学位論文要旨



No 125064
著者(漢字) 吉野,敏行
著者(英字)
著者(カナ) ヨシノ,トシユキ
標題(和) 循環型社会形成と物質循環の国際化 : 循環資源の国内循環と国際循環の最適化のための制度研究
標題(洋)
報告番号 125064
報告番号 甲25064
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第482号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 森口,祐一
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 准教授 島田,荘平
 東京大学 准教授 大友,順一郎
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景・目的・対象・方法

中国を中心としたアジア諸国の急速な経済成長と経済活動のグローバル化の進展にともなって,近年,わが国のさまざまな循環資源がアジア諸国へ大量に輸出されるようになった。この循環資源のアジア輸出の急増は, わが国のリサイクル産業の衰退・空洞化,拡大生産者責任制度(EPR)の形骸化,希少資源の流失等をもたらすことが懸念される一方,アジア諸国では,輸出された循環資源が,現地の不適正な処理によって深刻な環境汚染を引き起こしている。

そこで,本研究は拡大生産者責任制度(EPR)を原理とする家電リサイクル法と容器包装リサイクル法の代表品目で,2000年頃から輸出量が著しい「使用済み家電4品目」と「廃PETボトル」を対象に,マテリアル・フロー分析,部分均衡分析, 基準-税アプローチ(ボーモル=オーツ税),経済的厚生分析を用いて,その輸出構造や要因等を分析し,国内循環と国際循環の最適化のための有用な原則を抽出するとともに,その最適化を実現するための新たな国際制度の創設を提言するものである。

なお,本研究では,循環資源の国内循環と国際循環の最適化とは,再資源化にともなう外部費用(汚染費用)を内部化しつつ,輸出国(日本)と輸入国(開発途上国)との経済的厚生の総額が最大化するように設備投資と循環資源を配分することと定義し,したがって,新たな国際制度の創設とは,循環資源の2国間貿易において両国の経済的厚生が必然的に最大化するような仕組みを開発することである。

2.本論

(1)循環資源のアジア輸出の構造

(1)使用済み家電製品と廃PETボトルのマテリアル・フローを分析すると,消費者から製造業者へ引き渡される途中で,静脈流通過程の「見えないフロー」へ流れ込み,そこからアジア諸国へ輸出されている。この静脈流通過程は,使用済み家電製品の場合はさまざまな流通業者が関与する非法定ルートを形成している。廃PETボトルの場合は,分別収集を行う公共機関(市町村)が指定法人ルートに乗せずに「独自処理」(指定法人以外の資源回収業者等へ売却すること)として関与している点に特徴がある。

(2)静脈流通過程の流通業者が使用済み家電製品の輸出に関与する背景は,法定ルートでは逆有償を前提に利益が得られないが,非法定ルートではアジア諸国の高需要・低賃金・低設備投資を背景に有価市場が形成され,輸出によって利益を得ることができるからである。廃PETボトルの場合も逆有償を前提に指定法人ルートは無償引き渡しが原則であるが,資源回収業者等に対しては有償で売却できるからである。

(2) 拡大輸出者責任制度

(1)従来からの拡大生産者責任制度(EPR)では,利益を求めて輸出する静脈流通過程の流通業者を規制できないばかりか,輸出によって制度そのものが形骸化しつつある。そこで,本研究では,新たな国際制度として輸出者を第一次負担者とする「拡大輸出者責任制度」(Extended Exporter Responsibility =EER)を開発した。この制度の概念は,先進諸国の循環資源の輸出者は,輸出に起因する開発途上国の環境汚染を,自国内で処理を行った場合の水準に保全する責任を負う,というものである。具体的には,循環資源の輸出に際し,「廃製品輸出負担金(G )」を賦課し,徴収した負担金( G)をODA(政府開発援助)により輸出先の途上国の汚染防止に対する技術支援(技術移転・技術指導等)を行う仕組みである。廃製品輸出負担金(G )は,日本の汚染防止技術の設備投資額(Rj(t))と輸出先国(A国という)の汚染防止技術設備投資額(Ra(t))との差額(G=Rj(t)-Ra(t))である。

