No | 125062 | |
著者(漢字) | 橋詰,洋介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシヅメ,ヨウスケ | |
標題(和) | ブナ科樹種の葉内生菌群集の地理的変化に関する研究 | |
標題(洋) | Geographical variation of foliar endophytes of Fagaceaous trees | |
報告番号 | 125062 | |
報告番号 | 甲25062 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第480号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物内生菌とは「生活環のある時期において,明らかな害を示すことなく,宿主植物の生きた組織内に生息する菌類」のことである.イネ科草本にバッカクキン科の菌類の一群が感染していることが発見されて以来,1970 年代には,内生菌が樹木にも広く存在することが明らかとなり,日本では,主にマツ科,ブナ科,ツツジ科樹種で研究が行われ,内生菌・宿主植物・環境の相互関係が明らかにされつつある.内生菌が分離される際の頻度である分離率は季節によって変動することが認められている.また,内生菌には,宿主特異性・組織特異性・地理的な群集組成の相違といった性質がしばしば報告されているが,その原因である内生菌-宿主植物の相互関係は未解明の部分が多い. ブナ(Fagus crenata Blume)については,東北地方広域でブナ葉に内生菌が広く存在することが明らかにされ,優占する菌種や,それらの組織選好性が明らかにされている.また,内生菌は宿主の生育する地域の気候帯や標高差から生じる気温の違い,酸性雨による影響,宿主個体の生育的衰退,分布の分断(孤立)などの環境因子により,その群集組成が変化を示す可能性が考えられる.今後,温暖化や天然林の衰退,分断化などが生じることが予測されるが,生態系における菌類や微生物の機能や環境変化に対する反応はほとんど解明されていないのが実状であり,樹木の葉内生菌についても基礎的知見が欠落している.そこで,本研究では樹木の葉内生菌の群集構造を広域にわたって比較することにより,個々の内生菌種の環境に対する選好性や内生菌の群集構造と環境の関係を明らかにすることを目的とした. 本研究では,既往研究との菌類相の比較が可能で,日本に広く分布するブナ科樹種を対象とし,それぞれの樹種について,広域の材料から同一の分離法・培養法を用いて内生菌の分離を行った.調査対象の宿主は,広く分布するブナ及びアカガシ(Quercus acuta Thunb. ex Marry)とし,広域の材料から同一の分離法・培養法を用いて内生菌の分離を行った.本研究では,分離試験時の葉面積と出現種数との関係を明らかにした上で(1)標高変化を含む気温の変化のブナ,アカガシ葉内生菌相への影響,(2)林地の孤立や混交林化が内生菌相に与える影響を解明することを目的として,葉内生菌の分離試験を行った. ブナ葉内生菌相の季節変化を 2008 年4 月~6 月に検討し,また,分離条件の検討をおこなった上で,広域の調査地でのブナ葉の調査は2004~2007 年7 月~ 9 月に,アカガシ葉の調査は,2004~2006 年7 月~ 9 月に行った. ブナ葉の採取地は,田沢湖(秋田県),赤安山(新潟県),小丸(神奈川県),尾鈴山(神奈川県)の4 箇所のブナ純林,高尾山(東京都),吾国山(茨城県),筑波山(茨城県)の3 箇所の落葉樹混交林,大洞(長野県)のブナ孤立林,男女岳(秋田県)の標高800,1000 および,1200m の3地点の各地点とし,それぞれ5 個体の供試木から,見かけ上,健全な葉を20 枚選び採取した.アカガシの葉は,尾鈴山の標高900m・1100m・1300m の3 地点,高尾山の標高400m・600m の2 地点から採取した.各標高で,3 個体の供試木から見かけ上健全な当年生葉を15枚ずつ採取した. 採取試料は 48 時間以内に分離試験に供試した.流水洗浄後,アンチホルミン(有効塩素濃度1.0%)を用いたアンチホルミン・エタノール系で表面殺菌し,滅菌水で2 回洗浄して,滅菌紙に表面の水分を吸水させ,葉縁を含む部位(以下,LE)・葉脈を含む部位(以下,CM)に分けた.LE とCM のそれぞれについて火炎滅菌を施した直径6mm のコルクボーラーで葉片を切り出し,試料片とした.試料片各5 片を,ブナについては出現菌種の非選択性を考慮した1/2PDA+PCA 平板培地上(PDA: 19.5g/L, PCA: 9.0g/L, クロラムフェニコール:600mg/L)に,アカガシについては,通常の1/2PDA 平板培地に静置して,20℃暗黒条件下で1 ヶ月間~3 ヶ月間,培養した.分離した菌叢を胞子形態・サイズ・形成様式等により同定した.胞子未形成の種については,rDNA ITS 領域のシーケンシングによりホモロジー検索を行った.未同定な菌については菌糸の可視形態によって類別,任意に命名した. また,分離が認められたすべての菌群について,IF(分離率)=(内生菌の出現が認められた供試片数/ 供試片数)×100(%)を算出し,分離試験の結果とした.