No | 125061 | |
著者(漢字) | 清水,淳子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シミズ,ジュンコ | |
標題(和) | サクラ並木における腐朽病害発生のリスクファクターの解明 | |
標題(洋) | Clarification of the risk factors for decay in cherry street trees | |
報告番号 | 125061 | |
報告番号 | 甲25061 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第479号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 序論 街路樹は都市の環境改善などの価値とともに,街の文化や景観を構成する要素としても大きな役割が期待されている.一方で,街路樹の腐朽病害は,それ自体が経済的な損失をもたらすだけでなく,倒伏・枝折れが建築物や車両の損壊,人身事故を引き起こす危険性もある.このため,安全な街路樹の維持・管理のための腐朽病害の防除対策は大きな課題となっている.街路樹や庭園木として日本人に最も好まれる樹種であるサクラ類(Cerasus spp. 以下,サクラ)は,特に腐朽病害による倒木被害例が多い樹種である.特に,戦後増加したサクラ街路樹は,樹齢50-60年を超えて衰退および腐朽病害が増加する時期を迎えている.しかし,腐朽病害が顕在化している並木では,被害の実態調査が行われてもその要因や誘因の調査解析は行われていない. サクラには多種の腐朽菌類が発生することが知られているが,菌の種によって感染経路や腐朽の進展様式が異なる.そのため腐朽病害の発生および被害の拡大を防止するためには,まずそれらの菌が樹木間でどのように感染を広げ,樹体のどこから感染し,どのように広がっているのか,という感染拡大様式を明らかにする必要がある.また感染した腐朽菌の種を同定し,宿主・環境との相互作用を明らかにすることが重要である.これらにより,ある種の腐朽病害の発生を高めるリスクファクター,すなわち腐朽病害の発生を高める危険因子となる周囲の植栽環境や樹木管理の不適切な点があれば,その問題点を検討し,改善することが望まれる. そこで本研究では,まずサクラ並木における根株腐朽菌の感染拡大様式を,子実体発生木の解体,子実体の対峙培養によるジェネット分布から解明し,それに基づいて根株・樹幹腐朽病害を引き起こす管理上のリスクファクターを推定した.次に,日光街道・名勝小金井桜のヤマザクラ並木,ソメイヨシノ並木を事例として,サクラの腐朽病害のリスクファクターを検証し,得られた結果から街路樹管理上の提言を行うことを目的とした. 第2章 根株腐朽菌の感染拡大様式の解明 第1節 根株腐朽菌が発生したサクラ類樹体内の腐朽分布 腐朽菌は,樹体上の侵入門戸から感染し,樹体内へ腐朽を拡げてゆく.侵入門戸が増えれば腐朽菌の感染する機会が高まる.従って腐朽病害の発生するリスクファクターを明らかにするためには,まず侵入門戸を明らかにしたうえで,それらを増やす要因を明らかにする必要がある.しかしこれまで樹幹腐朽菌においてその進展様式を調査した研究はあるものの,根株腐朽菌子実体の発生した成木について直接観察された例はほとんどない. そこで,腐朽菌類の子実体発生が見られた5本のソメイヨシノ(Cerasus × yedoensis)と1本のヤマザクラ(Cerasus jamasakura)を対象として,腐朽の樹体内における広がりを明らかにした.樹木個体ごとに,地上の樹幹部については,地際部から20 cmおきに高さ2mまでの断面積及び腐朽面積を測定し,腐朽断面積率(=腐朽面積/断面積×100(%))を算出した.根系については,直径3cm以上の根について地際より長さ10または20cmおきに軸方向と垂直に切断し,各断面について,腐朽の有無を記録した. 根株腐朽菌の樹幹部の腐朽面積は地際から地上高が増すほど減少し,根系についても地際から離れるほど腐朽している根の割合が少なかった.コフキサルノコシカケ(Ganoderma applanatum)による腐朽では,根系から幹にかけて高さ2m以上,幹断面積の80%以上に広がっているものもあった.