(2)廃製品輸出負担金( G)とk=f{R(t)} の根拠

使用済み家電製品の汚染費用式を H=Z-kR(t)と表す。この式は1台の使用済み家電製品を再資源化した場合に,現実に顕在化する汚染費用 は,最大汚染費用 から を係数とする汚染防止技術費用R(t)を差し引いた額であることを表す。 kをR(t)の汚染防止効果係数と呼ぶ。 k値はそれ自体が技術費用の関数 k=f{R(t)}とする。 HaをA国の, Hjを日本の顕在化汚染費用とし,その差額を Wとする。さらにk=f{R(t)}を代入する。

Hα-Hj={Z-kαRα(t)}-{Z-kjRj(t)}=kjRj(t)-kαRα(t)=W (W>0)

W=f{Rj(t)}Rj(t)-f{Rα(t)}Rα(t)

この差額Wの式中,A国の技術費用 Rα(t)にG=Rj(t)-Rα(t)を追加投資するとW*=0となる。このことは,日本の循環資源の輸出者は,国内循環に関与する流通業者に比べて だけ超過利潤(経済的レント)を得ているということであり, の追加投資によってA国の顕在化汚染費用は日本と同水準の顕在化汚染費用になるということである。

k=f{R(t)}の知見は公害防止設備投資額と環境値との統計分析から得た。公害防止設備累積投資額の増加と汚染濃度の低下は高い逆相関にあるとともに,汚染濃度1単位を低下させるために必要な追加的投資額は,汚染濃度の低下にしたがって増大する傾向がある。すなわち,顕在化汚染費用の削減額(b-a)を汚染削減投資額(I)で割った商を汚染防止効果係数(k)とすると,汚染削減投資額(I)と汚染防止効果係数(k)との間には逓減則が働いていることである。したがって,同額の汚染防止設備投資額であるならば,汚染防止設備累積投資額が高度に蓄積し,汚染濃度の低い日本よりも累積投資額が低く汚染濃度の高いA国へ投資した方が汚染費用の削減効果が高いということである。

(3)廃製品輸出負担金(G)は事実上の輸出課税の役割を果たし,負担金を賦課して輸出が断念されるような循環資源は,日本国内で循環させることが両国の経済的厚生を最大化する。他方,負担金を賦課しても輸出されるような循環資源は,徴収した負担金をA国へ無償投資することにより両国の経済的厚生を最大化する。

(3)拡大生産者責任制度による経済的厚生の最大化の数理的検証

拡大輸出者責任制度(EER)の下で循環資源が輸出された場合に,現在の輸出と比較してどれだけ両国の経済的厚生が増大するか計算した。その結果,(W-G)mが算出された。すなわち,(A国と日本の顕在化汚染費用の差額)から,(日本とA国の汚染防止設備投資額の差額)を差し引いた額に輸出量を乗じた額だけ経済的厚生が増大するということである。これは負担金 の輸出価格への転嫁率によって両国の経済的厚生の増減額は異なるが,その総和は(W-G)mであり,負担金額Gm がA国の汚染防止設備額へ無償追加投資されることによって,A国の汚染費用(外部費用)が日本と同水準で達成されることを示している。それは輸出にともなう両国全体の経済的厚生の総額が最大となることを意味している。

(4)廃PETボトルの国内循環と国際循環の最適化の条件

(1)廃PETボトルの市場分析を行ったところ,再商品化事業者の落札価格( Rp)は採算性を実現しており,指定法人と再商品化事業者との間では部分的有価市場が成立している。次に,「独自処理」を行う市町村の資源回収業者等への販売価格(Ms)は市町村の分別収集費用(Mc)を補填しておらず,完全有価市場は未だ成立していない。さらに,資源回収業者等の買取価格(=市町村の販売価格)より輸出価格(Ep)の方が高いことから,全体として廃PETボトル市場は,市町村の財政支出に支えられた輸出主導型の価格体系となっている。