ブナ葉での調査については,1 葉片当たりの感染密度(ID)を算出した.また,The Shannon Index of Diversity (H')を算出し,多様度の指標とした.IF の相対値(RF)を算出し,群平均法によるクラスター解析でグループ分けを行った.CCA 解析を行い,各内生菌群集の序列化を行った.また,各調査地の採取日前30 日間のデータを用いた最高・最低・平均気温,日照時間,降水量,優占菌のID 値,H'の各パラメーターについて,各クラスターグループと環境因子との相関を分析した.ブナ,アカガシ両者の優占菌について,温度成長試験を行った. 森林タイプ別のブナ葉内生菌相の調査では,Ascochyta fagi が単独で優占した.他にも,Alternaria alternata, Pestalotiopsis sp.がブナ葉遍在菌として観察された.H'は混交林・孤立林で高く,ブナ純林では菌類相は単純であった.クラスター解析の結果,ブナ葉内生菌相は,( i ) ミズナラ+ブナ混交林タイプ,( ii ) イヌブナ+ブナ混交林タイプ,(iii) ブナ純林タイプ a,( iv ) ブナ純林タイプ b,( v )ブナ純林タイプ c,( vi ) ブナ孤立林タイプ LE,(vii) ブナ孤立林タイプ CM の7 タイプに分類された.CCA 解析の結果,それぞれのクラスターグループを特徴付けるパラメーターは以下の通りであった.(1)純林(iii)~(v)ではA.fagi のID 値が高く,H'が低かった(2)混交林(i),(ii)では気温が高く・日照時間が少なかった(3)孤立林(vi),(vii)では他のグループと比較し,Ascochyta fagi のID 値が極端に低くH'が高かった.CCA解析の結果,気温(平均・最高・最低),日照時間,Ascochyta fagi のID 値,H'が,内生菌群集に有意な相関があった.各調査地でのH'は混交林・孤立林で高かった.純林でも赤安山で高く,ブナの分布の中心である田沢湖ではH'が低いことから,気温が高い場所や混交・孤立林で菌類相が多様であると考えられた.クラスター解析・CCA 解析の結果,ブナ葉内生菌相は気温条件,日照時間,Ascochyta fagi のID 値,H'と相関があることが示された.相関分析の結果では,最高気温が低い調査地ほどA.fagi のID が高くなる傾向が見られ,各パラメーターは,それぞれが林地の気温と関係しているものと考えられた.すなわち,ブナ内生菌相と群集構造は気温により影響を受けていることが示された. ブナ分布の低温限界に近い標高別の調査では 1800 葉片を調査し,合計17 種の内生菌の出現が確認された.優占菌・準優占菌は次の分離傾向を示した.(1)優占菌Ascochyta fagi は標高が高くなるにつれIF が有意に低下した.(2)準優占菌Phomopsis sp.1 は標高が高くなるにつれIF が有意に上昇した.(3)準優占菌Pseudocercospora sp.は標高1000m 地点で最もIF が高かった.(4)いずれの菌についても,葉片部位によりIF に差が見られた.クラスター解析の結果では,群集組成は大きく葉片部位で異なり,さらに,高標高部と低~中標高部とに分かれた.すなわち,山地帯上部の垂直分布上限付近においてもAscochyta fagi がブナ葉で優占する内生菌であることが示された.優占菌・準優占菌とも,標高の変化に伴って,IFが有意に変化し,高標高部ではAscochyta fagi の優占度が低下した.ブナ分布の上限付近では,器官特異性と標高変化の両方が,群集組成に影響を与えているものと考えられた. アカガシでは,高尾山,尾鈴山の両調査地で合計1350 葉片を調査し12 種の内生菌を確認した.Tubakia rubra およびDiscula sp.,Phomopsis sp.1 がアカガシ葉に優占する内生菌として観察された.Tubakia rubra は尾鈴山と高尾山の両方の採集地において共通した.一方,Phomopsis sp.1 は高尾山でしか観察されなかった.また,Discula sp.は尾鈴山で優占したが,高尾山ではIF が低かった. Tubakia rubra は1000km 離れた両調査地に優占したことから,アカガシ葉における遍在菌であると考えられた. 本研究の結果,葉内生菌相は宿主の生育地の森林タイプや気温,混交樹種に大きな影響を受けていることが示された.また,ブナ,アカガシの両種においてみられた標高変化による優占菌種の増減は本研究で初めて明らかにされたものである.ブナ葉内生菌については,優占菌が他の菌の感染を妨げている可能性が考えられた.したがって,地球温暖化に伴う気温の変化や林分の孤立,混交林化は,植物のみならず,共生する内生菌相にも影響を及ぼす可能性が示唆された. | |
