学位論文要旨



No 125057
著者(漢字) 田林,雄
著者(英字)
著者(カナ) タバヤシ,ユウ
標題(和) 近代化以降の人間活動が河川水質に与える影響
標題(洋) Anthropogenic effects on the water quality of rivers after modernization in Japan
報告番号 125057
報告番号 甲25057
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第475号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山室,真澄
 埼玉大学 教授 浅枝,隆
 東京大学 准教授 今須,良一
 東京大学 准教授 小川,浩史
 東京農工大学 准教授 木庭,啓介
内容要旨 要旨を表示する

水を資源として考える場合に、その量のみならず、質の重要性が指摘されている。さらに、河川水質形成の機構の理解は、水資源だけではなく、生態系の理解、水辺環境の保全、につながると考えられる。近年、人間活動の活発化は著しく、人間は水を利用する上にそれを汚染している。本研究は、人間が河川の水質に及ぼす影響を空間的・時間的に明らかにし、将来にわたり適切な水資源・水環境が保持しうる基礎資料を提出することを目的とする。

河川の水質研究はこれまで点源負荷が重視されてきたが、それらの対策がある程度進んだ現在、より対策の難しい面源負荷が重視されている。面源負荷に関しては、物質が言葉の通り面として負荷されるので、効果的な濃度低下や水質浄化は難しく、むしろ、負荷の大きな土地利用形態を明らかにし、面由来の排出物質を重点的に減量していく方策が効果的であると考える。はじめに、河川水質への負荷が大きいと懸念される都市域の河川において都市が河川水質に与える影響について研究した。また、人間活動の影響は流域内に留まらず、離れた地域にもたらす影響も考えられる。これは、今後、周辺国の発展によって重要な問題となると考えられる。そこで次に、渓流域において、大気降下物の渓流水質に及ぼす影響について研究した。

第2章では、都市の発展が現在も継続する、下総台地北西部の坂川流域において、22の支流域の河川水質と流域の土地利用の関係性を考察した。土地利用の解析から流域は森林が卓越する流域から、農地・人家が大きくなる方向に発展し、最終的には農地が縮小し、都市化が進むことが確認された。都市化も中高層住宅の割合が高まる都市化と工業用地が高まる都市化の2つの方向性が確認された。こうした地域において河川水質は森林流域において最も含まれるイオンが少なく、都市に進展するにつれ、総イオンの濃度が高まることが確認された。また、都市化の過程でも、中高層と工業用地の高まる都市化において異なる水質の変化が見られ、流域の変化と河川水質の変化の明確な関係性を提示した。

第3章では、高度経済成長をはさんだ50年間と現在の日本における塩化物イオンと硝酸イオンの動態を解析した。塩化物イオンは日本全国の30の河川において50年間で、6.1mg/L から11.3mg/Lに増加したことが示された。これは、大きくは50年間の都市化の影響によるものと考えたが、この間の生活様式の変化にも起因するものと考えられた。硝酸イオンも、全国的な増加が見られ、関東平野においては特に顕著な増加が確認された。採水地点の上流域に、直接の人為起源物質の流入がない渓流水で採取・分析されたことから大気降下窒素が渓流水質の形成に大きく関与しているものと考えられた。

第4章では、3章で提起された流域の環境によらず、離れた流域においても大気降下物などの形をとって河川水質に影響を及ぼす減少を検証する目的で、3章において関東地域で50年間に最も渓流水の硝酸イオンの増加が大きかった埼玉県において、渓流水の濃度の実態調査を行った。はじめに、夏季における流況の異なる日時にサンプリングを行い、降雨の影響による渓流水の希釈効果、降水時の硝酸の濃度上昇を確認した。次に、冬季と夏季の平水時において、サンプリングを行い、年間を通じて硝酸の流出が見られたことから窒素飽和を確認した。また、冬季において渓流域の硫酸が高く、硫酸の流出はカルシウムの流出を伴うこと、冬季の高濃度の硫酸は酸性雨との関係から大陸起源の物質が大きく寄与している可能性が高いことを指摘した。

第5章では、4章に比べ多地点において渓流水を採取・分析を行うことで、流域特性・空間特性に起因する要素を明らかにした。地質や樹林構成からは、渓流水との明らかな関係性は見られなかったが、硝酸の空間的な分布には標高が低く、北東に位置する流域において顕著に高い傾向が見られ、風系との関係から、大気降下物がこうした流域に特異的に集積する可能性が推察された。

本論文において、属地性および非属地性について検討したが、今後は現在、急速に発展を続けている国々の影響もあり、後者の影響がさらに強まると考えられる。後者の影響の評価には、気象データと陸水・水文データの適切な接合や沈着過程の定量化など、いくつかの困難が伴うと考えられるが、両者の影響を適切に扱うことで河川水質形成を正確に理解しうると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章から構成され、第1章は本研究全体の背景として論点をまとめている。第2章は、千葉県北西部における河川水質に与える都市化の影響を、第3章は日本の主要な河川水質について1950年代から2000年代の変化を述べている。第4章は埼玉県秩父地方における渓流水質の季節変動を、第5章は同じく秩父地方における渓流水質の空間的差異について検討している。

