学位論文要旨



No 125054
著者(漢字) 是常,知美
著者(英字)
著者(カナ) コレツネ,サトミ
標題(和) 中国黄土高原における降水量傾度に応じた緑化方法に関する研究
標題(洋) Evaluating afforestation methods : a study along the rainfall gradient in the Loess Plateau, China
報告番号 125054
報告番号 甲25054
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第472号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 准教授 キクビツェ,ザール
 東京大学 客員教授 石,福臣
 森林総合研究所 樹木生理研究室長 石田,厚
内容要旨 要旨を表示する

中国では近年(2000~2004年)、毎年1,283 km2の土地が砂漠化しており、早急な対応が必要である。黄河中流域に広がる黄土高原は、過度の放牧,農耕により裸地化した土壌が浸食され、砂漠化が深刻な問題となっている。人為的に砂漠化した土地をもとに戻すために、中国政府は植林を進めてきた。しかし、植林樹種・地域の検討が不十分なため、降水量が少ない地域に水分消費の激しいポプラや刺槐(ハリエンジュ)などが植林され、小老樹(枝枯れを繰り返し樹高成長が頭打ちとなった樹木)が多く発生し問題となっている。従って、永続的かつ効率的な緑化を行うためには、降水量が異なる各地域に適した緑化方法を検討する必要がある。そこで本研究では、黄土高原において、植生,土壌,樹木生理の視点から、降水量傾度に応じた緑化方法を検討することを目的とした。

第2章では、降水量傾度に沿った天然林,二次林,人工林の林床植生と草地の種組成変化を明らかにし、植林後に成立する林床植生の発達程度を評価した。黄土高原の中部に位置する陝西省において、年降水量が北から南へ400 mmから700 mmへと変化する降水量傾度に沿って、天然林,二次林,人工林の林床植生と草地の合計50プロットの種組成を調べた。TWINSPAN解析の結果、50プロットが年降水量と森林タイプによって次の5つのグループに分けられた。Group 1:561-714 mm(天然林,二次林),Group 2:561-714 mm(人工林),Group 3:531 mm(人工林,草地),Group 4:440 mm(人工林,草地),Group 5:414 mm(人工林)。従って、林床植生の種組成は降水量と森林タイプに依存していると考えられる。DCA解析の結果、全プロットが第2軸に沿って序列化された。第2軸は年降水量と高い相関が得られたことから、林床植生の種組成は降水量傾度に沿って変化していると考えられる。TWINSPAN解析で分けられた5つのグループの高木,低木,多年草,一年草のプロット当たりの平均種数を調べたところ、Group 1とGroup 2で木本の種数が多く、年降水量560 mm以上の地域では、天然林,二次林だけでなく人工林の林床にも木本種が多く出現していた。一方、年降水量530 mm以下の地域では、木本種はわずかであった。以上の結果から、年降水量560 mm以上の地域では林床植生の発達が容易であるが、年降水量530 mm以下の地域では困難であり、林床植生の発達に有効な植林方法を検討する必要性が示唆された。そこで第3章~第6章では、年降水量530 mm以下の地域に重点を置いて研究を行った。

第3章では、年降水量414 mm,440 mmの地域において、土壌の物理的,化学的特性を明らかにし、土壌特性に応じた緑化方法を検討した。陝西省において、年降水量414 mmの砂漠への移行帯に位置する楡林市と、その南に位置する年降水量440 mmの米脂県において、土壌の物理的,化学的特性を調べた。典型的な黄土である米脂の土壌の孔隙率は、砂の多い黄土である楡林に比べて有意に高かった。また、米脂の土壌のpF1.8における土壌含水率は、楡林に比べて有意に高く、圃場容水量が多かった。米脂と楡林の土壌の圃場容水量と有効水分の間に高い相関が得られ、黄土高原の北部地域において、黄土の圃場容水量は有効水分の指標となることが示唆された。土壌の化学的特性は、米脂と楡林で大きな違いは見られなかった。米脂,楡林共にpHが8以上のアルカリ土壌であったが、ECからみて塩類集積は生じていなかった。また、土壌中の窒素(N)と炭素(C)含有率は少なく土壌養分の少ない未熟な土壌であった。以上の結果から、年降水量440 mmの米脂の土壌は、年降水量414 mmの楡林に比べて通気性,保水性が良く有効水分が多いため、植物にとって生育しやすい土壌であることが示唆された。従って、米脂の土壌の方がより植林に適しており、有効水分が少ない楡林では水分の消費量が少ない植物を緑化に用いることが適していると考えられる。米脂,楡林共に土壌養分は非常に少なく、土壌に養分を供給する窒素固定植物による緑化の必要性が示唆された。