審査要旨 | 本論文は,日本の冷温帯および暖温帯の森林において優占するブナ科樹木,特にブナおよびアカガシについて,葉植物内生菌群集を地理的に離れた各地において調べることにより,気温や森林タイプと内生菌群集との関係を明らかにしたものである.本論文は4章からなり,第2章,第3章は福田健二,佐橋憲生らとの共同研究であるが,論文提出者が主体となってデータの収集,解析,論文執筆を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断した. 第1章においては,植物内生菌に関する既往研究を概観し,本論文の問題意識を明らかにした.内生菌は宿主の生育する地域の気候帯や標高差から生じる気温の違い,酸性雨による影響,宿主個体の生育的衰退,分布の分断(孤立)などの環境因子により,その群集組成が変化を示す可能性が考えられることから,本研究では樹木の葉内生菌の群集構造を広域にわたって比較することにより,内生菌の群集構造と環境の関係を明らかにすることを目的とした. 第2章においては,従来の研究が,研究者ごとに異なる分離・培養方法を用いていたために結果の相互比較が困難であったことに鑑み,広域の材料を比較するのに適切な研究の材料および方法を確立して本研究における方法を記述した.本研究では,既往研究との菌類相の比較が可能で,日本に広く分布するブナ科樹種を対象とし,それぞれの樹種について,広域の材料から同一の分離法・培養法を用いて内生菌の分離を行った.調査対象の宿主は,国内に広く分布するブナ(Fagus crenata)およびアカガシ(Quercus acuta)とし,広域の材料から同一の分離法・培養法を用いて内生菌の分離を行った. ブナ葉内生菌相の季節変化を2008年4月~6月に検討し,また,分離条件の検討をおこなった上で,広域の調査地でのブナ葉の調査は2004~2007年7月~9月に,アカガシ葉の調査は,2004~2006年7月~9月に行った.ブナ葉の採取地は,田沢湖(秋田県),赤安山(新潟県),小丸(神奈川県),尾鈴山(神奈川県)の4箇所のブナ純林,高尾山(東京都),吾国山(茨城県),筑波山(茨城県)の3箇所の落葉樹混交林,大洞(長野県)のブナ孤立林,男女岳(秋田県)の標高800,1000および,1200mの3地点の各地点,アカガシの葉は,尾鈴山の標高900m・1100m・1300mの3地点,高尾山の標高400m・600mの2地点から採取した.採取試料は,アンチホルミン・エタノール系で表面殺菌し,ブナについては1/2PDA+PCA平板培地上に,アカガシについては,通常の1/2PDA平板培地に静置して,20℃ 暗黒条件下で1ヶ月間~3ヶ月間,培養し,分離した菌叢を胞子形態・サイズ・形成様式等により同定した.胞子未形成の種については,rDNAITS領域のシーケンシングによりホモロジー検索を行った.気候因子の検討は,各調査地の採取日前30日間の最寄りのアメダスデータを逓減率補正し,最高・最低・平均気温,日照時間,降水量を用いた. 第3章で各現地調査および実験の結果を記述し,第4章において総合考察を行った.調査項目ごとに要約すると以下の通りである. 森林タイプ別のブナ葉内生菌相の調査では,Ascochyta fagiが単独で優占した.他にも,Alternaria alternata,Pestalotiopsissp.がブナ葉偏在菌として観察された.H'は混交林・孤立林で高く,ブナ純林では菌類相は単純であった.クラスター解析の結果,ブナ葉内生菌相は,(i)ミズナラ+ブナ混交林タイプ,(ii)イヌブナ+ブナ混交林タイプ,(iii)ブナ純林タイプa,(iv)ブナ純林タイプb,(v)ブナ純林タイプc,(vi)ブナ孤立林タイプLE,(vii)ブナ孤立林タイプCMの7タイプに分類された.相関分析の結果では,最高気温が低い調査地ほどA.fagiのIDが高くなる傾向が見られ,各パラメーターは,それぞれが林地の気温と関係しているものと考えられた.すなわち,ブナ内生菌相と群集構造は気温の影響を受けることが示された. ブナ葉における標高別の調査では,合計17種の内生菌の出現が確認された.優占菌はAscochyta fagiであったが,標高が高くなるにつれIFが有意に低下した. アカガシでは,高尾山,尾鈴山の両調査地で合計1350サンプルを調査し12種の内生菌を確認した.Tubakia rubraおよびDiscula sp.,Phomopsis sp.1がアカガシ葉に優占する内生菌として観察された.T.rubraは尾鈴山と高尾山の両方の採集地において共通したことから,アカガシ葉における遍在菌であると考えられた.気温変化に伴い,遍在菌T.rubraの優占度が変化して他種と交代するという現象が明らかにされた. 以上のように,本研究により,ブナ科樹種の葉内生菌相は宿主の生育地の森林タイプや気温,混交樹種に大きな影響を受けていることが示された.また,ブナ,アカガシの両種においてみられた標高変化による優占菌種の増減は本研究で初めて明らかにされたものである.ブナ葉内生菌については,優占菌が他の菌の感染を妨げている可能性が考えられた.したがって,地球温暖化に伴う気温の変化や林分の孤立,混交林化は,植物のみならず,共生する内生菌相にも影響を及ぼす可能性がはじめて示唆されたことは,今後の森林生態系の地球環境変化への応答を考える上での基礎的知見となるものである。 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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