(2)廃PETボトルの主要な外部費用は分別収集過程の多額の財政支出である。これが事実上の輸出補助金となって国内循環と国際循環の最適化を歪めている。他方,特定事業者(容器包装製造利用業者)の指定法人への再商品化委託単価は1.8円/kg(2007年度)まで低下し,事実上,拡大生産者責任は形骸化している。

(3)指定法人は,再商品化事業者の落札価格が有償へ転化した2007年度末から売却収入の市町村への還元措置を講じるようになった。しかし,売却価格(=落札価格)より,市町村の資源回収業者等への販売価格の方が高いことから,「独自処理」の解消は限定的である。

(4)本研究は,指定法人の売却収入の市町村への還元措置を前提に,拡大生産者責任をより徹底し,特定事業者に輸出価格と落札価格の差額を負担させることにより,市町村への還元額を実質上,輸出価格と同額とする制度改正を提案した。具体的には特定事業者の再商品化委託単価の算出式を次のように変更する。この変更によって,「独自処理」は解消し,指定法人ルートへの復帰のインセンティブが得られる。

現行: A=(T×R+S)/B

変更: A=(T×(E-R)+S)/B

A :特定事業者の再商品化委託単価 T:市町村からの引取量 S:指定法人の費用

R:再商品化事業者の落札単価 B:特定事業者の再商品化委託量 E:輸出単価

(5)この措置をとっても,輸出価格(Ep )は分別収集費用(Mc)を補填していない。そこで,将来的には特定事業者の負担額を分別収集費用(Mc)と落札価格(Rp)の差額とし,外部費用を完全に内部化する完全有価市場を形成させるため算出式を次のように変更する。

A=(T×(Mc-R)+S)/B Mc :市町村の分別収集単価

(6)これは,分別収集の物理的責任は引き続き市町村が担うが,その経済的責任は特定事業者が完全負担する仕組みであって,ドイツのデュアル・システムともフランスのエコ・アンバラージュとも違う日本型の完全拡大生産者責任制度である。このような完全有価市場の条件下で,それでもアジアへ輸出されるならば,それは市場原理に基づく最も効率的な国際的資源配分が実現されているということができる。

まとめ

循環資源のアジア輸出は,拡大生産者責任制度(EPR)では制御できない静脈流通過程で発生している。国内循環と国際循環の最適化を図るためには,輸出者を第一次負担者とする「拡大輸出者責任制度(EER)」が有効である。この制度によって一方で輸出規制をしつつ,他方でアジア輸出にともなう外部費用(汚染費用)を日本と同水準で内部化し,アジア全体の経済的厚生を最大化させることができる。廃PETボトルのように,静脈流通過程に公共機関が関与している場合は,拡大生産者責任(EPR)を徹底し,完全有価市場を形成させることが最適化を図るための前提条件である。

なお,本研究の学術的貢献は, ボーモル=オーツ税理論から導出される「汚染量の削減のためには,限界汚染削減費用の最も低い汚染主体から削減投資することが最も効率的」という定理を,相互に課税主権の及ばない2国間貿易に起因する汚染問題に応用したことである。その理論的基礎は汚染式H=Z-kR(t)と汚染防止効果係数(k)の逓減則である。

使用済み家電製品のマテリアル・フローの概略(2005年度)

大気汚染防止設備累積投資額と大気汚染濃度との分散(1企業当たり・15年償却・一般局測定値)

廃PETボトル・リサイクルの新たな制度的枠組み

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は研究の目的・対象・方法、第2章は循環資源のアジア輸出に伴う諸問題の概況、第3章は公害防止設備投資額と環境値との相関、第4章は使用済み家電製品のアジア輸出の構造と拡大輸出者責任制度、第5章が廃PETボトルの国内循環と国際循環の最適化の条件、第6章が全体のまとめ、となっている。