以上のことより,根株腐朽菌は地下部の根の傷が侵入門戸となると考えられた. 第2節 ベッコウタケの樹木個体間のジェネット分布 べっこうたけ病は広葉樹の根株腐朽を起こす,街路樹管理上の重要病害である.特にサクラではベッコウタケ(Perenniporia fraxinea)の発生が多い.その感染拡大様式として,胞子感染,接触する根系からの菌糸感染が考えられているが,その詳細は明らかにはされていない.そこで,ベッコウタケを材料として感染拡大様式を明らかにすることを目的として,日光街道,およびいずみ野駅前通サクラ並木において,サクラに発生した子実体の分布および対峙培養によりジェネット分布を明らかにした.その結果隣接するサクラ個体には異なるジェネット由来のベッコウタケ子実体が発生しており,被害木から隣接木へ地中の菌糸や根系接触により感染を広げていったのではなく,担子胞子によって感染したことが示唆された.一般に,樹幹腐朽菌も胞子感染すると考えられている.これらのことから,根株腐朽菌は土壌中の根系の傷害が,樹幹腐朽菌は剪定がリスクファクターになると予測された. 第3章 サクラ並木における腐朽病害発生のリスクファクター これまでの結果から,根株腐朽菌,樹幹腐朽菌は共に胞子により感染拡大していると考えられた.これに基づき,桜並木に発生する腐朽病害の種を同定し,あわせて植栽環境を調査することにより腐朽病害のリスクファクターを明らかにすることを本章の目的とした. 第1節 日光街道における腐朽病害発生のリスクファクター 日光街道桜並木はヤマザクラを中心とする日本有数の桜並木である.この日光街道桜並木において,腐朽菌の分布に及ぼす植裁環境の影響を検討することを目的として以下の調査を行った.調査は宇都宮市内の約13.8 kmの区間に植栽されたサクラを含む全樹種2,575本を対象に,2003年から2005年の3年間,季節を変えて計6回行った.調査項目は,1. 菌類相調査(1)種の同定,(2)樹木個体内の発生位置,(3)子実体発生枝の区分(剪定残枝,自然枯損枝,その他),2. サクラの生育環境調査(1)樹種,(2)胸高直径,(3)樹冠の着葉状況,(4)根株・樹幹の傷害の有無,(5)剪定の高さ・数,(6)道路側の並木敷の形態区分,(7)歩道の舗装状態,(8)根元周囲の被覆状態,(9)周囲の土地利用区分とした.リスクファクターの解析は個体ごとに行い,各要因の有意性をロジスティック回帰,χ2独立性の検定により検定した. サクラに発生した腐朽菌の出現種数は55種で,街路樹の67.4%の個体に発生がみられた.剪定を高頻度に受けている高さ・方向とカワラタケ(Trametes versicolor)が高頻度に発生する高さ・方向は一致し,この菌の分布は剪定による傷の影響を強く受けている可能性が示された.地上部から確認できる根元の傷や,根の露出・根の切断痕の有無とベッコウタケの発生頻度には関係がみられず,また並木の車道側に根が伸長できる土壌が確保されていない場所で発生が多いことが明らかにされた. 第2節 名勝小金井桜における腐朽病害発生のリスクファクター 名勝小金井桜は玉川上水沿いのヤマザクラの並木で,国の名勝に指定されている.しかし近年,周囲に繁茂したケヤキによるサクラ樹冠部の被陰や,腐朽病害が顕在化し,衰退が懸念されている.そこで本節では,腐朽病害の発生状況と被陰の影響の解明を試みた.調査は樹木個体ごとに,腐朽菌子実体の有無,胸高断面積,被陰程度を記録した.2007年には,サクラ666本のうち51.5%に38種の子実体が認められた.被陰割合が大きいサクラでは腐朽菌の発生率が低かったが,有意な差ではなかった.一方腐朽菌の発生はサクラの胸高断面積とともに有意に増加した.腐朽菌の発生にはこれらの要因が複合的に影響していると考えられた. 第3節 ソメイヨシノ並木における腐朽病害発生のリスクファクター 日本のサクラ街路樹には,ソメイヨシノが多く植えられている.そこで,東京都,神奈川県の腐朽病害の被害が顕著なソメイヨシノ並木3箇所を選定し,腐朽病害のリスクファクターを明らかにした.調査地は中野区中野通りの桜並木(以下,中野)414本,町田市つくし野地区桜並木(以下,つくし野)278本,横浜市金沢区西柴さくら並木(以下,西柴)109本とした.