第4章では、年降水量440 mmの地域において、油松(Pinus tabulaeformis),刺槐(Robinia pseudoacacia),小葉楊(Populus simonii)の純林,混交林が土壌特性,林床植生に与える影響を明らかにし、各樹種の植林後の林床環境を評価した。約30年前に畑であったところに植林された、ほぼ同じ地形条件の各樹種の人工林において、土壌の物理的,化学的特性と林床植生の種組成を調べた。林床の被度は、油松・刺槐混交林が最も高く、小葉楊林が最も低かった。土壌含水率は油松・刺槐混交林が最も高く、刺槐林が最も低かった。土壌硬度は油松・刺槐混交林が最も軟らかく、刺槐林が最も硬かった。油松・刺槐混交林はN,C含有率が最も高く、C/Nが最も低かった。また、林床植生の優占種は樹種間で異なった。多年草のArtemisia giraldiiは、土壌水分が多い油松・刺槐混交林以外の林分で優占種となっていたことから、土壌乾燥の指標種となることが示唆された。以上の結果から、油松・刺槐混交林は、土壌水分,土壌養分が多く、林床の被度が高く林床植生が発達しており、土壌の肥沃化,土壌浸食の防止に効果的な植林方法であることが示唆された。

第5章では、年降水量440 mmの地域において、草地,刺槐林,油松・刺槐混交林における降雨に対する長期的な土壌水分動態と、各植生の土壌断面構造,林床環境を明らかにし、降雨の浸透性を評価した。草地,刺槐林,油松・刺槐混交林が隣接する西向き斜面の上部において、等高線に沿って9地点に土壌水分センサーを設置し、温度センサー,雨量センサーと共に約1年間データをロガーで記録した。土壌水分センサーは深さ20, 40, 60 cm、温度センサーは深さ3 cmに設置した。土壌水分と降水量の関係を調べたところ、どの地点においても、断続的な累積26 mm以上の降雨時に、深さ20 cmまで降雨が浸透しており、深さ40 cm以下にはほとんど浸透していなかった。降雨後の深さ20 cmの土壌含水率は、油松混交林では成長阻害水分点以上の期間が長く、水分量も多かったのに対し、刺槐林では成長阻害水分点にかろうじて達し、草地では達していなかった。降雨の浸透性に関しては、油松混交林で浸透時間が短く、浸透量が最も多かった。地温の平均・最高温度は、草地,刺槐林,油松混交林の順で高かった。油松混交林の土壌断面構造は、A層が一様に厚く、腐植が多く団粒構造が発達していた。また、油松混交林は林床のリター量が多かった。以上の結果から、油松・刺槐混交林は、表層土壌の団粒構造が一様に発達して多孔質であるため降雨の浸透性が高く、林床のリター量が多いため、刺槐林や草地に比べて降雨流失や土壌浸食の防止に効果的であることが示唆された。

第6章では、年降水量530 mmの地域において、油松,刺槐の水利用効率,年輪成長に影響する降雨季を明らかにし、黄土高原に生育する樹木の水利用・成長特性に影響する降雨季を評価した。油松,刺槐の年輪形成に影響すると考えられる、前年1月~当年10月の連続した全組合せの期間の降水量と、早材,晩材の炭素安定同位体比(δ(13)C:水利用効率の指標として用いられる),年輪幅との相関を調べ、最も相関が高い期間を水利用効率,年輪成長に影響する降雨季とした。成長期前の乾季の降水量と油松早材のδ(13)C,油松・刺槐早材幅との間に高い負の相関、当年成長期の降水量と油松・刺槐晩材のδ(13)C,刺槐晩材幅との間に高い正の相関が得られた。また、油松早材,晩材のδ(13)Cが刺槐晩材のδ(13)Cより有意に高く、油松は水利用効率が高いと考えられた。以上の結果から、成長期前の乾季の降水量が油松,刺槐の水利用効率,年輪成長に影響しており、乾季の降水量は黄土高原に生育する樹木の炭素吸収,肥大成長にとって重要であることが示唆された。乾季の降水量が少ない地域では、刺槐のように水利用効率の低い樹種のみで緑化することは難しいと考えられる。乾季の降水量と樹木の水利用特性は、黄土高原の各地域に適した植林樹種を検討する上で重要なファクターであることが示唆された。

第7章では、第2章~第6章の結果から総合的な考察を行い、黄土高原における降水量傾度に応じた緑化方法を次にように提案した。年降水量500 mm以下の地域では、土壌の肥沃化と土壌浸食の防止に効果的である、水利用効率の高い木本種と窒素固定能力を有する木本種との混交林が推奨される。混植の割合は、植林樹種の水利用特性や植林地域の乾季の降水量,土壌の圃場容水量からよく検討する必要がある。一方、年降水量500 mm以上の地域では、樹種によらず植林後の林床の発達が期待されるが、刺槐などの外来種は過剰に繁茂する危険性が高いため、自生種のみを用いた植林が推奨される。また、天然更新が期待されるため、択伐による木材資材利用にも適していると考えられる。以上のことを考慮した上で、地域住民が最も必要とする樹種を植林することを提案する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,中国西北部に広がる半乾燥地域である黄土高原の緑化方法に関する研究で,7章からなる.本論文のうち,第2章から第6章は,福田健二,常朝陽ほかとの共同研究であるが,論文提出者が主体となってデータ採取,分析等を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断した.