このうち、第3章は1971年以後の日本の公害防止設備投資額と環境値との推移について統計分析し、(1)日本の大気汚染濃度の推移と大気汚染防止民間設備累積投資額との間に高い逆相関の関係があること、(2)大気汚染濃度1単位を低下させるために必要な追加的投資額は、汚染濃度の低下にしたがって増大する傾向があること、すなわち、汚染費用の削減額を汚染削減投資額(I)で割った商を汚染防止効果係数(K)とすると,IとKとの間に逓減則が働いているという注目すべき経験則を導いている。この考察から、同じ投資額であるならば、累積投資額がすでに高度に蓄積している日本よりも、累積投資額が相当低く、汚染濃度の高いアジア諸国へ投資した方が環境値改善の投資効果が高い、という結論が導かれ、日本も含む今後の東アジア全体の環境改善のあり方を考える上で示唆に富むものがある。

第4章は本論文の最も核心的な部分である。使用済み家電製品のアジア輸出の構造分析から新たな国際制度を提案し、この制度が国内循環と国際循環の最適化を導くことを数理的に検証している。この中で、(1)循環資源の輸出が静脈流通過程の非法定ルートで発生しており、従来の拡大生産者責任制度(EPR)では制御できない領域であることを指摘していること、(2)拡大輸出者責任(EER)という新たなタームを創作し、先進国の循環資源の輸出者は、輸出に起因する開発途上国の環境汚染を、自国内で処理を行った場合の水準に保全する責任を負う、という環境保全型の新たな貿易原則の理念を打ち出していること、(3)循環資源の輸出者に賦課される廃製品輸出負担金(G)は、第3章の考察を受けて、汚染費用のモデル式H=Z-KR(t)の展開から目本と開発途上国の汚染防止設備累積投資額の差額で十分条件を満たしていることを論証していること、(4)拡大輸出者責任制度(EER)の導入により、現状と比較して日本と開発途上国との経済的厚生の総額が(W-G)m(=両国の顕在化汚染費用の差額Wから汚染防止設備投資額の差額Gを差し引いた額に輸出量mを乗じた総額)だけ増大することを数理的に検証していること、が評価される点である。これらの考察から、先進国と開発途上国との貿易に、輸出者の環境責任という新たな視点が開示され、開発途上国に対する環境技術の移転の仕組みを考える上でも重要な示唆を提供しているものと考えられる。

第5章は、廃PETボトルのアジア輸出の構造をその市場分析から解明し、国内循環と国際循環の最適化を図るための容器包装リサイクル法の改正方向について論じている。この中で、(1)廃PETボトルの場合は、市町村という公共機関が非法定ルートへの分岐点を担っていることを指摘し、(2)廃PETボトル市場は、市町村の財政支出に支えられた輸出主導型の価格体系となっていること、(3)分別収集過程の多額の財政支出が、廃PETボトル市場の主要な外部費用となっており、これが事実上の輸出補助金となって国内循環と国際循環の最適化を歪める一方、特定事業者(容器包装製造利用業者)の指定法人への再商品化委託単価は1.8円/kg(2007年度)まで低下し、事実上,拡大生産者責任が形骸化していることを明らかにしたこと。(4)拡大生産者責任をより徹底し,将来的に特定事業者の負担額を分別収集費用と落札価格の差額まで拡大して外部費用を完全に内部化する(税金投入を無くす)ことが、最も効率的な国際的資源配分を実現する上での前提であることを明らかにし、その具体的な仕組みを明示していること、が評価される点である。これらの考察からわが国の循環資源が今後ますます国際循環とのリンクを深める中、公共関与が深く、市場原理の利用に乏しいわが国のリサイクル制度の改革を考える上で、重要な示唆に富んでいるものと評価できる。

なお、本論文第4章は、松橋隆治、吉田好邦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。'

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