生立木の個体別に2006年夏・秋と季節を変えて以下の調査を行った. 1.菌類相調査(1)種の同定,(2)樹木個体内の発生位置,(3)子実体発生枝の区分,2.サクラの生育環境調査(1)樹種,(2)胸高断面積,(3)剪定箇所数,(4)植樹枡面積. サクラに発生した腐朽菌の発生種数および発生率は,中野19種(30.0%),つくし野24種(38.4%),西柴11種(45.0%)であった.各調査地においてサクラの胸高断面積が増加するにしたがって,枝・幹・根株における腐朽菌発生率は増加する傾向が認められた.また,剪定の頻度,面積の小さい植樹枡が腐朽菌の発生するリスクを高める結果が得られた.そして,サクラの樹体サイズが大きくなるほど,侵入門戸となる各要因も増加することから,樹体サイズはこれらリスクファクター増加の指標になると考えられた. 第4章 総合考察 以上の結果より,樹幹腐朽菌に関しては,剪定数が多いと発生率が高く,これは剪定痕で心材・辺材が露出し,腐朽菌が侵入したと考えられた.一方根株腐朽菌では,狭い植樹枡では発生率が高く,これは工事で根が切られること,根が植樹枡に乗り上げて根が傷つき,根系の傷から菌が感染したためだと考えられる.街路樹管理のための提言として,植樹枡の拡張,根系の切断を回避,剪定方法の改善(切断位置,剪定時期,薬剤塗布)などの対策が必要と考えられた.本研究の成果として,まず腐朽菌の樹体内分布,およびベッコウタケが胞子で感染拡大することが明らかになった.さらに,街路樹における腐朽病害のリスクファクターを広範囲かつ多数のサンプルの調査により明らかにし,また,客観的なデータに基づき,街路樹管理上の提言が可能になった. | |
審査要旨 | 本論文は,サクラ街路樹における腐朽病害の発生実態と管理上のリスクファクターを解明したもので,4章からなる.なお,本論文の第2章,第3章は,福田健二,林康夫ほかとの共同研究であるが,論文執筆者が主体的にデータの採取,解析および論文執筆を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断した. 第1章は,街路樹や庭園木として日本人に最も好まれる樹種であるサクラ類(Cerasus spp.以下,サクラ)は,特に腐朽病害による倒木被害例が多い樹種であることから,サクラ類の腐朽に関する既往文献を検討し,本論文の目的と意義を明らかにした.すなわち,まずサクラ並木における根株腐朽菌の感染拡大様式を,子実体発生木の解体,子実体の対峙培養によるジェネット分布から解明し,それに基づいて根株・樹幹腐朽病害を引き起こす管理上のリスクファクターを推定した.次に,日光街道・名勝小金井桜のヤマザクラ並木,ソメイヨシノ並木を事例として,サクラの腐朽病害のリスクファクターを検証し,得られた結果から街路樹管理上の提言を行うことを目的とした. 第2章では,根株腐朽菌の感染拡大様式を2つの方法により検討した.第1節では,腐朽菌類の子実体発生が見られた5本のソメイヨシノ(Cerasus×yedoensis)と1本のヤマザクラ(Cerasus jamasakura)を対象として,腐朽の樹体内における広がりを明らかにした.樹木個体ごとに,地上の樹幹部については,地際部から20cmおきに高さ2mまでの断面積及び腐朽面積を,根系については,直径3cm以上の根について地際より長さ10または20cmおきに軸方向と垂直に切断し,各断面について,腐朽の有無を記録した.その結果,根株腐朽菌の樹幹部の腐朽面積は地際から地上高が増すほど減少し,根系についても地際から離れるほど腐朽している根の割合が少なかった.コフキサルノコシカケ(Ganoderma applanatum)による腐朽では,根系から幹にかけて高さ2m以上,幹断面積の80%以上に広がっているものもあった.以上のことより,根株腐朽菌は地下部の根の傷が進入門戸となると考えられた. 第2節においては,ベッコウタケ(Perenniporia fraxinea)の感染拡大様式を明らかにすることを目的として,日光街道,およびいずみ野駅前通サクラ並木において,サクラに発生した子実体の分布および対峙培養によりジェネット分布を明らかにした,その結果,隣接するサクラ個体には異なるジェネット由来のべッコウタケ子実体が発生しており,被害木から隣接木へ地中の菌糸や根系接触により感染を広げていったのではなく,担子胞子によって感染したことが示唆された.