泥底を変位させる活断層については,(14)C年代測定値を高分解能で得,「堆積曲線」や「標高差曲線」を援用することによってイベント時期を特定できる可能性があることを提示した.

第3章では多数の高精度・高分解能AMS(14)C年代測定値によって地震イベント層準の推定が可能となったことを踏まえ,桑名断層を例として,断層活動の指標値としての粒度・EC値・帯磁率の変動値を,第2章で得られたイベント層準と比較することにより,測定値を直接イベントの指標値として利用することの可能性を検討した.

粒度組成(中央値・5パーセンタイル値),帯磁率,ECに第2章の地震イベントと連動した変化が認められた.下盤側の粒度では実線部(標高差曲線から推定されたイベント層準)でスパイク状の粒度増加が見られ,これに続く網部(堆積速度が増大しているユニット)では一旦値が低下し,その後ゆるやかに上昇し再度戻る,上に凸の値の変化を示している.すなわち,実線と網部で一つのシークェンシャルなユニットを形成している。帯磁率は実線部でスパイク状に大きくなる.特にEC,帯磁率は明瞭な対応が見られ,ECは下盤のNo.200,上盤のNo.350の双方で地震イベント時期と対応した変動を示す.すなわち,下盤ではイベントを境に増加,上盤では減少し,両者は鏡像関係にあるとみなすことができる.帯磁率はイベント層準付近でスパイタ値をとる傾向をもつ.

また,下盤側の深度23~24m(7.5-8ka),および28~29m(9ka)付近で,粒度・帯磁率・ECは,上述した下盤側における地震イベント前後の変化と類似した変化を示すことから,これらの層準に地震イベント(E8?およびE9?)が存在する可能性を指摘した.

粒度・EC・帯磁率等で見られる,推定イベント層準(実線)と堆積速度が相対的に大きいユニット(網部)での2パターンの変化は,浅海の縦ずれ断層の下盤側における,縦ずれイベント直後の環境変化,およびその後の埋め戻しプロセスと整合的であるといえる.この結果は浅海の断層近傍の堆積物分析によって真のイベント層準,およびpost-seismicな埋め戻し堆積過程に対応する見かけのイベント層準の2つを読み取れる可能性を示している.これら分析の結果および堆積曲線の検討をもとに,浅海の縦ずれ逆断層近傍における断層崖の埋め戻しモデルを検討した.内湾浅海底の逆断層周辺の地層には,co-seismicなイベント層準とpost-seismicな埋め戻し過程に対応する層準の2種の特徴的な堆積相が存在し,1つのシークェンシャルなユニットを形成している.また,縦ずれイベント後の断層崖の埋め戻し過程は,断層崖に近い場所から開始され,見かけ上プログラデーションしていると考えられる.

第4章では,(14)C測定にもとづく堆積曲線・標高差曲線を用いて復元した桑名断層の活動履歴をもとに,内陸逆断層である当断層の変位量,ばらつき具合,発生確率等を評価した.

桑名断層の活動間隔は平均1039年と求められ,桑名断層の過去7000年間の平均上下変位速度を,標高差曲線の回帰直線の傾きで代表させると,約1mm/yとなった.ただし,断層面から100m以内の領域での変形量から見積もっており,変形帯全域を対象とはしていないため,桑名断層帯全体の変位速度はこれよりも大きくなると考えられる.

標高差曲線から算出した単位変位量,変位時期をもとに作成した階段ダイアグラムを作成した.ダイアグラムからは地震発生時予測可能型(time-predictable model)か,変位量予測可能型(slip-predictable model)のどちらの繰り返し発生モデルが適合するかは判断できない.ただし年代値コントロールポイントの多いNo.275を対象とし,さらに(14)C年代値が少ないために変位量が不確定な6200年前,および2つの歴史地震を除けば,No.275-No.350ペアはtime-predictable modelに矛盾しない結果が得られた.

さらに,見積もったイベント時期をもとに累積分布関数を用いて,更新過程モデルを作成したところ,実際の累積頻度は対数正規分布と近似し,.指数分布(ボアソン過程)と相異する。このことは桑名断層の地震の発生間隔がランダムではなく,繰り返し発生であるということを支持する結果となった.

対数正規分布に基づくと,桑名断層の平均活動間隔(1039年)の標準偏差は477年,相対的ばらつき(標準偏差を平均値で割ったもの)は0.46であった.最後に活動したA.D.1586年からは420年足らずであり,今後30,50,100年以内の発生確率はそれぞれ7.5,8.8,12.4%となった.