第2章では、都市の発展が現在も継続する下総台地北西部の流域において、23の支流域の河川水質と流域の土地利用の関係性を考察している。土地利用の解析から流域は森林が卓越する流域から、農地・人家が大きくなる方向に発展し、最終的には農地が縮小し、都市化が進むことが確認した。さらに、都市化は、中高層住宅の割合が高まる都市化と工業用地が高まる都市化の2つの方向性があることを示している。河川水質は森林流域では含まれるイオンが最も少なく、都市化が進展するにつれ、総イオンの濃度が高まることを現地調査および水質分析の結果から明らかにしている。また都市化の過程でも、中高層と工業用地の高まる都市化において異なる水質の変化が見られ、流域の変化が河川水質に明らかに影響を及ぼしていることを示している。

従来の研究は、土地利用に関する議論には重きが置かれず、水質が論じられている。第2章においては土地利用の変遷過程を詳細に記述した上で、対応する水質を詳細に示している。汚濁負荷対策の中でも面源についての検討が遅れている今日、水環境に対する負荷の小さい都市計画を考える上で、有用な基礎資料になると考えられる。

第3章では、高度経済成長をはさんだ50年前と現在の日本の主要河川で、塩化物イオンと硝酸イオンの動態を既存の研究をもとに解析している。塩化物イオンは50年間で全国の平均値が、6.1mg/Lから11.3mg/Lに増加していた。その原因として50年間の都市化の影響を挙げているが、同時に、生活様式の変化にも起因するとしている。硝酸イオンの解析においても全国的な増加が認められ、特に関東平野における顕著な増加を確認している。上流域に、直接の人為起源物質の流入がない渓流水で採取・分析されたことから、大気降下窒素が渓流水質の形成に大きく関与しているものと推察している。

日本の主要な河川において50年間の塩化物イオンの変化を研究した事例はない。塩化物は土壌に吸着されず流出するイオンなので、他のイオンの動態を研究する際に有用である。全国的な増加傾向を定量的に示し、地域的な偏りがあることを示したことには意義がある。また、渓流域の硝酸の増加を地図に図示することで、地域的な傾向の特徴を明確に示している。

第4章では、3章において50年間で渓流水の硝酸イオンの増加が最も大きかった埼玉県において、渓流水の濃度の実態調査を行っている。はじめに、夏季における流況の異なる日時に採水を行い、降雨の影響による渓流水の主要イオンの希釈効果と降水時における硝酸イオン濃度の上昇を確認している。次に冬季と夏季の平水時において採水を行い、年間を通じて硝酸の流出が見られたことから窒素飽和を確認している。冬季においては渓流域の硫酸イオン濃度が高く、硫酸イオンの流出はカルシウムイオンの流出を伴うことから、冬季の高濃度の硫酸イオンは大陸起源の酸性雨が大きく寄与している可能性を指摘している。

従来、渓流水質は流域の属性と水文条件によって説明されることが多かった。一方で、実際の渓流水質は、地圏や大気圏が影響しあう中で形成されている。ここでは、大気由来物質の影響を水質形成の重要な要因として提示し、渓流水との関係性を述べている点で評価できる。

第5章では、第4章と同じ埼玉県で多地点において渓流水を採取・分析を行い、流域特性や空間特性に起因する要素を明らかにしている。地質や樹林構成からは、渓流水質との明らかな関係性は確認されなかった。硝酸イオンの空間的な分布には明確な東西偏差があり、大気降下物は風系と地形の組み合わせにより特定の流域にのみ集積する可能性を指摘している。

これまで、大気降下物が風系に乗って山地の渓流水に負荷される可能性について述べた研究はあったが、風系の季節差や地形との関係性によって渓流水質が規定されることについて言及したものはなく、この点においてこの研究は新しい。これまで理解の遅れていた大気からの渓流水へのインプットについて、今後深まる契機になると期待される。また、第5章の結果から、近接するダム湖においてもその地形と風系とのセッティングによって水質は大きく異なる可能性が考えられ、水資源管理において重要な知見を残したといえる。

本論文は、前半部で人間活動が河川水質に与える影響について、特定の地域の都市化を対象にし、その系統的変化を明らかにした後に、日本全国に対象を広げ塩化物イオンと硝酸イオンの増加および空間的差異を述べている。後半部では、都市化が間接的に河川水質に及ぼす影響として大気降下物が渓流域の水質に与える影響を明らかにしている。

都市化は工業の発達や中高層建物の増加など多様な属性をその発展過程に持つ。本論分では、従来の研究にない土地利用の詳細な変遷と水質との関係を述べており、これは今後の都市計画に役立つといえる。日本が経験した近代化に伴う人間活動の河川水への影響は、現在発展が著しい近隣諸国の水環境を研究する際にも重要な資料となる。

今後、経済発展に伴って大陸や島嶼の枠を超えて物質が輸送され、離れた地域の水環境に影響を及ぼす可能性は年々高まっている。発生源から離れた特定の渓流域において大気を介して物質の集積を明らかにした本論文は、今後重要度が増すと考えられる大気輸送を考慮した水質形成モデルの構築に貢献する重要な資料である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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