一般に,樹幹腐朽菌も胞子感染すると考えられている。これらのことから,根株腐朽菌は土壌中の根系の傷害が,樹幹腐朽菌は剪定がリスクファクターになると予測された。 第3章においては,関東地方各地の桜並木に発生する腐朽病害の種を同定し,あわせて植栽環境を調査することにより腐朽病害のリスクファクターを明らかにした.第1節では日光街道桜並木において,腐朽菌の分布に及ぼす植裁環境の影響を検討することを目的として以下の調査を行った.調査は宇都宮市内の約13.8kmの区間に植栽されたサクラを含む全樹種2,575本を対象に,2003年から2005年の3年間,季節を変えて計6回行った.その結果,サクラに発生した腐朽菌の出現種数は55種で,街路樹の67.4%の個体に発生がみられた.剪定を高頻度に受けている高さ・方向とカワラタケ(Trameter versicolor)が高頻度に発生する高さ・方向は一致し,この菌の分布は剪定による傷の影響を強く受けている可能性が示された.地上部から確認できる根元の傷や,根の露出・根の切断痕の有無とべッコウタケの発生頻度には関係がみられず,また並木の車道側に根が伸長できる土壌が確保されていない場所で発生が多いことが明らかにされた. 第2節においては,玉川上水沿いのヤマザクラの並木で,国の名勝に指定されている名勝小金井桜における腐朽病害の発生状況と被陰の影響の解明を試みた.調査は樹木個体ごとに,腐朽菌子実体の有無,胸高断面積,被陰程度を記録した.2007年には,サクラ666本のうち51.5%に38種の子実体が認められた.被陰割合が大きいサクラでは腐朽菌の発生率が低かったが,有意な差ではなかった.一方腐朽菌の発生はサクラの胸高断面積とともに有意に増加した.腐朽菌の発生にはこれらの要因が複合的に影響していると考えられた. 第3節においては,東京都および神奈川県のソメイヨシノ並木における腐朽病害発生のリスクファクターを明らかにした.調査地は中野区中野通りの桜並木(以下,中野)414本,町田市つくし野地区桜並木(以下,つくし野)278本,横浜市金沢区西柴さくら並木(以下,西柴)109本とした.その結果,サクラに発生した腐朽菌の発生種数および発生率は,中野19種(30,0%),つくし野24種(38.4%),西柴11種(45.0%)であった.各調査地においてサクラの胸高断面積が増加するにしたがって,枝・幹・根株における腐朽菌発生率は増加する傾向が認められた.また,剪定の頻度,面積の小さい植樹枡が腐朽菌の発生するリスクを高める結果が得られた.そして,サクラの樹体サイズが大きくなるほど,侵入門戸となる各要因も増加することから,樹体サイズはこれらリスクファクター増加の指標になると考えられた. 第4章においては,以上の結果をまとめて考察を行った.樹幹腐朽菌に関しては,剪定数が多いと発生率が高く,これは剪定跡で心材・辺材が露出し,腐朽菌が侵入したと考えられた一方根株腐朽菌では,狭い植樹枡では発生率が高く,これは工事で根が切られること,根が植樹枡に乗り上げて根が傷つき,根系の傷から菌が感染したためだと考えられる.街路樹管理のための提言として,植樹枡の拡張,根系の切断を回避,剪定方法の改善(切断位置,剪定時期,薬剤塗布)などの対策が必要と考えられた.本研究の成果として,まず腐朽菌の樹体内分布,およびベッコウタケが胞子で感染拡大することが明らかになった.さらに,街路樹における腐朽病害のリスクファクターを広範囲かつ多数のサンプルの調査により明らかにし,また,客観的なデータに基づき,街路樹管理上の提言が可能になった. 以上のように,本論文により,サクラ街路樹の腐朽病害の発生実態が詳細に明らかにされ,腐朽のリスクを高める要因が特定された.このことは,街路樹管理の改善に直接つながる重要な成果である. したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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