審査要旨 要旨を表示する

内陸型地震災害を軽減するためには,震源となる活断層の将来の活動度を評価することが重要である.そのためには,過去の活動履歴に基づいて,断層活動の再来間隔を復元する必要がある.再来間隔の推定精度は,基にする地震イベントの数とその年代の精度に依存する.しかし,内陸活断層の活動間隔は一般に千年から万年オーダーと長いために,単一の活断層を対象として多くの地震イベントを認定することや,地震の発生年代を高精度で推定することは困難であった.とりわけ,日本列島に多く分布する逆断層に関しては,困難を極めているのが現状である.

この問題を解決するために,本研究は,地形的・地質的に好条件がそろっている逆断層である中部日本の桑名断層をモデルフィールドに選定した.そして,過去約7~2千年前の5千年間という長期にわたって,断層を覆って堆積を続けてきた浅海底泥層を対象として,高精度な堆積モデルを構築した.そして,断層をはさんだ上下盤での堆積速度の周期様変動に着目して,従来にない高時間分解能で逆断層の活動履歴を復元した.

第1章で本研究の背景と目的を述べるとともに,桑名断層周辺地域が,融氷河性海面上昇に伴う堆積空間の増大と,河川からの供給土砂による堆積とがバランスする安定した環境下に,過去約7~2千年前の間,置かれていたことを指摘した.

第2章では,断層を横断する方向に採取された3本のオールコアを対象として,計52個の年代値を用いて高精度な堆積曲線を作成し,断層の下盤側コアと上盤側コア間で,過去約7千年間の平均堆積速度を比較した.その結果,前者は約2mm/年であり,後者の約2倍であることを明らかにした.また,前者の堆積曲線は階段状を示すことを発見し,過去の断層活動を表していると考えた.

次いで,高い時間分解能でイベント時期を検出するために,横軸に暦年代をとり,上盤の堆積曲線と下盤の堆積曲線の標高差を縦軸にプロットして「標高差曲線」を作成した.標高差曲線は,同時代に堆積した上下盤の地層が現在有する標高差を示すので,この曲線をもとに縦ずれイベントによる断層変位の累積過程を解読可能である.また曲線の変曲点から断層イベント発生時期を推定可能である.この方法によって,桑名断層では2回の歴史地震を含めて,過去7千年間に7回の活動があったことが判明した.それらの時期は,約6600cal yBP,約5700cal yBP,約4000cal yBP,約3600cal yBP,約2100cal yBP,A.D.745,A.D.1586と推定された.

第3章では,桑名断層の活動の指標値としてコアの堆積物粒度・EC値・帯磁率を測定し,これらの変動値を,第2章で得られたイベント層準と比較することにより,イベントの指標値として利用することの可能性を検討した.また,これらの指標値をもとに,浅海底における断層崖の埋積モデルを構築した.粒度組成,帯磁率,ECに地震イベントと連動した変化が認められた.特にECは明瞭な対応を示し,下盤ではイベントを境に増加,上盤では減少し,両者は鏡像関係にあるとみなされた.また,下盤側の深度23~24m(7.5-8ka),および28~29m(9ka)付近で,粒度・帯磁率・ECは,下盤側における地震イベント前後の変化と類似した変化を示すことから,これらの層準に第2章で明らかにされたものよりも更に古い2つの地震イベントが存在する可能性を指摘した.内湾浅海底の逆断層周辺の地層には,co-seismicなイベント層準とpost-seismicな埋め戻し過程に対応する層準の2種の特徴的な堆積相が存在していること,縦ずれイベント後の断層崖の埋め戻し過程は,断層崖に近い場所から開始され,プログラデーションしていると考えられることを論じた.

第4章では,14C測定にもとづく堆積曲線・標高差曲線を用いて復元した桑名断層の活動履歴をもとに,内陸逆断層である当断層の変位量,ばらつき具合,発生確率を評価した.桑名断層の活動間隔は平均1039年と求められ,桑名断層の過去7千年間の平均上下変位速度を,標高差曲線の回帰直線の傾きで代表させると,約1mm/年となった.

さらに,見積もったイベント時期をもとに累積分布関数を用いて,桑名断層の更新過程モデルを作成したところ,実際の累積頻度は対数正規分布と近似し,桑名断層の地震の発生間隔がランダムではなく,繰り返し発生であるということを支持する結果となった.対数正規分布に基づくと,桑名断層の平均活動間隔(1039年)の標準偏差は477年,相対的ばらつき(標準偏差を平均値で割ったもの)は0.46であった.今後30,50,100年以内の発生確率はそれぞれ7.5,8.8,12.4%となった.この結果は従来の発生確率よりも1ケタ以上高い値となっている.

以上のように,本論文は,活断層型地震の発生予測上,極めて重要な,地震再来間隔のばらつき値を従来にない高精度で明らかにするとともに,現状のばらつき値が過小値に評価されている可能性を示した.したがって,博士(環境学)の学位を授与できることを認める.

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