第1章においては,本研究の背景としての中国における砂漠化の現状と現在の緑化方法の問題点について論じられ,黄土高原においては降水量傾度に応じた緑化方法を検討することが必要であることを示した。

第2章では、降水量傾度に伴う林床植生の変化を明らかにするため、降水量傾度に沿って人工林,二次林,天然林の林床植生と草原の合計50プロットの種組成を調べた。TWINSPANやDCA解析の結果、50プロットが年降水量と森林タイプによって次の5つのグループに分けられた。Group1:561-714mm(天然林・二次林),Group2:561-714mm(人工林),Group 3:531mm(人工林・草原),Group4:440mm(人工林・草原),Group5:414mm(人工林)。また,Group 1とGroup2で木本の種数が多かったが,年降水量530mm以下の地域では、木本種はわずかであった 。したがって,年降水量530mm以下の地域では困難であり、林床植生の発達に有効な植林方法を検討する必要性が示唆された。

第3章では、黄土の物理的,化学的特性を明らかにするため、黄土高原最北部の砂漠への移行帯である楡林市とその南に位置する米脂県の土壌の物理的,化学的特性を調べた。典型的な黄土である米脂の土壌は楡林に比べて通気性,保水性が良いが、米脂,楡林共に土壌のN,C含有率が非常に少なく、土壌に養分を供給する樹種を植林する必要性が示唆された。

第4章では、油松(Pinus tabulaeformis),刺槐(Robinia pseudoacacia),小葉楊(Populus imonii)の純林,混交林が土壌特性,林床植生に与える影響を調べるため、各林分の土壌の物理的,化学的特性と林床植生の種組成を調べた。林床の被度は、油松・刺槐混交林が最も高く、小葉楊林が最も低かった。土壌水分は油松・刺槐混交林が最も高く、刺槐林が最も低かった。油松・刺槐混交林はN・C含有率が最も高く、林床の被度が高かったことから、油松に刺槐などの窒素固定種を適量混交して植栽することは、土壌浸食を防ぐ上で効果的であることが示された。

第5章では、草原,刺槐林,油松・刺槐混交林における降雨後の土壌水分動態を明らかにした.降雨後の深さ20cmの土壌含水率は、油松混交林では成長阻害水分点以上の期間が長く、水分量も多かったのに対し、刺槐林、草原では雨水の浸透性が劣り,有効水分量が少なかった。したがって,油松・刺槐林や油松林は刺槐林や草原に比べて降雨の流失や土壌浸食の防止に効果的であることが示された。

第6章では、油松,刺槐の水利用効率,年輪成長に影響する降雨季を明らかにするため、季節的な降水量と油松,刺槐の年輪の炭素安定同位体比(δ(13)C:水利用効率の指標として用いられる),年輪幅との関係を調べた。成長期前の乾季の降水量と油松早材のδ(13),油松・刺槐早材幅、当年成長期の降水量と油松・刺槐晩材のδ(13),刺槐晩材幅の間に高い相関が得られ,乾季の降水量は黄土高原に生育する樹木の炭素吸収,肥大成長にとって重要であることが示唆された。また,刺槐は水利用効率が低いと考えられ,乾季の降水量が少ない地域では刺槐のみで緑化することは難しいと考えられた。

第7章では、第2章~第6章の結果から総合的な考察を行い、黄土高原における降水量傾度に応じた緑化方法を提案した。年降水量500mm以下の地域では、土壌の肥沃化と土壌浸食の防止に効果的である、水利用効率の高い木本種と窒素固定能力を有する木本種との混交林が推奨される。一方、年降水量500mm以上の地域では、樹種によらず植林後の林床の発達が期待されるが、刺槐などの外来種は繁茂する危険性が高いため、自生種のみを用いた植林が推奨される。また、天然更新が期待されるため、資材利用のための植林にも適していると考えられる。

以上のように,本研究は,植生,土壌,樹木生理という多方面から,中国黄土高原の緑化樹種,方法について検討し,降水量傾度に応じた適切な緑化方法を科学的基礎と多くの綿密な現地調査結果に基づいて具体的に提案したものであり,今後の中国黄土高原の環境保全に貢献するところが大きい.

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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